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■ 2005/01/04 (Tue)  NY→そして仕事

無事NYより戻ってまいりました。思ったほど寒くなくってラッキーだったかな・・。せっかく持っていったセーターなど使わずじまい。久々のダウンジャケットで肩こりコリ。

タイムズスクエアのカウントダウン。すごい人出とは思っていたけど、その予想をはるかに上回るもので圧倒された。
よく将棋倒しがおきずに済んだものだとPoliceマンの活躍に拍手。そしてこんなにも我慢強い人々の集団をアメリカで見たのは初めてだ。同じ場所に6時間(人によってはそれ以上)、ぎゅうぎゅう詰めに押し込まれ、飲まず食わずで立ちっぱなし。動くこともできない状態で、よくみんな我慢したもんだと感心。
最後のカウントダウンの瞬間はすばらしかったけど、今後はテレビにてそれを楽しもうと思う。
1度行ったらもうそれで一生分満足。
2度と再び同じことを繰り返す気力はなし。それほど激しい疲労を覚えたカウントダウンパーティーだったのでした。

あと3泊のうち1泊は初めてNYを訪れた10年前から一度泊まってみたいと思っていた超高級ホテルに思い切って滞在。隠す必要もないか、そのホテルの名前はトランプインターナショナル。
すばらしかった。サービスから部屋においてあるひとつひとつの備品にプライド?誇り?を感じる。そしてホテル支配人からのレターがルームキーに添えられてあったり、ちょっとしたところに憎いサービスが山盛り。
このホテルについて書き始めるとたぶん400字詰め原稿用紙に2枚はさらっと書けてしまいそうな勢い。なのでここでは割愛。

たったマンハッタンの小さなエリアだけでも3泊では全然足りない。まだまだ行きたいところは満載のまま、帰ることになった。
同じアメリカといえ、街のカラーがLAとは全く違う。
どっちが好きか???
同じ土俵で比べられないな〜。。。全く別物に思う。

帰りにぎんちゃんをピックアップに行った。初めてのお留守番。元気でいい子でいてくれた。あわや死んじゃうか事件が年末にあったのでほんと生きててくれてよかった〜と思った。

そして今日から6連勤。贅沢したし、またがんばって働くぞーーー!!



■ 2005/01/06 (Thu)  突然がんに・・

29歳の女性、独身。かわいい子。2週間前からなんだかおなかの調子が悪く、体にぽこぽことMassが触れるようになり、日々それが大きくなってきて、痛みもひどくなってきたとのことで入院。
検査の結果、がんが全身いたるところに転移していると診断された。(原発はいまのところどこかわかっていない。)
腹膜にあるがんは触っても腫瘍が触れる。右のソケイ部の腫瘍は直径10センチ大もある。足首には見るからに悪そうな肉腫ができている。

昨日入院してきて、立て続けに検査を受けていたが、戻ってくる結果がこれでもか・・ってくらい悪い。
いつからこんなことが彼女の体の中で起こっていたんだろう。。彼女は2週間前まで健康だったという。

彼女のお姉さんがうちの病院の職員でナースとして働いている。そのお姉さんが妹のいないところで泣いていたという情報を他のスタッフから聞いてなんだかとても悲しくなった。
検査結果を見たらお姉さんには大体わかってしまうもんね。。。

オンコロジーのドクターのコンサルテーションオーダーが入った。きっとそのドクターのもと追加検査、今後の治療方針が決まるだろう。

29歳、彼女の中では「Cancer」という言葉がまだ受け入れられてないと思う。そしてこんなに進行した状態だとはおそらく想像していないと思う。

彼女がこれまで病弱だったというわけじゃなく、いたって普通に生活していたと聞くと、こういうことが誰にでも起こるチャンスがあるんだとも考えてしまいちょっと怖くなる。

なんかいつも思うけど若い人の進行した病状は見るのはつらいな。。。特にこういう発見段階をともに過ごすのは検査結果見るたびにこっちまで「うわぁ〜・・・」「うわぁ〜・・」とがっくりするし・・。年が近いとオーバーラップさせてつい考えてしまったりするしね。。

自分が2週間後、突然進行がんと診断されること、想像できるか・・・。いやいや怖すぎてそんな想像したくもないな。。。



■ 2005/01/07 (Fri)  やたらと忙しい

Give me a break...
全く忙しい昨日と今日。激しく忙しい私の患者さんたち。適度に忙しいのはタイムマネージメントするのが楽しくて好きだけど、トイレも行きそびれてしまうような忙しさはほんときつい。

昨日の29歳の彼女。突然の診断名にただいま自暴自棄になっている真っ只中な彼女。まだ受け入れられないし、その状況を否定しようとしてる段階だからこうなるのもよくわかる。
が、新入院が2人(つまり山のように新しいオーダーがでる)そしてSickle Cellの患者さん(イタイイタイでコールが多い)そして原因不明の高熱患者さんと他に受け持っていたわけで、やたらと電話が私になり、あっちで呼ばれ、こっちで呼ばれ、ひとつひとつさばいていこうとするが、呼ばれる度に中断・・で全くもって進まない。・・・という状態であったわけで、29歳のその彼女のあたり散らす姿、怒りをナースにぶつけてくる姿を理解しようと思う自分がいながらマジでムカついてしまう瞬間が何度かあった。

とにかく彼女の言ってることに筋が通ってなかった。言ってることはただのわがまま。
それは違うよ、それはこうこうだよ・・・と話しの筋を通そうとする私。それでわかってもらえなくってこっちまでイライラ。
が、もしももっと私に時間の余裕があったら、こんなに忙しくなかったら、もう少し心に寄り添えただろうと思う。少なくとも座って話したりできたら安心感を与えられたんじゃないか・・とか。筋の通らないわがままを言ってしまう彼女の心の声は何なんだろうって考えられたんじゃないか・・とか。。。

今日せめて私ができたことはソーシャルワーカーを呼んだこと痛み止めのIVをあげたことかな・・・・。

帰りの車で「だからそれは違うよ・・」なーんて彼女の言葉に真正面からレスを返していた自分の対応を思い出してなんか反省モードに。。。
自分が彼女と同じシチュエーションだったら絶対精神的に参ると思うし、同じ状況は起こりえるもんね。。。

