
■ 2005/10/05 (Wed) 5連休
何気に9/30から昨日まで5連休となった。
新しいほうの病院から「CPRの有効期限が切れてる」「切れてる間は働けない」と連絡を受けた。
実はもうすでにクラスはとっておりパスしている。が、CPRカードを待ってる状態。レギュラーで働く病院の院内クラスでとったので、カードがなくたってパスしている証明さえあればもちろんレギュラーの病院では働ける。
が、他の病院では「パスした」というコピーではだめという。
すったもんだがあったが、結局カードは間に合わず「仕事をキャンセルさせていただく」ことになった。
ま、おかげで5連休なるものがいただけた。
何をしたか・・・。
とくにこれといって何もしていない気がする。家の中のもろもろを済ませるにはいい時間だった。
昼間からゴロゴロしてたときもあった。
昼間のゴロゴロは"あ〜これってすごい贅沢・・"と感じる瞬間。
たくさん休憩をとって張り切って働けるはずが、今日は体がだるかった。
きっと体を休めすぎたんだろう。。。
が、現実はゆっくり体を慣らす間も与えてくれずあわただしい1日の始まりとなった。
午前10時ごろ、一人の患者さん、いきなりコロストミーからの大出血。600ccの大出血に、コロストミーが破裂したもんで、患者の体は血のシャワーを浴びたみたいになっている。受け持ち初日だと朝の10時ではまだ患者を把握しきれてない。チャートを見返す間もなく私自身が患者のこと疑問だらけなのに、スーパーバイザーや周辺の手伝ってくれようとしてる人たちから次々と質問浴びせかけられる。
手伝ってもらうのはいいけど、私にもわからんことだらけさ・・。
コロストミーの真横のお腹の真ん中には長さ25センチ近くのOpen Woundがある。血まみれになってしまったWoundと患者さんをきれいにしてコロストミーはりかえて・・・っていうだけで軽く20分ほどかかった。
そこで採血にドクターたちからのコール、新しいオーダーの嵐・・・。
あ〜いそがしい・・・。
でもいっぱい周りの人が手伝ってくれた。
最終的にICUに送ってほっと一息つけたのは午後1時半だった。他の患者さん放ったらかし。
ごめんね。。。
午前中にやらないといけないことがすべて後回しになったがなんとか夕方にはすべてcatch upすることができた。
そこからシフトの最後まではそんなに忙しくなかった。
まあ後半が忙しいよりも前半忙しいほうが気持ち的に楽ね。
そんなわけで明日また1日休んで週末は3連勤だ。
■ 2005/10/07 (Fri) 優男(やさおとこ)
17歳のぼくちゃんを受け持った。ほんとーに情けないくらい貧弱な奴。
白人できれいな顔をして180センチと長身。しっかりしてたらかっこいいだろうに・・・。
彼女にふられたということで、家にあった銃で自分のお腹を撃って重症。
すでに入院して2ヶ月近くたち、ずっとICUにいたが、最近うちのフロアに移ってきたところ。
複数の手術を受けている。今のところまだ管だらけだが、とりあえず状態は安定している。Open Woundがお腹と足にあるので、それをうちのユニットでTake careしている。
17歳。見た目は立派な大人の男性。
でも話すと超貧弱。女のようなか細い声で痛いよ〜痛いよ〜え〜ん、え〜ん・・・と泣いて「手を握ってて」「頭をなでて〜」とお願いしてくる。
(おい、こら、しっかりしろ!)(なにめそめそしてやがる!)(だから彼女にふられるんだ!)と心で思う。こんな女っぽい男としゃべってたらこっちがおっさんになってしまう。
働く前、ボランティアをしてるころ、こっちの高校生と接点のあるときがあったが、(なんて大人びてるんだろう・・)と思ったものだ。
確かに見た目は日本の高校生よりも大人っぽい子が多いように思う。が、内面はやっぱ17歳ってまだまだ子供だなーと今日は思った。
ま、今日の彼を見て、アメリカの17歳はこんな感じと捉えるのはよくないか・・・。
また明日もこのおぼっちゃま君を受け持つことになるだろう。
スパルタでいこう。(なんで厳しいんだ?私。)
■ 2005/10/08 (Sat) コードブルー
前のフロアではたまに他のナースの患者さんが急変してコードブルーを体験したことがある。
が、自分の受け持ちがコードブルーになったのは今日が初めて。。。
84歳の白人のかわいいおじいちゃん。今日初めての受け持ちだったが、昨日違うナースが受け持っていて、そのとき何度か手伝ったので、患者さんの顔は見て知っていた。
