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■ 2004/12/01 (Wed)  12月だよーん

7月や8月くらいから、12月までワープしたかと思うくらい時のたつのが早いと感じている。

今日もまた大変だった。
アル中の患者。暴れる、暴れる・・・。すんごい力ふりしぼって締め付けられてる抑制帯をはずそうとする。本当に片手を外してしまって、とりおさえるのに一苦労。ひとたびそんな患者さんにこっちの手をとられるとすごい力で握りしめられる。こっちもこん身の力をふりしぼって引き離した。
しばらく握力が回復しなかった。一瞬にしてすごい力を使っていたと気づく。

ま、結局いつも病棟で使う布の抑制帯ではだめで、皮の抑制帯をオーダーすることになった。
鎮静剤をIVで何度も追加オーダーでいくが、全く効かず。
手足をしばられ、Help、Helpと叫ばれるとまるでこっちが悪いことをしているようだけど、しょうがないね。これがその人を守る手段だから・・・。
セキュリティーも呼び、一事大騒動だった。
が、家族が来てしばらくして、少しおさまった。
家族の力はすごい。。

エルトン・ジョン似の患者さんもいた。
なぜかすごーく似てて笑えた。この人、おかまっぽかったけど、エルトン・ジョンはおかまだったっけ??
ま、そんなことはいいとしよう。


***
家に帰ると、なんと移民局からレターが来ていた。
レターサイズの封筒で。。

ついにグリーンカードの面接日が決定。

来年1月末だ。
これまでにビザスクリーンのCertificationを受けとらなきゃいけない。間に合うかな・・・ドキドキ。私はやることはやった。あとは厚生省とCGFNSがどれくらいのスピードで動いてくれるかが問題。厚生省がんばってくれー!!CGFNS、早く動いてくれよ〜。。
そしてあと健康診断や、いくつかそれまでに揃えなきゃいけない書類があるようだ。
面接はランダムと聞いていたが、しっかりあたってしまった。
だんなとの面接のタイムラグが25分。つまり25分間が私にあてがわれてるってことだね。何聞かれるんだろ。。
うまくいけばこの日、仮のGCが発行してもらえるらしい。何か不足するとまたそこから待たなくちゃいけないらしい。
どうなるやら・・・。

ここまで長かったけど、何かこういうレターを受け取るとすごくここまでが早かったようにも今感じている。



■ 2004/12/02 (Thu)  早くもクリスマスパーティー

今日は早々にうちの職場(うちのフロアだけ)のクリパがあった。
早々ということもあってか、なんだか集まりが悪かった。
50人ちょいというところかな・・。

去年はだんなを連れて行き忘れたので、今回は忘れず一緒に行ってもらった。(たいていの人は夫婦同伴で参加している)

去年と同様、音楽あり、食事あり、ダンスありと楽しかった。
去年と違うのは(一応うちの)きれいどころである秘書さん軍団が誰ひとり参加しなかったこと。つまり今年の参加者はなんだか年齢層が高い。

あと私も知らない、職員の友達とかその友達とかがいたりして、不思議ないでたち、不思議な外観の人たちもいた。

だんなはこなきじじいにホンコン、欧陽菲菲などを発見したといっていた。
確かにそんな人たちがいた。

みな踊る踊る。おなかのお肉とかでてても気にせず踊る。
こういう空間にいるとふっと自分がやせているような錯覚に陥る。
私なんてまだマシやん・・・と。

いやいや、ある意味実に楽しかった。
商品もあたったし。。。

だんなも楽しんでくれた。
帰りに感想を聞くと「妖怪ハウスみたいやったな。。。」と。

ひどい。。



■ 2004/12/05 (Sun)  寒いな・・

今日は朝から珍しく雨。寒いな・・・。全く太陽が見えないこんな日は昼間から寒い。ぎんちゃんも寒そうに丸くなって寝ている。暖房・暖房・・・。せっかくのお休みの日曜だけど、あんまりうろうろする気にもなれない・・。

家の中の片付けでもしよう。

こっそりここ1ヶ月にわたって進めてきた引越し計画が最終段階になっておじゃんとなった。もう次の家に向けて気持ちはまっしぐらになってた瞬間もあったんだけど、最後までそのテンションが保てず、いろいろ冷静に考えるチャンスがいいか悪いか多くありすぎて、ちょっと待てよ・・ということが次々に出てきた。
ま、つまり縁のある話しではこんなにつまづかないんじゃないか・・・ということになり、自分達から話しを蹴った次第・・・。
ま、次のチャンスに向けていいシミュレーションする機会になったし、知らないことをいろいろ知ったので、いい勉強ができたと思っている。

っつうわけで、引越しがなくなれば少し資金も浮く。
さー、そのお金で旅行しようじゃありませんか・・とあっさりモード切り替え中の私。

今は旅行本みてニヤニヤしている。
ほんと、旅が大好きなんだけど、ぜーんぜん行けてないもんね。こっちに来てからはベガスかサンフランという近場旅行しかしてないし・・。
年越しはタイムズスクエアあたりにいる自分を想像してニマニマ。
飛ぶぞー。
(なーんて具体的にはまだ何も決定しておらず、気持ちだけ飛んでいます)



■ 2004/12/06 (Mon)  健康診断

グリーンカードの面接の前までに健康診断を受けないといけない。移民局指定のクリニックがたくさんあるようで、弁護士さんからうちから最寄りのクリニックをいくつか紹介してもらった。