キュブラーロスが言ってる死の受容段階(否認―怒りー取り引きー抑うつー受容)でいうとまさに彼女は第一段階から第二段階に入ったところ。まだ治療方針も定まっていないし、今後どうなるのか。。。おそらくオンコロジーのユニットに移るだろうけど。。

まー、とにかくどっと疲れた。
あと2日続く。。。
どうか週末はもう少し楽な勤務でありますように。。。



■ 2005/01/08 (Sat)  まだまだ続く忙しさ

ふう・・・。
今日は昨日の忙しい患者さんに加え、また忙しい患者さん1人が追加されたアサインメントだった。スタッフ不足でどのナースにもプラス1人でアサインされている。
「殺す気か〜〜〜!!」と叫びながら始まった1日だった。

今日は仕事の後、即効行かなきゃいけないところがあったので、気合いれて何が何でも時間通りに、いや時間よりも少しでも早く終わらせるぞーととりかかった。

だがほんときっつかったー。。。

単に6連勤の5日目だからきついのではないよう。きつい原因はやっぱ受け持ってる患者層と関連すると思う。
今回連続で受け持っている人たちは精神的にきつい人が多い。。。患者さんが悪いのではなく、患者さんの状況がよくないという意味で。。。

29歳の彼女の件だが、昨日のバイオプシーの結果、「Malignant Melanoma」という診断が下った。日本語でいう悪性黒色腫、いわゆるほくろがんというのか、皮膚がんの一種。
これは若い人に多く予後が非常に悪いとされている。
彼女の場合、すでに全身に転移しているわけで、はっきりいって2日前と今日でも、その進行が目に見えてわかってしまうくらい。

ドクターと、ナースである患者さんのお姉さんとが、どうして患者さんに話していくかを話し合っていた。強そうに見えるお姉さんも涙がとまらないようでしばらく患者さんのもとへ帰れないくらい目が真っ赤になってしまっていた。
患者さんのご両親も来た。
あと複数の親戚たちもこれから来るとのこと。全員揃った段階で、全員に同時にドクターから説明がいくということで、「全員揃ったらコールして」と頼まれたところで私のシフトが終わった。

帰る前、部屋に入った。患者さんは寝ていた。両親はなにか談笑していた。みんながんとはわかっていても、どの程度悪いとかことの深刻さをまだ知らないんだ。。と思うと、この先どうして話し合いが行われるのか、なんか心配になった。

推定予後2ヶ月。
今の段階でのドクターの見解ではおそらくアグレッシブな治療は行わない。ホスピスケアで退院させるという方向。

なんとも悲しいストーリー。。。

連続勤務だと毎日同じ患者さんを受け持てて、流れがわかりやすいけど、きついアサインメントだときつい日が続く。
でも気になるからもちろんアサインメント変えて・・なんては言うつもりはないけど・・。

明日もう1日がんばろう。
しかし眠い。。。



■ 2005/01/09 (Sun)  やっと終わった。。。

6連勤無事終了。。。
毎日くどいようだが、今回の勤務はきつかった。。。

ひきつづき29歳の子情報。
朝行くとボードに名前がなかった。。。まさか早くも退院???
OR まさか・・・・
答えはそのどっちでもなかった。
夜勤帯にテレメトリーに転棟になっていた。どうやらドクターからの説明後に胸痛・不整脈がではじめたらしい。

ともかく、少しでも安楽に過ごせますように・・と願うばかりだ。

他、一人退院が出たと思ったら今度はICUからの転棟患者さんを受けることに。
She is dying...と申し送られる。私のヘビーアサインメントは止まらない状態。
チャージナースに恨まないでね・・たまたま重なっただけ・・・と謝られる。

患者さんが運ばれてきて、状況は悪いが今夜は大丈夫だと感じた。

ANYWAY、明日は休みだ。
ニューヨークから帰ってきて、ずっと仕事で、仕事以外にもいろいろ忙しいことが家で続いていたので、なんだかニューヨークはすっごく昔のできごとのような気がする。
せっかくとったビデオも一度も見直していない。
編集して日本の実家に送ることになっているため、作業をしたいところ、メカに強いだんなが今日から出張にでかけてしまった。
彼も彼で私なんかよりももっと忙しい日が年明けから続いており、なんだか毎日午前様。お互い旅行から戻って顔をあわせて口を聞いた回数がほんと数えるばかり。連絡事項は電話ですませている。
夫婦で同じ屋根の下にいながら、彼が帰ったときは私がすでに寝ている、私が出て行くときは彼はまだ寝ている状態が続いている。
お互い疲れているから?年のせいか?それとも緊張感が足りないからか?、寝ていると帰ってきた物音でも目が覚めないし・・・。

が、しかし、遅くても帰ってくるのと1週間居ないというのはなんだか心境が違う。
しばらく帰ってこないんだ・・・と思うと寂しい気がする。
なーんてかわいいこと言ったりして・・・。

あー年賀状の返事とかしていないのがまだあるよー・・・。
気になりながらどんどん日がたっている今日このごろです。。。



■ 2005/01/10 (Mon)  おやすみの日

絶対今日は昼まで寝てしまう。。。
と自信満々で昨日の夜はベッドに入った。
が、いつもと同じ時間に目が覚めてしまうなり。。。
しばらくあたたかい布団の中でうだうだしていたが、なんかぱっちり目が覚めてしまった。結局朝7時すぎから行動することになった休日。
確実に老化を確信。

昔は私は寝だめができると自慢だった。1日3時間睡眠が3-4日続いてもどこかで12時間とかそれ以上寝たらすっきりまた翌日から睡眠不足が続いても自分は大丈夫と自信(!?)をもっていた時期があった。(20歳代前半)
3交代で病院で働きながらこっそり夜勤明けや準夜勤前にカレー屋でバイトしながらかつ普通に人とつきあっていた時代。
あんなこともうできないな〜。。。
あの頃は若かったな〜。。。
なーんてこういうこと回想しているのが年取った証拠。

ま、朝も早くから動きだしたのでいろいろやることができた。
ビザスクリーンCertificationがまだ届かない。CGFNSに電話してみて待つこと40分。やっと人とつながった。
厚生労働省からのレターをReceiveしたのが1/4という。(厚労省は12/17に送付してくれてるんだけど・・・)
そしてそれからReviewするのは普通4-6週間かかるらしい。
早くしてもらえるようにReviewerをプッシュしてくれとはお願いしてみたものの、10日後に控えるグリーンカード面接には間に合いそうにない空気が色濃くただよっている。
どうなるのか、私のグリーンカード面接。
簡単にここまでことが運んでないから、絶対にまたどうせなにかひともんちゃくあるだろうとは思っていたけど、本当にありそうだ。
どうなるのか弁護士さんに聞いてみよう。
ま、いつかもらえるのならそれでいいけど・・・。

