
■ 2005/04/01 (Fri) 意地悪なドクター
会って話しているとそうでもないのに、電話で話すと意地悪な白人の女のドクターがいる。今日もいやだなーと思うことがあった。この人と話すのいやだな〜と思っていると英語もいつもよりおかしくなってしまう。
Vertebroplasty(フェルティーブロプラスティーというのが一番近い発音か・・)というのがブエ・フエ・ブエ・・となって口がこんがらがったり、Durable Power of Attorney(Rの発音がいっぱいありすぎ)・・というのが口がまわらなくって自分で何を言ってるかわからなくなったり・・・と、何かプレッシャーを感じる人と話すときは特にこんなことが起きる。
あー、もうちゃんとしゃべれてもいやな感じのドクターなのに、自分の英語変だから余計きつかったわ・・・。
(余談:Durable Power of Attorneyとは委任権のある人のこと。例えば呆けちゃってるおばあちゃんは自分でサインできないからその人の娘さんだとか息子さんだとかがDPOAであることが多かったり、家族がいない人の場合、施設の人がDPOAだったりする。が、働き出したころ、そういう言葉を知らない私は患者家族に「私がPower of Attorneyだからサインします」といわれ、(この人変な人。自分のことを"力のある弁護士"とか言ってるわ・・・)と思ったのを覚えている。後で思えばよっぽど私のほうがおかしかったわけだが・・・。)
ま、周りに居たナースもこのドクターに対しては同じような感覚だったみたいで、そういうことを他の人と共感できると嫌なことがあってもすぐに(まあいいや・・)と思える。
ところで・・・
昨日の休みの日、実は日本行きのチケットとってしまった。だってJALの限定販売安いチケットが今日までだっていうじゃな〜い。そんなら・・とNon-refundable・Non-changeableというハイリスクなチケットを、私のバケーションが確定していないにも関わらず購入してしまった。。。
自分ながらにチャレンジャーだと思う。また去年のグアムのごとく行けずじまいで泣くことになるのでは・・というのもふと頭をよぎったが・・・。
そして今日、新しく行くユニットのマネージャーのところへ行って、希望しているバケーションをconfirmしたいんですが・・と聞いた。あとで電話かけるわ・・といわれ、ちょっとドキドキしたが、「5月の最初の2週間、バケーションとっていいですよ」と自分の働いているフロアに電話があった。
やった〜〜〜!!
というわけで、まさにゴールデンウィークに向けて、ほぼ2年ぶり、だんなはまるまる4年以上ぶりに日本に帰ることになりました。
誰とどういうスケジュールで会おうか・・と考えると、2週間じゃ足りないぞ・・・。う〜ん・・・楽しみから悩みに変わりそうだな〜・・。
■ 2005/04/03 (Sun) Daylight Saving Time
「どうしても〜」のお願いで昨日、またもやオーバータイムをした。みーんな昨日はオーバータイムやりたがらず、もちろん私もなんだか疲れ気味なので最初は断っていたが、「あとまだ4人eveningのRNが足りない・・」とチャージナースが焦っていて、なんかかわいそうになってしまい、誰もいないなら・・と言ってしまった。「誰もいない!」・・という即答で、働くことになってしまった。
そして「あ、今晩時計を早めなきゃ・・・」ということに気がついたのは「オーバータイムする」と決まってからだった。
今日から夏時間。
昨日は疲れてた上にオーバータイムで倍疲れ、そして今朝は4時半起き。(これで夏時間の5時半となる)
なんかすっごい損した気分になった。
今日自分のシフトで亡くなるかな〜という患者さんがいたが、なんとか次に引き渡せた。
DNR、家族は息子だけなのに、その息子からは電話もなし、面会もなし。私が帰る直前に患者さんの昔のお友達というのが来たので聞いてみた。「息子さんを知ってるか?」と。すると「彼女(患者さん)の息子は酒飲みで、ばかな息子よ。彼は彼女が死ぬのを待ってるの。お金目当てで・・」とそのお友達は言っていた。
なんか悲しいなー。
