■ 2002/09/04 (Wed) momoさん
タイトルのまんまだけど、今日momoさんに初めて会いました。感激〜。momoさんとはサイトを通して知り合って、合格体験記を書いてもらったり、メールの交換、電話で何度かお話ししたりしていて、初めて会ったのに、全然初めての感じがしなくって昔からの友達に会った気分でした。
これまたサイトで知り合ったAyumiちゃんとともにロス観光を引き受け、グッドナビゲーターとして大活躍。(これは大うそ。うふふ)
普通に交差点で信号を待つ間、自分達の車の前を日本人が通ったりするとmomoさんが「いやーん、日本人!!」と叫ぶ。そう、アトランタでは珍しい光景がロスでは普通だったりするのです。日系のスーパーマーケットに行ったら、彼女はおおはしゃぎしてしまい(momoさん失礼・・でもこれほんと・・)まだ入り口付近なのにすでに買い物かごがいっぱいになりかけて、さすがに温和なだんな様も深いため息をくりかえしてみたり・・。
こんな彼女たちを見ると、もてなす方とすれば「よっしゃ!」と思うものです。なんでも楽しんでくれて、喜んでくれてどうもありがとうございました。
きっと一日連れまわし疲れたことと思います。どうぞ残りの休暇を満喫して帰ってくださいね。
いやいや、サイトで人と知り合うってなんだか一昔前には考えられなかったことだけど、こうして顔を知らずしても文章だとか電話の声とかでフィーリングの合う合わないがなんとなくお互いわかって、つきあいが続く人とは続けていけるものなのですね・・・。
自分がこういう手段で友達を作ってる今、インターネットで知り合った人と結婚するだかしただかっていう友達の気持ちが今になってわかるような気がします。はい。
(なんという方向でのしめくくりなんだろぅ・・・)
■ 2002/09/10 (Tue) 学校
先週から秋のセメスターが始まった。ワークパーミットを待つ数ヶ月間を利用して学校へ行くことにした。
MamaはF1-Visaではないので単位数とかを気にせずクラスをとれる。(Papaさんが税金を払っているおかげです。非常にありがたいです。どうも。。)いつか大学院へ行くときにも使えて自分の英語のスキルアップにもなるコースということで、大学で「Nursing Research(看護研究)」とカレッジで「Physiology(生理学)」をとることにした。
このふたつはクラスに日本人は私だけという環境。先生のしゃべるスピードもネイティブ対象のしゃべりなので、なかなか私にとっては大変だ。クラスのみんなが爆笑する瞬間についていけないことはしばしば。ノートをとるのも大変。板書してよ〜とか思ってしまう・・・。
まだ始まったばかりなので、ついていけるかどうかってよくわからないけど、ネイティブに囲まれて勉強する環境は今の自分にとってはすっごく大事だと思う。クラスメートには「ノート見せてください」とか「さっきのは何の話し?」だとか少々(?)迷惑をかけてしまうけど、おしゃべりするいいチャンスにもなるしね!しんどくってもがんばっていきたいなって思う。
当初これに加えてカレッジでESLのクラスをとる予定だった。「だった」という過去形は今日ドロップの手続きをしてきたので、とるのをやめたということです。・・・というのもなんだか土地柄もあってかやたら日本人が多い。そしてひとクラスの学生数が多い。そして先生の授業の進め方がいまいち自分の期待していたものと違う。今の自分のやらなければいけないことから離れた宿題が多い。・・・とまあ、以上の理由からESLはドロップすることを決意し、自分でペースを作って勉強することに決めました。(なんとも正当な理由をならべて、ドロップアウトした言い訳してるのばればれ〜)
実は経験済みのお友達からESLをとることに対して私がこうなるだろうと予想しての親切な忠告をいただいていたのですよね〜。「でも一応行ってから決めます」なんて、自分で経験しないと納得できない自分の性格もあったので、行ってみたのですが、やはり彼女の言うとおりでしたー。
addしたりdropしたりでなかなか生活のリズムがつかめなかったけど、今日の決定でこれからはちょっと計画的に動けそうだわ。