同じ書類を作るはずなのに、なぜか値段が微妙に違う。とりあえずおよそ200-300ドルくらい。いくつかかけてみてよさそうなところを選んだ。

次の休みにでも行こうと、予約を入れるつもりの電話が今から空いてますよ・・ということで急遽今日行くことになった。
親切な韓国人のお医者さんだった。(ドクターっつう響きよりもお医者さんという感じの人)クリニックの中の造り、おかれてある器具類、すべてにおいて少しアンティークさを感じてちょっと微笑ましい。やっぱ(自分の)病院で使ってるのって進んでるんだなーなんて思いながらきょろきょろする私。

身長・体重測定にはじまり、問診・バイタルサイン測定・心音、呼吸音の聴取、エイズ・梅毒チェックのための採血、過去10年うってなかった破傷風のワクチン接種にて今日は終了。

ニコニコ丁寧で超親切な対応。採血から血圧測定から何から何まで先生がする。ナースはいないんですか?と思わず聞いてしまった。僕ひとりと受付の彼女だけ・・ということだった。

呼吸音とか聞くとき、上着をとろうとしたら「大丈夫、大丈夫」といって、服の上から聴診。
ちなみに私の上着、フリースのジャケットでめちゃくちゃごっつい生地なんですけど・・・。そんな上からちゃんと音が聞けてるような気はしないんですけど・・・。ま健康そうに見えてるとかで適当にやってるんだろうね。もしくはスーパーウルトラ聞こえる聴診器を使ってるかだ。(ないない・・)

以前ツベルクリンは陽性と出ていることを伝えたので、明日はレントゲンを受けにいかなきゃいけない。

そういや、電話で問い合わせていたとき、他のクリニックでは女性はPelvic Exam(内診のこと)が必須ですと言ってた。
今日、ここでは何もそれについて言われなかったので受けなくていいんですか?と帰りに聞いてみた。「いらない、いらない」と言われた。よかった。。
が、受けるかも・・と思って一応スカートはいていったんだけどね・・。

しかしほんとに受けなくていいのかふと心配になり友達に電話。
友達もやってないと聞いて安心した。
(しかし、なんで違うクリニックは必須と言ったんだ?先生の趣味か?)

でも自分が就職する際に何と何のワクチンを受けたことがあって、抗体があって・・・と調べていてそんな紙をもっているので、それは本当に便利だね。こんなのいちいち覚えてるわけないし・・。

来週だんなの予定も勝手に予約をとったが、だんなはさてはてさっぱりそんな自分の予防接種のことなど知らない。
さーて山ちゃん(だんなの母親のあだな)に電話して聞くかー。



■ 2004/12/08 (Wed)  いやなドクター

前にいやーな思いをしたドクターがいる。名前が長くて変わっているのでよく覚えている。が、実は会ったことはない。電話での対応でもう〜〜んざりしたのをおぼえている。

というのも、このドクター、患者さんを見ないでどこかからコンピューターにアクセスしてオーダーをインプットする。
他にもそうするドクターもいるが、そうした場合、オーダー直接入れたからチェックしてねーとかドクター・ナース間にてコミュニケーションをはかるのが普通。
ま、コミュニケーション嫌いな先生は多いわけで、横に立っているにもかかわらず何もいわず、黙ってチャートにオーダーを書いて去っていくドクターもいるが・・・。
ま、でもチャートチェックはナースもしょっちゅうするので、チャートに書いておいてくれさえすれば漏らすことはそうない。

が、うちのシステム上、勝手にオーダーをコンピューターにインプットしても最悪、次のシフトまで気づかないことがある。

・・・と前置きが長くなったが、朝申し送りを受ける前、患者の情報シートをみて、そのドクターの名前を見つけがっくりした。またこの人にあたった・・・と。
夜勤のナースが私のところへ来た。新しいオーダーチェックした??と。。そう山ほど新しいオーダーがインプットされてあり、その多くは「STAT(至急)」オーダー。
「もう夜中の3時にたまたまコンピュータ開けたらこんなに新しいオーダーがあってびっくりよ。ドクターは患者サイドに来てないのよー。なのにこのオーダーの量。きっと夜中12時過ぎてからどこかからインプットしたのよ。信じられない、もーう、私ハートアタック起こすかと思ったわ・・」と大声で他のみーんなにも聞こえるように苦痛を訴えるのはおばあちゃんベテランナース。
ゆっくり仕事をしたいからといって夜勤を選んでいる彼女にとっては屈辱の複数STATオーダーだったろう。
彼女、かなり今日は息があらかった。でも気持ちはわかる。

Anyway、私は一応このドクターの手口を知っていたわけで、私も前にこれで痛い目にあったわ・・という話をした。その場にいたナースが次から次から、私も私も・・・とこのドクターはめったにうちの病院にくるドクターじゃないけど、1度名前をみてオーダーの仕方みたらみんな忘れられないよう。

いやだなー、いやだなー・・・と思いながら仕事がはじまった。
が、ふたをあけると、私のシフトに新しいオーダーは来なかった。そして恐怖の電話もこなかった。(めちゃくちゃ対応が悪い!!ナースをばかにするにもほどがある!!)