私の元プリセプターMがそれを聞いて「死んでいく家族に冷たいケース、アメリカ人にはよくあるよ。メキシカンやカンボジアの人たちのように家族が寄り添ってすすりあって泣くのとは違うね。これも文化だよ。」と。
そんな彼女はアメリカ人。「じゃあMが死ぬときは見舞いに行ってあげるね」というと、「そうなのよ、だんなにいつも"いい子にしろ、でないと面倒みないぞ"って言われるのー」と笑って言っていた。
ま、もちろん死にいくひとに冷たいなんて、文化とかでもなければ、全員にあてはまるわけもない。すごく面倒をよく見るアメリカ人家族だってたくさんいる。
が、傾向として、もしかしたらそういう比率は他の人種よりは多いかもな・・とは思うのだった。
■ 2005/04/04 (Mon) がんばる患者さん
昨日書いた死に行く患者さん、朝行ったらまだがんばっていて思わず驚いてしまった。そしてまた私のシフトではセーフ。次のシフトへと送ることとなる。準夜のナースが来た。「え、まだがんばってるんだ!」と全く私が朝来たときに反応したのと同じ反応をしてちょっと笑えた。
そんながんばる患者さんに出たオーダーは、Transfer to SNF with hospice care。SNFは「スニフ」と読み、Skilled Nursing Facilityの省略で老人ホームのようなところのことを指す。場所によってはacute careも引き受けるが、場所によっては飲み薬のみしか扱わない施設もあるようす。患者さんの状況・重症度・保険にあわせてケースマネージャーor退院プランナーが選択し、家族に同意を求めた上でトランスファーが行われる。
最初の頃はwith hospice careの意味がわかんなかった。ホスピスはホスピスケア専門の施設で受けるとずっと思っていたから、ホスピスの施設に行くの?ナーシングホームに行くの?どっちなの???と思っていた。が、ここらでは老人ホームにいながら、あるいは家にいながらホスピスケア会社の人たちの訪問により、ホスピスケアを受けることができるようだ。(セッティングされたことを確認し、患者を送り出して私たちの仕事は終わりなので、その後どういうケアを受けているのか私は詳しく知らないが・・・。)
で、今回の問題は、唯一の家族、唯一make a decisionできる息子との連絡がとれないことだった。ケースマネージャーはひたすらメッセージを残すが一向にこちらにコールバックがくる気配はなかった。
さて、今晩彼女は無事違う施設に移ってるのだろうか・・・。
そして私の過酷な(?)4連勤が終わった。
疲れたな〜。単なる睡眠不足なのは自分でわかっている。このしんどさは寝りゃ解消するってのは自分でわかっている。
が、今日月曜日はスパニッシュ@アダルトスクールの日。まだ日にちがあるある・・と思ってついに今日までやらなかった宿題。家に帰ってきて、やば、宿題やろ・・・とクラスが始まるほんの1時間前からそれにとりかかる。
どこでどうなったのか・・・。この先記憶が飛ぶのだが、気づいたらソファーで寝ていて起きあがって時計を見たらすっかりクラスは終わってる時間だった。そして宿題のペーパーはブランクのままペランと床に落ちていた。
受講料は安いが一応お金も払っているし、たった週に1度だし、疲れててもがんばっていこうと決めていたのに、クラスが終わってる時間に起きては話にならない。
ま、いいか・・・。しょうがない。
・・・っていうか、そんな意識のぶっとんだ激しいお昼ねで睡眠不足を解消できた気がして、今かなり気持ちがいい。
さて、明日の休みにさばかなきゃいけないことがいろいろたまってるぞー。郵便物の整理に、お金の計算に、各payment・・・などなど。こういうの、主婦で日々やっていたときは大した仕事じゃなかったのに、今や1-2週間分すぐたまっちゃうから、けっこう時間とられちゃうんだよな〜・・・。
■ 2005/04/05 (Tue) ぽわん
今日は絶対一日家にいようと決めていた。(そんな心に決めてやることでもないが・・)
とりあえず今の仕事に就いてからというものの5時半起きな毎日なもんで、休みの日といえど、7時ごろには目覚めてしまう。いくらだらだらしてもたいてい7時半には起きちゃうというなんともジジババ的生活。
だんなを見送り、さーて何からしようかな・・・としばし開放感(解放感?)にひたる。(・・・って別にだんなが邪魔というわけじゃないけど、「ひっとり〜」と思うとうれしい瞬間がある。)