ここんとこずーっと雨。それもけっこう大雨。
ま、大雨の中だがせっかくの休みなのでショッピングにでかけた。普段通る道がぼこぼこになっている。普段雨が降らないから雨が降るといろーんなところが影響するんだね。このあたりの道路は雨のことを考えては作られていないようす。。。

夜は友達んちでおよばれ。兄貴夫婦とその子供がいたりしてにぎやか。大勢で食卓を囲むのはいいねー。なんか久しぶりに家庭的な雰囲気の中ごはんを食べた感じがした。

さて明日からまた仕事ですぞ。。。



■ 2005/01/11 (Tue)  患者さんはドクター

新入院をとることになった。
チャージナースが「新入院の患者さん、うちのドクターだからよろしくね・・」と。名前をみて私は知らないドクターだったが、長く働いているナースたちは知っていた。

過去もドクターを受け持ったことはある。
引退したドクター。昔うちの病院で働いていたドクターなどなど・・・。
が、現役でうちの病院で働いているドクターは初めて受け持つな・・・。

受け持つ前からなんか他の患者さんを受け持つ時には感じない緊張感。

ドクターが入院してきた。
IVとかも失敗したりして〜〜なーんて他のナースにからかわれる。やめてよ・・余計なストレスかけないでよ・・・。
ま、いい血管をもっていてくれたので、すんなり終了。
が、不思議な汗がでたわ。

このドクターすごくいい人だった。よかった。
「すごく忙しい中、自分の患者さんを他の先生に任せてきたから気になる」というようなことを言っていた。
「ここでは患者さんなんですから、どうぞゆっくり治療してください」とお願いしてきた。

とは言ったが、こういう言葉を「ありがとう」と受け止めてもらえるのか、「患者扱いしないでよ」と思われるのかどっちなんだろう。。。
ま、どっちでもいいか。。。

先週からアダルトスクールで始まったスパニッシュのクラスをとりはじめた。スーパービギナーズクラス。
1年半前もこのクラスをとろうと試みたけど、結局(私はまずは英語からだわ・・)と思って途中脱落した。
本当にスパニッシュを話す必要性を強く感じる職場なので、せめてかーんたんな会話くらいできるようになってみたいな・・と思う。
目標は全11回(だったかな?)を休まず行くことだ!
さて行く準備すっかー。



■ 2005/01/12 (Wed)  8時間 VS 12時間

ながーくこの日記におつきあいいただいている人は「また?」と思うかもしれないが、またうちの病院では12時間勤務へのシフトへのVOTEが行われようとしている。

前にあったのはいつだったかな・・・。もう1年以上前のことになると思うが、そのときもごたごたした。
全く同じごたごたがまた起きている。

今私たちのフロアは8時間勤務の3シフト制。8時間勤務だと週に5日、40時間が常勤のDutyとなる。が、アメリカのスタンダードな(・・だと私は思っている)シフトは12時間2シフト制。そして週に3日36時間がベースのところが多い。(うちの病院のほとんどのユニットは12時間制だが、うちのフロアは一番忙しいらしくそれで12時間、特に日勤の12時間は鬼のように忙しくなるらしく"不適切"といわれている。
誰がそう言ってるかって・・・。それはシニアのナースたち。
若者の多くは12時間シフトに賛成!だって見た目の休みが増えるもん!週に4日休みだよ・・・。ちっとしんどくたってがんばるさ!ってなもん。
が、シニアのナースたちは別に週に5日来ることや、早朝に起きることが若者に比べて苦じゃないようす。それよりも12時間という長いシフト、そして給料も減る(らしい)のが不満という。

一体どうなるうちのフロア。。。。

前回も投票があった。無記名でいかにも公平なVOTEだった。
が、開票結果がきちんと数字で出てこなかった。
なぜか知らないままに「8時間勤務で継続」と知らされた。
なんか、見えない力が潜んでいる。
それはひじょ〜に感じる。

しかし今は若者が陰で「なにがなんでも12時間ね!」と約束しあったり、こっちはこっちで結束を固めていたりする。
今回は負けないわよ・・・的空気も感じられたりする。

いつも仲よくしてもらっているシニアのナースもさすがに今は敵!こんこんと12時間勤務の不利な点を説明される。
そして半分ジョーク、いや、大半マジで脅されながら、ここ数日過ごしている。

マネージャーいわく、仮にVOTEで12時間シフトに移行されることになってもそれが実際変わるのは4月ごろからだそうな・・。
私から見ると「12時間」と声をあげてる人のほうが多いように見えるが、シニアの力をなめてはいかん。。。。
ほんとに勝負は五分五分だな・・・。(勝負と書いたが、これは勝負かいな・・・???)



■ 2005/01/13 (Thu)  Maid of honor

今週土曜日、職場の友達の結婚式がある。
親族と近い友達だけで新郎の両親の家にチャーチの人を呼んで式をするという本当に小さい小さいパーティだという。新婦はウェディングドレスは着ないということで、出席者にもセミフォーマル、いやそれ以下で十分と。
新婦よりも目立っちゃいけないし、かついつものジーンズとかではラフすぎるし、果てどんな格好がいいのかな???
ま、とりあえず美容院で痛んだ毛先くらい切っておこうと、今日美容院の予約を入れていた。

混んでても40分の道が今日はにっちもさっちもフリーウェイが渋滞しっぱなし。で1時間半近くかかった。着いた時間は次の予約の人がもう来るであろう時間だった。
しょうがなくキャンセル。。。人気の美容師さんだし、次の予約はまたいつとれるかわかんないな・・・。

ま、死ぬわけじゃないしいいか。。。
そして主役でもないし。。。

あ、でもなんだか大役をお願いされている。
その名もMaid of honorとかってやつ。
私、こっちの結婚式のしきたりとかよく知らないんだよな・・・。
彼女からすごくまじめな顔でずいぶん前に「Maid of Honorをお願いしたいけどいいかな・・」って聞かれてなんのことだかよくわからずに「もっちろん」と答えた私。
その後そのメイドオブオナーというのをよくよくいろんな人から聞いていると、新婦の一番近い友達とか姉妹とかがたいてい選ばれ、選ばれし人は名誉ある存在ということらしい。
あーそうなんだ〜〜。