っつうわけで、いやな気分になる準備はできていたけど、結局ラッキーにもそうならずに自分のシフトを終えることができた。

きちんとした英語で話せないナース(私のこと)を責めたり侮辱したりするドクターはまだ理解できる。が、ベテランナースの気分をも害させてしまうこのドクターの対応は問題あると思うなー。



■ 2004/12/09 (Thu)  時間の使い方

仕事が終わったあと、夕方16時以降の時間の使い方。
基本的に仕事を始めた頃(1年4ヶ月前)、私はビザスクリーンの英語の試験に追われていたので、勉強をやってもやらなくても「やらなければいけない何か」をいつも仕事の後にも抱えていた。
そんな状態が1年と3ヶ月続いて、ようやく解放された。

勉強しなければいけない状況を抱えていた前と今、どう考えても勉強しなきゃ・・と思っている頃のほうがよく寝ていたなーーーと思う。

家に帰る。メールやらウェブのチェックをする。特別予定が入っていなければスタバに向かう。(コンピューターとテレビと電話のあるこのうちは勉強には適していない空間だから・・)が、スタバでは眠くなりはじめる。そこで、スタバに行く前にちょっと昼寝をしてみる。ゴロンと横になる段階では、「この睡眠は後で勉強をするため」と思って寝ているわけで、自分の気持ち的にはぐうたらして寝てはいないつもり。
が、ときに、起き上がるとだるくって「もう外に出たくない」と思い、そのまま家でだらだらし、明日も仕事がある・・と早々にベッドに入ったりする。

つまり、「勉強しなきゃ・・・」という思いだけは強いが、実際よく寝ていたなーと振り返って思う。
あとお金の計算、家の掃除などなど、勉強しなきゃ・・と思ってるときのほうがきちんとしてたようにも思う。

おかしいな〜。すべては勉強からの逃避行動だったように思える。

今は・・・というと、いつでも寝れると思っている分、昼寝のチャンスをよく逃す。そして夜になると元気になったりして、夜更かししてしまう。そして朝は仕事のため早朝にムリヤリ体を起こすが、ダルダル〜。
ここんとこ、毎朝、「今日こそは早く寝るぞー」と思いながら、なーんとなく寝不足の毎日が続いている。

8時間勤務を終えて、その後次の日に勤務があってもけっこういろんなことをするパワーは残っているな・・・と感じることも多い。が、その時間を有効に使っているかというと、なーんとなく何してるかわかんない間に時間が過ぎているのが事実なここ1ヶ月。

何かしたいな・・・。
スポーツクラブみたいなところに行きたいけど、あんまり近くないしな・・・・。
家で一人でヨガやってもすぐに飽きる。
前に中断したスパニッシュでもまた習いに行こうかな・・。でもこの時期から始まるものはなさそうだし、来年からになるな・・・。

なーんてぶつぶつ考えてるこのごろです。



■ 2004/12/10 (Fri)  クリスマスランチ

昨日は職場でクリスマスサービスということで、ランチが無料だった。大ホールにケータリングサービスがきて、列に並んでお皿の上に食事をおいていってもらうしくみ。各部署のスタッフもボランティアでかりだされ、食事をサーブしてくれていた。
ホールではコーラスのようなもの、ショーなどもあった。が、私たちはそれを横目で見ただけ。フロアで働くスタッフはなかなか座ってそれを見る時間がなく、食事をもらってさっさとフロアに戻るので、実際見ているのは事務系の職員さんだろう。

去年もそういえば同じイベントがあった。豪華だな〜と感激したのを覚えている。が、今回は(こなだのサンクスギビングのときも去年もいつも同じメニューだな・・・)というのが感想だった。年々こうして新鮮さに欠けていくのか・・・。
他のスタッフも言っていた。「もうターキーは飽きた・・」と。

今日はお休み。暖かかったー。
久々の友達と会って久々に積もる話しをした。
人っていろんな事考えてて面白いね。

ここんとこ忙しいシーズンのようで、だんなの帰りが午前様。日々帰宅時間がおそくなっていってる。12時、1時、そして昨日は2時半。・・・そうすると今日は3時くらいかな・・・。
がんばれ!もうすぐ貫徹だ!



■ 2004/12/11 (Sat)  Wonderful Christmas Party

ひとくちにクリスマスパーティーといってもいろいろある。
今日はおそらく私のこれまでの人生で最もクリスマスパーティーらしいビッグ、いやHUGEパーティだったように思う。

だんなさま(今回に限り恩恵を受けたので「様」扱い)が転職をして1年。転職してくれたおかげでこんなパーティーに参加できた。
アメリカスタイルのパーティ慣れしていない私は服装とか考えて躊躇する部分もありながら、ミーハーなので、やっぱ場所がビバリーヒルズのプリティーウーマンの舞台だった某ホテルでのパーティーと聞けば自ずと気分はウキウキしてしまっていた。

車をホテルにつけた時点から感動。周りにいる人がきらきら輝いている人ばかりだ。(服装も雰囲気も・・)エスコートする係員、パーティーに参加する人々、みんな素敵・・・と思えた瞬間だった。

会場に入ってまたびっくり。なんと人の多いこと。。ごったがえしている。参加人数1200人程度と聞いた。
観察しているとまた驚きを発見。白人比率の高いこと・・・。あとは我ら日本部門の日本人たち、その他アジア系はけっこういたかな。。でも黒人、ヒスパニック系の人たちを探すのは難しい状態だった。
うちの病院で見る人種の比率と全然違う。。。
何がそうさせるんだ。。。といろいろそんな場に及んで人種問題を考える私。

ま、anyway・・・だんなさまの素敵なCo-workerさんたちとテーブルを囲んで楽しいひと時を過ごした。
だんなは忙しい仕事を楽しんでやっているが、なんかそれがわかるな・・・と思った。みんな冴えてるし、いい人ばかりだ。

