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■ 2004/07/07 (Wed)  このごろ・・・

私にしては珍しく1週間以上日記をあけてしまっていることを今日発見。意図してなかったんだけど、いろいろあってね。

大きなこととしては友達が来てくれてた。たった4日の滞在だったけど、やっぱメールでのやりとりと違ってとてもいろんなことをしかも久々に話せてすごい充実してた。ここ数年、近況こそ知っているけど、ゆっくり話す機会もなく、学校卒業以来、同じ看護職ではありながら違う道を歩んでいろいろ違う経験をして、でもお互いいろんな経過の末、今現在は臨床でナースをしているという共通点。

彼女は私のがんばりを褒めてくれたし、私も彼女の努力とかがんばりぶりには脱帽。もともときれがよくて天才肌の彼女、考え方がシャープだし、なにせ回転が速い。ま、やることがたまに人を驚かせることはあるけど、それも学生時代と変わってなくて笑えた。(たとえば、私が仕事の間一人勝手にLA観光しててもらったんだけど、迎えに行ったらひとりで高級レストランに入って生がき食べてワインを飲んでいた。しかも昼間っから・・・)

書き出したらきりがないくらい書き留めておきたいいろいろがその4日間にある。タイミングよく来てくれたと思うし、時には辛口で、お世辞やうわっつらの言葉でなく本音を私には言ってくれる彼女がいろいろ言ってくれた言葉にはとても重みがあり、なんだか初めて客観的に自分自身、アメリカ生活を振り返る機会だったと思う。
これ見てたら、ほんと、あんたには感謝感謝です!!!

バッドニュースとしてはまたしてもIELTSにパスできず、がっくり。私のビザスクリーン、一体どうなるんでしょう。
ま、弁護士さんとの相談の結果、まだ猶予はあるらしく、悩む前に勉強!という話しになってるし、少数の同僚、先輩に相談してもみんなとても協力的で涙がでるようなことばかり言ってくれるし、ある同僚は英語のstudy buddyになってくれるし・・・。がんばらないとなーという思いはたくさん。

うちの場合、私の病院がビザサポートをしてくれていて、だんなもそれで同時にグリーンカード申請に切り替えたため、もしも私がいつまでもビザスクリーンにパスしなくて、それでグリーンカードを発行される際、DENYされたらだんなも共に仕事を失うことになる。それを考えると、だんなに対して悪いなーという思いはたくさんありながら、だんなは「もしずーっとだめでこれで日本に帰ることになっても俺は大丈夫、(私が)努力しているのを見ているからそれで出た結果が日本に戻ることだったら、そこにたぶん自分たちが必要とするものが待ってると思う」と、全く動じず。
母親ももちろん親のひいきめだけど「あんたがこれだけ合格しないのには意味があるんかもしれん。だからそれで帰ることになればそれでいいと思う。アメリカでがんばるのもいいけど、アメリカの人じゃなくって、ゆくゆくは日本の人をケアしてほしいなってお母さんは思ってる。子供を作るとか、いろいろ人生の中で時間が限られてることもあるから何が大事が考えて、精神的に勉強勉強って追い詰めないように楽に構えや。」と。

自分の中では前回3月の試験の結果、かなり落ち込んだ。で、気をとりなおしてさーて次もがんばるぞーと思うまで気持ちは回復し、この3ヶ月わりとリラックスしてやってきたのに、それでも駄目だった。がむしゃらに勉強する体勢になかなかなれなかったのは事実。仕事・人とのつきあいなど社会生活もあるしね。ほんと、いろいろ蹴散らして勉強に集中・・・という状況を作るのは難しい。が、それなりに私なりには努力もしたし、それなりの時間も割いてきた。で、その結果がこれだから、今後どうすればこの問題に克服できるのか、試験結果は点数だけで何がだめだったとは言ってくれないし・・・。

ま、本音はまだアメリカにいたいという気持ちが強いので、そのためにやること・・・といえば「ビザスクリーンを克服すること」と自然に答えがでるんだけどね・・・。今後の自分を今いろいろ試行錯誤しているところです。