そもそも彼女も彼女のフィアンセもクリスチャンでチャーチの人がきて話しされたって、私にはチャーチ用語も結婚用語もわかんないぞ・・・。
これで役割が勤まるのか2日前になってちょっと焦ってきた。。
ま、とりあえず一生懸命できるだけのことしよう。
スピーキングのテストの勉強相手にもなってくれたり、このカップルにはお世話になっているからね。
なにより二人のラブラブ度はそりゃもう激しいので、この日が最高にハッピーな一日であることは間違いなし。
とくと祝福してこよう。

そういや・・・
ウェブチェックしたらビザスクリーンの段階がまたひとつ進んでいた。ReviewerによるReviewは終わったらしい。Certificationを発行したとはまだなっていない。Waiting for approvalとなっている。
もし近いうちにCertification送ってくれるというなら、面接までに間にあわせてよねって感じ。。。



■ 2005/01/14 (Fri)  Certified

ビザスクリーンの画面(CGFNSのウェブサイト)、チェックしたらまた昨日と違った。
Certifiedとなっており、Certificationを1/14/05にMailしたとなっていた。
やるじゃな〜〜〜い。
思ったよりも早くがんばってやってくれたんだね・・・。

なんでもかんでも待つことが必要なアメリカ。とくに事務仕事に関してはミスも多けりゃ待つことも多い。
思ったよりも早く動いてくれているのか、自分が相手に対して「これくらい期間が必要」と多め・長めに見積もるのがうまく(?)なってきたのか。。。

とりあえず1週間後の面接には間に合いそうだな・・・。
(なーんていうとまた郵便物ミッシングとかなんとか問題勃発しそうな予感がしないでもないが・・・)
ま、Knock on woodということで。。。

これから同じ病院にいる日本人(違うフロアだけど)ナースのベビーシャワーにいって、そのあとだんなを迎えに空港へ・・・。

なんだかあっという間に週末がやってきたわ。。。



■ 2005/01/15 (Sat)  結婚式

とてーもいい結婚式だった。
ほんとにいい結婚式だった。

予定通りお昼から行われた。だんなも一緒にinviteされたんだけど、私たちここにいていいの??ってくらい、親族ばっかりだった。
アメリカらしい1戸立てのおうちで後ろには大きな庭がある。リビングから庭にかけてテーブルが広げられて派手さはないが、手作りの温かいパーティーの雰囲気ただよう。

リビングにてチャーチの方が聖書片手に二人を前にしてなんだかを読み始めた。そして新郎・新婦が向かいあって立ち、手をとりあいながら指示通りにそれを復唱して、キスをして終わった。

Maid of honorの役割は・・・「Nothing」。
本当に後ろにたって、彼女のバッグをもち涙を流すとティッシュをささっと渡すという、それだけの役だった。

本当に小さな小さな式だったけど、でもなんか心温まるいいお式だった。
日本ではほんとこういうのでもお金すごいかけるし、業者とかに頼むとお金がおちるようにできていると思う。
が、お金かけなくても、見た目の派手さはなくてもこういうのができるんだ・・・ってほんと自分にとってはフレッシュな結婚式だった。

入籍届けなるものにWitnessとしてサインさせてもらった。
ほんとに呼んでもらえて光栄だと感じた1日でした。



■ 2005/01/18 (Tue)  ぎんちゃん ありがとう

うちのかわいいハムスター、ぎんちゃん。
昨年くれ、ERに連れて行く事件があってからまだがんばっていた。一度は覚悟したぎんちゃんの死。死を待っていたわけじゃないけど、本当にびっくりするくらいがんばる子だった。日に日に弱っていくのはわかっていた。
えさを1日に1-2度しか食べない日が続き、おしっこはいつも決まった場所でしかしない習性があるのに、寝ているところでしていたり、少しずつ少しずつ悪い方向へ変化しているのはわかっていた。
先週だんなが出張の間はなんとか持ちこたえて欲しいと願っていたら、ちゃんとがんばってくれた。
が、えさも食べなくなり、口元に運んでもほとんど食べれない、口にいれてももぐもぐする元気がない・・という状況に日々変化していった。最後にたべた固形物は「白ごはん」。日本人に育てられた子である。。。
ここ3日は水も飲まないので、シリンジの小さいのでハムスター用のビタミンドロップをまぜて少しずつ飲ませていた。

昨日はほとんど動かなかった。
でもそろそろかな・・と思ってからなんだかんだと3週間以上たっているので、どこかでまだまだこのままがんばるんじゃないか・・という気もしていた。

が、今朝、まさに私が仕事にでようとするとき、6時45分、ぎんちゃんを見ると息をしていなかった。起きたとき、5時45分の段階では呼吸しているのを確認している。
つまりこの間にそっと息をひきとったんだね。。。

きんちゃんはとても社交的な性格で亡くなるときもこっちをはらはらさせ、じっと目を向けてないといけないような派手な最後だった。
ぎんちゃんはきんちゃんに比べて引っ込み思案。遠慮しい。亡くなり方も、人に迷惑をかけないように、そっとそっと息を引き取ったという感じ。
亡くなり方も性格がでているね・・・とだんなと話した。
きんちゃんのときも思ったが、本当にかわいい死に顔だ。ずっとずっとすりすりしていたい、ずっと手元においておきたいくらい、本当にかわいい顔をしている。

こんな顔見てると、「ありがとう・・・」という言葉しか浮かばない。

いつまでも家においておくわけにもいかないのはわかっているが、今晩もう一晩、一緒に過ごそうと思っている。



■ 2005/01/20 (Thu)  いらイラいら・・

明日がグリーンカードの面接というのにVisa Screen Certificationがついに届かなかった。昨日の段階で「もしも最悪今日(木曜)に届かなければ弁護士がレターを書きますので、事務所までとりにきてください」と弁護士事務所から昨日電話をもらっていた。
その予測していた最悪の状況・・・。
CGFNSは先週の金曜に送ったとしているが、それは東海岸のほうからくる。東からでもたいてい7日あればつくものだ。が、今週の月曜が祝日だったのがこの遅延の原因か・・・。もしくは金曜に送ったといって、送るほうにまわしただけで実際書類がCGFNSを出たのはいつのことか・・そこまではトラッキングできない。。
ま、anyway、弁護士事務所に行ってきた。しょっちゅう連絡をとってはいるが、事務所に行くのは2年半前、契約をする書類をもらいにいった以来だ。なんだかなつかしい。。。