洗濯したり、昨日やりそこねたスパニッシュの宿題プリントをうめてみたり、テレビを見たり、ビデオを見たり、家計簿つけたり、支払いごと済ませたり、机の上整理したり、寝転がってみたり、メールの返事を書いてみたり・・・。
お天気がよくって、全部の部屋の窓を全開にしてたら、ぽかぽかとあたたかーい風がはいってきた。きゃ〜気持ちいい〜・・・なんて思いながら午前を送る。
午後になり、日差しも強くなってきた。ちょっと探索しに行こうと隣のモールに歩いてお買い物。(引っ越したらしょっちゅうこういうことをするかと思いきや、全然こういうことする時間が今までなかった)新たなネイバーを知るということでネイルサロンに入ってみたりした。客層はたまたまかもしれないが、白人だけだった。が、店員は例にもれずベトナム人だった。サービスはまあ普通。可もなく不可もなくという感じ。
が、平日の昼間にこういうことしてる瞬間は至極の時間だと思える。
私は月〜金のお仕事よりもこういう"人が働いているときに休める"不規則な仕事のほうが好きだな〜と思う。
病院から電話がかかってきた。明日スタッフがオーバーフローしていると、次フロートする順番はあなた。違うユニットにフロートしにいくか、それとも準夜帯がショートだから準夜帯に働くか、チョイスしていいよという内容だった。
私は今のフロアとはあと3日でお別れ。実際明日水曜、準夜勤で夜の23:30まで働いて、木曜の朝7:30に職場にまた戻るのはきついことはきつい。が、あと3回だし、自分のフロアで働きたいと思い、そう希望した。
つまり明日は15時出勤だ。
さて、休みが長くなったような得な気持ちになっている今、このぽわんとした時間をしばし楽しもうと思っている。
■ 2005/04/06 (Wed) どう使おう・・
今日はeveningシフトで働く。日勤からのオーバータイムでeveningまで働いたことは何度かあるが、eveningのみに行くというのは、これが初めて。
朝普通に起きてしまった。家は14時すぎにでたら十分間に合う。
これから仕事までどうやって時間を使ったらいいんや???
買い物とかしたいけど、あんまり仕事までエネルギー使いたくないし、かといって、今もう一回寝るほど眠くもない。
eveningの人っていつもこの午前の時間をどうやって過ごしてるんやろう。。。
困った。。。
■ 2005/04/07 (Thu) 準夜→そして日勤
昨日、日記に書いたように仕事までの時間の使い方をどうしようかと思っていたら友達からランチの誘いがあって、結局うまく時間を使うことができた。
しかし準夜勤務はたいへんだった。こないだの亡くなりそうな患者さんは驚くことにまだ低空飛行を続けており、私が病棟に着いたとき、ちょうどナーシングホームへ転送されていくところだった。
それと別に肺がんでかなり状況は悪くってホスピスケアで退院というケアプランがでていた患者さんを受け持った。彼女は先週も受け持っていた。そのときは普通に話もしていたし、食事もとっていた。が、今日の彼女は全然違った。申し送りを受けて最初に彼女の部屋に入ったときには、彼女の顔はもはや死に逝く顔だった。
心臓はがんばっていた。が、いろいろ酸素などでコントロールしても、どうしても呼吸状態が悪く、酸素濃度が上がらなかった。苦しそうな呼吸を和らげるため、comfort careでモルヒネドリップをする。呼吸は少々楽そうにはなるが、これでどどっと呼吸数が40くらいから12-14へ減っていった。
家族は呼吸が楽そうになったのをみてホッとしていた。が、ここからほんと息を引き取るまでがあっという間だった。ほんの2−3時間かな・・。
DNRで何もすることはないとはいえ、結構連絡事項でばたばたし、かといってたら入院が入ってきて・・・と忙しい夜だった。あっという間に23時がきた。
今日の朝は起きるのがつらかった。ヘロイン中毒の患者の入院が朝いちで入ってきて、いろいろめんどくさかった。
帰ったら即効昼寝しよ!と決めていたが、またこうしてパソコンにむかってしまっている私。
明日はついに今の病棟での最終日。全然実感ないけど・・・。
仕事の後、近くのレストランでのハッピーアワーに行くことになっている。どうやら私の送別会を企画してくれているようだ。うれしい気持ちやら、寂しい気持ちやら、申し訳ない気持ちやら・・・。
