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■ 2004/06/02 (Wed)  医療費

先月私が病んだときに行ったドクターズオフィスから請求書が届いた。
私がとても興味あることなので、きっと興味のある人もいるだろうと思い、詳細を書いてみようかなーなんて思う。

ドクターオフィスにて
診察料金 128ドル
Strep Throatの簡易検査料金 27ドル

検査室にて
咽頭菌の培養テスト 33.75ドル
採血 (3種) 84.25ドル

トータル 254.86ドル

ということでした。
これに処方された薬代が加わる。保険がもしなかったら、たった1回の診察に、約350ドルかかったということになる。

保険に入っているおかげで(毎月せっせとかけ捨てているおかげで)、これが今回は負担なしの無料ということだった。(薬代にCopayで10ドルかかっただけ)

レントゲンもとってなければ、大したことはなんにもしていない今回のシンプルなケースでさえこれくらいかかるということで、ちょっと驚き・・・。
日本ってどうだったかな〜。保険があって当たり前であまりお金のこと気にしなかったしな〜。どうだったか覚えてないのが事実・・・。

クリニックとかで働くと、こういうことにもっと詳しくなるのかもしれないが、毎日医療に携わっていながらも病院だとお金のことはさっぱりといっていいくらい、どのくらい患者さんが支払っているのか見えていない。

なんだかやたらといろいろなオーダーを簡単に次々と患者さんに出す先生もいるけど、オーダーを打ち込むたびにこの金額が出たらもう少し状況がかわるかも・・・。
でもそうすると気持ちが操作されてなんか医療のゴールも変わってきてしまうか・・。患者にとっていい医療=コストの安い医療ではないしね・・。かといってその逆でもないような気がするしね・・。
うーーん・・・。
興味はあるけど、よくわからなくなってきたので、この辺は専門家に任せるということで、今日はここまで・・・。



■ 2004/06/04 (Fri)  づかれた〜

もう何回目?本気で数えられないんだけどTSEを懲りずに今日も受けてきた。月1回、これは私のライフワークになりそうだ。

意地悪な会場のお姉さん、たまたま私が受験票に貼った写真が全くパスポートと同じもので、(そんなこと気にもかけてなかったんだけど証明写真のストックの中にたまたまそれが残ってて深く考えず貼っただけなんだけどねぇ)それでその写真が4年前のものとわかり、規定では6ヶ月以内となっているからこれでは受けられないという。
写真みて私ってわかればそれでいいやん!!しかもパスポートの写真をテストセンターに送るわけでもなく、そこでの本人確認をするだけ。確かに規定はそうかもしれんけど、そのお姉さんさえOKといえば即受けられるものが、固いこと言うなよ〜・・。
で、向こうで待っていて!と冷たく言われ、待つ。
他の人に相談した結果「試験は受けてもいいが、この写真が4年前のものですということをテストセンターにレポートします」という。それがどれだけ私にとってマイナスになるかは誰もわからない。大したことじゃないかもしれないけど、規定外のことをしているというだけで採点からはねられる可能性もある。
で、「もしくは今から写真をとってくるというオプションもある。が、あなたが戻ってきて必ず受けられるという保障もないし、スタンバイでいつ受けられるとも保障できない。」と・・・。

なんか私にしてはたったこれだけのことで・・という「怒」の感覚。が向こうは向こうで自分の責任をまっとうしようとしている。確かに向こうが正論なのはわかっているが、その表現とか言い方にむかーっときて、「あなたのスーパーバイザーはどこ?その人と話します」なーんて、めちゃいやな人になる私。(こんなこと病院でもいう人いるんだよな〜。あー自分がすごいいやな人。あーやだやだ)