ま、こういう場では必ずといっていいほど、最後まで残りたいタイプの人間だった私も、33歳となってしまった今はやはり明日のことを考える。明日は仕事だ・・朝も早いし帰ろう。。。

最後は会場がディスコ化していた。生演奏に生ダンサー、そして踊る多くの参加者たち。
いやー、いい経験させてもらいました。
見るだけでも楽しかったけど、自分がそこにinvolveされている状態もこれまた楽しいな・・というか、ハッピーだな・・と感じたのでした。

だんなを置いて先に帰ったわけだけど、帰りの車で一人考えてた。
(ビザスクリーンの試験がもしだめだったらだんなのビザにまで影響し、だんなもろとも日本に帰ることになる。そんな日が近いかもしれない・・・)と、ついこないだまで恐れながら、そしてそんな状況を結構真剣に想定しながら日々過ごしてたな・・・。と。
自分の手でだんなの雇用を奪わないですんでよかった・・・。
そんなこと考えるとぞわっとした。

どーーれほど自分に重くのしかかってたテストだったか、本当にいまでもそう思う。



■ 2004/12/13 (Mon)  つかれたぁ〜

4連勤の2日目(昨日)にダブルで働いてしまった私。
いやー、あんまり最近オーバータイムのチャンスないし、昨日は疲れてたけど、自分の受け持ちの患者さんたちが落ち着いていたので、今がextra moneyのチャンスとばかり自分から手をあげてしまった。。
全然忙しくなく、おだやかに過ぎた16時間だったが、やっぱ長い・・・。おだやかだとなお長く感じる。

今日も仕事、明日も仕事。
でもただいまの時刻、まだ17時前。
さー今日は寝るぞー!!と思っていたのに、またビデオ借りてきてしまった。。。

12/2にあったうちの職場でのクリスマスパーティーの写真が休憩室に張り出されている。前述の通り、その場は妖怪ハウスだったわけで、写真にもその妖怪さんがたくさん写っている。その中、とりわけ私たち夫婦がまともなカップルに見えるのはなんとなくありがたいと思ってしまう。
参加してない多くの人に「あれだんなさん?」とか「だんなさんの写真見たよー」とここのところよく声かけられる。
「(私のことを)独身だと思ってたー」と何人かに言われた。(どういう意味か。。ま、若く見えるということでありがたくこの言葉をちょうだいしよう)
あと、二人別々の人から別々のタイミングで「だんなさんは白人なんだ・・」といわれた。一人には「白人に見えるね」と。
「えっ・・?」

今晩帰ってきたら今一度よく確認してみよう。



■ 2004/12/14 (Tue)  カンボジアン

うちの病院には結構な頻度でカンボジア人の患者がくる。なんでカンボジアから・・・???病院のある市にはカンボジアのコミュニティーがどこかにあるらしい。
で、ほとんどのカンボジア人の患者さんは母国語しか話せない。
その娘・息子たちも話せる人のほうが少ないかな・・。孫までいくとたいていこっちで育っているのか、英語をネイティブレベルで話している。

そしてカンボジア人に特有な病気のひとつとして肝炎がある。
その他の人種で肝炎の場合はアルコールに起因することが多い。(もちろんドラッグアビューズによって肝炎を起こしている人も多い。それは大体顔と行動をみたらわかるようになってきた。)
が、カンボジア人の特徴として多くのケースがアルコールには起因しない。

つまり人種特有の疾患??

ここんとこ、同じような症状の人が二人続いたので、ちょっと調べてみた。
どうやらカンボジアの場合、衛生状態に起因するようだ・・・。(ぱらっとネットを見た限りなので、全く統計的に何もいえる資料ではないが・・・)

まだまだ大変な国なんだな〜。

そしてこれまで知り合った多くのカンボジア人に「日本人」というと、それだけで「money、money」とか「Japanese good」とかたどたどしい英語で言われる。

私たちがカンボジアに抱くイメージがあるように、カンボジアの人にも「日本に抱くイメージ」があるようだ。

こういう国の人たちは難民ビザ?かなんかで渡米してきて、子供が大きくなったら(アメリカで生まれた子供は市民権が自動的に得られる)その子供にサポートしてもらってビザをとると聞く。
そしてメインの目的はお金を稼ぐこと。

ある患者さんのお孫さんと話した。
「渡米してくる多くの日本人はお金を得るためでなく、むしろ留学や渡米によって多くの貯金を失ったり、親から仕送りしてもらったりしている」などと言うとやはり驚かれる。

日本は本当に裕福な国なのです。



■ 2004/12/15 (Wed)  キムチ

うちの職場の韓国人ナース。(そういえば彼女、日記に何度か登場してる気が・・。)
私から見たら彼女はチェ・ジュウ並にかわいい。3ヶ国語うまくあやつるし、まじめだし、仕事の面では全然私よりも後から入ってるけど、すごいなーという面が多い。

ま、それはいいとして、そんなかわいい彼女も私のこれまで接してきた韓国人と同様、朝話しするとたいていいつもキムチの臭いがただよってくる。
(ちなみに私はわりと鼻が敏感な方。。)

こないだサンクスギビングのフリーミールの時、小さい玉ねぎがついてきていた。彼女はそれを必死でよりわけて避けていた。
「きらいなの?」と聞くと、「だって臭うでしょ・・・。」と言う。

キムチはよくって玉ねぎはだめな理由が私にはわからない。
(ちなみにそのときの玉ねぎは小玉ねぎで透明になるくらい火が通っており、味は甘かった。)

