直線上に配置
直線上に配置

■ 2003/04/01 (Tue)  5号線

先週ロスからサンフランへ向かうのに、車で移動した。7人乗りのミニバンをレンタカーして、西海岸を縦に伸びる5号線をひたすら北上した。

サンフランへは通算3回目なんだけど、昼間に車でここを通るのは今回初めてだった。
ある場所からズバーンと一直線に伸びているこのフリーウェイ。途中見えるものは広大に伸びる大地・山。そういや牛さんの団体もいたな。
お天気もよかったし、なんかとてもいい風景だった。

あと、大きい車って気持ちいいもんだな〜って思った。いつかお金が貯まったらぜひこういうサイズの車をもってみたいな。



■ 2003/04/02 (Wed)  アルカトラズ島

先週のサンフランでのお話。
アルカトラズ島というサンフランでは有名な観光地に行ってきた。そこは島すべてが昔刑務所だったというところ。話には聞いていて、一度行ってみたいと思っていたが、やっと今回行く機会に出会えた。

孤島になっているので、行くには船で行かなければいけない。船での往復に加え、島でのツアーがついての料金設定になっている。
中では実際に昔使われていた監獄に入ることができる。また入り口でヘッドホンを配られ、それを聞きながら順にまわると、囚人たちがどんな生活をしていたのかがよくわかるようにツアーの流れがくまれていた。この説明、何ヶ国語かが準備されており、もちろん日本語というチョイスもあり、大助かりだった。

ここから脱走を試みた人の話など、とても興味深かった。
アルカトラズにまつわる映画がいろいろあるらしく、それを見ていた先生やうちのだんなはさらに楽しんでいるようだった。私もビデオを借りてきてこれから見てみようと思っている。



■ 2003/04/03 (Thu)  ダーツ

先週の話。
K先生はなんだかダーツにはまっているらしい。はまったきっかけが肩を骨折して何もできないときに、肘から先だけの力でできるダーツを発見してはまったとのこと。うんちくを聞くとなかなか深みがある。早速先生がシアトルで安く購入してきたという電子ダーツを広げてみんなでやってみた。

Mamaはおもちゃっぽいのでやったことはあるけど、ちゃんとしたルールとか聞くのは初めてだった。見ているよりやってみると意外と難しい。何点のところにささるというよりも、Mamaの場合はダーツ内に矢が届くかどうかのレベルだった。
それでもチームを組んで点数を競いあった。
たいがいそれまでに酒が入っててみんなぐだぐだになっていたのに、ダーツが始まってから真剣真剣。すっかり酔いもさめてしまった。
下手なりにもビギナーズラックがあったり、なかなか楽しめたのでした。集中力とか養うのにはいいかもね・・。



■ 2003/04/05 (Sat)  まだかなまだかな〜

指紋をとってから4週間。そろそろアドバンスパロール(海外渡航許可)が来ないかな〜と郵便物に期待がいく。

これが届けば日本にちょっと帰りたいと思っており、「もしかしたら帰れるかもしれない。」と日本のおばあちゃんや家族に前に話したのが、「4月には帰ってくる」ということになってしまっている。「もしかしたら・・」も「・・かもしれない」もそんな言葉は都合よく省略されている。

・・とかなんとかいいながら、買い物ついでにおいっこへのおみやげとか考えたり、姉のおつかいを買いに行ったり、微妙に準備しはじめている私。こんな私が一番はりきっているのかもしれない。

INSのお仕事だ。着実に進んでいるとは期待したいが、あまり時期的なものを勝手に推測し期待はしてはいけないと気持ち的にはわかっているつもり。現実にどうなのかはわからないけど、戦争によって仕事が遅れているという情報もうわさでは聞いたりするし・・・。
う〜ん、でもお風呂につかりたいなーとか、回転寿司食べたいなーとかそういうこと考えて気持ちがはやる自分もやっぱりいたりするのです。



■ 2003/04/06 (Sun)  お漬物

プロの漬物屋さんに「大根の甘酢漬け」という漬物の作り方を教えてもらった。砂糖・塩・酢がメインであと七味唐辛子やレモンを加える。大根選びや大根の量と調味料のバランスがミソらしい。教えてもらったとおりに一晩重しを置いて漬けると、普通の大根からおいしい漬物ができあがった。

日本でもやったことないような和風なことしてるよな〜。



■ 2003/04/10 (Thu)  初脱走

お友達と夕飯を一緒に食べてご機嫌に夜家に帰ってきたらきんちゃんがいない。
まじでまじでぇー???
どこから出たんだろ、どこに行ったんだろ??
Papaと二人で大騒ぎになった。