スーパーバイザーは中にいて20分待ってといわれる。
そんなに待つならさっさと写真とりに行ったほうが話しは早いか・・と思い、写真はどこでとれるのか聞く。
車を止めたところははるかかなたで、写真屋さんは正反対の方向2ブロックほど行ったところ。これは車とりに行くより歩いていったほうが早いと判断。暑っつい中、歩く。見えているような距離がなかなか遠い。
着いた。お姉さんが教えてくれたお店は完全にCLOSEされており、空テナントになっていた。隣のお水屋さんのおやじにどこで証明写真がとれるか聞く。道を教えてくれる。たったのワンブロックだが、歩けば結構ある。歩いた。着いた。店のおやじに現像に1時間かかるがいいか?と聞かれる。なんで写真屋なのに、インスタント置いてないねん!!と心でいらいらしながら、どこでインスタントがとれるか聞く。教えてくれたのが、もとのお水屋さんの近く。水屋のおやじ、しっかりしてくれ〜〜〜。
そしてまた同じ方向に戻る。やっとインスタント写真をとってくれるお店にいきついた。「そこに座って、カメラをあたためるからちょっと待っててね・・・」といってお兄さんは去っていった。待てどくらせどお兄さんは戻ってこない。そんなにあたためないといけないのか?声をかけにいった。完璧忘れられてた様子。
汗まみれの顔でようやく写真撮影。乾かす途中、お兄さん、写真を手で「べちょ」っと触ってしまい、私の顔がゆがんででてきた。アマチュアでもやらないようなことを・・・。で、もう一度とりなおしていいかと聞いてきた。でも2枚のうち1枚の「べちょ」は顔以外の部分で、使えそうだと判断。1枚しか必要じゃないので半額でくれといった。3分の1くらいの値段で購入できた。それはラッキーだったか?でも取り直したら捨てていたであろうものにお金を支払ったのか?得したの?損したの?
ま、いいや。

それで会場に戻る。無事試験は受けられることとなったが、試験前に疲労度ピーク・・・。

試験はというと・・・。いつもよりしゃべった気がするんだけどな〜。でもこの試験には全然期待してない。TSEのクラスで出会った人で、試験できたのに・・と言っていて私より全然しゃべれる人でも45だったり、あんまりしゃべれたという感覚がなかった前回でも私は45とれたりしていて、50の壁というのがいまいち受験生にとってわかりにくい。
噂だけど、50とれるのは上から7%とか、はたまた1%とかという話しもある。これまた噂話だけど、イミグレーション関係の人が合格率を操作している可能性もあるという話しも聞いた。(でどころは全く不明。きっと誰かの推測だろう)

ま、そんなこんなで予定よりも2時間半遅れ、フリーウェイではどっぷり渋滞に巻き込まれ、不快なドライブでやっと帰ってきたところ。
ついてないことって続いて起きるものなのね〜・・・。
ちゃんちゃん。



■ 2004/06/08 (Tue)  Give me a break〜

土曜一日働いて日曜休みのつもりが、日曜も入ることになり、土曜から今日で4連勤目。
同じ患者さんをキープできるのは(情報がつかみやすいという点で)連勤のいいところだけど、大変な患者さんを持つとずーっとその大変を受け持ち続けなきゃいけないという点ではつらいときもある。

My patient。おなかに膿がたまっており、それが感染していて、痛い・おなかが張る・吐き気がある・・などなどの症状があった。で、ペインコントロールのドクターが関与していて、土曜の昼からPCA pump(日本でなんて呼んでたっけ?デルデックポンプかなんかと言ってたっけね・・とにかく、患者さんが痛いときにボタンをおしたら痛み止めが流れるっていうやつね・・)を使い始めた。
いろいろナースサイドの問題もある。PCAポンプの使い方をあまり知らないナース、はたまた使い方を間違っているナース。あと、ポンプサイドにも問題がたまに生じる。High pressureというちょっとした圧力にでもピーピーとアラームがなる。患者さんはこの音にいらいらしてしまうのよねー。