■ 2005/04/08 (Fri) 最終日
最終日とかいいながら、全然まだ自分はずっと同じところに居るような気がしてしょうがない。なんだか周りに「今日が最後ね」「今日が最後ね・・」「Give me a hug..」とか多々いわれるもんで、(そうなのか〜、今日が最後なのか〜)とかふと思う自分がいた。
実感ないな〜。
普通に働いたし、特に一生懸命やるわけでもなく、普通に途中「はよ終われ〜」とか思いながらやってたし・・・。
違ったことといえば、この機会にいろんな人たちといっぱい写真とったことかな・・。ほんとは病院内で写真とるとか患者さんのプライバシーのこととかもあるし、よくないのわかってるけど、スタッフだけと、患者のいないところを狙って、かつ運良く?マネージャーが休みだったので、けっこうバシバシとった。
仕事の後は都合のつく人で近くのメキシカンレストランへハッピーアワーに。アルコールも夕方だと安いし、食べ物も半額。
わざわざでてきてくれたりした休みの人もいたりして、うれしかった。
温かい声をかけられると泣きそうになるけど、でも意外とあっさりというか、自分の中ではもっと感慨深いものかと思ってただけに、さらっとこの日が終わったという感じだった。
ま、何より、同じ病院なんでね。この病院を離れるとかそんなんじゃないし、大げさに思うこともないよなーとかも実際思う。
違う病棟、一度フロートしたことあって、どんなのか雰囲気はわかってるつもりだが、でもやっぱり次は「経験者」としていくわけで、そういう意味でドキドキする。今のところは「新人」として入って、成長していく段階を見守ってもらっていた。「右も左もわからない状態」から「できるようになった」という周りの評価がある。
が、経験者としていく限り「できなくて当然」ではちと厳しい。やはり周りはそれなりに「できるだろう」と見てくるに違いない。
あ〜、大丈夫かな〜。。。この場におよんで、何が心配って英語が心配だ。
Woundのフロアってうちのフロアに比べてナースの白人比率高いんだよな〜。うちはいってもMajorityがフィリピーナだったわけで、同じアジア人だと話がしやすいこともあったし・・。
いやいや、どうなることやら・・・。
また新たな場所でのいろいろはここでつづっていくことにします。
■ 2005/04/09 (Sat) 休日
引越してから私の休日の週末(隔週)の朝はだんなと"モーニング"に出かけるのがここのところマイブーム。
歩いていける範囲にほんの数件レストランとベーカリーがある。前の家の近辺は(くりかえし書くことになるが)、歩いてどこかへ行けるような場所ではなかった。歩いてどこか散歩に行ける・・・これだけですごく生活が向上したような気がするので、朝から散歩してモーニングに行くなんて、何を食べるとかの内容ではなく、それ自体に夫婦してなんだか喜びを感じる。
日差しの気持ちいいテラスでモーニングを食べながら寄ってくるすずめにエサを与え、やっぱ生き物はかわいいな〜と話す。そんでもってハムスターの思い出話などする私たち。子供欲しいねといいながら数ヶ月たつ。これだけは授かりモノ。今はいらない・・という人にできることもあれば、欲しい人になかなかできないことだってある。
最近は人の妊娠話に敏感になっていたりもするし、どうも自分のフォーカスが狭くなっているような気がする。
・・・の反面、子供がいないことで多大な自由の時間があることには感謝していることも多い。
が、、ここらで犬でも飼ってみようか・・という話も持ち出してみたりする。
ま、来月日本に帰るし、飼うにしても飼わないにしても話はそれからのことだね。
さてと、日本に帰るのに姉に頼まれている服を見にショッピングモールへでかけた。土日は人が多い。私には平日の休みがあるのに、どうして土曜に出てきてしまったんだ・・と思いながらウロウロする。
日本で流行っているアバクロとして知られるAbercrombie & Fitchに頼まれものを買いに入る。ちょっと買うだけなのにレジの列が動かない。なんだこの渋滞(?)の原因は・・と思うと日本人の買い付け客だった。10袋くらい紙袋にどっちゃりポロシャツからTシャツから買っておられる。またこれがアバクロのイメージとはかけ離れた50−60代のおやじと40代くらいのおやじの二人組みだった。そんな日本語べたべたのおやじ二人が女の子の着るTシャツなどを品定めしている姿は見ていて気持ち悪かった。