朝、バイタルサインを測りにいくと、おじいちゃんは座って朝食を食べていた。
心不全の既往があり昨日から体内の酸素飽和度が一定しなかったのは知っていた。でも酸素でそれをコントロールしていた。手先がつめたくって酸素飽和度(Saturation)を測ろうにもなかなか測れない。でも昨日もそんなだった。おじいちゃんと話しながら、あの指でもないこの指でもないと、バイタルをとろうと作業していた私。
「I don't know why I feel so sick today...」とおじいちゃんがしんどそうに、でもクリアに言った。その後、少し呼吸が荒くなって、いきなり狂気じみた顔になって「あぁぁぁあ〜〜〜」と叫んでいきなりガクッと肩がおちた。まさに断末魔が一瞬にしてやってきた。。。。
声をかける。胸をどんどん叩く。全く意識が戻らない。呼吸はしてない様子。ほんの1分前に測った血圧は117/70だったのに、心音もいきなり消えた。
ありえない・・・・と一瞬ためらったが、これはコードブルーよね・・と自分の中で言い聞かすようにしてコードブルーのボタンを押した。その後、ベッドをフラットにして枕で気道確保する。あっという間にばたばたと同じフロアのナースやスーパーバイザー、そしてコードブルーチームがやってきて、すぐ心肺蘇生が開始された。
ラッキーにも昨日、昨日の受け持ちのナースがこの患者さんの話をしていて、彼の既往は??なんてたまたま話してたものだから、彼の病歴を覚えていた。焦って変なしゃべりになっていただろうが、ひとまず必要な情報をコードブルーチームに伝えることはできた。
こちらがCPRをしている最中、私に代わって受け持ちドクター、家族に連絡をとってくれていた他のナースから「DNR〜」「Stop CPR〜」と声がかかった。
挿管が外された。みんなの必死の心臓マッサージのかいあってか、心臓のリズムが少々戻ってきていた。が、心マをやめたとたん、フラットに戻った。呼吸もフェードアウトした。
死が宣告された。
どたばたとほとんどのスタッフが出て行った。息をひきとったおじいちゃんと蘇生のための医療グッズのゴミが床にちらばっている状況だった。
時計を見た。午前8時15分だった。
おじいちゃんとしゃべってたのはほんの20分前のことだったのに・・・・。
1時間後、家族が来た。かわいらしい奥さんと娘さん夫婦だった。とてもいい家族だった。静かにおじいちゃんに寄り添ってみんなすすり泣きしていた。
しかし、今まで日本の経験も含め、死の瞬間を何度も見たことがあるが、私が見てきたたいていのケースは静かに息をひきとっていくことが多かったように思う。今日のケースはまるでドラマや映画で大げさに息を引き取る場面を演じているかのような、そんな(ありえない・・)と思わせるような亡くなり方だった。
仕事開始がこうしてどたばただったが、その後はおちついた1日となった。
ふと思い出した。今朝、来てすぐにルーチンでやるクラッシュカート(救急カート)の点検をしていた時、(全くこれってルーチン作業やな〜。一回も使ったことないやん。。。少なくとも私がこのフロアに来てから(半年が経つ)一度もコードブルー見たことないし〜・・。)とぶつぶつ思いながら点検していたことを・・・。
ちょっと鳥肌がたった。
夜、今朝までその患者さんを受け持っていた夜勤ナースが勤務に出てきた。それでコードブルーの話をした。
信じられない・・・と言っていた。
が、彼女がそういえば・・・患者さんが今朝早く目が覚めたときに言った言葉が「Where is the angel...?」だったと。
彼女は野球(アナハイムエンジェルス)の夢でも見てたのかな・・と思ったと・・。
けど、よく考えたら彼の体はあのときもう逝きかけてたのかもね・・・という話になった。
これまたちょっと背筋が寒くなった。
エキサイティングな職場です。
落ち着いてからだんなに電話した。大変だったことを伝えた。いつも私が出かける時、いってらっしゃい・・と寝ぼけまなこでも言ってくれるのに、今日は声をかけても全く反応なく熟睡していた。
・・という状況もあり、「あんたがぐっすり寝てる頃、こっちは大変やった」とイヤミまじりに伝えたら「いやー、その頃おれもある意味コードブルーやった。。」と。
こんなことをギャグにする夫にコードブルーの現場を一度見せてみたい。。。。
■ 2005/10/09 (Sun) やさおとこってか、ダメ男。
おとといの日記に書いた自殺未遂のぼくちゃん。