ま、いろいろナース側、ポンプ側など問題はあるにせよ、この患者さん、文句言い過ぎ!!!!!
受け持った初日、痛くないときの彼女はとてもいい感じだったので、痛みが彼女をクレイジーにさせると信じて、私は一生懸命痛みをとるべく働きかけてきたし、がんばってきた。
でも彼女がナースに来て欲しいときにコールをしてすぐにナースが来なければ急に激怒しはじめる。あれほどさっきまでナイスだった患者さんが、泣きながら「誰も私のことみてくれない・・」という。
で、なんといっても申し送りの1時間の間が彼女にとってはバッドな時間・・。確かに手薄になってコールがあってもすぐにいけないタイミングではあるが、これはよほどの緊急事態でない限り患者さんも理解してくれなきゃな〜って思う。
うちは15時から16時が申し送りの時間だけど、16時前って微妙な時間なんだよねー。
というのも、私たち日勤はすでに患者情報を準夜にパスしたから、準夜の人たちが患者さんをみてくれると日勤は安心して残務をする時間。もしくは終わってたら帰る時間。
が、準夜の人にしたら、申し送りを聞き終わったすぐで、さてこれから患者さんのところに行きましょうという時間でまだ患者さんのことを把握していない時間。

昨日、申し送りを終えてリポートルームを出た瞬間、15:55に私宛にカスタマーサービスという病院の部門から電話がかかってきた。内容はあなたの患者さん、ナースコールをずっと押しているのに誰もきてくれないと苦情を言ってますという内容だった。

おいおい。。。待てよ・・・。
このやり方はどうよ・・・。どれだけ私がこの患者さんに必要以上に時間をさいているか・・・
(というのも、ケアだけじゃなくてとてもおしゃべりなおばさんなのでなかなか部屋から出れない。一歩一歩下がっていきながら部屋を出ようとするけど、でようとしたらまた用事頼まれて患者さんのそばまで近づかないといけなかったりする。で、話しの内容もいない人の文句が多い。私には夜勤のナースの悪口をいう。こういうのばっか繰り返し聞くときっと私のいないところでは私のこと言ってるんだろうな〜くらいに思ってしまう。)
ま、そんなこんなでマネージャーも患者サイドに足を運び、今日はソーシャルワーカー、牧師さんなど、話を聞いてくれる存在の人が彼女のベッドサイドに来てくれた。

6人の受け持ち患者。私には彼女よりももっとsickな患者さんがいた。おじいちゃんで、肺がんの末期。はーはーふーふー言いながら呼吸しており、酸素の投与してSao2を90%以上にキープするものの、自覚症状としての息切れが激しい。
しんどいのに、大して文句も言わず、声をかければ「じゃあいただこうか・・」と痛み止めを希望する。が、基本的に「あんたたちをあまり邪魔したくないんで・・」ととても遠慮がちにとてもナイスな奥さんと静かに末期の時間を過ごしているという患者さん。正直私はもっともっとこういう人に時間をさきたいって思う。ほんとに痛い人やしんどい・つらい人の方が私にとってはわがままで要求の多い患者さんよりも大事だ。
でも、現実、患者にコールで呼ばれたらそれに応えるのが仕事。で、コールしなくて我慢している人に我慢させてしまっているのが現実。
この状況はすごくつらいし、ストレスフル。

帰り、マネージャーに言った。明日はこの患者さん(おしゃべりわがままなおばさん)は持ちたくないって・・。
マネージャーも理解してくれてた。彼女は要求が多すぎるものね・・と。

久々1時間オーバータイムになった。疲れたー。を超えて、憔悴・・・という感じ。
たまたま同じ時間くらいに終わった日勤の同僚が、ご飯食べに行こう・・って誘ってくれた。
すごく疲れていたけど、そのオファーがうれしかった。
病院近くのなんちゃって日本食レストランでうどんを食べた。彼女のうどんの食べ方というか箸の使い方が面白くってかなりなごんだ。

さーてと・・あと1日がんばれば休みだ〜〜〜〜。(へろへろ〜〜)



■ 2004/06/09 (Wed)  See you later・・・

昨日のわがまま大変おばちゃんからは解放され、今日の受け持ちは平和だった。
心の平穏を保ちながら仕事ができるのは忙しくても精神的にとても楽。

で、昨日ちょこっと書いたSickな患者さん。おじいちゃんで、呼吸状態は昨日より悪くなっている。で、もう積極的な治療はできないし・・ということで、ドクターはおうちでホスピスケアを受けることを患者さん、家族にすすめた。
患者さんは私と話したときは、「ぼくはここに居たい。」と言ったのに、ドクターと話したら結局はドクターの意向どおり、うちに帰るということになった。