あーたった1週間はじまっただけなのに、読まなきゃいけない本だとかまとめなきゃいけないことだとか、いろいろアサインメントがあるわぁ〜。
■ 2002/09/11 (Wed) 911
去年の悲惨な事件からまる1年。
テレビではずっと911関連のニュースが続いている。外にでてみたら国旗を掲揚しているおうちが多い。
去年、この事件を知ったとき、Mamaは日本にたまたま帰省していた。9/10から数週間の予定で戻った翌日だった。姉の家でぬぼ〜としていたら、ニュースステーションで一機目のアタックの映像が流れた。続いてリアルタイムに2機目のアタックが映し出された。「現実のできごと」と認識できるまでかなり時間がかかったように思う。
WTCには過去2回足を運んだことがある。1回目は学生から社会人になる春休みにアメリカ一人旅をしたとき。2回目は働いているときの夏休みに親友との旅行で・・。
あの建物がああいう形でなくなるなんて・・・信じられない。亡くなった方のことを考えるとなんともいえない気持ちに包まれる。
去年、Mamaが日本へ帰省し、その後アメリカへ戻ってくるときに、母親と姉家族が一緒に来る予定だった。出不精の母親も重い腰をあげてようやくパスポートをとり、姉の子供の甥っ子も当時2歳でいっちょまえにパスポートをとって、準備は万端だったが、旅行社からキャンセルするよう要請が入り、残念ながらMamaひとりでのアメリカへの帰国となった。その後まだチャンスがなく、母親も姉もこっちへ来ることができていない。
これはそんな深刻な問題ではないけど、そんな小さいことも含めて、世界各国でこの事件に影響された人、もしくは影響されている人は数え切れないほど多いと思う。
この歴史的な事件のあった時代に生きるものとして、自分のその日の思い出やニュースを見て感じたことなどを振り返りながら追悼の意を表したいと思います。
■ 2002/09/12 (Thu) アメリカンネーム
アメリカではニックネームとして、人に覚えてもらいやすいようにだとか呼びやすいようにだとかいう便宜上の理由で、自分の名前以外にアメリカンネームを持っている人がいる。とはいえ、日本人でアメリカンネームをもっている人にはあまりであったことがない。が、同じアジア人でも韓国人は結構アメリカンネームをもっている。どうやって彼らは命名するのか知らないが、びっくりするようなことがちょくちょくある。
例えばうちのアパートの韓国人のおばさん。どこからどうみても韓国人。とってもアジア系の顔なのに、最初であったころ名前を聞いたら「ジェニファー」という返事がきて驚いたことがある。失礼だけど、どこからどうみてもジェニファーではない。それに続いて、どこからどうみても違うだろ・・という「クリスティーン」や「エリザベス」や「アッシュリー」にも出会ったことがある。
人がアメリカンネームをもつことに反対するつもりはないけど、自分がアメリカンネームをもつのはなんだかちょっとこっぱずかしい。(ちなみにMamaはとっても日本顔。うすいっ!)これは日本的な発想なのかな〜。だけど、名前はある程度その人を表すと思っている。というわけで、Mamaの中ではジェニファーは金髪と決まっているのだ。
さてさて・・・
Mamaの名前はアメリカ人には覚えにくいらしい。過去、アダルトスクールの先生も語学学校の先生もなかなか名前を覚えてくれなかった。いい線まできていて、違ったり、はたまたスペルを見ながら言っても間違えてくれたり・・・。スターバックスでも注文のとき名前は?と聞かれるが、一回で正しく書いてくれた店員にいまだ出会ったことはない。(っていうか、いい加減こっちも名前を言わずスペルを言うようになってしまった)
今回とっているクラスの先生も「ごめんね、なんて読むんだったっけ?」「もう一度名前を・・」と例にもれず困っている。(日本人にとってはなじみのある名前なんだけどねぇ〜)
今後、働くようになったら職場の人をこのように困らせるのかー??アメリカ社会により溶け込んでいくためにもここらでやっぱりアメリカンネーム考えたほうがいいのかぁ〜??