(掲示板への返事、ちょー遅れていてごめんなさい。きちんとさんな私はきちんとお返事してないことが自分自身気持ち悪いんですが・・・。)



■ 2004/07/12 (Mon)  うわさ話

近頃、私が病棟のうわさのたね。
先週、IELTSの結果を受け取った翌日(このときはまだ弁護士さんに確認しておらず、おそらくこれが最後のチャンスでこれでだめならついに日本帰国になるかもしれないと自分で勝手に解釈していた頃)、病棟で私の元プリセプターにHow are you?といういつもどおりの声かけに対し、No good..と答えた私。
何があったんだ、話してみなさい、今話しなさい・・・から始まり、なんと朝の申し送りを受ける前から涙・涙の会見??で、そのあたりにいた人みんなに心配をかけた事件があった。

ま、そんなこんなで、うちってスタッフ何人いるんだろう・・。そーねー、秘書さんに看護助手さん・・とか含めるとすごい人数だけどおそらくいつもかかわる人は数十人ってところかな?ま、そういう人数の人たちほとんどが今の私が「受からないといけない試験がある」ということを知っている。
いや、実際うわさは怖いもんで、「試験がだめだと帰らなきゃいけないかもしれないらしい」とか(それはまだ本当)、「かわいそうに引き上げることになるらしい」とか(それはもう事実とは少し離れてきている)、「帰る」とか(それは違う)・・・話しが膨れているのが事実。

毎日行くたびに別の人に聞かれる。「どうなってるの?」「やめなきゃいけないの?」「帰らないで」などと、(いやいや、心配はうれしいがちょっと待ってくれ・・)という状態がここ1週間続いた。
何度説明しただろう、今の私の状況を・・・。しかもいまいち、自分がこの先どうなるのかも私自身わかっていないから、説明もおぼつかない。。

私のことを観察するのが好きな先輩ナースがいる。彼女は私が同じことを何度も尋ねられてる様子をみていたようで、「この病棟は小さい村みたいなもんだからね。すーぐなんでもうわさになるからね。しかも話しは大きくなるからね。」とくすくす笑っていた。また「あんた○○に話したでしょ。彼女はCNNだから要注意よ・・」とも。CNNとはこっちの放送局。そう、○○さんはとても噂好きのフィリピーナ。日本語で言う「放送局」といわれる存在ね。。
(そういえば私も過去、放送局と人に言われたことがあったような・・なかったような・・ま、そんな過去は忘れましょ。。笑)

これまでプライベートレッスンの先生、そして数人の人から本当にスピーキング能力をあげるには、頭を英語脳に日々変えていかないと。。そのためには家でも友達とでも英語で話すようにしたほうがいいし、日々英語でものを考えるようにしたほうがいいといわれる。言われることはごもっともで納得できる。
が、実際試してみてください。(って誰に言ってるのかしら・・?)
まず夫婦で英語ってこっ恥ずかしい。だんなが外人なら避けようがないけど、日本人のだんなで英語で会話しろっていうのは話が違う。会話が減る。なんとも生活が貧相になる感じがしてしょうがない。
日本語でしゃべる友達・家族はどうするの?こうして日本語で日記書いたり友達にメールしたりする間ももちろん日本語脳。これをやめなきゃいけないの?英語に切り替える?
どっちにしても私の人生の中で大事な人付き合いってものがとりあげられる感じで英語しか使えないと考えること自体が苦痛。

アメリカに生きる。それは日本では得られない経験ができるからすばらしいんだけど、アメリカ人になりたいわけじゃない。(ってまあどうしたってなれないんだけど・・)英会話は上達させたいしある程度自分のできる努力はするつもりだけど、自分らしさを失う手段を選んでまでも徹底することは私にはできない。
(人間、できないと思った段階でもうそれは「できない」ことなんだと思うので、この場にふさわしいことばは「できない」じゃなくて、「そこまでしたくない」かな。。)