決定したあと、「それでよかったの?」って聞くと、「ノーチョイスだよね・・。ほんとはここに居たいけど・・」って。ドクターにそういうこと伝えると、「最初はそう言ってたけど、話しを繰り返すと患者さん納得したよ・・」と言われた。
私が感じるに、私に言ったことのほうが患者さんの本音なんだろうな・・って思う。
でも病院のやりかたや保険のこと、ドクターの考えもある。この患者さんの場合、悲しいかな死ぬのを待っているだけという状態なので、家に帰すのはしょうがないのか・・。
で、家にいながらホスピスケアを受けられるようにホームヘルスのナースがセッティングに向けて動き出した。

患者さんはとても呼吸が苦しい。酸素をいくら上げても、いくら呼吸療法士が介入しても、モルヒネでセデーションかけても、苦しくて苦しくてしょうがないという状況になってきている。
しかもTroponinがあがっており、いつHeart Attackをおこすかもわからない状況。
たまに発する言葉は「ケアをしてくれてありがとう。」「感謝してる。」というような涙が出るような言葉か、「苦しい・・」と小さな声でもらすかどっちかだった。

本来オンコロジーのユニットに行くはずの患者さんだけど、今うちのオンコロジーは満床で空きがないらしい。オンコロジーのユニットは全室個室で、もっときれい。病棟もうちのように入退院がばたばた多く落ち着かないところとはずいぶん違う。
「(オンコロジーに)空きがあればいいのにね。個室だからもっと落ち着くのにね・・」というと、このおじいちゃんは「いやー、人の気配のするここのほうが僕はいい。」と。

またこんなことを突然聞いてきた。
「何分息がとまったら僕は死ぬのかな?」って。
そういう意味に聞き取れるけど、まさかそういうことを聞いてるわけじゃないだろう・・と何度か聞き返した。奥さんがそういうことを彼は聞いてるのよ・・と。
「答えられない・・」って私は言った。

自分で死期を感じてるようだった。しんどそうながらもどこか穏やかな表情にも見えるのが不思議だった。

おうちに帰る準備はすべてととのった。救急車でおうちまで帰ることとなり、救急隊員がきた。
彼はぎゅーっと私の手を握って、感謝してる、ありがとうと酸素のマスク越しに繰りかえした。
で、最後に「See you later...」と言って病棟を離れた。

泣きそうになるのを我慢するのが大変だった。

私は日本でがん専門のところに勤めていたので、がんで亡くなっていく人にはたくさんであってきたのにね・・・。
やっぱこういう状況って慣れで少しずつ感情が抑えられていくものなのかしら・・・。昔、こんな風に1人1人に感情もってたかな・・・?
今日は久々の感覚で、やっぱすごくつらいものだなーと思った。患者さんのパーソナリティーがとてもよかったから特にそう思ったのかもしれないね・・。

ひさびさのがん看護。なんかどこか日本で働いていることがよみがえってきたような気もしたり、自分の父親も肺がんで亡くしているのでそういうのとオーバーラップしたり、もっともっと患者さんが楽になるように自分のできることはなかっただろうか・・とか、がん看護と今働いているMed/Surgとはやっぱ違う職域だな・・とか、なんかいろいろいろいろまとまらなくて漠然とだけど考えてしまった・・・。

See you later・・・「またね〜」「ばいば〜い」という意味で普通に日常で使う言葉。
でも、この患者さんが最後に言ったSee you laterは私の心には非常にさびしく響く言葉なのでした。



■ 2004/06/11 (Fri)  JCAHOと書いてジェイコと読む

JCAHO(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations)、いわゆる病院の監査機関がうちの病院にまわってくるのが、今週だった。1年に1度あるようで、この時期がうちの病院の時期らしい。