(こんな話しこないだmomoさんが来たときにもしていて、彼女のだんなさんがアイデアを出してくれたのをまさか使うことはないと笑って聞いていたが、それが実用化される日もそう遠くないかも・・・ちなみにその名前はcoco。あれkokoだっけ??)
■ 2002/09/15 (Sun) フランダースの犬
リスニングの勉強にもなるし、週に1度はビデオを借りて英語で映画を見よう!と決心して2週目。
なのになぜだか足が勝手に日系のレンタルビデオ屋に向かってしまった。(あかんやーんそれじゃあ・・・とひとりつっこみ)
そこで、これまたいつも通らない通路になぜか入り、出会ったビデオが「フランダースの犬ー劇場版ー」。
なつかしすぎる・・・(その隣には「マルコ」があってどっちを借りるか迷ったけど今日はフランダースの犬にしてみた)
そして日曜の昼間から涙ぼろぼろ流してビデオ鑑賞にひたる私って・・・。
お母さんを亡くし、おじいちゃんに育てられ、そのおじいちゃんも亡くし、ネロもついに教会でパトラッシュと息途絶えてしまう・・あーなんて悲しい話しなんだろぅ・・。でも親友や犬との友情のすばらしさとか、お金ではなく心の豊かさが大切だってことを上手に語ってるって思う。大人でも泣ける名作やねー・・・。
いつか自分の子供にも見せたげたいな〜なんて思いながら・・・感想文おわり。
来週は必ず英語のビデオを借りるぞー(とかいいながらマルコに走りそうな私・・・)
■ 2002/09/17 (Tue) マルコ〜母をたずねて三千里〜
私ってば・・・早速に見てしまった。マルコ。
見る前から泣く気マンマンだったせいもあってか、今回は泣けず・・・。期待しすぎだったな〜。あと、ストーリは違うけど訴えかけてるものがフランダースの犬と同じ感じだったので、新鮮味にかけてたのもあるかも。
見るタイミングとしてはフランダースを忘れかけた頃がよかったかもなー。
あと借りたビデオは劇場版で全ストーリーを1時間半に要約しているのも原因のひとつかな・・。三千里を1時間そこらで行っちゃいけない・・・。
・・・なんてなぜ感動できなかったかを反省する私。(・・というよりただのボヤキ?)
幼い頃の"なんか感動的だったのは覚えてる・・"という漠然とした記憶だけだったけど、見ていると、ああそんな展開だった、そうだったそうだったとかけっこう思い出すもんです。
■ 2002/09/18 (Wed) 単語の聞き取り
生理学のクラスはとっても優しくって素敵なおじいちゃん先生。いつも授業を始めるときは「Welcome, my good students!」とか、質問に答えられたら「How wonderful! My great student!」とかなんだかとっても心温まる言葉をみんなにかけてくれる。
携帯電話がなっても「家族もいるだろうし、なるのはかまわないよ。外に行って話して終わったら戻ってきたらいいさ」というようなことをとってもまるーく優しい言葉で言われたり、遅刻してきた人に向かっても「お仕事だって駐車場の都合だってあるんだからしょうがないさねー」というようなことをとても気持ちのなごむスマイルで言われたりする。
この先生はとってもいい先生とすでにこのクラスをとった人から聞いていたが、学生受けがいいこと、よくわかる気がしてきた。
そんないい先生、授業の進め方としては、あまり黒板を使わずに口頭でノートにとることを言っていくというやり方。けっこうこれが大変なことはご想像の通り・・・。
で、聞き取ったままをかきとめていこうとするから、前後の意味から考えてどうみてもおかしいような単語がMamaのノートには並んだりする。それを隣の子がみてくすくすって笑いながら教えてくれる。
文の脈絡の中で「再び測りなおして・・・」というような言葉を先生が「reweight」という単語を使ったのに、Mamaのノートはなぜか「we wait」と書かれていたり、「積み重ねて・・」という意味で「pile」と使っていたのを「tile」と書いてみたり、「細胞の・・」という意味の「cyto-」を「side-」と書いていたり・・・。挙げるとまだまだキリがない・・・。
怪しいな・・とか思いながらも後からその単語を何度も繰り返し口にしてみたら、似た発音で正しい単語を見つけることもできるので、書いたほうがマシかなーとか思ったり・・。でも動詞がくるべきところでいきなり名詞が来たり、それがはたまた違う意味をもたらしたりしたらネイティブからみたらけっこう笑えるかもねー。