弁護士さんはとても丁寧なレターを準備してくれていた。本当はもうCertifyされていること、先週の金曜に送付されていることなどなどと、それらの情報がのっているCGFNSのサイトのコピー、それがまがいものではなく本物であるということを第三者である公証人にサインして証明してもらったものなどを持たせてくれた。
明日何も言われずテンポラリーのスタンプをもらえたらラッキー。
が、とりあえず今はこのビザスクリーンが必要なので、再度移民局に出向くように言われる可能性が高いことなどをいわれた。ま、次の期限として90日は待ってくれると。

・・っつうかさ、きっと明日、まさに面接から戻ってきたら書類が家についてたりするんでしょー。。。なんだかなー・・・。そんなことが大いに起こりうる状況で、90日後とかいわれたら・・・。ここに来るまでのどこかのプロセスの段階でこの1日を縮小できたんじゃないか・・とか考えてしまう。
しょうがないとはわかっていつつも、1日の違いが大きな違い・・と思うと、こんな状況にいらいら・・・・。
(あ、でも弁護士事務所に行けてよかったー。・・・というのも日本語を話すお姉さんに初めて直接会ってお礼をいうことができたから・・・。これまでさまざまな局面で、焦って唐突な質問メールを送ってしまっていた私。だが、彼女はいつも冷静で親切に対応してくれた。ありがたい、ありがたい。一度会ってお礼を言いたいと思っていたので、今日はそういう意味ではいいチャンスとなった。)

しかし、弁護士事務所、遠かった。
いや、距離は遠くないんだけど、混んでるフリーウェイ路線。しかも帰宅ラッシュ時間、そしておまけにフリーウェイを下りてからのローカルの道路も工事中ときたもんだ。横を歩いてる人のほうが百万倍早いと思った。4連勤終わった直後で私の足はとってもだるだるぅ〜。で、ブレーキ踏んでばっかりの運転でそんな足の疲れは倍増〜。

そして最近仕事の後、家に帰ってきてからやたらとやることが多い。やりたいことも多いが、やらなきゃいけないことのほうが圧倒的に多い。そして家の中のこともある。あれもやって、これもやって・・と思っていて、そして家の中ことが全然片付いていないのを見ていらいら。(単純に掃除とかせんたくとか毎月のPaymentとかお金の計算とかのことも含め・・)
放っておけば・・といわれても、家の中があまりちらかっていると放っておけなくなるタイプ。いらいらして文句いいながらでも片付けるほうが自分自身納得できる。

仕事は楽しい。が、実際問題、体は疲れる。「疲れた〜」・・・と家に帰ったら言って発散したいところ。唯一の家族であるだんなも毎日BUSYで私が寝るまでに帰ってこないことも多い。そして帰ってきたかと思うと、そんな私よりももっと疲れていたりする。
どうなの、この状況・・・。
いらいらいら。。。。
だんなの性格はわかっている。一生懸命文句いわずに働いていて、できる限りのことはしようとしてくれる。だから文句いったり当たっちゃだめだめと思うんだ・け・ど・・、わかっちゃいるんだ・け・ど・・・、ついつい(実際家の中のことはほとんど私がやってんねんけど!!)とか思い始めるととまらなくなる私。ついついいやみを言ってしまったりする。
そんな自分に自己嫌悪でまたいらいら・・・。

・・とこれだけ書けばちょっとはすっきりしたか?私よ。。。(笑)



■ 2005/01/21 (Fri)  グリーンカードの面接

移民局へ行ってきた。予約の紙があるので、荷物チェックだけ簡単に受けるとすぐに建物に入ることはできた。たくさん椅子の並んだ待合室に放りこりまれる。10時の予約が待つこと1時間10分、11時10分ごろにようやく一人の女性に名前を呼ばれ、面接用の個室が30以上ずら〜っと並ぶ内側に入ることができた。1時間10分待ちは疲れたが、ニューヨークほどじゃないね・・・とだんなと話す。

悪いことはしていない、なにもうしろめたいことはない・・・そうは思うが、面接官のイカク的な態度に緊張。。。そもそもこの人たちが相手に対し「疑いの目」を持って接しているのが気にくわない。

個室にだんなとともに入る。座る前に右手をあげて「うそはいいません」というような宣誓をさせられる。
書類にサインと指紋をまずして、そこからは質問の嵐。

まず最初にOccupationはと聞かれ、そこでRNというと、「CGFNSからの証明書は?」と真っ先に聞かれた。
やられた・・・・。(すんなり行ったりして・・と思うほど甘くはなかった。。)
そして弁護士さんからの丁寧なレターを見せる。一瞥しただけで、「私はちゃんとした証明書が必要なの。」といわれ、弁護士さんからのレターを見ようともしなかった。「Certifyはされています、待っているだけです、これを読んでください」というと、「預かっておくわ・・」と3つ折りにされたまま開かれることもなかった。。

続く質問のメインは私の仕事に関することだった。
どうしてその病院にしたのか、いつから働いているのか、いつ免許をとったのか、免許をとってから仕事開始するまで1年間は何していたのか(労働許可を待ってたんだよ!君達のせいで1年もかかったんだよ!とか思いながら・・。)給料明細にタックスリターン、病院からの書類などなどなどなど・・・。
あとはだんなとの関係。どこで知り合ったのか、どこで結婚式をあげたのかなどそれに関してはわりとさらっとした質問で終わった。あと二人名義のBank Statementのコピーを渡したくらいかな・・。どこで知り合ったかのかという質問に、二人声を揃えて「高校の同級生です」と言おうもんなら、たいていの人は興味を示す。が、このお姉さんは「あっ、そう、ふーん」ってな感じだ。全く気が悪い。