この週のためにここ数ヶ月どれほど念入りに教育をされたことか・・・。病院はこのジェイコが来ることにすごい神経をとがらせている。きっとどこの病院も一緒だと思うけど。

とにかく、ランダムでナースに質問してきたりするので、チャートの整理だとかを丁寧にしろと強制される日々だった。
月曜日、JCAHOの偉いさんがうちの病棟見学。後ろを素通りで終わった。火曜・水曜、ナースであると思われるジェイコのスタッフが患者さんをピックアップして、この人のことを聞きたい・・から始まり、その時の受け持ちナースに質問をする。
違う病棟では新人がターゲットになった・・とかいう情報で、私のホールでは私が若めだったので、みなに、来るよ来るよ〜心の準備はいいかい〜と、からかわれていた。が、ラッキーにも私じゃないナースの受け持ってる患者さんが選ばれ、私にはなんの質問も来なかった。
ほっと一息・・・。
そして今日が彼らのうちの病院訪問の最終日。今日は管理職の人と話して終わりだったとか・・。

とりあえず、この1週間、かなり緊迫した空気、特に管理職の人たちには流れていた。
チャートは使ったらすぐ戻す。血圧計など廊下に出しっぱなしにしない。アイソレーションルームのドアは閉める。アラームはなりっぱなしにせずすばやく対応する。薬類をいっさい外におかない。
などなど、当然普段からすべきことなんだろうけど、なかなかできていないことを、今週は強制された。ちょっとチャートを開けたままその場を離れたりすると、すーぐ、チャージナースとかにぶつぶつ言われる。
注射器類はいつも使いやすいように簡便に引き出しに入ってるのが、今週は全部ロックされた扉の中。ひとつとるのに、いちいちパスワードいれなきゃ取れなくって超タイムロス。

が、やっとそういう環境から解放されるわけで、うれしいのです。
監査のためにきれいにする、ちゃんとするというのはおかしなーと思うけど、これを大人が病院ぐるみでやってるからおもしろい。病棟がきれいになるのはいいけど、安全性一番にするとどうしても簡便性に少しかけてしまう。働く側としては簡便なほうがありがたいので、私は普段どおりにもどるのがうれしい。

ところで・・・
おとといの肺がんのおじいちゃん続報。
今日、ホームヘルスのナースが私のところにわざわざ来てくれた。あの患者さん、おうちについた5時間後、亡くなったんだって・・・って。
そっか〜・・・。死期は近いと思ってたけど、ほんとにすぐだったんだね・・とか、ほんといい人だったよね・・とかしばらく話してた。私に最後にこんな風に言ったんだよ・・とか話してると、そのホームヘルスの人、涙をためて私の話聞いてた。
実際、アメリカは日本に比べて看護は「ドライ」だと思う。
が、こうして患者さんの話をして涙浮かべるナースがアメリカ人でもいるんだなーっていうのはちゃんと知っておこうと思った。



■ 2004/06/14 (Mon)  呆け方

患者さんにかわいい痴呆のおばあちゃんがいた。白人でこぎれいにみなりはきちんとしている。食べるのも歩くのもしっかりしているし、一見普通で呆けているように見えない。が、話すとぼけぼけ。

このおばあちゃんのボケパターンは、見当識障害がメインで、あとは同じことばっかり繰り返し言うこと。「Who am I?」「Where am I?」と言ってうろうろしたりしている。そして何度部屋に入ろうと、各回初対面の人と話すように挨拶にはじまり、必ずだんなさんの話しが始まる。
で、私が部屋に入るたび言うことは、「ねえ、聞いてくださる?私の主人、とても素敵なの。私、彼のこと大好きなの。」と。とてもほほえましいことを言う。そして顔もとても幸せそう。
お昼前、そのうわさのだんなさんが来た。おばあちゃんはベッド、だんなさんはそのベッドサイドに椅子をおいて二人はずーっと手をつないでいた。
だんなさんが来ても同じこと繰り返していた。「I love him so much.」と私に言ってくる・・。