なんか言い訳くさいねぇ。。
実際職場でしょっちゅう使う英語にはそれなりに慣れてきて一応仕事もできているにも関わらず、ここ1年以上このスピーキングの試験では伸びは見られず。。。結果を見るたびに次こそは!と気合を入れなおすけど、それでも続く同じスコア。。気合いれればいいの?リラックスすればいいの?
そして勉強していなくても遊んでいたとしても常に常に試験というか何かにいつも追われているこの気持ち。
いい加減疲れたな〜。だから言い訳も許してください。。



■ 2004/07/15 (Thu)  ナースのパワー

私が働きはじめたときは日勤RNは受け持ち患者最大5人まで、そしてバイタルサインは看護助手が測定するという決まりだった。それが状況が変化し、RNがバイタルサインを測るようになったのが今年のはじめ。そして今年の5月からRNの受け持ちは最大6人となった。
・・・とまあ、今年に入ってからとんとんとんとRNの働く環境が悪くなり、みんなぶーぶー言ってた。
ま、私もぶーぶーは言ってたが、患者さんの状況によっては6人受け持ってもゆとりのあるときもあったし、ま、しょうがないか・・と現状を受け止めてはいた。
が、絶対現状を受け止めない、絶対阻止!という動きは変化した当初からあり、それの中核が私の元プリセプターさん。彼女はユニオン(日本でいう組合)の偉いさん。訴える力はすごい!ナースの力、見せ付けるわよ〜と、でかい体でパンチの聞いた声でいつも言い続けてきた。(だから上のマネージャーレベルの人は彼女をいやがってる?怖がってる?んだけど・・・)
で、いくら彼女たち組合の個人レベルで訴えても状況は変化しなかったので、彼女たちはついにストライキの予定にでた。それが今月下旬ということだった。

が・・・・、そうなると困るのは病院サイド。ナースがストを起こすとその分補充要員のナースを派遣ナースでうめなきゃいけない。そうなると多額のコストが病院にかかるらしい。そして何より、職場環境の改善を要求するナースのストは病院のイメージダウンにつながり、病院はなんとしてもそれを避けたいらしい。

で、出てきたのがナースのトップ(日本でいう看護部長というのでしょうか・・普段全くお目にかかれない人でかなりのすごい人だといううわさは聞く)。この人と実際スタッフレベルの私たちがミーティングをすることになった。状況改善を訴えているナースたちに直接意見を行くという場を設けてくれた。これは異例のことらしい。ジェントルに話すんだよー、けんか腰になるなよーなどマネージャーに言われてミーティングにのぞんだのが今週の月曜だった。
で、一人ずつから意見を聞いてくれた。

その後・・・・
あっというまに状況が改善された。
驚くなかれ、今はまた患者数最大日勤では5人ということになった。バイタルサインはRNの重要な仕事・・ということで、それは据え置きになったが、6人と5人はまるで違う。6人でしばらく慣れてきていたので、5人というと、あれ、もう一人誰だっけ??みたいな気分になっている。
で、もちろんストライキも無期延期?消滅?・・と。

いやー、うちのプリセプターの発言能力には脱帽。すごい。彼女は申し出たすべてを受け入れてくれなかったとまだご不満ぎみだが、私たち末端のスタッフはあなたの力でどれほど助かっていることか・・・。

彼女は私に言う。言えば変わることもある、とくに新しい法律やシステムには訴え続けると動くことが多々ある。だからあなたもイミグレーションに訴えるのよ。
なーんて・・・。
いやー、イミグレーションは私の発言ごときでビザスクリーンの要求を変えないだろうし、それは次元の違う話だろうし、大体私にそんな力はないし・・・。
そう心配してくれる彼女の気持ちはとってもうれしいんですがね。。。



■ 2004/07/20 (Tue)  日本人患者さん続出??