細胞分裂する過程の最後で、ひとつの細胞が二つに分かれる寸前の二つの円がくっついてる状態の形のときのその接線を「cleavage furrow」というのらしいが、ふたつとも単語がわからなくて辞書で調べるまでなんのことだかよくわからなかった。隣の彼女が胸の谷間を指して「ここのことよ!」って教えてくれた。茶目っ気のある表情で言われたが、実はそれで余計混乱した。なんのこと??調べてみたら専門用語でcleavageは「卵割」とか「分裂」とかいう意味でfurrowは「溝」とかいう意味だった。けど、口語で「女性の胸の谷間」という意味もあった。ふーん、なるほど、形は似てるわねー。
こんな単語ってきっと和英辞典から逆引きしてもきっと探せなかっただろーなーとか考えたりした・・。外人の男性とつきあったらこんな言葉も知るようになるのだろうか・・とかちょっとやらしいことも考えてみたりした。
これを機会にこの単語をちょっと覚えてみよう。まあ、あんまり使う機会はないと思うけど。。。
■ 2002/09/19 (Thu) 意外と学歴社会
今日もまた生理学の先生の話。(昨日おじいちゃん先生と書いてしまったが孫がいると言ってただけで、よくみると自分の親世代の人だったわ。先生失礼しました・・・。)
なんかもう授業が終わったのかと思ってから1時間強、雑談タイムというか先生ひとりトーキングタイムになった。
そこで先生はみんなにとにかくバチェラー(大卒の学士号)は最低とりなさい。そしてできたらマスター(修士号)もとっておきなさい。という話しをいろんなかつての教え子の進路の例を出しながら話されるのでした。
プロフェッショナルな知識を身につけることによって、マクドナルドの店員さんと同じ時間働いても随分稼ぎが違うでしょという例え話し。このクラスにいるみんなはもうすでに夢があってスタートをきっているから、どうか夢をあきらめないで、学校が大変でも進んでいって欲しいというような話。これからのRNは大卒が必須になる時代がそう遠くないのでぜひぜひAssociate degreeで終わらず大学まで行ってほしいという話し。高い学歴をもてばもつほど職業の機会が増えるし、また今の時代、国の経済状態で簡単に人は解雇されるけど、こういう医療専門職を身につけていればそういうことも怖くはないというような話し。学校に入ってしまえば利用できる奨学金制度はいろいろあるから学費がかかることをあまり恐れないで欲しいというような話しなどなど。。。
また先生は、ナースの道だったらぜひナースプラクティショナーまで目指してほしいとも熱弁されていた。
大卒がRNになる必須条件になる法律もカリフォルニアにそのうちできるでしょうとも言われていた。
大学とか学歴とか日本の方がとかくうるさい社会だと思っていた。こっちにくるまではアメリカは学歴社会ではなく実力社会だと思っていた。確かにそう、アメリカが日本よりも実力社会ではあると思うけど、学歴に関してもけっこうシビアなこと多いなーと思うことにもこっちに来てからいくつか出くわしてきた。学歴の有無によって職業的身分の差も結構はっきりしているのではないかとも思ったりする。
「その人に何ができるか」はもちろん大切だけど、それに加えて学歴も伴っていくのが理想なんだよね。
今日の先生は、かわいい学生さんの未来を考えてくれてのお話しをしてくれたんだと思う。
■ 2002/09/20 (Fri) 外国語
ビザスクリーン試験対策としてMamaはどうしても苦手なライティングとスピーキングのスキルをアップさせなければいけない。コミカレのESLは自分の今の目的にはフィットしなかったため却下したので、やはり当初考えていたネイティブの友達に先生となってもらうことにした。
彼は大学院で外国人に対し英語を教える先生になる専攻で、今も学生かたわらアルバイトで外国人に英語を教えていたりする。特に彼は将来日本に行って働きたいという希望ももっており、日本人に英語を教えるのは自分のキャリアにも役立つしと、忙しい中やってくれると承諾してくれた。