脳CTの結果、家に帰れることになり、おじいちゃんとそのおばあちゃんは手をつないで帰っていった。

同じ痴呆でもやっかいな痴呆もいる。何かしたのにやっていないとか、食べたのに食べていないとか、基本が文句ばかりの人もいる。
痴呆になってしまったら、ある意味その人らしさは消えてしまうんだけど、このボケ方とそれまでのその人たちの生き方と何か関係するものはあるんだろうか・・。
例えば幸せに生きてきた人は呆けてもこのおばあちゃんのように幸せなボケ方になるとか、文句ばかり言って生きてきた人は呆けても文句ばかり言ってしまうとか・・。
そういう研究してる人いるのかしら・・・。

ま、ともかく、このおばあちゃんは周りに不快感を与えるボケではないし、もしももしも自分が呆けるなら(呆けたくないけど・・)こういう風にぼけたいな・・と思うのでした。



■ 2004/06/19 (Sat)  結婚式ー韓国風ー

同僚の結婚に行って来た。アメリカに来て初めて出席する「結婚式」。かなりこの日のためにはりきっていろんなものをそろえた気がする。

去年のクリスマスパーティーでは周りがとても着飾ってきて、ちっとも自分はみんなに比べて派手じゃなかったので、次、職場でなにかあるときにはちゃんとしたドレスを・・なんて思っていたので、張り切ってドレスを買ってみた。
ショール・ハイヒール・ネックレスにこじゃれたピアスは日本から持ってきたもの(渡米以来初めて身につける)、あとひさびさパンストなるものも身につけた。
ドレスに似合うバッグも衝動買いに近いが、「こんなときでないと思い切って買えない・・」という自分の中での言い訳をもとに買ってみた。
そしてだんなにはいつも事後報告。これで許されるだんなでよかった・・・。

結婚式の主役、新婦(同僚)は敬虔なクリスチャンで、会場はKorean Churchだった。会場を見た瞬間「え、合同結婚式???」と思ったほどどでかい会場で驚いた。ゆうに150人から200人はいただろう。
両家のお母さまはチョゴリを着ていた。が、たいていの人の服装はかなり地味めだった。会場はでかいけど、雰囲気は日本の結婚式より全然地味。
新婦は韓国で生まれアルゼンチンで育ちアメリカで高校・大学をでており、韓国語・スペイン語・英語、完璧なトリリンガル。でもこの結婚式は韓国のチャーチということもあり、あと多くの参列者がKoreanというのもあり、神父さんは韓国語を話す。が、私たち病院からの参列グループにはまるで理解できなかった。理解できなすぎて面白かったけど・・・。

あと、式のあと、披露宴と2次会がまじったようなものがあったんだけど、ここでの食事におもいっきりキムチがでていてこれも笑えた。
行く前にだんなと「結婚式でキムチがでたらおもろいな〜・・」と言ってたけど、予想以上にキムチやあの辛くて口臭くなるシリーズがたくさんでてきた。
いやー、文化の違いに感激。

こちらの一般的な結婚式は日本のようにお金を包むしきたりはないらしい。新婚生活に使えそうなギフトを持っていったり、気持ちのレベルでの金額でいいそう。その代わり引きでものもなければ日本ほど豪華絢爛の食事もでないようす。
日本では一般的に友達なら3万円、親戚だと5万とか10万円を現金で包むという話しを同僚にしたらおったまげられた。

いつからそういう文化が始まったのかな・・・。地味婚という言葉が出だしたのは最近だけど、それでもまだまだこっちに比べたらお金のin-outが大きい結婚式が日本では普通だよなーとか思う。

新婦はもともとキュートな感じのかわいい子だけど、やっぱこの日は特別きれいだった。だんなさんもアメリカ育ちの韓国人。韓国ドラマにでてきそうなTypicalな韓国男児だった。
こうしてアメリカにいながらも、同じ人種同士が結婚することのほうが多いのかなー・・とか、いろいろ考える機会になった楽しい結婚式だったのでした。。。



■ 2004/06/22 (Tue)  嗜好の変化

アメリカ人、その他の外国人、職場にはいろいろな人種がいる。で、お昼ごはんはその国独自のものを持ってくることも多い。

私はかねてからずーっと、どうしてチップス(ポテトチップのようなもの)がランチの一品になるのかが疑問だった。
多くのアメリカ人がランチボックスの中にチップスを入れてくる。で、それは年齢問わず。自分の親の世代の人もそうしている。