全くmake me crazyだ。。。私の顔を見るたび、「Morphine,Morphine...」とモルヒネを要求する。ほんとうにたくさんの傷があって痛いというのもまんざらウソではなかろうが、もう薬にAddictされているのがはっきりわかる。
ドレッシングチェンジの時にだけ、薬をあげるが、「push it faster, push it faster, FASTER〜〜〜〜〜!!!」と叫びだす。
何か気をそらすものがあれば薬は要求してこない。それで彼の母親がせっせと友達や親戚をつれてきて、あれやこれやと気をそらすようにする。
しかし、ほんとーにわがまま。母親はとてもいい感じの人で、彼にだめなことはだめといえる、しつけのきっちりした感じの人。なのに、彼ったら全然ダメ息子。全く母親の言うことをきかない。反抗ばっかりしている。うちの6歳のおいっこのほうがよほど聞き分けがいいと思った。
病気がそうさせるのか、彼のパーソナリティーがそうなのか・・・。彼はともかく小学生以下のおこちゃまに戻っている。
なにせ、一生懸命の母親を見て、かわいそうになってくる。
クラスメートが複数面会に来ていた。楽しそうにひと時を過ごしていた。が、突然騒ぎ出して、彼がおかしくなってしまった。
父親が私を呼びに来た。
クラスメートが彼の自殺未遂の原因となった彼女の話しをしはじめたらしい。
ともかく友達を外に出した。そのあと、彼は母親に泣いて叫んでだだをこねている。言いたいことのメインは「彼女に会わせてくれー」ということだ。
「今はダメ」という母親と父親に対して、「死んでやる」と彼は言い放った。「この管を抜いて僕は死ぬ」と、気管チューブやお腹のチューブをひっぱっろうとして見せた。
すぐドクターに連絡した。鎮静剤と1:1シッターのオーダーをとった。鎮静剤のあと、すこーし穏やかになった。が、目を離せない状況。
シッターがavailableになるまで2時間ほどかかるとチャージナースに言われる。父親と母親にシッターが来るまで彼のそばに居てあげて欲しいと言った。
父親に「こんばんシチューの準備をしているのに、7時まで待ってなきゃいけないのか?」と聞かれた。
え、まじ?その質問・・・??
面食らった。
が、母親はそれをかき消すように「もちろん居ます」と言ってくれた。
結局母親だけが残った。
まだまだ見えない人間関係。
ぼくちゃんも全面的に母親に頼っているように見える。
彼がこうなったのはガールフレンドとの関係だけじゃなくって、ここまでの彼の人生で起こった複数の事情がからみあってるんだろう。。。
ま、ともかく今日は、「子育てって大変そう。。。」と思った。
いい子ばかりじゃないからな〜・・。
■ 2005/10/10 (Mon) 適性診断
ネットで祐さんのページから適性診断のページにたどりつく。
やってみた。
生年月日から入る動物占いも結構当たってるかも・・と思うこと多いけど(ちなみにペガサス)、90問の質問に自ら答えて最後に診断がでるしくみのこのテストも「う〜ん・・・当たってるかも・・」とかなり思えた。
2回やったら違う答えでそうだけど、とりあえず1回目はこんな診断でした。。。
***************
90題へのご回答誠にお疲れさまでございました。
あなたがご回答なさった際に強く顕れた一面は・・・
『達成する』『統率する』
気質です。
良い精神状態の時
楽天的・自信たっぷり・勤勉・有能・精力的
単刀直入・誠実・精力的・気取らない・自信がある
悪い精神状態の時
信頼できない・自己陶酔的・うぬぼれが強い・意地悪
反抗的・鈍感・傲慢・自己中心的・懐疑的
性格
達成することに喜びを感じる成功第一主義。陽気で明るく、勤勉。常に前向きな姿勢は、周囲の人々にエネルギーを与える。
何事にも第一人者になろうとする自己主張タイプ。自分より弱い立場の人を守ろうという意識が強く、多くの人から頼られる存在。
注意
物事の基準を成功か失敗の二種類にのみ分けて考えがち。自分の成功を他人に評価してほしいという気持ちが強く、自己を誇張しすぎる傾向がある。
力の絶対性を信じ、周囲を完全に支配することを望む。自分に敵対する人たちの欠点を徹底的に攻撃する闘争的な態度をとる傾向もある。
仕事
勤勉で目標志向方の仕事、事業を起こしたり、企業の管理者や指導者などリーダー的な仕事が向いています。
主導権を握るのが上手なので、起業家、経営管理者、労働組合指導者、スポーツ選手などに向いています。
********************
そのウェブページはこちら(もし見てたら・・・祐さん!祐さんちから勝手にコピってます)