きっと輸入代行とかでお高く売られるんだろうな〜。。。私にはこのおやじ二人が詐欺師に見えてしまった。
ま、そんな昼間を過ごした後、夜はナースの会へ。今日は久々初対面の人もいた。が、向こうはこっちをウェブで知ってくれていたようで、前から知っているようだといわれ、なんだかうれしい気持ちになる私。
ナースの集まりってはっきりモノを言う集団でありながらお互いいい空気で気をつかいあえて、いつも楽しい時間が過ごせるのはすごいことだなーと思う。
女集まれば、むかつく〜、いやなやつ〜・・・というのがあってもおかしくないだろうが、そういうことってほんとないよな〜・・って思う。みんな大人だ。
そんなこんなで週末precious timeは過ぎていくのでした。
■ 2005/04/10 (Sun) 初ゴルフ
アメリカに来て初めてゴルフのうちっぱなしというやらものに行った。日本でむ〜かし、むかしその昔、一度か二度かそれも友達に連れられてうちっぱなしに行った記憶があるが、それはほんのお遊び程度のものだった。
今日は、友達の友達がかなりのすご腕で教えてくれるというのについていった。友達はいまやかんなりはまっている。
私はといえば、けっこうゴルフやってる人多いし、ま、とりあえず見学がてらいってみましょうか・・・というほんの軽い気持ちだった。「いやだ」という理由もなければ特に積極的に「やりたくてしょうがない!」というわけでもなかった。
やってみて・・・
うん、これ楽しいかも。。。
また教えてくれる彼がめちゃ上手に丁寧に教えてくれる人で褒めてもくれるし、(え、私ってうまくなれるのかも・・)とさえ思わせてくれる。
帰りにみんなでよったCOSTCOでは思わずレディースのゴルフセットに目がいったが、とりあえず今日のところはやめておいた。ゴルフ専門店でそんなにお高くないグローブだけを買ってみた。
また行きたい。というのがいまの本音。さて次はいつ行けるやろか・・・。
が、明日こんな腕のプルプルする筋肉痛で仕事できるんやろか・・と心配。
なにせ運動らしい運動を数年来していない私。むりやり飛ばそうと腕の力でぶんぶん振るもんで、普通ゴルフができる人が痛くならないような筋肉がおかしなことになっている。
年とともに筋肉痛は翌日、翌々日に来たりするのを知っている。明日はどうなっていることやら・・・。
■ 2005/04/11 (Mon) 初 Wound Unit & 初12時間シフト
12時間勤務に切り替わったのは今日から。これまで朝7時半スタートだったのが、これからは7時スタートになる。朝5時起き。まだ真っ暗。今朝は(なんでこんな真っ暗な時間に目覚ましが鳴ってるんだ???)って感じだった。でも朝はほんと1分1分日がのぼり明るくなってくる。職場には東に向かっていく。今日はきれいに朝日がでてくるのを見ながらの通勤となった。
そんで初Wound病棟。全く初めて会うスタッフもいるが、たいていは一度は顔をあわせたことがある・・・という人たちだった。あ〜、あなたなのね、今度来る新しい人ってのは・・・という感じだった。そしてドクターたちは、「あれ、今日はここにフロート?」とか「何してるの、ここで・・」とか、「道に迷ったのか?」(←なんでやねん。。)などなど・・・。他のスタッフたち(薬剤師、栄養士さんPT/OTさんなど)も「あれ??なんでここに・??」って感じだった。私としては、場所が違えど 周りに知っている人がいるととても安心。
これは同じ院内で動くことのメリットかな・・・。
仕事の内容はWound Wound Woundだった。
当然か。Wound Unitだもんな。。
が、糖尿病による足の壊死、それでAmputationした傷をもつ人が多い。あとはベトナム戦争時代に兵士だった人のいまだ残る後遺症のケアだとかもあった。
ある人は"くつを数日脱ぎ忘れて脱いだら足が腐ってた"というストーリでの入院だった。
ありえない。。。もちろん糖尿の既往ありだけど・・でもありえない。
しかもそんな彼には家族がいる。
ちゃんと見てやれよ〜〜〜!!