続出といったって、たったの3人なんだけど、3人でも多いと感じるほどうちの病院ではほとんど日本人の患者さんには遭遇しない。

3人のうち1人のおじいちゃんはこっち生まれの2世。なのでちょっと日本語がわかる程度で会話は英語の方がスムーズな方だった。(受け持ってなかったんだけど、日本の名前のチャートを見つけて尋ねていった)
ウォーカーでゆっくり廊下を歩いている姿を見て白人ナースが「He's so cute!」と言っていた。私も同感。そのおじいちゃんにはなんだか日本のおじいちゃんのかわいらしさを私も感じた。

次に、患者さんは日本人のおばさんで、だんなさんが白人という組み合わせ。だんなさんが唯一英語環境の人で、お子さんはいないし、親戚たちはみんな日本語メインだった。患者さんは筋萎縮性側索硬化症の、残念ながら割とターミナル期かな・・と思わせる状況。患者さん自身は全身の筋力が弱っていて声がでないので読唇術でいいたいことを家族が読み取るという状態。私には彼女が日本語でいいたいことを言っているのがわかった。あと、日本から面会に来られた親戚の方たちには病院のシステムのことなど日本語で説明できて、それは喜ばれたし、私自身も自分の語学が患者さんファミリーに貢献できてそれはそれはうれしかった。
1週間ほど入院した中でほんの1日しか受けもつことができなかったけど、感情的に移入している自分に気づいた。それはやっぱり日本人ということもあるけど、この患者さんの人柄も大きいとも思う。全身これだけ弱っていて顔の筋肉以外は自分で動かせないのに、何をやっても感謝の気持ちを目でしっかり伝えてくれる。しっかりこっちを見つめてからぐっと深くまぶたを閉じ、またしっかりこっちを見つめるという彼女の動作。何かケアしたりした後はそれを繰り返す。それは「ありがとう」「ありがとう」と言ってるように私には感じる。

そしてもう一人。駐在で20年近く前にきて、そのままこっちに居残ったというおじさん。このおじさんは英語の通訳など全く必要なくなんでも自分でできちゃう人。でも日本語ももちろん普通に話せる。・・ということでこの患者さんは一日も受け持つチャンスはなかったんだけど、そのお隣のおじいさんを受け持っていたので、ちょっと時間のあるときはちらっとのぞいておしゃべりさせてもらった。

ま、たまたま同時期にうちの90床ほどあるフロアに3人も日本人の患者さんがいることなんて私が働き初めてこのかたなかったこと。
たまたまなのかこれから増える可能性ありなのかはわかんないけど、私にとってはちょっとうれしいできごとなのでした。。



■ 2004/07/22 (Thu)  気のゆるみ・・

なんだか最近気がゆるんでるな〜と職場で感じること多し。。明日仕事だ!という緊張感も日に日に薄れてきているし、寝不足でもそのままなんとか乗り切れる・・なんて思っている。
それがいけないんだろうなー。しでかしてることはインシデントレポート騒ぎになるまでもいかないちょいミス、ちょい忘れ程度でだれも気づいちゃいないけど、なーんだか自分が今までに感じなかった「気のゆるみ」を感じる。

そう、もうまもなく仕事はじめて1年になるんですねー。
就職しオリエンテーションが始まったのは7月の下旬だからまさに1年か・・・。
早い、速い、はやい、ハヤイ・・・・。

確実に自分より新しい人が増えてる。そしてまた他の病棟へ移っていったり、次のステップへと踏み出したりと病棟を去っていく人もいる。

英語も難しい、システムもわからない・・という究極のできない状態からはずいぶん脱したと思う。今はシステムがわかってきたから英語は知識でカバーできる・・みたいな状態か。。で、わかった気でやっているから抜けがあったりするんだねー。
まだまだ未熟なくせに、気を抜いてる場合じゃないわね。
ほんと大きなミスしでかす前に気合入れなおさなきゃ。。病院で働いてることの自覚をちゃんともって緊張して働かなきゃね。。
・・・と書きながら、自分に言い聞かせているところです。



■ 2004/07/23 (Fri)  83歳 しっかり者

患者さんじゃなく、うちの大家さんの話。
うちの大家さんは推定83歳(ってだいぶ前に言ってたからもしかして今は85歳くらいになってるかもしれない)。日本人女性。北海道出身。みやこちょうちょうさんに似ていて、どこから誰がどう見てもわかる「づら」を愛用している。