http://www.haken.co.jp/haken/pro_1.asp
<注意>のところは耳が痛いな〜・・・。
で、<仕事>のところの「労働組合指導者」って何よ・・・。なりたくもないんですけど。。。
他の人がやったら違う答えがでるのかな・・・。何パターン診断があるんだろう。。。
■ 2005/10/12 (Wed) ナースの本音
ナースの本音とかってもし書くと、かなり面白いことがいろいろ書けそうだな〜・・・。
ま、それはいいとして、今日のできごとにまつわる話。
新しい職場。フロアはMed/Surg/Oncology。(外科・内科・腫瘍科)
おそらくどこのMed/Surgでも共通しておきてることだろうけど、本当にめまぐるしく忙しい。
患者ケアに忙しいというよりも、入院・退院、そのペーパーワークで時間がたつ。ともかく一般的に病院内で一番患者の出入りの多いフロアがMed/Surgだろう。(うちのフロアは平均在院日数たぶん3日をきるんじゃないかな・・)
こっちは休憩もろくにとらずにずーっと仕事している状況だけど、患者サイドからしたら「私のナースあんまり来ない」とか思うだろう。患者ケアのためにペーパーワークがあるはずなのに、その患者ケア後回しでペーパーワークにいそしむ瞬間が多々ある。
痛い!熱があるかも!点滴がもれた!etc・・・
はいはい、ちょっと待ってね・・・とやりかけのペーパーワークが一区切りつくまでやってしまう私。
ま、それが普通です。こっちでは。。。
誠実に即対応してたら仕事、終わりません。
退院患者が出た=患者数が減る
楽になるか?
いやいや、このあとに入院患者が入ってくるのでさらに忙しくなる。
ナースの本音をいえば、あまり手のかからない患者さんが退院してしまうのは非常に惜しい。。。
ナース一人あたり最大5人の患者までとRatioが決まってる以上、忙しい患者、楽な患者は関係なし。「今現在何人受けもってるか・・」で次のAdmissionを誰が取るかが決まる。
つまり「退院おめでとうございます!」のはずが、(あー、退院しちゃうんだ。残念だわ・・・。この人キープしておきたかったのに。。)の気持ちがつい出て「Oh〜...We're gonna miss a good patient...」とつい本音を患者にもらしてしまうこともあるわけだ。
そんなことつゆ知らず、(退院をナースに惜しがられている)と勘違いして「Thank you..though」とか言ってくれる人もまたいる。(大体男性)
話をまるくおさめるには、その勘違いはありがたい。双方よしとしよう。
ほんとに忙しい時は前の患者さんが退院してからものの1時間以内で次の入院患者が入ってくる。まだベッドがあったかいかもよ・・というタイミングで次がくる。
ホテルのようにチェックアウトとチェックインの時間があればいいのに・・・と思うが、そうもいかない。空いたら入れる、空いたら次を突っ込む・・・。
さぞ病院は大もうけだろう・・。
まあ、今日のところはここまでで・・・。また気が向いたら書きます。
なんかナースやってる人からはそうそう!!という面白い裏話しであっても、普通の人が聞いたら幻滅しそうな話って山ほどあるよね・・・。
■ 2005/10/13 (Thu) アメリカ人の数字感覚
昨日の話。
こっちで働くようになってから点滴を輸液ポンプなしに流すことはかつてなかった。
必ず輸液ポンプを使う。「フリーフローはしない」のが原則。(血小板輸血など例外を除いて・・)
輸血(赤血球)でもいつもポンプを使っていた。1パック大体350cc位入っているのが普通。それを4時間以内で終わらせる(でないと菌が繁殖するおそれありといわれているため)のが普通で、指示がなければたいてい150cc/Hくらいにポンプを設定する。
昨日、新しいほうの病院で、輸液ポンプ用の輸血チューブが探せなくって、古いタイプの手で調節するのしか見つからなかった。
「ポンプ用のはどこですか?」と長くそこで勤めるちょっと敵にまわすと怖いぞ・・という韓国人のおばちゃんナースに聞いた。
「これでいいのよ。」とその手動式のでいいといわれた。
「でも、私はポンプを使いたいのですが・・」
「ポンプ用のチューブは高いのよ。これでも一緒のことだからこれでやれば・・」
「え、でもあるんだったら使いたいな・・・(なんとかかんとか・・ぶつぶつ)」
結局その物のありかを教えてもらえず、時間もないから輸血を手動でやることに・・・。