昨日、「お昼ごはんたくさん持ってきたの、分けよう!」と言ってだしてくれたのはキムチごはん(キムチチャーハン)だった。
めちゃめちゃ、こないだの玉ねぎ以上に臭うんですけど・・・。

でもやっぱりこれはいいらしい・・・・。

なんなんやろう。。。

キムチのことを語ると熱く語ってくれる。数ヶ月置いたキムチの使い方、フレッシュキムチの使い方、いろいろあるようだ。

その後「Dr. キムチ〜」・・なんて、ふさげて呼んでみた。
いくらキムチが好きでも、それはあんまりうれしくなさそうな反応だった。
悪ふざけはやめよう。



■ 2004/12/16 (Thu)  若い死

今日も患者さんが亡くなった。
52歳メキシカンの女性。乳がん、子宮体がんの患者さんだった。

朝、深夜から申し送られた段階では状況はよくないがstableだということだった。
呼吸状態がよくないな・・と思い始めてから息をひきとるまで約1時間だった。

3ヶ月前はこんなに元気だった・・と娘さんが静かに泣きながら写真を見せてくれる。初孫ができて抱っこしている幸せそうな顔の写真だった。そこで息をひきとっている患者さんからとはまるで別人に感じた。

家族が次々やってきた。
「NO−−−−−−!!!!」と叫んで患者さんをゆすったりする。
そんな状態に出くわすとこっちも目頭がふと熱くなる。

やはり若い人の急激な悪化による死は家族の「受け入れ」がお年寄りが亡くなるそれとは違う気がする。

かわいそうになー・・・と思いながらベテランナース陣がぺちゃくちゃ何かを食べておしゃべりしているところを通りかかった。
「患者さんが亡くなったわ。」というと、
「ペーパーワークが増えたわね〜」なーんて笑い飛ばされた。
不謹慎に聞こえるかもしれないが、この人たち、決して冷たい人たちではない。この道20年、25年の人たちだ。
こういう言葉、患者家族に聞こえるところでは言うものではないと思うが、それくらいの気持ちでないと、真正面から死に向き合って一つ一つに感情を込めていたりしたらこの仕事はバーンアウトしてしまう仕事だとも思う。

「死」の瞬間はやはり悲しい。
その悲しい瞬間に立ち会うチャンスの多いこの仕事。

悲しいかな、職業人として「死」とつきあえるようになっている自分に気づいたりする。(死にかかわる前後にももぐもぐごはんを食べていたりしている自分がいる)

バーンアウトしないために・・・大事なのはバランスだと思うな〜。



■ 2004/12/17 (Fri)  ギフト エクスチェンジ

今日もGift Exchangeという名のもと、職場でクリスマスパーティー日勤帯バージョンがあった。
参加する人はサインアップしてーと書類が1週間前くらいから回っており、あらかじめ誰にギフトを渡すかというのがくじで決まっていた。

つまり自分は誰に渡すか決まっている。だからその人のことを想像しながらギフトを買いに行ける。が、自分は誰からもらうのかは当日までわからないというしくみ。予算は$10-$20。

なかなか面白い。。。

そしてポトラックパーティーで、何か食べるものをもっていかないといけない。こないだ、お弁当に入っているコロッケをあげたら喜んでいる人がいたので、今回はそれを大量にもっていくことにした。

いつもより早起きしてコロッケを次から次へと揚げる私。ハクション大魔王状態だ。
(あれはコロッケか?ハンバーグか?)

朝から手に荷物いっぱいでどこからどう見ても「働く気あんのか〜?」という状態。
患者さんの状態が落ち着いていたので、パーティーをする部屋のデコレーションを手伝ったりもした。クリスマスツリーを出したり、みんなの持ち寄った食事をテーブルに並べたり・・・。こういう瞬間は楽しくてしょうがない。

で、ギフトチェンジ。
なんと私には私の欲しいものが来てびっくりした。(ソープ・ボディークリームなどいわゆるバスグッズ。こんなんはいくつあっても飽きない。使いもするが、並べてるだけでもうれしい。)

マネージャーからみんなにもギフトがあった。それははずれだった。小さいエンジェルの置き物だった。
が、そのエンジェルどう見ても怖い顔してる。なんでこんなん選ぶねん・・ともらいながら不満に思う私。

何はともあれ、オフィシャルじゃないけど、こないだ12/2にあったクリスマスパーティよりもなんぼか面白いと感じたパーティでした。



■ 2004/12/20 (Mon)  妊娠話

前も書いたかと思うが、うちの職場は妊娠ラッシュ。みなそれぞれ、それぞれの赤ちゃんが日々育っているようで、その1人が産休に入り、複数の人が大きなおなかをかかえ始めている。

おなかが大きい人が輪の中にいるとつい子供の話、妊娠生活の話しになる。
今日はたまたま(比較的)若い集団が同時に休憩室でランチをとることになった。
そこではずっと不妊だった彼女がいかにして妊娠したかの話しで盛り上がった。彼女の言ったままを書きたいがちょっと書けない内容なのが惜しい。。。

ちなみにこれまで数えようとして数えたことがなかったが、最近聞いた話ではうちのフロア、ナースだけで120人以上いるらしい。。で秘書さんに看護助手さんに・・・といつも働いている人たちの数を数えると・・・。数え切れない。
そんな母数が多い集団の中、上記のごとく妊婦も多いが、私のように「そろそろ子供が欲しい、できてもいいかなと思っている」という予備集団もけっこうな数いる。