そう、数日前からきんちゃんが大きくなってきたため、おうちを新しく換えたところなのでした。それは半透明の衣装ケースで、深さはまさか飛び越えれないだろうっていうくらいの深さがあったんだけどねー・・・。しかも蓋をしていて中央の一部分しか開いてなかったんだけどねー。
現場は見てないからどうやって飛び出したかわかんないけど・・。けっこうジャンプできるんだねー。

踏みつけてはいけないので、そーっと足をひきずりながら這うような姿勢できんちゃんを探す2人。結局居たのは押入れの奥。ほんの少し開いてた隙間からクローゼットの中に入り、奥の暗いところで遊んでた様子。こっちはどきどきしながら探してたので、見つけてほっとしているのに、きんちゃんったら「なぁに?」ってな普通の顔してるし・・・。

しかも、お客様用布団のマットレス・夏用のいぐさマットがガジガジにかみ刻まれていた。
Mamaショーック!!

ま、いいか・・。どこも怪我はしてなさそうだし、可愛いから許してあげよう。



■ 2003/04/11 (Fri)  続・脱走

昨日の日記のようなことがあり、昨晩は網のかごをかぶせて眠りについた。

朝方・・・
Mamaの股の間にごそごそ歩く何かが・・・。感触からして間違いなくきんちゃんと確信した。
そーっと布団をはぐとびっくりした顔したきんちゃんがそこに・・・。こっちのほうがびっくりだっちゅうの!

かぶせていた網の一部が確かにすりぬけれるくらいの空間があったけど、飛び上がってその空間に入るのはそんな簡単なことじゃないように思うんだけどなー。なんとも気が抜けない。
おうちを飛び出したはいいけど、布団の中にもぐりこんでくるってどういうこと?もし熟睡してて寝返りうってたら「ぐしゅ」で終わってたかもよー。まー、不幸中の幸いとしよう・・・。

と、また眠りについたら30分後位にまたなんか怪しい音がすると思うと脱走を試みているきんちゃん発見。
新しいおうちがいやなのかなー。
それとも自分のジャンプ力を試したくてしょうがないのかなー。

きんちゃんに夜中2度起こされただけで目覚めが悪かった。こんなことで「私には子育ては無理だー」なんて思うのでした。お母さんしてる友達は偉いよ。。



■ 2003/04/12 (Sat)  まる2年

4月12日で、アメリカへ来てまる2年が経った。
早いなー。。。。。
こんなんでいいのかなー・・と思うことや不安なこともありながら、全般的に見て、日々楽しくアメリカ生活を送っているなーと自分では思うのです。たくさんの友達もできたしねー。

当初、PapaのHビザが有効な数年間だけアメリカにいるつもりで、グリーンカード申請してそれより長くいることとかはあまり念頭になかったんだけどねー。そしてアメリカで学校にいってみたい!とは思ってたけど、働いてみよう!とは思ってなかったんだけどねー・・。
学校に行くためにライセンスが必要なことがわかって、それでその勉強を始めて、勉強していたらやっぱり学校に行くにも臨床経験があったほうがいいんじゃないか・・と思い始めて・・。ま、結局ビザの関係もあって学校よりも先に働くことにしたというわけなんですよね。

世の中、思っている通りの方向に思っている通りのスピードではなかなか動かないけど、それもまた人生かなーって思う。何かしているプロセスで出会ったものや人によって影響されて方向が変わるっていうのもなんかそれはそれでとても意味があるようにも思う。
ま、ビザのことに関していうとあまり自分の努力とかは関係ない気がするけど、それ以外のところでは努力するところは努力してあとは身を任せるように柔軟にそのときそのときに対応していけば、結局自分の道って行くべき方向に進むのかなーなーんて思ったり。

そういや、こないだ友達が言ってた。アメリカで暮らすにはなんでも時間がかかる。日本で同じことするよりも1年は長く見積もっておいたほうがいいって。
とても的を得てる言葉だなーなんて思ったものです。
これからも柔軟に楽しく暮らしていきたいなーと思ってます!・・・というわけで3年目突入!