(うわー、日本ではやってたけど、久しぶりに手動だとなんかちゃんと思ったようなスピードでいってくれるか心配だな・・・。)
で、設定するとき、(あれ、何滴が何ccだったっけ???)となる。たしか15滴が1ccだった・・・とは思いだすが、確信がどうしてももてなかった。
とりあえず早すぎず、遅すぎないスピードに設定してからナースステーションに戻ってゆっくり計算してみることにした。
15滴=1ccさえ確信できれば私の中の問題は解決する。
白人お姉ちゃんに聞いてみた。彼女は最近卒業したて。きっと覚えてるだろう。。。
15滴が1ccかと繰り返す私の質問をみごとに無視し、その患者には何ccを何時間でおとすつもりか?と違う角度からの質問攻撃。
話しがかみあわない。
いい方法があると、せっせと紙に数字を書いてくれ、最後は電卓をたたいて、これくらいのスピードで大丈夫よといわれた。
思考回路がまったく違う・・・・
その紙の計算式を見ても、逆に私の頭は混乱するだけだった。
もうアメリカ人に数字のこと相談するのはやめよう。
九九ができる日本人バンザイだと改めて思う。
輸血は30分ごとのバイタルチェックとともに微調整しながら運良く?2時間半で思い通りに終わったので、めでたしめでたし。
そして15滴に1ccであることに確信がもてたのは家に帰って調べてからでした。
■ 2005/10/18 (Tue) 慣れてないのにもっと慣れない
まだ「慣れた」といえるほど働いていない新しい職場。8月から始めたとはいえ、やはり週に1度のペースでは、知らないこと、わからないこと、あいまいなこと、などまだまだ多々ある。(特にペーパーワーク、物のありか、処理の仕方・・・など)
なのに、1週間ぶりに行った今日はよその病棟へフロートさせられる始末。
がっくり。
知らない人がまだ多い・・と思っていたが、今日なんてみんな知らない人ばかり。
その中で即戦力求められ、他にもフロートしてきてる人もいたりして、聞こうにも当てになる(なりそうな)人が少ない。
助けてくれる人はいたが、質問の何度目かには(あ、この人嫌がってる・・)というのがわかった。
自分がレギュラーで働く病院で、たまにレジストリーとかフロートとかしてくる人で、あまりうちの状況を知らないナースがきて、何から何までいちいち聞いてきて、何度も教えてあげなきゃいけないこと、助けてあげなきゃいけないことがある。
(めんどくさーい・・・)
と何度目かには思う自分がそういうときいたりするわけで、今日の場合、まさにその逆バージョンなわけだな・・と思う。
しょうがないか・・・。しょせん私はここではPerdiem。
仕事自体(患者ケア)は別に苦痛にならないが、物品集めたりする際にジャラジャラとある鍵の中から、この扉はどれで開くのか・・と一つ一つキーをさして試してる・・・とかそいう「慣れてない」ということで「無駄に時間のかかること」が多い12時間はとても長い。
あ〜・・まだ愚痴ってるな・・・。
でもこの新しい病院で働いてると「この病院が大好き!」といって働いてる人をよく見かける。他の病院から移ってきて、ここが比較して好きというのをよく聞く。複数の人から聞くからけっこう本当にそうなのかもしれない。
が、まだどうしても慣れてない私には同意できない部分。
私のレギュラーで働く病院っていうか、私のユニットWound Unitなんてめちゃめちゃ素敵だぞ・・と心の中で思う。
■ 2005/10/19 (Wed) Wound care Conference
先週の話。
うちの病院グループが主催のWound care Conferenceなるものが某ホテルであった。8時間のコースで3人の専門家による講演だった。
去年の2月に行ったのとほぼ内容は同じような感じではあったが、自分が今Wound Unitにいる、実際そういうような症例の患者を見ているというので、話は随分前回に比べてわかりやすく思えた。
午前はLyder先生という人の講演。某東海岸の大学の教授でありながら、褥瘡などの基準を出しているNPUAP(National Pressure Ulcer Advisory Panel)の元Presidentという偉いお方。ドクターではなくナースプラクティショナーがバックグラウンドなので、視点はずばりナース。黒人の先生で独特のテンポと笑いを交えながらの非常に上手なプレゼンテーションで会場が圧倒されていた感じがした。
終わると会場中が「すご〜い・・・」というような感じのざわめきとなった。