たわいもない話なんだけど、めちゃ元気なこのちょうちょうさん、「最近携帯電話を持ったのよ」とつい先日連絡先を教えられた。すごいなー、83歳で携帯か。。。
しかもこの人、ホンダのCRVに乗っている。RV車に乗ってる83歳。いつも彼女が乗っているところを見ると「あんたにはそれ大きすぎるよ・・」と思ってしまう私。

で、お初の携帯はうれしいらしく見せてくれる。
「便利ねー。でも車に乗ってるときにかかってくると怖いわよねー」と。
お願い、頼むから運転中は携帯やめてー、それでなくても反射神経は落ちてるんだから・・・。・・・と思う私。

だんなさんは白人、でも彼は自分の故郷に戻りたいといって去年の暮れ生き別れも同然、互いの同意のもと彼だけフロリダへと旅立った。ちょうちょうさんは「あんな田舎へついて行けませんよ!」だんなさんは「やっと彼女と離れられてせいせいする」とお互いのいないところでぼやいていた。

オーシャンビューにかなり広い和式に改造されたコンドミニアムを持っている。が、そこを今売りに出しているらしい。こないだもでかい家を1件売ったところ。仕事はしてないけど、土地管理だけでかなりお金がごろごろ入ってくるはず。で、気分ののったときは、いくらいくらお金が入ってきたというくせに、いつもは私は貧乏・・とかお金がないからどうのこうの・・とか言う・・とてもせこちんばあちゃん。
ま、だからお金たまるんだろうけど。。

今はどこで寝てどこメインで暮らしてるんですか?って聞くと、「いろいろ。だから忙しいの」と。。。
だから携帯もったらしい。
ま、口が悪くてほんと敵も多い。(私もよくこのばあさんに頭にくること言われてる)が、携帯持っている彼女を見て、あー、すごい83歳だなーとあらためて思うのでした。。



■ 2004/07/24 (Sat)   お国の違い

ジョージ(仮名)が話しかけてきた。今日本のことをちょっと勉強してるんだ・・と。それで「どうして日本人なのにアメリカで働いてるんだ?日本はリッチな国だと知ったけど、アメリカで働いてる理由はなんだ?日本でも給料はいいんだろ?」と聞いてきた。
ジョージはナイジェリアから来た黒人の看護助手のお兄ちゃん。いつもにこにこ笑顔で気持ちがいい。

どうしてアメリカで働いているのか??

その質問に対する答えってずばりなんだろう・・・。
「やってみたかったから」「チャレンジ」「自己実現」・・・そんな感じかな・・・・。
・・と思うと、なんて私って贅沢なんだーって思う。もちろんお金は大事だけど、彼らの目的である「お金のため」とは意味が違うと思う。

駐在などでよほど条件よく高額な給料をもらっている人でなければ、海外留学・海外移住スタートは自己投資から始まってる日本人って多いんじゃないかな・・。私たち夫婦だって何もないところにポンと来ちゃったわけだから、それこそ住む・暮らすために日本の貯蓄をけずってここまで生活を作ってきたわけだし・・・・。
だから自分とお金持ちという言葉は自分には無縁に感じている。

が、金持ちでもない自分たちがこうしてアメリカにきて生活を築けているという段階で、日本人は金持ちなんだと彼の言葉に気づかされる。

近くにいたフィリピーノのお兄ちゃんもいう。フィリピンの次のナース送り込みターゲット国は日本だからね。と。(それは今、日本でもニュースになってるね)
自国で働くよりも給料の面で大きなメリットがあってはじめて成り立つ海外移住。
彼らから見る私のケースの海外移住はとても贅沢なんだなーと口には出さないけど改めて心で思う。

ある仲良しの同僚RN、フィリピンの子は弟と妹のカレッジの費用を出してあげているという。
あるフィリピンの男性RN(20歳代後半)は給料の半分を自国に送っていると、それで数年後に親に家をたててあげるつもりだと言う。
ある20代前半の看護助手のフィリピーナは、「友達が日本にダンサーとして働きにいった。彼女は日本の男の子をゲットすると意気込んでるよ」という。
あるフィリピンのおばちゃんは自慢げに言う、「うちのめいっこは日本人男性と結婚したのよー」と。