ま、ともかくー、お姉さんが言ったのはこういうこと。
「一番大切な書類(ビザスクリーンCertification)が揃っていない。今日は何もMake decisionできません。来週あたりに郵便を送ります。そこに足りない書類を同封して私宛に送り返してください。そこからまた処理します。」とのことだった。「ここにこうしてまた来る必要があるのか?」との問いには「ここにはもう来る必要はない」とのことだった。
あと、どれくらいかかるのかとか、聞いておけばよかった質問などいくつかあったが、とても聞けるような雰囲気ではなかった。

面接時間、実にみっちり35分。終わったあと、いいようのない疲れがどっとでた。仕事とかの疲れと違って、いや〜な疲れだ。
グリーンカードが今日でなかったことによって次回の労働許可の延長をしたり、何かと手間暇とお金がまたかかり、面倒が増えたのは確か。だけど思ってたより早くきた面接だったので、まあ、遅れることに関してそうそう文句は言うまい。それよりも、面接官の態度になんかいやーな気持ちが残る。だんなが言った。職業でああいう顔(相手をイカクするような顔)になるのかな・・。そうだとしたら嫌な仕事やなー・・と。

グリーンカードに面接が必ず必要かというと、ランダムのようである。面接があたったところで、「人生、ネタ」と思っている私は「面接も人生経験」と思ってそんなに嫌だとは思っていなかった。受けるまでは・・・。
が、これなしでグリーンカードがとれるならそれほど幸せなことはないと思う。人生経験とかネタとかどうでもいい、こんなのないに越したことはない。

帰りはだんながランチでたまに行くというおいしい和食のお店に連れていってくれた。
かなりおいしいランチが食べれた。
が、嫁に内緒で(内緒のつもりはないだろうが)こんないいもん食べてんねんや・・・とじろっとだんなを見る私であった。



■ 2005/01/22 (Sat)  Ginちゃんの話

仕事、そして移民局、その他もろもろ忙しいことに終われぎんちゃんがいろんな面で後回しになって申し訳ないと思っている。

とりあえず今回はペットセメタリーに土葬をお願いすることにした。前回Kinちゃんのときは、私たちの好きな景色のいい某場所に埋めたんだけど、やはり犬や猫も通るだろう場所なため、いつも掘り返されていないか心配だった。Kinちゃんはわんこやねこにいじられても社交的だからすぐ友達になれると思う。
が、Ginは臆病ものだからきっと怖がるんじゃないかと思い、今回はセーフティーなところに埋葬することに決めた。

ペットセメタリーの事務所がオープンしている時間と私の仕事の時間がちょうど重なっていて、なかなか埋葬の時間がとれなかった。
が、ようやく次の休みの日、次の火曜日にぎんちゃんの土葬、お葬式の予約をとることができた。
今はそのペットセメタリーの中の安全なところにぎんちゃんは眠っている。

ところでペットセメタリーって・・・・とてもいいところだ。
移民局で働く人と比べると極端だが、ここで働く人たちは本当に心の優しい動物好きの人たちで、一緒に居て心がなごむ。
土葬のお願いをする。実際埋める場所まで出向いていき(すべてのエリアに番地がある)どこに埋めるか選ばせてくれた。(犬と猫が圧倒的に多いなか、めずらしい動物を発見。馬のお墓があった。その横があいていて、即決定。だって場所を覚えやすいし、なにより、ぎんちゃんが馬の背中にそっと乗ってどこまでも遊びにいけそうな気がするから・・・)

事務所で諸手続きをする間、作業のおじさんなどが話しかけてくれる。そこでこの詩、読んだ?いいから読んでみな・・と一枚の紙を渡される。
題名は「Rainbow Bridge」
おじさんが、おれはここが好きなんだよ・・と読み上げてくれた。ぼろぼろぼろ・・・っと涙があふれた。うまく訳せないから少し書いてみよう。
「They all run and play together, but the day comes when one suddenly stops and looks into the distance...」ではじまる。
中略して
「The happy kisses rain upon your face, your hands caress the beloved head and you look once more into the trusting eyes of your pet, so long gone from your life, but never absent from your heart.」
そして最後が
「Then you cross the rainbow bridge together...」
で終わる。

ぼろぼろ泣いてしまった。おじさんも事務のおばさんも「泣けばいいのよ。泣きたいだけ泣きなさい」と言ってティッシュをくれた。
涙にひと段落ついたとき、わんちゃんが亡くなったというお客さんがやってきた。その人にもこの詩が手渡された。そのおばさんも私のように泣き始めた。
それを見つめる受付のおばさん、作業のおじさん、みんなとても優しい目だと思った。

火曜日は、ぎんの好きだったものを持っていってあげよう。



■ 2005/01/24 (Mon)  12時間の勝ち!?

先日8時間勤務VS12時間勤務で投票をしたのが、7票差で12時間のほうが多数だったとうわさで伝わってきた。
どうしてかまだオフィシャルな発表がない。
絶対8時間!!と押している人たちはシニアの人たち。10年以上同じところでやってきて、たくさんの新人を育て、うちのフロアのカラーを作ってきたのはこの人たち。この人たちがいまみんなで辞めようとか言い出している。
知識の宝庫のような人たちが一斉にやめたらこりゃ大変と、マネージャはまだ今後の対策を管理職の上の人たちとねっている段階で、オフィシャルに発表しないんではないか・・と大体の人が予想している。

「そんなこといってあの人たち、絶対やめないよ〜・・・。ただの脅迫脅迫。」ってある人は言っていた。まあ私もそうかな・・と思う。
年を重ねるとともに、人って環境変えるのいやがるもんだろうし。。。だからシフトが変わるのもいやがってるのに、よその施設に行くなんてもっと環境変わるやん。。。

ま、すでに3月4月の上旬くらいまでのスケジュールは出ているので、12時間シフトに変わるとしても、おそらく変わるのはそれ以降。この際、夜勤に行こうかな・・・。Med/Surgの日勤12時間は激忙しで死ぬっていうし・・・。夜勤のほうが仕事量少なくて時給があがるわけだし・・・。
ちょろっとマネージャーが言うのを聞けば、絶対8時間!という人には8時間を続けてもらうとか・・・。ミックスシフトができるわけか・・。それもなんかややこしそう。。