■ 2003/04/15 (Tue)  まだまだだ・・・

アドバンスパロールや労働許可がまだかな〜と思いながら待つ今日この頃。
たまーにチェックしている移民局のサイトをチェックしてみた。で、私の書類の現在の状況を確認してみた。
・・・ら、なんと追加書類の要請がでていた。
あわてて弁護士さんに電話。弁護士さんのところにはつい先日連絡があったらしく、就職病院とはその追加書類について口頭では話がついているとのこと。で、今は病院からの書類待ち状態だそうな・・・。
ま、つまりこのことによってまたさらに許可が下りるまでの期間が延びたっちゅうわけですなー。

あわてず焦らず「待とう」なーんてある部分の私はそう思ってる、が、やっぱり今日かな?明日かな?と期待して通知を待っている私もいるのが事実。こんな心境で待っている身には「追加書類」という文字はきつい。

仕事とか学校とかを気にしないでいいこの期間、日本に帰れたらどれだけいいだろう。日本の家族や友達と過ごせたらこの時間がもっと有効になるかもしれないのにー・・・なんて、ぐちぐち思ったり。
できないことだからそうしたくなるのかなー。贅沢な思いだよねー。

考えて行き着くところは、「この時間を有効に使おう」とか「今しかできないことをやろう」とかなんだよねー。
頭ではわかっている。が、正直ちょっと今、これを書いてる瞬間はブルー入ってます。(なーんて文面からわかるか・・・)



■ 2003/04/17 (Thu)  新たにボランティアを

なんとなくそのうち働くだろうという臨戦態勢(・・というと大げさだけど・・)が自分の中で続いていたので、けっこう、いやかなり先日のニュースはがっくりきた。
でも、なんかこのままではいけない、今私は何をしてるんだろう・・とか海を眺めながら一人で考えてしまった。(ちょっとナル入ってる?でもたまたまぼーっとするのにいいスポットを見つけてしまったのよ・・)

今のステイタスでは合法では働けない。また働けたとしてもきっと短期でやめることになる。
まだ残しているスピーキングのテストのために勉強する。・・といってもどうしてか、全然勉強する気になれない。うーん、でもそれでは困る。
やっぱもっと英語をしゃべる環境に入らなきゃ。
・・・というわけで、今行ってる日系のナーシングホームの時間を減らして、アメリカ系のナーシングホームのボランティアをしよう!・・と、案が浮かんだ。

早速インターネットで調べる。時代は便利なもので、自分の住んでいるエリアを入力してナーシングホームと入れると距離が近い順に100くらいのナーシングホームがだらだらだらっと検索される。
じーっとそのリストを眺めて、直感でここ!と決めた。

早速、アポなしで行ってみた。(なんとなくこの辺は勢い)
ボランティアオフィスのスーパーバイザーが戻ってくる時間を聞いてでなおすことになった。そしてその時間が来て面接してもらった。
で、来週木曜から早速始めることに決まった。今のところ日本人入所者さんはいないらしい。英語のしゃべりが勉強できる環境だといいな〜・・。がんばろう。



■ 2003/04/18 (Fri)  きんちゃん くさくさ

きんちゃんのおうちを衣装ケースにしてからしばらくたつ。
ここのところ、きんちゃんが臭い。今までしなかったようなにおいがびみょーにただよってくる。

一応女の子だし、こんな臭くてはかわいそうだ・・・。何が原因なんだろう???
衣装ケースでは通気性がないことが問題なのかしら?

というわけで、また一時風通しのいいケージにカムバックしています。これでニオイが消えるかしら・・・。



■ 2003/04/22 (Tue)  疑い晴れたり

友達から胸にしこりがあるようなんだけど・・・と告白されたのが2月の中旬。
彼女はMamaと同い年でアメリカに来て知り合ったお友達。

31歳と若く(?。ここでは若いとしておきましょうー)、乳がんの好発年齢ではないけど、可能性がないとはいえない年齢。気軽に「大丈夫大丈夫」とも言えないので受診をすすめた。

早速クリニックへ予約を入れ最初の受診がそれから約10日後。簡単な触診と採血のみ。その後、マンモグラフィーのオーダーが入り、マンモグラフィーを受けたのが、それからちょうど1ヶ月後の3月下旬。その日、追加でエコー検査もすることになった。

その後、確定診断をくだすためには生検も必要ということでバイオプシーの予約をいれ、バイオプシーを受けたのがそれから約1ヶ月弱後の先週の金曜だった。

なんとここまで約2ヶ月。ようやく結果として「normal」という回答を得たのが昨日だった。
いやーよかったよかった・・・。先生はこの間「今の段階ではなんともいえない」という回答のみ。もちろん、それは医療者側からしたらよくよくわかる。適当なことは言えない。
が、彼女にしてみれば不安な2ヶ月だったと思う。彼女は医療者じゃないけど、自分でいろんな乳がん関係のサイトを見て、情報は得ていたし、それによって不安も助長されていたようにも見えた。
なんとも長い2ヶ月だったように、近くにいて思う。