人にもよるがあからさまにお金のためだけに働いているのがみえみえの人もいる。
が、やはりいい人も知識豊富な人もいっぱいいるわけで、自分のことを支えてくれる同僚もいっぱいいる。
ナイジェリアの人に対してはあまりこれまで出会うチャンスがなかったので偏見もなにもないが、日本にいたときにフィリピンの人というとどうしても偏見があったように思う。ジャパユキさんって言葉、考えるとひどいなーとか今は思う。

今こうしていろんな国の人と働くことによって、その人のバックグラウンドと関係なく純粋にそのときの感情を共有したり、助け合ったりすることができてそれが面白い。移民の国アメリカならでは体験できることかもしれないなーとか・・・ジョージの質問を機に改めて思ったりする私なのでした。



■ 2004/07/26 (Mon)  DMV

数日前、アメリカに来て初めてのドライバーズライセンスの更新の通知が来た。
だんなはお金を郵送しただけで更新できたのに、私はDMV(運転免許センターみたいなところ)に出向かないといけないとレターには書かれてあった。それもそう、私の場合、前にとったときはソーシャルセキュリティーナンバーがなかったので、今回はそれを持って来いということだった。
またレターにはオンラインで時間予約ができるとあったので、今日の10時と予約しておいた。

DMVといえば・・アメリカにきて間もないころを思い出す。身近にいる知り合いはだんなとだんなの当時の会社の人数人だけだった。日本の仕事を退職してきたという開放感とこれからのいろいろに不安と期待でいっぱいだったなーとDMVの空気を吸ってあのころをしばし思い出す。
が、見た目はそんな感慨深い場所でもなんでもなく、3年前となんら変わらない人・ひと・ヒトでごったがえしている状況だった。

受付で10時のアポとってるんですがーと言うが、整理券をもたされ「あっちで待っとけ」と愛想なく言われる。
そういえば3年前はこれが半日仕事だったのを思い出す。
今日はどうかしら・・・。
10時に予約しているのに、待たされること30分。まだ名前呼ばれず・・。あのオンライン予約システムは機能してるのかぁ?と自分の番号が呼ばれるまでは???だった。
が、40分待った段階で呼ばれた。そして用事はあっさりと終わった。自分の隣にきたおばちゃんは同じくRenewのためにきていたんだけど、これから50人待ちの整理券を渡されていた。事前予約せずに来たらこうなってたんだ・・・と思うと、私は10人弱待った程度。
ここでの40分待ちは待ったうちに入らないかもなーなんて思うのでした。

ところで・・・わたくしの病院、やっぱり明日ストライキにふみきるらしい。一応私は勤務日なので普段と同じく勤務する予定でいるが、休みの人は外でプラカード持つらしい・・。私の元プリセプターは前のストライキのときに各メディアに出てしゃべったという人。
「こないだのときの録画ビデオを見て、口がまがってるのに気づいたから今度は口を曲げないようにしゃべるわ。あと今度はリップもぬってでようと思うのよー(がははははー)」と大胆に笑うプリセプターさん。意気込みたっぷりだ。
こないだ状況は少し改善して私はそれで十分だと思っていた。友達とかと話すと決して私の働く環境はそれほど劣悪でもなさそうだし・・・。むしろいいところで働いてるのかなーとさえ思う。でもすべてを受け入れてもらえなかったプリセプターさんはじめ一部のスタッフはまだまだ病院サイドに対して不満をもっている。
ユニオンの力のみせどころか・・・。どうしても私にはそこまでコンプレインするほどの力もなく意見もない。状況が変化してもその状況を受け止めるしかないか・・・と思う人。どうなるか自分のこれからにも関係あるくせに、ちょっと心の中でお祭りさわぎ?とか思ってわくわくしている自分もいたりする。(真剣なスタッフには不謹慎ですみませんだね・・)
さてどうなることか・・と傍観気分でいるが、もしかしてテレビの片隅にプラカードもって立っている私がいたりして・・・。(笑・・・見つけたら笑ってね)