ま、ともかくとして、will see・・・ですね。

今日はこないだ結婚式をあげた彼女がバケーションあけで戻ってきた。彼女のいない間にサプライズパーティーを企てていた。
彼女に気づかれないように、準備をすすめてきた。
ラッキーにも今日の私の患者さんたちは比較的手がかからない人たちだったので、仕事よりその準備・・に午前中は時間を使ったかも・・・。
いつも申し送りをする机を並べ、患者さん用の白いシーツをかけ、その周りをアイソレーション患者さん用のディスポの黄色のガウンでリボンを作り、デコレートしていく。シニアの人たちに教えてもらいながらやってたんだけど、なんかすっごい日常にあるものでこうして豪華な感じのにできるんだーとちょっと感激。
食料調達隊から電話があり、ワゴンをもって下まで迎えに行く。彼女には気づかれないように他の人に彼女をマークしててもらう・・・などなど。

準備完了。そして彼女を呼んできてサプラーイズ!!だった。
彼女がうるうるしてくれて、「成功!」を実感。

人に手伝ってもらいながらだけど、初めて自分がメインでパーティーをオーガナイズした。お金集めたり、説明したり、いろんなことに気をもんで、けっこう思っていたより大変だった。それでいて、「おなかがすいたのに、まだ食料は届かないのか!」と助手さんたちからcomplainされたり、なんだかな〜。
ま、これまでなんとも思ってなかったけど、いままでにこういうのをオーガナイズしてくれてた人達にいまさらながら感謝と、今後はもっと積極的に協力していこうと思う私なのでした。



■ 2005/01/25 (Tue)  Ginちゃんのお葬式

朝10時。ペットセメタリーに行った。
ぎんちゃんを連れて来てくれた。気持ちの準備ができたら出てきてね・・と個室を与えられた。
ぎんちゃんが小さな箱の中、白い綿の上にちょこんと置かれていた。その部屋には祭壇があり、マリアさまの像やお花がおかれている。部屋は薄暗くしてくれてあり、最後のお別れを家族とする場所だった。
亡くなってからちょうど1週間。少し見た目はかわってしまっていたけど、あいかわらず私たちの愛するぎんちゃんだった。ブラッシングしてあげて、好きだったおかしをちょっとだけぎんちゃんのまわりにならべて置いた。

そしてきっちりパッキングされて、係りの人についてお墓の場所へ。お馬さんとわんちゃんに挟まれた場所。きれいに四角に深く深く土は掘られた。ぎんちゃんをそこに入れた。最初の土は私がかけるように係りの人に土を渡された。
その後、プロの人によってきれいに土は戻され、最後はもとあったように芝生が上にのせられて終わった。
ちゃんとぎんがそこにいるのがいつきてもわかるように、石碑を作ることに決めて、早速申し込んできた。数週間かかるらしい。できるのが楽しみだ。

考えたらハムスター、下手したら100匹くらい買えちゃうくらいお金かかっている。
が、うちのハムが運んできてくれた幸せはお金で買えるものじゃなかったもんね・・・。

次、またハムスター飼う?という話しにだんなとなった。
大好きだけど、でもちょっと命が短すぎて悲しいね・・と。
もしかしてまた何かペットを飼うかもしれないけど、今すぐじゃないかな・・・。
ほんと、きん・ぎんは最後までかわいかった。初めて夫婦でかったペット。きんちゃん・きんちゃんは今後もずっと心の中で生き続けてくれます。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。。。。



■ 2005/01/26 (Wed)  フロート

朝から電話があって、今日は他科へフロートしてもらう、そこは30分早く始まるから早く行ってね・・とのことだった。

行く先はリハビリ部門。前にも一度フロートしたところで、前は楽ちんだった。なので楽勝・・と構えていたらえらい忙しくてびっくりした。
まずスタッフ不足でいつもより多い人数もたされるし、そのフロアの流れが理解できるまでに時間かかるのと、やたらと薬の多い患者さんばっかりで、いろいろ薬局との連絡ごと多しで・・・。

でもよかったのが他にもうちのフロアからフロートできてたRNが一緒にいたこと。彼女はシニアでもなくヤングでもない、中堅どころなんだけど、みんなとうまくやるタイプ。文句も言いたい放題いうけどさっぱりしているので、人から悪くもいわれないし私も彼女のことはかなり好き。

彼女もめちゃくちゃ忙しく、目が合うたびにため息ついたり文句言ったりしていた。

そういえば今日はペットセラピーなるものがそのフロアにまわってきており、かわいいワンコをみることができた。患者さんのベッドの上で患者さんに甘えている。あたかも自分の飼い主に甘えるかのように・・・。
他の部屋でもそんな感じだった。
よくトレーニングされた子なんだろう。。。
私にもすぐになついてくれた。ちゃんとうちのスタッフのつけているのと同じスタッフバッジをしていた。
癒されるね〜。

いつもより30分早く帰れて得した気分。今日は洗濯、洗濯・・・。



■ 2005/01/28 (Fri)  人の顔

カードの支払い請求書などが届き、思った以上にニューヨークで大枚をはたいていたことが明らかとなる。
久しぶりにオファーもあり、昨日は1ヶ月以上ぶりにダブルで働いた。
お金のためにがんばる・・・。って、自分の理想じゃないんだけどね・・。現実は理想を簡単に変えてしまう。。。

ま、そんなことはいいとして、ラオス人の患者さんを受け持つ。ラオシアンを話す。ベトナム・カンボジアの人たちと何が違うのか??顔は同じような感じ。彼女の隣のベッドの患者さんはベトナム人だったので、思わずお互い何を言ってるかわかるのか?とか聞いてみた。
答えは「NO」だった。
やっぱりな・・・。
これは私が昔プリセプターに韓国語わかるんでしょ・・と言われたのと同じだね・・。
顔が同じ系統でも国が違えば言葉は違うっつうの!・・・ってやつやね。

でもお国柄はやっぱり私の中ではすごく似ている。カンボジアの患者さん、ベトナムの患者さん、そしてこのラオスの患者さん。親世代はあまり英語が話せない。そして子供がびっくりするほどいる。(このラオス人患者さんは12人の子供がいるということだった。)
そして家族のきづなが強い。そして子供が親を守ろうとする姿がよく見かけられる。(子供は親よりも英語をしゃべれるからだろうね)