それはお菓子でしょ・・・と。
私もチップスは好きだけど、お昼ごはんの続きではあまり食べないし、そうするものだという感覚がない。

が、なーんだかそういう環境にも慣れ、お昼にチップスを食べることが自分にも徐々に増えてきているのが怖いところ。
炭酸ジュースにしてもそう。チップスにしてもそう。
そんなのばっかり摂るから太るのよーって思ってたが、自分が今、そういうのを好んで摂るようになってきている。

そればかりではない。
吉野家に行ってもラージサイズを頼んでしまう。レストランに行ってもアメリカに来た当初は「半分でいいから半額にしてよー」とか言ってよく残していたが、今はペロッと全部平らげてしまう。

確実に食べる嗜好はアメリカンになってきていると感じる今日この頃。

次日本に帰ったら吉野家で「特盛!」と注文してしまう女になっているかも・・・。
こわいねぇ。こわいねぇ。。。



■ 2004/06/24 (Thu)  LVNとともに・・・

朝行ったらいきなりチャージナースに「ごめんねー。ノーチョイスだったの。でも大丈夫、がんばって。」と言われた。なんのことかと思ったら、ついにこの日、LVNと組んで働くようアサインされていた。うちではこれを「チームで働く」という。

LVN・・・いわゆる日本での准看の人がうちには少数だけども数人雇われている。その人たちは患者のケアはできるが責任はもてないということで、患者受け持ちはRNと行う。基本的にIV行為はできないし、アセスメントもできない、すべての責任はRNのもとにある・・という仕組みで、うちのフロアではLVNと働くRNは大体1年くらい経験してからと言われており、まず新人RNにはあてがわれない役回り。
(ちなみに今日はLVNと働くくらいの経験のあるナースはいたけど、その人たちに他のLVNがついていたり、新人RNのオリエンテーション中だったりした。それが最初の「ノーチョイス」という意味につながる。)
LVNと働く=はずれくじ・・・というのが大体のみんなの意見。
というのも、患者受け持ち数が増えてしまう。普通は6人のところLVNと働くと受け持ち患者数は8人となる。(日勤の場合)

私は初めて8人の患者さんを同時に受け持った。

感想・・
・たった8時間勤務で8人の患者さんはLVNと一緒といえどかなりきつい。(1人あたり1時間?いいケア?無理無理・・・)
・8人中、Sickle Cell Crisisの患者さんが2人いた。これは黒人に多い遺伝的疾患だけど、痛い痛いの繰り返しで、痛み止めを頻繁にあげなきゃいけない。一般的にシックルセル患者さんを受け持つと忙しくなるのが必然。しかも彼らは3時間毎に痛み止めというオーダーだと必ず3時間毎にそれを求めてくる。オンタイムに薬をあげないとへそを曲げる者多し。「待つ」という言葉を知らない人が多いためナースは振り回され大変・・・。
・どの程度LVNがやってくれるかわからないし、これはやったよ、こういうオーダーがでたよ、などといつもは一人でもくもくとやることが、コミュニケーションをかわしながらやらなきゃいけないので面倒といえば面倒。→でも二人ともチャートを開くので、ダブルチェックができ、オーダーのとりそこねや変なオーダー、アブノーマルなデータの見落としの確率は減るかも・・・。
・「あ、これはあとでしよー」とか、「ちょっと時間的に予定の薬の時間より早いけどついでにいっちゃえー」とか、いつもは自分以外のナースがチェックしたりしないのでこっそりごまかしているようなことがあるんだけど、それが今日はすぐにばれる可能性があるため、いつもよりきちんとやろうという意識が高まり気疲れ・・・(←こんなこと正面きっての言い訳にするなって?・・・いやいやけっこうこれが一番の疲れの原因かも・・。)