■ 2004/07/27 (Tue)  みんな退院

アメリカは日本に比べて在院日数が短い。=患者さんの入れ替わりが激しい。特にうちの病棟はICUなどから急性期を過ぎた人もよく送り込まれてくるわけで、特に入れ替わりの激しいところといえる。
だから勤務時間8時間のうち、受け持ちの少なくとも一人は退院するということがたいてい起きる。
2人・3人が入れ替わるということもま、よくあること。
が、今日は5人中、5人に退院オーダーが出た。受け持ちが退院する=受け持ちの数が減って暇になるというわけではない。(たまーにまれーにそのまま患者数が減ったまま勤務時間の最後までキープできることもあるけど・・)退院のペーパーワークもある。ま、これは超簡単な人もいるけど、複雑な人もいたりする。で、退院が出たとたん次、即座に入院か他病棟からの転棟患者さんを受け持つことも多い。チャージナースにちょっと待った〜といっても「ごめんね、そこしかベッド空いてないの。」ニコッ・・とかされると受け入れないわけにはいかない。
日本って退院できる時間とか入院できる時間とか限られてたよな〜。で、退院したって次すぐ誰か違う患者さんが入るってことがなかったような気がする。少なくとも入院患者さんの日程ってあらかじめわかってることが多かったし、こんな予定は未定の人ばかりがばたばたと入院してきてばたばたと帰るという感じじゃあなかった。
しかし、ここはまるで人気の(らぶ)ホテル。チェックアウトしたとたん、お掃除部隊が入り次の患者さんのためのベッド作りに入る。まだ前の患者さんの空気がどよんと残ってる間に容態の違う患者さんが運び込まれてくることもよくあること。

・・・とはいえ、今日の退院患者さんはいろいろややこしく、訪問看護のセッティング(これはホームヘルスナースによって行われる)や、ホスピスケアのセッティング(これはホスピスナースによって行われる)があったり、お迎えにくる家族の都合で夕方退院となったりで、ぎりぎり私のシフトの終わり頃に帰る人ばかりで、新入院は一人だけと救われた。(入院をもつとこれまた忙しいので・・。)
今日から4連勤。連勤だと疲れるけど、継続して同じ患者さんが見れるというのが楽というかわかりやすいのでいい面もある。が、明日は私のアサインメントごっそり入れ替わるわね。。
ま、いいんだけどぉぉ〜・・・。

ところで、昨日書いたストの話。なんだか盛り上がらなくって(どこの誰が見積もったのか知らないけど)500人くらいのナースが外に出るという話しだったのに、なんとほんの20数人のナースでほそぼそとプラカード掲げて路上で通り行く車に訴えかけていた。・・・という光景を私は自分の病棟の窓から見てたんだけど・・・。
これが何をどう変えるのか・・私には今のところわかりません。



■ 2004/07/29 (Thu)  場所がない!!!

3ウィングあるうちの病棟のひとつのウィングが今、リモデルのため閉鎖されている。そのため患者数が減るわけだけどオープンになってるウィングのベッドはここんとこ常に満床状態。
あとうちのフロアに唯一一部屋だけ4人部屋がある。これまでは空きベッド待ちの一時待機場所に使用していただけだった。が、ある日突然その4床が「精神科病室」となった。稼動しはじめてまだ1-2週間たったところ。その病室の前にいたらこっちの気が狂いそうになるくらい「ギャーギャー」「ワーワー」悲鳴というか叫び声というか奇声が聞こえてくる。

ひとつのウィングが閉鎖されているのと、その奇声の聞こえる4床が増えたのと、学生さんの実習期間が重なって、それはそれは日勤帯は病棟が大混雑。なんだか人がひしめきあっていてとてもここのところ居心地が悪い。チャートしようと思っても場所がない。コンピューターチャートしようと思ってもコンピューターは常に誰かに占拠されている。
それどころかチャートしようと思ってもチャート(カルテのこと)自身がどこかにいって見当たらない。
なんだかドクターが持っているならまだしも、Discharge Planner(マナーの悪いおじさんが一人新しくきたんだよなー・・)とか学生がどこか患者さんの部屋から遠く離れたところに持っていってたり、かつそれを戻さず遠いところに置きっぱなしにしていたりするとほんとに頭にくる。
しかも1回や2回じゃなくって、自分がチャートしようと思ったたびに今日はそういう状況だった。かつドクターからも「チャートはどこだ、チャートはどこだ!」と探して来いといわんばかりに聞かれ、こっちだってそれで困ってるっちゅうねん・・・と思いフラストレーションは募るばかり。
あと、最近なぜか薬のボックスにきちんと薬剤部が時間に薬を補充しないことが多い。必要なものが必要なときになくっていつも電話したりコンピューターでオーダーしたりと時間をとられ、それもナースのフラストレーション。

