) Artにかける道

 私がアメリカの大学に行くことを決心した理由は、まず英語を話せるようになりたかったことがひとつ。中学生のころから留学してみたいという思いは常にあった。二つ目はジャーナリズムを勉強してみたかったこと。海外特派員になって、海の向こうから文化や人々についてレポートしてみたかった。(戦争関係はいやだったけど)その二つをうまく組み合わせられるのはやっぱり留学?ってことで、結構簡単に決めてしまった。高校3年時は日本の大学に行くつもりで予備校に通ってはいたけど、親も「交換留学生として中途半端に留学するよりは、思い切って海外の大学に行ってみたら?」と私を支持してくれた。

 その後日本の留学機関を通して1年間東京で語学学校に通い、’97に渡米。ジャーナリズムで有名なネバダ州の大学に進んだ。最初は一般教養を取っていたので、すぐに専攻科目を勉強するわけではなかった。そんなとき暇な時間にやっていたのが似顔絵描き。Windowsに付属していたPaintで、家族や友達の絵を描いた事が人生の分岐点となる。もともと絵を描くのは好きだったけど、美大に行くほど力を入れていたわけではなかった。でも私が描いた似顔絵を見て、EEKERが「コンピューターで絵を描いたりデザインするのが好きなら、グラフィック・デザインを勉強してみたら?」と言ったのである。そのとき、突然私の頭に閃光が散った。単純だけど、その一言ですべてが一変。すぐに大学の資料を調べ始め、アドバイザーに会いに行き、学部をArtに変更した。それが’98の春。その後ジャーナリズムのクラスを取ってはみたけど、やっぱりArtの方が楽しかった。

 しかし学部をArtに変えたはいいけど 、ネバダの学校にはGraphic Design学科はなかった。そこで編入を決意。1年前くらいから資料を探し始め、編入に必要なクラスを取り始めたり、TOEFLをまた受験したりした。そして決まったのがカリフォルニア州にあるS大学。ここはArt学部が強くて、現役のいい教授陣がそろってるので有名だった。ここにはGraphic Designをはじめ、Industrial Design、 Interior Design、 Digital Media、 Illustration/Animation、 Photography、 Pictorial Arts、 Spatial Artsなどの多様な学科がそろっていて、クラスの豊富度も充実。ネバダにはなかった授業もいっぱいあった。

 いざ編入したはいいが、今度は『Portfolio Review』という名の選考会の存在を知る。BFA (Bachelor of Fine Art degree)を取るにはどの学科にも選考会があり、それに通らないと学科に入れてもらえないのである。もしBA (Bachelor of Art degree)なら選考会はないが実技のクラスは極端に減ってしまうし、技術的にもBFAと比べるとあまり学べない。せっかく編入してきてそれはないでしょ?と落ち込むが、とりあえずやってみようと決心。グラフィックデザインは特に人気があって毎年100人ほどが選考会を受けるらしいが、年に25人しか入れない門狭き道。それなりのレベルを保つのと、教授不足から 25人が精一杯と言うのが学校側の理由。その代わり、学部に入るとその質の高さから就職には困らないと言われていた。(今は不景気で就職状況はちょっと変わってきてるけど )