予約がどうしてこんなにとれないんだろう・・・って、もどかしかった。もしも悪性のものだったらこの間に進行してしまう可能性だって充分にあるだろうになーと心の中では不安に思っていた。
でも予約の際は「一番早い日をお願いします」と彼女のできるベストをそのときそのときは尽くしているので、結局待つしかしょうがなかったんだけど・・・。

もしも悪性のものだったら・・・
乳がんに関してはアメリカの医療はすすんでいるといわれているけど、保険の問題がある。もしも・・ってことがあれば、日本へ一旦帰ろうか・・という話もしたりしていた。
体を優先に考えたいけど、現実問題お金のことは考えずにはいられないのもとてーもよくわかる。

ほんと、健康ってありがたいんだなーなんて、彼女と一緒にいてつくづく思うのでした。



■ 2003/04/24 (Thu)  ニューボランティア

今日は先週決めてきたアメリカ系のナーシングホームのボランティアの1日目だった。

いつも行ってる日系のところとやってることは基本的によく似ているんだけど、でも違うこともいろいろあって面白いと感じた。

お茶の時間があって日系のところでは緑茶かコーヒーというチョイスでたいていの人は緑茶を選ぶのだけど、アメリカ系のところはコーヒーかホットチョコレートというチョイスだった。あと、アメリカ系のところのほうがカップがでかい!

レジデントの人の違いだけど、日系のところは加齢とか加齢性に伴う痴呆とかが多い気がする。(詳しくはカルテなどみてないのでわからないけど、接していて思うところはそんな感じ)が、今日行ったところは糖尿病やアルコール依存症や知的障害がある人を多くみかけた。糖尿病のせいで足がない人がダイニングルームに集まってくる20−30人の中で5人くらいいたり・・・。これからもいえるんだろうけど、アメリカ人の糖尿病罹患率ってやっぱ高いんだなーなんて・・・。なんだかこれが生の情報っていうのかしら・・。

ところで、行って一発目の仕事が知的障害のあるフィリピーナのおばあちゃんとお散歩だった。そのおばあちゃんなぜかしっかり手を握って歩こうとするのよねー。そして二人仲良く(?)ならんでお散歩。私を見慣れない人と思ったスタッフはてっきり私を孫だと思ったようだ。だからって私にタガログ語でしゃべりかけるのはやめてくれ〜〜〜。しかも英語で聞き返しているにも関わらず、タガログ語でしゃべり続けるのもやめてくれ〜〜。

ま、なんだかこれからもいろんなことが待ち受けてそうで楽しみだわ。

P.S. 施設によってはいろいろ違うと思います。ここでいう「日系は・・」という表現も「アメリカ系は・・」という表現もMamaの行ってるところのことを指しています。念のため・・・。



■ 2003/04/25 (Fri)  医療英語のクラス

すでに3回終わっており、途中からになるんだけど、昨日からアダルトスクールで医療英語のクラスを取りはじめた。
アダルトスクールといっても、これは有料。・・・といっても週1回3ヶ月で25ドルだから安い!

1回2時間半ほどの授業。だから課題がボンッと出されてそこから次週テストをするというしくみになっている。

なんだか課題をやってて思うんだけど、なつかしいなーって。そう、考えてみるとNCLEXの勉強から離れてもう10ヶ月くらいになるんだよな〜。これから働くというのに、記憶が薄れていってる自分に気づいた。(これでいいのか!?)
うん、これは今の私に必要な勉強だわ。

全然予定してなかったんだけど、ふらっとアダルトスクールに立ち寄ってクラスのインフォメーションを見ていてふらっと登録していた。きっと何かが導いてくれたのね・・・。



■ 2003/04/26 (Sat)  「V」の発音

発音のクラスをとっていて、いくつか注意する発音で「B」「V」の発音について先生は結構時間をかけて教えてくれている。
そのときはできているように思うんだけど、日常会話で私ってこれに弱いのね・・と気づくことがある。

ボランティア(volunteer)といっても通じなかったり、バーモントアベニュー(Vermont Avenue)といってもなかなかわかってもらえなかったり・・・。

きっと私はbolunteerとかBermontという発音の口になってしまっているんだと思う。
とっさにしゃべっても出てくるようになりたいな〜。