これであっちこっちから患者さんに呼ばれ、「あ〜〜も〜〜う!!」となる。患者さんの前ではそのイライラをできるだけ隠そうと努力する自分。
そう、今日唯一救われたのは忙しい患者さんばっかりだったけど、みんな人柄がとてもよかったこと。コールはしてくるが文句とか訴えばかりがんがんにしてくるのではなく、「忙しいのに悪いけど・・」とか「ありがとう」とかちゃんと言ってくれる人ばかりだった。ひとりのおじさんは薬でらりりかけてて、すれすれ普通の人って感じの人だけど、とても私のこと気にいってくれて、わがままだけど私の言うことはなぜかよく聞いてくれてちょっと気持ちがよかった。
患者さんの状況によって忙しくなるのはまだ気持ちの上で納得がいくんだけど、物質的なものによる作業の遅れは納得いかない。なんとかしてよーというか、なんとかしようよーって思う。
一つ一つあげるとみんな悪いことしようとするつもりでやってることではないのはわかる。けど、もうちょっと一人ずつが次の人のこと考えるとか、周りのこと考えるとかできたら状況は少しでもオーガナイズされるんじゃないのかな・・。

なーんてぐちだらけねー。ま、人のこと変えようとするアイデアはpositiveじゃないのはわかってるんだけどねぇ。。。なんとかならんもんかいな・・・。



■ 2004/07/30 (Fri)  GSW

とは、Gun Shot Woundの略。働きはじめた頃はこのGSWという略語にかなり感動?したなーと思い出す。日本でもあるんだろうけど、私には無縁だったからこっちに来て初めて知った略語である。が、働いているとけっこうよく出てくる。さっすが〜アメリカ・・・とまだまだミーハーな私はいちいちその略語に"アメリカらしさ"を感じて喜んでいる。

そういうわけで、今日も生々しいガンショットの傷口をケアすることとなった。
理由はいまだ定かじゃないけど、とにかく家族をみんな殺すと家族に言い放ち、30代後半の白人男性、家族の目の前で自分を撃ったというストーリー。が、弾は足を貫通し、幸いにも骨折もなく大きな血管にも当たらず太ももに2箇所弾丸の大きさの傷ができたという軽症ですんだ。(ま、そもそも死ぬつもりはなかったんだろうね・・・)
自殺企図・脅迫などで警察もからんでいた。

普通の会話は普通にする。彼はとても普通の人に見える。いやむしろいい人って感じがする。
ま、かなしいかな、彼は何一つその原因について語ろうとしなかった。私にもケースマネージャーにもソーシャルワーカーにも・・・。精神科のドクターも家族関係に何か問題があるという程度の情報をつかんだだけで、あまり詳しくは今日の段階では聞けていない。
でも奥さんが夕方面会に現れたとたん、大声で泣きじゃくりはじめた。なにがあったんだろう・・・。
その後も何度か部屋に入ったけど、とくに何も語らずとてもおだやかな表情で横たわっている。
人を殺すとか自分を傷つけるとか彼の顔・ふるまいからは到底想像がつかない。

・・・だから余計怖いね。
とりあえず24時間シッターさんがベッドサイドに、部屋の入り口にはセキュリティーが配置された。

こんなこと、きっとたくさんありすぎて、こっちではニュースにもならないんだろうね。。
でも普通のおうちにも銃があるってことだね。。
うちにはないけど・・。(でもなぜか木刀がある・・・。なんでだろ??)


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