さてそういうわけで、早速いくつか30分で書いた醜いエッセイを見てもらった。1時間以上かけて、ここは意味が通じないとか、いいまわしがおかしいとか丁寧にみてくれた。いいかえてくれる言い回しを聞くと、「さすが〜〜〜」と思う。もう拍手喝采の嵐だった。
1つのエッセイに対し、こんなに丁寧には毎回見れないだろうから、おかしなところをチェックして返すからそれを直すという作業を今後しよう!ということになった。週にいくつかメールで文章を送って添削してもらい、週に1回のミーティングでそれを説明するということになった。週に1回のミーティングでもその間の自分のがんばり次第でライティングはなんとか目標に近づけるかもしれないが、スピーキングは週に1回で目標としてる期間に実力をつけるのはムリだよとあっさり言われてしまった。
そうですね・・・。そうだとおもひます。
というわけでこれに対しては彼ばかりを頼ってもいられないようなので、なんとかします。(なんとかなるのか??いや、ならない。)
そんな彼、自分の卒業単位に関係ないけど、日本語を学びたいからといって今大学で日本語のクラスをとっているらしい。過去に1年ちょい日本にいたのもあって、ちょっとした日本語は知っている。
私が日本に帰って一番したいことは「お風呂屋さん」に行くこと!っていったら「風呂屋」という言葉は知ってるがなぜ「さん」をつけるのか?と聞かれた。そしてまたそれは尊敬をあらわす「〜〜さん」と同じ意味か?と聞かれた。
別にお風呂屋さんに尊敬の意味を表してるつもりはないんだけど、なんなんだろう、習慣かな〜とかって答えた。でも人に「〜〜さん」っていうのが尊敬とかそういうのよく知ってるねーって言うと、「日本人は山を尊敬してる人多いよねー」という返しをしてきた。「???」どういう意味か聞くと「マウント富士のこと「Fuji-san」っていうでしょ。その他の山も「〜〜さん」って言うのを聞いたことあるよ。」という返しがきた。
・・・・いや、富士山の「さん」は山田さんとか田中さんの「さん」ではなくて「山」の意味なんだけど・・・・
ギャグのつもりで言ったのかと思いきや、まじだったからかなり笑えた。
音読みとか訓読みとかいう言葉を知らないし、説明に困った。「山」を「やま」と読むのは知っていてそれがマウンテンという意味も知っている。でもそれがなぜ「さん」と読むのか・・って言われてもだってこんな場合は音読みするんだもーんと言いたいがそれが言えない・・・。
外国語を外国人に教えるって大変なことだな〜なんて思った。これを根気よく私にしてくれようとする彼にはほんと感謝しなきゃーねー。
■ 2002/09/23 (Mon) 明日からちょっと日本へ・・
いやーいやいやいや、明日から日本です。っていっても、水曜の夜に着いて月曜の昼にでるので、実質4日って感じの超短期帰省。マイナーな理由がいくつか重なってこの時期となりました。
週末と今日はなんかばたばたと忙しかった〜。おみやげなどの買い物や準備もあったし、Papaさんは家に残るので家のこともいろいろ片付けて、あとは学校のこととか・・・。
学校はたまたま明日火曜が生理学のテストの日で、先生に日本へ帰る訳を言うと今日テストを受けさせてくれることになった。
みんなより日にちを早めて受けさせてくれるなんて、学校側としては問題がリークすることを恐れたりしないのかなー・・・。先生のくれた問題は記号がついていたので、もしかしたらみんな同じ問題じゃないのかもしれないな〜。よくわかんないけど・・・。ま、でもこんなに信頼されて・・というかこんな風に特別に受けさせてもらって、まさかまさか悪いことはしません。先生ご安心を・・・。
看護研究の授業も今日あった。生理学の授業は割りと一方通行というか、先生が話すことをひたすらノートにとって、授業の後半は実験という流れなので、比較的受け身でもいられるのだけど、看護研究の授業はディスカッションやまとめて発表などがちょこちょこ入るので、いつ当てられるかわかんないし、なんかおちおち気持ちを落ち着けていられない。みんなスラスラ自分の意見を言うのになんか圧倒されまくってる。
このクラスは2週間に一度のクラスだから1回あたり4時間みっちりあるのよね〜。
休み時間も英語、周りはみんな英語、あ〜4時間のクラスが終わった夜の9時すぎにはもう頭がへとへとになった。しかもたくさん課題がでて、くらくらした。肉体的な疲労でもなく精神的な疲労でもなく、なんの疲労??英語による疲労?