ラオス人の患者さん、ICUからトランスファーしてきて、様子見て安定してそうだったら翌日退院ということだった。とにかく私からすれば「軽い」患者さん。
が、家族からすれば「重症」なんだね。とにかく娘からの質問が多かった。時間が許せばそして答えられるような質問なら質問に答えるのはいやじゃないし、できるだけがんばって答えようとはする。けど、なんか娘は食ってかかるような話し方なのでちょっと苦手・・・。
そんな彼女がお父さん(患者さんのだんなさん)が夜中じゅうベッドサイドでつきそってもいいかと聞いてきた。
うちのフロアでは基本的にそれはだめとされている。個室の場合は別だけど、この患者さんの部屋は二人部屋だしね。そしてその必要性があったとしても同性でなければならないというのがある。・・・とスーパーバイザーに説明されていた。
そういうフロアポリシーにこの娘さんは頭にきたようだ。
めちゃくちゃ文句をいいはじめた。ま、スーパーバイザーも忙しいし、私が聞いてあげましょう・・・くらいな気持ちで「そうだね」「そうだね」「わかる」「わかる」・・・と落ち着いた気持ちで聞いていた。
かなり文句を言ったら「あなたに言ってもしょうがないのに、聞いてくれてありがとう」的な発想に文句をいいながら自分をクールダウンできるのが普通の人だ。(と私は思っている)
が、彼女はどんどん沸騰していってた。私には湯気が見えた。
「あんたのお母さんが同じ立場ならどうするの?」「あんたは入院したことがあるの?」「あんたに何がわかるの?」的な発言まで飛び出した。
人が忙しい中、親切心で聞いてやってるというのに調子にのりやがって〜〜〜と思い始めたら、使うのは"必殺 英語聞き流し術"。
日本語で同じこと言われると流せなくってムカツキ度も高くなるだろうが、英語だと流せる。相槌を打ちながら英語は雑音としてとらえ、親身に話しを聞いているフリをしながら違うことかんがえる。
この人普段何してはるんやろうとか、隣に座っているお父さんと同じ顔やんとか、文句を言ってるときの顔ってブサイクやなーとか・・・そんなことを。。。

ま、彼女はお母さんを守ろう、お母さんにベストなケアを!!と必死なのよね。
わかるけどね・・。
ベースが怒ってる顔はなんかあんまり幸せじゃないね・・・。



■ 2005/01/29 (Sat)  労働許可 更新

先日の面接でパスしていればしなくてもよかった今回の労働許可更新。ぶーぶー言っているわけにもいかない。これがなくては働けない。去年同じ時期にリニューしたのに、なぜかだんなのほうが4月、私のが5月に期限がきれることになっており、だんなのほう、急がなきゃね・・・。

で、去年は弁護士さんにお願いしたが、その時オンラインでできることを友達に教えてもらったため、今回は自分達でやった。オンラインで申し込む。その際お金もカードを使って支払う。(一人175ドル、二人で350ドル、高いっ!)そして電話をして日にち予約する。そしてその日にちに移民局の下請け?をしているようなオフィスへ出向いてサインと写真と指紋をとる。そしてあとは待つ。・・・というしくみらしい。

そして今日がそのオフィスへ出向いて写真・サイン・指紋をとる日だった。過去このオフィスへは2度来たことがある。一度目はI-485という書類のための指紋。二度目は「指紋がexpireしたからもう一度とれ」と指示されてとりにいった。指紋が期限切れってどういうことやねん!!とかいいながら、従うしかない悲しい移民。
そんなオフィス。今日も人でごったがえしていた。私たち夫婦の間ではこういう状況を「うわー、イミグレってるなー」と表現する。
状況解説としては、なぜか目立つのはメキシカンというか、ヒスパニック系・・・。その他、いろいろいわゆる白人・黒人以外の外国人(アジア系、中南米系など)がうじゃうじゃ。そんな状況のこと。

10時と予約してその時間にあわせてきたのに、この列に並ぶのか・・・とほほ・・・と思っていたら、あっさりショートカットですぐに自分達のケースを処理してもらえた。
そして対応のいい新人担当官だった。(勝手に雰囲気で新人と決め付けた)イミグレーション関係でこんないい感じの対応する人もいるんだーと夫婦で感激。
あっさり終わったし、担当者の対応もよかった。こんなこともあるんだね。

あとは期限が切れるまでにカードが届くのを待つだけだ。
もう待つことには慣れているぞー。



■ 2005/01/30 (Sun)  日曜の昼下がり

来月末くらいに引越しすることに決まりそうだ。まだいろいろやることがあるようで実感はないが、少しずつこれを機会に家の中を整理している。
整理は楽しい。次はどこを片付けよう〜と考えるのが楽しい。
ここに引越してきてからほとんど使わなかったもの、開けてないものなどいろいろなものを発見する。
私は惜しみなくぽんぽん物を捨てるほう。
捨てるほうに分けたものをだんながまたいるほうに戻したりして邪魔してくれる。

整理はだんなのいないときに限る。いない間にゴミとして外に出してしまったら何がなくなっているかも気づかないわけだし・・。

書き込んだりしている本は捨てる。が、きれいなままの本もたくさん出てきた。
そんな本たちをこないだ第一陣として古本屋に売ってきた。今日は第二陣でまた売ってきた。こないだ2ドルで売れたきれいなままの辞書が45ドルで売りにだされていた。
あと50セントで売れた私のTOEFLの本を握りしめている女の子を発見した。値段が見えたが11ドルってなっていた。
古本屋ってもうかる商売やなー・・・。
今日のは紙袋どっさりもっていって全部で6ドル70セントだった。
ま、ゼロよりいいし、それが誰かにまた役にたつと思えば捨てるより全然気持ちはいい。

そして今日は久々コインランドリーにでかけた。うちのアパートのが壊れたので・・・。
たまに大きい毛布や布団系を洗うのに使うこのコインランドリー。めちゃ広いところだが、多くのお客さんでにぎわっている。
みんな山ほど洗濯している。
かなり人間ウォッチングをして楽しむ私。
中に洗濯プロか?と思うほど、あっちこっちの機械をたくみに使い分けて軽快に洗濯しているカンフー系の男の人がいた。妙な軽快ステップの彼に視線が釘付けな私。

引っ越す先には家の中に洗濯機・乾燥機がおくスペースがある。カンフーのお兄さんは見れないが、外にでなくてもいい、時間を気にしなくてもいい、人が使ってるかどうか気にしなくてもいい、そんな洗濯ができる環境に移れるのは楽しみだな〜。


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