そんな予備集団と妊婦たちが寄ると最近はいつも妊娠話し。
結婚年数そして年齢からすれば「次は私」らしい。・・・と多くの人によく言われる。
これまで私はいつも「試験がパスしてから」と言ってきたので、パスしたことを知る人間は「まだか?」とよく聞いてくる。
まだ子供ができてもいいかな・・と思ってからものの数ヶ月しかたっていないのに、「まだみたい」と答えた回数は数え切れない。そしてやれ、病院に行けだの、こうこうこうしたら・・だの・・・いろいろ言ってもらえる。ある時は(まるで不妊症扱いになっているなー)と感じるときもあるが、たいてい面白い話しが聞ける。特にInsuranceが同じ人同士の情報の交換はありがたい。いい先生やcoverageなどの話しは具体的にいろいろためになる。

私は基本的に計画をたてるのが好きな人間だが、これだけは神のみぞ知る・・と思っておきたい部分もある。



■ 2004/12/21 (Tue)  旅はもうはじまっている

私はもともと旅行好き。久々の遠出旅行にわくわくしている。もうばっちりNew Yorkでのホテルもとったし、ついてからどう動くか、その詳細さはできの悪い旅行社よりもかなり出来はいいと思う。
行ったことがあるから距離感や交通手段が想像つくしね。計画が立てやすいのはそれが一因だろう。

今はいろいろオンラインでチケットが購入できたりする。絶対行く気でいる場所があるならそれを買っておけば時間を有効に使えるしいいね。とくに行く日程は混み込みの時期なのでね。

問題は服。
アメリカに来てから冬らしい冬をまだ過ごしていない。かろうじて私はここ3年間で2-3回しか来たことのないダウンジャケットをもっているからそれとマフラーと手袋と帽子でしのげるかと思うが、だんなに限ってはそういう服装を一切持っていない。
基本的に暑がりなので冬服買おうか?というと「いらない」と言う。どうせ3-4日のことだしもったいないという。
それはどうかな・・・。
ニューヨークの寒さをなめてはいないかい・・・?
・・・と、ここまで何度か同じ会話をしたがこんな感じなのでとりあえず同意は簡単に得られそうにないと判断。
っつうことで勝手に今日は彼のダウンジャケットを買ってきた私。こうしてなんでもちゃっちゃと決まっていくのがうちのやり方。

そしてぎんちゃんのお泊り先も決まった。
友達のやっているトータルペットケアで年を越してもらうことになった。いっぱい他のお友達もいるからきっと寂しくないだろう。

いやー、ガイドブックみてあーだこーだ考えている時間からもう旅は始まっていると感じる。
それまでがんばって働くぞー!!



■ 2004/12/22 (Wed)  スイート&スイート

日本ほどではないがこっちでもたまーに患者さんが退院するときお菓子をおいていってくれることがある。今はクリスマスシーズンだからいつもよりもそんなプレゼントが多いかな・・・。
そしてドクターたちも何かもってきてくれて休憩室においていってくれたりする。

なんでどれもこれもチョコレートだの、あま〜〜〜いキャンディーなの・・・。

うちの病棟は糖尿病内科とうたっているところですぜ・・・。

・・・とかいいながら、上等そうに見えるものが多く、とりあえず一種類につきひとつずついっておこうと考えるおばちゃん根性の私は、今日は甘いものでおかしくなるかと思った。

・・・
安いのでいいです。
誰か、カレーせんべいとか置いていってくれませんか。。。



■ 2004/12/23 (Thu)  ぎんちゃん ERへ・・・

昨日の夜からぎんちゃんがおかしくなった。その様子はきんちゃんが亡くなる前と同じ感じだった。足元がおぼつかない動きでのろのろと動き、心臓の動きがやたらと早くなって呼吸も荒い。

え、ぎんちゃんにももう寿命が・・・?

きんちゃんの時のことがいやでも頭の中にフラッシュバックする。きんはこんな状況で手の中で抱っこされ1時間ほどで息を引き取った。

いやだけど、いやだけど、少し覚悟はしていた。
もう長くないかも。。。

寝ずの番をした。ぎんは何時間もそんな状況でがんばった。明け方5時前、仕事をキャンセルする電話をいれた。その後さすがに少し寝てしまったけど、できるかぎりずっと見守った。
朝、ネットで調べアニマルホスピタルなるものへ連れて行くことにした。寿命だと何もできないだろう。でも何かできるかもしれない・・。

犬猫をみてくれるところはたくさんあるけど、ハムスターは見れませんと電話で断られるところが多かった。
とりあえずEmergencyで見てもらえるところが見つかりすぐに連れていった。
私は書類を書くよういわれ、ぎんちゃんはすぐに奥に連れていかれた。一緒に入ったらだめ?って聞くと「状況によってはすぐ処置に入ります。落ち着いて普通の部屋に戻ったらおよびします」と言われた。
待合室で犬や猫を連れているほかのお客さんに「どうしたの?」と聞かれ優しい言葉をかけられたら泣けてきた。

すぐにする処置はなかったようで、しばらくぎんちゃんと別室で待つように言われた。それからドクターを待つこと40分。優しいいい先生だった。
体からはみでるくらいぎんちゃんにとっては大きな聴診器を当てられたりして、じっと診察されるぎんちゃんは可愛かった。
とくに悪いところはないが、確かに呼吸状態がよくないね・・と。
それからぎんちゃんはまたもや別室に連れていかれ酸素療法を受けた。
あえて可能性をあげるなら、呼吸器感染症の疑いといえるかもしれないということで抗生物質をもらった。

エマージェンシーに加え、酸素療法に抗生物質・・・。もちろん保険はない。
だんなと数百ドルはいくね・・。1000ドルくらいかかるかもよ・・・。いや、この際お金は関係ないよ。。。
なんていいながら・・・

お値段は・・・

「Seventy nine fifty」

え????
7千何百ドルですか???