具体的にはWoundをどうアセスメントするか・・というようなアドバイスだったり、訴えられないためのオフィシャルなWoundに対するチャートの方法だったり、きちんとチャートしなかったために起きた訴訟とその勝敗の話だったりした。
午後はうちの病院のドクターたちの講演。
一人は整形外科、兼、Hyberbaric oxygen療法の専門家でもありWoundのドクターでもある先生の話。この先生はほんとに素敵。もうおじいちゃんといえるような年齢のドクター。いつも病棟で一緒に働くが、すごくナースとしての視点も抑えていて、ニコニコしていて、患者にもナースにも他のドクターにも好かれてるなーと思う。そのニコニコの講演は会場をなごませるようなものだった。そのテーマも「Conpassionate care and end stage wounds」というもの。
治せるか、治せないか・・・という視点じゃなく、患者の全体像をみて、どのくらいまでの積極的治療がその患者には耐えうる範囲で、それがQuality of lifeをどう向上させうるものか・・を考えよう・・という話だった。
もう一人はInfection Disease専門のドクター。この人はいつも声が小さくて、私にとっては聞き取りにくい英語を話す。
働きはじめて初めて「君の英語じゃ話しにならない・・」と言われたのがこのドクターからだった。その後しばらく、このドクターの顔を見たら緊張するトラウマ的なものがあった時期があった。今もまだ構えてしまうことがあり、リラックスしてしゃべれる相手ではない。
そんなある種私にとって特別な存在の先生の講演だったので、それはそれで興味深かった。主にWoundに対する抗生物質の話で、最新の抗生剤の話なども出た。
すごい実のある1日だった。
翌日病棟でそれらのドクターに会った。「昨日はありがとうございました。すごいよかったです。」とお礼を言った。
「いや、いっぱい人が来てたねー・・。で、どうよかった?」なんて聞かれて言葉が詰まった。
しまった、感想をちゃんと考えておくんだった・・・と後悔した。
■ 2005/10/21 (Fri) 感動
先日書いた白人自殺未遂ぼくちゃんの続き。
休日が明けて彼を見るたび驚かされる。その治癒過程のすごいことに・・・。
気管切開されてた部分は閉じられ、栄養がおなかのチューブから24時間いってたのも夜間のみに切り替えられ、日中は普通食に挑戦。足の傷にはWound VACがつけられていたが、それもきれいに治癒し、今では一本の線の傷跡になっている。お腹のぱっくり開いてた傷も日に日に閉じていってるのがわかる。
リハビリも進んでおり、座れるようにもなった。
うんちの調節も自分でできなかったが、感覚が少しずつ戻ってくるようになった。
すべてうまく回りだすとうまくまわりだすものだ。
そして17歳と若いせいもあってか、ともかく治りだすと早い。本当にその再生能力というのか本来患者自身が持ってる治癒力というものにある種感動。
彼のわがままさもまだ残ってはいる。まだ危険もあり1:1シッターもついたまま。おそらく近いうちにその必要性もなくなる気がする。
実は彼はバンドをやっているようでギターとボーカル担当らしく、ギターでなにやら曲を聴かせてくれた。すごいね!すごいね!と褒めるとどんどんいい顔してくれる。昔の写真や自分達で作ったCDも見せてくれた。ついこないだまでのへなちょこくんとは違う表情が垣間見える。
そして小児科のリハビリ病棟へと転棟のオーダーがでた。
自分が彼の受け持ちだったので、彼を転棟させることになった。
受け持つ回数が多かったので、このわがままへなちょこボーイめ・・と思うことも多々ありながら、彼のその治癒過程ぶりが楽しみでもあった。
彼が去っていってちょっと寂しいな・・と思った。
きっと繊細な心をもった優しい男の子なんだろう。だから自殺とかも考えちゃったのかもしれない。
でも、もう自殺なんて考えず、楽しくこれからの人生を生きてね・・・と思う。
息子の心配よりシチューの心配をしていた彼の父親はやはりフシギな空気満載のままで、こないだは彼女を連れてきていた。そして紹介された。
紹介されても・・・・と思った。
ともかく奥さんとはちあわせしなくてよかったと思った。離婚してるんだか別居中だかは知らないけど。。。
■ 2005/10/26 (Wed) 銃社会
なんだか最近Gun shot woundで入院している患者さんをよく見かける気がする。こないだのぼくちゃんは自殺しようと自分で撃ったケースだけど、そうじゃなくって知らない人に撃たれたケースをよく見る。