過去にあまり体験してない英語シャワーだわ。この「頭クラクラ」は上達する過程と信じることにしよう・・・。
さて今晩は、明日飛行機で寝るためにあんまり寝ないでおこう。
明日は朝から図書館へ行って文献コピーしてこなきゃ。なんか日本に宿題持って帰るのはいやだけど、飛行機で少しは読む時間もあるだろうしね・・。日本から戻って来てもきっとすぐにはエンジンかからないだろうしね。
遊びの代償は自分でとるべし。ってことよね・・。
楽しんでくるぞ!おぉぉ〜っ。(やや疲れぎみ・・・)
■ 2002/09/30 (Mon) テーマは「ファミリー」
あっという間に日本から戻ってきてしまった。。。
空港から戻りスーツケースを片付けてちょっと昼寝して起きた今、「あれ?私ほんとに日本に行ってたの・・?」という感覚。
なんかふしぎ〜。
今回はわりと急に帰省することになったし、友達にもほとんど言わず家族とだけ一緒に過ごすつもりで帰った。短い期間だったけど、そのせいで家族とは濃密な時間を過ごせた。母親、姉ちゃんファミリー、おばあちゃん、いとこ、いとこファミリー、だんな実家。・・・と今回のテーマはほんと「ファミリー」だった。その中でも八割五分はきっと彼に費やしただろうというのが、姉ちゃんの子供3歳半になる甥っ子だった。
彼とは遊んであげてるというよりはむしろ遊ばれてるという感じだった。背も伸びたし、よくおしゃべりできるようになっていたし、まる1年ぶりの再会は驚くことの連続だった。なついて甘えてくれるのがうれしくて、もうおばさんはめろめろになってしまっていた。しつけをする義務がないことをいいことに、何でも買ってあげる、何でも言うこと聞いてあげる、全然叱らない、アイラブ甥っ子をモットーに親ばかならぬ、周りがあきれる「超・おばばか」ぶりを発揮してきた。
帰り空港へ向かう駅まで見送ってくれた時、去年は「行ったらあかん〜」と泣いてくれたが今年はよくわかっており「また帰ってきいや。ばいばい」とあっさり言われてしまった。大きくなったな〜とまた感動して、こっちの方が涙ぐんでしまい、手を振るだけでバイバイと言えず・・・。(なんやこれ、予定では私が泣くのではなく泣かれるはずやったのに、おかしい・・・)と思いながら背中を向けてスーツケースをひっぱった。
1年ぶりというのもあるだろうけど、どこへ行っても大事にされるので、ほんとうにうれしかった。帰りの飛行機の中では(家族っていいな〜・・・)って何度も何度も思った。短かったけどほんといい時間でした。
あ、宿題??
案の定宿題のプリントを広げたのは空港での待ち時間と飛行機の中でちょろっとだけ・・・。いやいや、意外とできないもんでした。