もう一度聞き返す。
79.50ドルだった。思ったより安くてびっくり。
Emergency料金は割り引きしてくれていた。

とりあえずそれからぎんちゃんの状況はすこーし小康状態。
おかしな呼吸ではあるけど、とりあえず今すぐどうって感じじゃないかな。。。

きんちゃんが逝ってまだ2ヶ月たってないし、ぎんちゃんまだまだ生きて欲しいな。。。

ちなみに処方された薬のラベルは「Gin」とかかれている。かわいい。。。
が、先生は「じん」と呼んでいた。



■ 2004/12/25 (Sat)  Merry X'mas

ぎんちゃんのあれからといえば・・・。
正直もう何もしてあげれることなく、あとは命つきるまで一緒にいてあげるだけかな・・と時間の問題だと思っていた。

昨日12/24。まだまだハーハーいいながらがんばるぎんちゃん。
「お薬は効いてますか?"ジン"の具合はどうですか?」と23日に行ったアニマルクリニックから丁寧に電話があったのには驚いた。そのときは「まだがんばって生きてます」と答えた。そんな表現がぴったりだった。

が、昨日24日の夜からなーんとなく呼吸状態が気のせいかよくなってきているような・・・。
今日25日はちゃんといつものようにいつもの場所でおしっこをして、お水を飲む勢いもわりといつもと同じような強さでのめている。足のよろよろも全然マシ。
あれぇ????元気になってきている???
1日2回飲ませる抗生物質が効いている??(小さいシリンジでちゅっちゅっと飲ませるのですが、これまたかわいいのです・・・)

すごいよ。ぎんちゃん。復活だ!
まだ全快ではないし、まだいつもの元気さは完全に取り戻したわけじゃないけど、このままよくなっていく兆しを見せ始めた。

そんなぎんちゃんを心配しつつも23日も24日もクリスマスパーティに出かけた私。
いっぱい食べていっぱいおしゃべりする機会の多い今日この頃です。私にとっては最高な季節ですねー。

さーて今日から恐怖の6連勤。過去にやったことあるのは1度あったかなかったか・・・。いくら8時間勤務といえ、体を使うこの仕事。たいてい4連勤が終わるとあー疲れた・・と疲労感に満ち溢れる。果たして大丈夫か・・。自分でリクエストした勤務だが、6連勤という響きにちょっとびびっている。
できるだけSave Energy。。 Save Energy。。。
しかし、6連勤が明ければニューヨークだ。
がんばるしかない。
いや、こういうことがかかっているとがんばれるのだ。

そして今日はアメリカで4回目のメリークリスマス〜〜〜!!です。



■ 2004/12/26 (Sun)  楽しい勤務

日勤のナース、誰とあたっても別に「イヤ」と思う人は特にいないけど、今日は特別楽しい組み合わせだった。
同じウィングに今日はナースが4人。一人は私の今や職場でのベストフレンドといえるD(フィリピーナ)そして私の元プリセプターM(白人)そして私をいっぱいからかってかわいがってくれる超経験者、が怒らせたら怖いV(黒人)とだった。
好きな順番!・・とかそんな小学校の時にやったようなことやらないけど、やるとすれば私にとってこの3人は上位3位にはいる。(・・やってるやん・・・)

ことあるごとに座ってぺちゃぺちゃしゃべる。全くもって内容はない。ただのおしゃべり。が、楽しい。この人たちは私の英語力をよーく知ってるからちゃーんと会話の仲間にいれてくれるし、意図してかしまいか、上手に話題をふってくれる。Comfortableに会話の中にいれるととてもうれしい。

MやVはすごいベテランナースだけど、手よりも口のほうがよく動く。細かいことはいろいろ私が動き、わからないことやちょっとした疑問は彼らが解決してくれる。
Dとはいろいろ同じ目線で助け合える。
すばらしい需要と供給で(と思ってるのは私だけかもしれないが・・)、暇すぎず、忙しすぎないいい勤務時間を過ごせたのでした。



■ 2004/12/27 (Mon)  初めての遅刻

考えてみれば仕事を始めてからこのかた遅刻をしたことがない。フリーウェイでたまーに事故はあるがなんとかいつも間に合う。
が、今日はほんとーに動かなかった。
フリーウェイでスタック。上空にはヘリコプターが飛んでいる。迂回しようにも左から2番目のレーン(そこは片側6車線だった)に入ってしまっていて、左右とも動かず。
どうしようもなかった。

じわじわっと動くときもあるがほっとんど動かなかった。
事故で一時完全に封鎖してしまっていたのかもしれない。

ま、Anyway車の中から病院へ電話して遅れることを伝えた。
夜勤ナースがまだいるから大丈夫よ〜と電話口にでたチャージナースは呑気な感じだった。昨日と同じ患者さんを受け持つだろうし、ま、こっちも気が楽だけど・・・。

結局いつも15分の道が今日は50分かかった。いっつも遅れそうでも遅れないのが、自分だったのに、今日は本当に遅れてしまったな・・・。

ところで、ニューヨークタイムズスクエアでのカウントダウンパーティーに行くことを同僚に話していると、トイレをその寒い中我慢するのはきっと本当に大変だろう・・と。
尿道カテーテルをいれていきな!フットバッグ(足に巻きつける尿をうける袋のこと)も忘れずにね!
などとジョークをとばすのはいかにもナースの会話っぽい。