この手の患者さんはもし意図的に誰かに狙われていたら困るので、入院時は名前を伏せる。すべての書類上で偽名を使うことになる。
それが「VOV」=Victim of Violenceの訳。
複数いたらVOV A, VOV Bと続いていく。
こないだはVOV Iくんを受け持った。どこで一度リセットされるのかはわからないが、ともかくフロアに二人VOVがいると、話がややこしくてしょうがない。
VOV Iくんは車を運転してて、流れ弾に当たったという。弾がトランク越しに右斜め後方から流れてきたらしい。
そんな・・・ほんとにー?とか思ってしまう。
とりあえずこういうケースにはソーシャルワーカーがつき、警察とも連絡をとりあう。ギャングに以前かかわっていた人などはやはり撃たれることが多いようす。
でもギャングとは以前かかわりなかったという人が多い。私の予想では、関わりがあっても、あったというと自分のやってきた悪事もばらさなければいけないということで隠してる人が多いんじゃないのかな・・と思う。
このVOV Iくんは弾が体の中にまだ残っているが(L4という脊髄の近くの軟部組織の中)それがうまくおさまっているようで、レントゲンには写るが痛くもないしどこも影響されてないということで弾をとらない方向で話しがまとまった。
それで普通に帰っていった。
当たり所が悪いととんでもないことになる。
肝臓とかつきやぶったら出血多量で致死問題。
私の日常生活からはアメリカ=銃社会なんて感じる部分はみじんもないけど、病院で働いているとやっぱ銃がある国なんだ〜と思う。
そういえば前カンボジア人の患者さんがいて、その名前が「VO」さんだった。撃たれた人と思い込んで部屋に入るとひょっこり細めの人のよさそうなカンボジア人のおじさんが出てきてびっくりしたことがある。
■ 2005/10/27 (Thu) フィリピンの友達の話
職場のフィリピーナの子(RN)のお父さんが先日フィリピンで亡くなられた。もう危ない・・というので、かなり落ち込みぎみだったのは知っていた。
彼女は自分がペティショナーとなってだんなさんと子供へのグリーンカードを申請中。そして年下の妹と弟もアメリカにいるようで、両親だけがフィリピンに残っている状態だそうな。
彼女はグリーンカードが下りるのを待っている身。
今は弁護士さんに「何があるかわからないから、アメリカ国外に出ないのが懸命」と言われている時期だと。移民はほんと大変だよねー・・・帰りたいときに帰れないこと、私もあったあった・・・とそんな話をしていた。
そしてそんな話をした数日後彼女のお父さんが亡くなられたというニュースが入った。
数日休みをとるため、書類を書きに彼女が職場に来ていた。
家族で話あった結果、母親しかいないフィリピンにお墓をつくるのではなく、今後みていく子供たち(彼女達兄弟)がいるアメリカでお墓を作ったほうがいいという結果になったと。
それで、フィリピンのアメリカ大使館に書類を出して、ご遺体渡航のOKをもらったと。
そして彼女のお父さんのご遺体は来週あたり、飛行機にのってアメリカへ来るらしい。
遺体を飛行機で運べる・・・。身近でそういう話をかつて聞いたことがなかったので驚いた。
あと正直、そんなことまでするんだー・・・という点でも驚いた。
彼女たちは本当にアメリカ移住を生涯を通してするつもりなんだ。。。
自分に置き換えて考えてみると、同じことをするチョイスが自分にはないなーと思った。今だんな以外家族はみんな日本という状況だからだろうけど、なんかあったら日本に帰ろうって思っている。
日本という国は自分にとっては母体なわけでそっちが優先。その基盤ありきで今こうしていろいろ自分のやりたいことをアメリカでチャレンジしている。グリーンカードをとってから「永住?」「永住組?」とかよく聞かれる。グリーンカードをとるために躍起になった時期もあった。でもそれは普通のビザにはいろんな制限があってたくさん面倒なことがあるから。永住したいからとったのではなくて、あくまでもアメリカ生活をしやすくするための一つの手段としてあったほうが便利というのでとることを希望したまで。
将来的にどうなるかはわかんないし、今の段階でいついつにどうしようとは決めてないけど、おそらくいつかは日本に帰ると今は思ってる。
国籍も日本国籍のままでいたいからきっと市民権もとらないだろうなー。。