と、はずれな一日だったが、いい面もある。
LVNはバイタルサインをはかってくれて、それをチャートしてくれる。朝のこの時間はとても時間短縮につながる。
あと飲み薬はすべて配薬してくれる。
今日一緒に働いたLVNはうちのフロアのLVNの中では唯一「彼女はできる」と言われているLVN。実際、この夏にRNを取れる予定で学校も卒業間近になっている。私よりも全然このフロアでの経験は長いし、LVNといったって、知識もとても豊富な彼女。

・・とはいえ、一応責任はRNにあるし、なんとしてもそのできる彼女よりも患者の情報をつかんでいたいという私の変なプライドが私をとても疲れさせた。
(過去チャージナース、シニアナースたちが「彼女にはまだチームで働くのは無理よー」とか他のRNのことを言っているのを聞いたことがあるため、今日はなんだかんだ上の人が私を見ているというかテストしているような気がしてならなかった)
いつも必死だけど、今日の必死加減はなんだかいつもと違う、緊張感がぴりっと走る、そんな8時間だった・・・。

はずれくじといわれても新人にはまわってこない役回り。同時期に働きだしたRNも数人いた中、その人たちじゃなく私にこの役割が回ってきたのは、ひょっとしてチャージナースが認めてくれているからなのかな・・・とか、こっそりうれしかったりする私もいる。
でも、単に頼みやすいとかそういう理由が大きかったりしてねー・・。



■ 2004/06/27 (Sun)  身柄確保ちゅう?

朝から私の患者にポリスだのシェリフだのセキュリティーなどむらがり大忙しだった。
いろいろ極秘情報があり(その詳細は受け持ちの私も知らされない)、まあなんだかの罪で身柄確保中、それで退院オーダーがでたら逮捕ということになる患者さんだった。
ま、予測するに薬物所持とかそんなところかなーと私は勝手に予想してるんだけど、ギャングスターといわれる彼の顔はかなりの「悪(わる)」という印象。

入院までの経過もカーチェイスで警察に追われたあげく、6人の警官でとりおさえられたということ。で、その際警官の一人が彼に噛み付かれたらしい。それが出血するほどだったらしいからかなりの勢いで噛み付いたんだろーねぇ。そんな彼、部分的に軽症があり検査の結果は骨折など大した外傷はないということだった。

彼自身は手錠でベッドに拘束され全く動けない状況。ポリスに対しては全く一言も口を聞こうとしない。私には唯一首を振って質問に答えるだけ。全く自分のことを話す気配はない。
そんな彼に2人のポリスがずーっとついてるんだけど、やたらとポリスは患者さんに冷たいなーという印象。ポリスの犯人とか、容疑者とかに対する態度ってこういうのが普通なのかなー・・・。
私が手錠のあたりにできた皮膚の発赤が気になって(かなりタイトにベッドに縛られてるので)、「ガーゼをはさみましょうかねー・・」ぼそっというとポリスは(はぁ〜??)ってな顔で反応して終わった。
そりゃそうか、そんなことあの人たちはI don't careだわね・・。なんだか妙に自分が優しい人に感じた一瞬。いや違うなー。たぶんポリスにこの姉ちゃんとんちんかん?とか思われた瞬間かもな。

ま、結局本物にかつて触った記憶はないが、その手錠とやらの位置を微妙にずらしてみたりして皮膚の損傷を防ぐようにしてそれをチャートした。(というのは、シニアのナースが、こういうケースは裁判所とかにいく可能性もあるので細かいこともきちんとチャートして自分の身を守ったほうがいいとアドバイスをくれたから・・・。病院にいる間に皮膚に傷を受けた、そのときのナースは何もしなかったとかでコートに呼び出されては大変!・・なーんてそんなことまーないだろうけど・・・。)

とにかく、いろいろ大変だった。何が大変って一番大変なのはこういうケースになれてないから警察との対応とか、あと警察の使う専門用語がてんで理解できなかったというのもかなりコミュニケーション障害になった。
custody・victim of violence・suspect・・・あとなんだったかなー、あ、手錠handcuffとかね、聞いたことあるけどなんだったけーそれ?とかそんなの知らないとかそんな言葉ばっかり・・。
ごめんなさい。今日のチャージナースにはずーいぶんカバーしてもらいました。

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