ちょっとマジで考えたりする私。。。
いやいや、good ideaだが、さすがにそれはやめとこう・・・。



■ 2004/12/29 (Wed)  読唇術

6連勤も5日が終わった。あともう1日だ。覚悟していたからか、思ったよりも疲労感が少ない。体(特に足)はだるだるだが、精神的疲労が少ないのはいい患者さんたちをずっと受け持ってるからだと思われる。

ひとりの患者さんはDEAF。完全に聞こえないらしい。だんなさんとは手話で話している。が、彼女は口の動きで相手が何言ってるか大体わかるため「大きな声でゆっくり話して」という。そしてそんなことを書いたサインを患者さんのベッドサイドにでかでかと貼り、関わるみんながそうできるようにした。

普通耳が聞こえないとうまくしゃべれない。が、この患者さん、普通のしゃべり方とはちょっと違うが、とても上手に話す。
ゆっくりしゃべると大体通じる。が、それでも通じないことがたまにある。話すとき彼女が私の口をじーっと見つめるため、ちょっと恥ずかしくなる私。意識しておかしな口になる自分に気づく。
通じないときは間違いなく私の口がおかしいと見える。

そんなこんなで今日も昨日に引き続き雨。滝のように降ったり、そうかと思えば晴れ間が見えたり、なんだか不思議なお天気だ。
そういえば去年もこんなだったな・・・と、家族が日本から来てくれた1年前を雨で思い出す。
1年ぶりの大雨のような気もする。
それほど雨が珍しいから、「雨」というだけでニュースになるわ、事故は多いわで、雨への対応がここLAではほんと「特別」待遇であるのがわかる。

そういえば家の近くのストリートに止めてあったオープンカー、開いたままだった。すごーい降ってるのに・・・。いいのかな。。。きっと雨が止んでたときに止めてそのまま車から離れたのだろう。。
くせって怖い。。。



■ 2004/12/30 (Thu)  今年最後の日記になるね・・

というわけで、今年をちょっと振り返ってみよう。
どんな1年だったかな・・・。
おっと便利なこの日記。自分で自分の1年前の日記を見てみたりする。思い返すのにちょうどいい。。。
(普段読み返さないし、読んでみると自分が書いた文章ながら新鮮な感じがする)

今年の初めの日記に「とにもかくにもビザスクリーンに合格したい」とある。そう1年前はこの目標がかなわないままの年越しとなったので、本当にそう願っていたのをついこないだのことのように思い出す。

振りかえって思うに、10月末にビザスクリーンの結果を受け取るまで、ほんとーにこの試験に気をとられ、時間をとられ、精神力をもっていかれ、楽しいことももちろんいろいろありながら、生活の気分的なペースはすべてこれが中心だったといっても過言じゃない。移民局の動きに振り回され、結果が思うように出せず試験の結果次第でアメリカ生活も続けられるかどうかわからない状況で、ほんとーに不安定で泣いたり落ち込んだりよくしたよなーと振り返ると、もう2度とこんな思いはしたくないと思う。(それがわかるだけに今がんばっている人たちにもどうかどうかGOOD LUCKを・・・と思うばかりです)

今年9月、つらいとき、恩師であり職場のボスであったお母さん的存在の先生に泣き言メールを書いたら素敵な返事をすぐにくれた。
「今は厄年の最後。後厄は大体10月頃から明けてきます。それが過ぎると夢を見ているように何かに後ろを押されているかのように事が流れます。次の試験はきっとOKですよ」というような内容だった。
注)この方占い師ではありません。

私は厄年とかあんまり気にしてこない人間だったけど、つらいときはそういう不幸の言い訳(?)をもっていると少し気が楽になったりするもんだ。
なにせ先生の言葉は力強く、ありがたい言葉だなーと心底思ったのもよく覚えてる。

仕事面では、早くも始めてからトータル1年と5ヶ月がたった。とてもCo-workerに恵まれ、自分の存在を自分で感じられる職場にいられることを幸せに思う。まだまだ学ぶことが多い環境だし、毎日が新鮮。ちょっと興味のある他の病院もあったりするが、場所を変えて必ずしも幸せとは限らない。今の環境に「そろそろ飽きてきた」と思うまでここで腰をおちつけてがんばってみようかな・・と今のところ思っている。

あと・・・今年の初めの日記に車・家・子供・進学・・・と書いている。
車はぼろ2台のうちなんとか1台を新車におきかえることができた。もう1台も欲しいな〜・・。
でも家が先かな・・。今の家、周辺の治安があまりよくないのを省けばとても心地いい。が、それが一番重要なのよ!!!とよく言われる昨今。ギャグであれ「撃たれて死ぬ前に引越しな」ともいわれる。
ま、引き続き、いい物件に出会うまでお金を貯めながらじっくり選ぼう。
子供。これだけはさーていつになるやら秘密です。(私が一番知りたい)
進学・・。アメリカの病院の実情を知るにつけ、もうちょっと経験があってから進学のほうがいいと思うわけで、これは来年の目標ではまだないかもな・・・。

来年もきっといろんなことが起きるでしょうが、私が大事に思う一期一会で楽しく前向きにいい年にしていこうと思っています。

ウェブサイトの常連の方々、いろんな反応や書き込み、メールなどいつもうれしく思ってちょうだいしています。今年1年お世話になりました。
そして2005年もどうぞよろしくお願いします。

それではNYへ行くパッキングを始めるぞー。OH〜。

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