「亡命」とはちと意味が違うんだろうけど、彼女達の渡米の意味は少なくとも私とは違う。彼女に限らずフィリピン出身の友達はたいてい共通してそういう感覚をもっているように思う。それくらい渡米には重い意味があるし、それくらい自国とアメリカにおける生活の「質」が大きく違うということなんだと思う。
いろいろ考えされられるな・・・・。
■ 2005/10/28 (Fri) 趣味
趣味。????・・・とはまだいえない。。
でも新しいことを始めた。
それは運動。
ボクササイズ。
楽しくってしょうがない。体が固くて思うように動かないし、しらない間に贅肉たっぷりのスタジオの鏡に写る自分はださくてしょうがないが、楽しくてしょうがない。
汗をこんなにかくのは久しぶり。
インストラクターさんたち、みんな自分より年上の女の人だけど、体がしまっていて超かっこいい。動きもとてもかっこいい。
1時間で汗だくだくになる。
すんごい運動量。
筋肉痛で体は痛い。
でも気分は爽快。
続くかな・・・。
飽き性だからな、私。
ヨガはカレッジでワンセメとっただけ。
スパニッシュも習いはじめて中途半端で終わってる。
ゴルフもいいなーなんてあちこちで言っておいて、結局2回うちっぱなしに行っただけ。
しかしこのスポーツはなんか自分の性にあう気がする。
さーて、今回も口だけになるかな・・・。
どれだけ続くか、見ておいてください。腹筋が割れたら写真公開します。(ないない・・笑)
■ 2005/10/29 (Sat) プチバケーション
金曜から何気に4連休。
本当はこの4連休を利用してハワイに行きたかった。ハワイの本まで買って研究していた。
でも前後の勤務を考えると4日休みで4日ハワイに使うとそれはちときついな・・と。やはりもう少し休みをまとめてとれるときにゆっくり行きたいな・・・と。
まあそういうことで、近場にプチ旅行へと変更。
行ったことがないところに行ってみたいと思う気持ちもありながらやはり夫婦揃って行きたいところは「ラスベガス」
特に賭け事が好きなわけじゃないけど、ベガスのあの雰囲気がたまらない。
最低1年に一度は行っておかなきゃ・・と思ってしまう。
たまたまこの時期はハロウィーンウィークエンド。ということでホテルの値段がちょっとお高め。
ミーハーな私はどうしても新しいホテル「Wynn」へ泊まってみたいと希望。金・土の夜はとてつもなくHigh Priceで設定されている。が、日曜の夜はたいていどこも値段がぐっと下がる。ということで、2泊を1泊に変更し、土日を日月に変更することによって、Wynn宿泊が実現可能となった。
というわけで、明日の早朝より、ベガスへ行ってまいりまーす。
■ 2005/10/31 (Mon) ベガス最高
何が好きって雰囲気。
賭け事が別段好きなわけじゃない。私の遊び方は本当にゲーセン感覚。ただ遊べたらいい、そんでもって増えたらうれしい。という感じ。結局予算の100ドルは使い果たしてきた。でも増えたり減ったりの繰り返しで、かなり長い間その軍資金で遊べた。
1泊2日は短かった。Wynnを堪能するにはもっと時間が必要だったな・・。
Wynnをちょっとリポート。
カジノはたくさん新しい機種が入っていて楽しかった。清潔なのが何より。そしてレストランはバッフェとカフェに行ってきた。バッフェは広くてたくさんの品揃え。かなり満足。
室内は派手な色使いだなーと感じた。シーツとかタオルは高級な素材で気持ちよかった。
アメニティーグッズのレベルはいまいちかな・・・。悪くはないけど、特に感動もしなかった。
全体的にWynnは満足度高し。まだまだ見てない部分、まわってないところがあるので、また行きたい。
でもすごーい期待してたので、う〜ん・・・ニューヨークでの「トランプインターナショナルホテル」の時の豪華さの感動度合いに比べてはちょっと劣ってしまった感じかな。。。
ま、あそこと比べたらだめかな。。。
夜はMamma Miaのミュージカルを観てきた。なかなか感動。最後がいまいちだったけど、前半の終わりは盛り上がったな。。って単に自分の知ってる曲が続いたからかな。。
解説を日本語であらかじめ読んでいったからストーリーわかったけど、あれ読んでいってなかったら何の話かさっぱりわかんなかったかも。。。しゃべってる英語よりも歌ってる歌の歌詞を英語で聞き取るのは難しいわ。。。
行きも帰りも道路は渋滞なし。すいすいで気持ちよかった。
何回行っても飽きることない場所。20ドルが増えて25ドルになって喜ぶだんなと私。そんな小市民も豪華な気分を感じて楽しめる街。
ベガス大好き!また行こう!