Woundの大きさ・種類としては大体かつて見たことのあるサイズ・内容のものだったので、感動するような場面はなかったかな・・・。
チャートするときの傷の表現の仕方など少々教えてもらったり、つまさきの包帯の仕方のコツを教えてもらったりした。
オリエンテーションは今日と明日だけだけど、これまた前の病棟のときと同じく、very niceなプリセプターさんにあたり、超ラッキー。
さてと、ちと早いがもう眠い。明日のために寝てみよう。
■ 2005/04/12 (Tue) まる4年。
新しいWound care unitでは毎週火曜日の朝、「WOUND回診」なるものがある。朝7時過ぎからぽろぽろとドクターたちが集まり始め、7時半には一人目の患者さんを回り始めていた。
部屋の前で担当のドクター、レジデントもしくはその日の受け持ちナースが患者の概要をみんなに説明する。そして傷を見にみんながぞろぞろと部屋に入り、傷をみたらぞろぞろと出てきて、今後の治療計画について話し合う。・・・というのが繰り返される。
治療計画は主にドクター(整形外科・Podiatryと呼ばれる足専門ドクター、皮膚科、形成外科、Infection controlドクターなど)そして、栄養士さん、ケースマネジャー、リハビリのPTさん、そしてETナースなどなど、総勢20人以上がチームとなり、話し合いが行われる。
患者にはあらかじめナースから回診があることを説明してまわり、ナースは傷口を開いてみんながすぐ見れるように準備しておいたりする。話し合いの中ではナースもかなりの発言権を持つんだな・・・と思った。っていうか、みんなすごいよな〜、ほんとに理解してケアしてるんだ・・とか当たり前のことが、私にはまだまだに思え、なんだかみなの会話についていけてない自分がいた。
もっと患者を知らなきゃ。もっとWound careにまつわるボキャブラリーを知らなきゃ・・・と思った。
総勢10数名の患者を見たことで、えぐい傷もいっぱい見れた。ほとんどが糖尿病による壊疽による部分的な足の切除術後。ぽろんと指がおちかけているような感染した創があったり・・。(これ、苦手な人だとたぶん失神するだろうな・・・。こんなの平気で触ってる自分もかなりきもい人間かも・・)と、ぽろんととれそうなぐにゅぐにゅとれかけの指を洗ってガーゼで巻きながら、ふとそんなことを思ったりする。
全体的には病棟が静か。前のとこのようにがちゃがちゃしていない。そういう面では落ち着いて仕事ができる。座ってチャートする場所もある。ナースステーションがきちんとある。など、オーガナイズされてはいる。
いろいろフロートしてくる他職種の人に「こっちに来て正解」的なことをいわれる。
・・・といわれても、やっぱり、私は前のところも好きだったって思うんだけどな・・・・。
しかし、昨日・今日で新たに知り合ったナースたち、みんなバリバリ親切。そして知識の宝庫に私からは見える。
どうして人に対してそうナイスになれるんだろ。。。そんなゆとりとか余裕とかを見ていてかっこいいと思う。
いつの日かそんな風になれるかな・・・。
そんな4月12日は私にとって渡米してまる4年の記念日。
2001年4月12日に来た、あの日のことを今でもよーく覚えている。
初日からいきなりフリーウェイをドライブして買い物に行かされドキドキしたり、レストランにいって「一食の量が多い!!」と文句言ってたあの日。
フリーウェイの車線変更ももう怖くはない。多い!と文句を言っていた一食もかなりペロリとたいらげれるようになった。いろいろこの4年間にあり、いろんな面で成長していると思う。
4年経っても、まだまだ私にとっては学ぶことや刺激の多いアメリカ生活。これが続けられる環境さえ持続できるなら、まだしばらくはこっちにいてがんばっていこうかな・・と思っている。
■ 2005/04/14 (Thu) 休みが多い・・・
12時間勤務が月曜から始まって、月・火と二日働いた。そして昨日・今日の水・木がお休み。
これまで平日に2連休なんてなかったので、なんかすごく得したような、それでいてなんかさぼっているような罪悪感のようなものも感じている。
フルタイムで働く12時間勤務者のDutyは週に3日働くこと。もう私は今週月・火と働いたからあと明日働くだけでまた休み。
明日金曜日に働いた後は土・日・月・火と4日連続で休みになる。そして来週は水・木・土と働く。
え〜、12時間勤務ってこんなんな〜ん・・・。
めっちゃ休み多いや〜ん。
12時間勤務になることで少々お給料が減る。(80時間/2週間→72時間/2週間と減るため)
それは大きな差じゃないからそれはいい。
が、お金を使う時間が異常に増える!
今日も昨日も買い物に出かけてしまった。
家のローンも始まったところなのに、財布の出口がだだもれ状態。
これじゃあマズイ。。。
来週月曜か火曜、エクストラで働くサインアップしようかな・・・。
■ 2005/04/15 (Fri) Wound ウンド うんど
ちなみにカタカナ読みして「ウンド」といっても通じない。あえてカタカナにがんばってしてみるなら「ゥワンド」かな。。。
前に書いた"靴を脱がなくて足がくさったおじさん"の話。夕方整形外科のドクター(このWound Unitのボスのようなドクター)がきて、包帯ほどくけどいい?なんて丁寧聞いてくれた。「あー、どうせもう一度Dressing changeするのでいいですよ、一緒に行きます」とついていった。
だいぶきれいになったねー。・・・といって、はさみを取り出し、ベッド上でカチャカチャとはさみを動かし、デブリードメントを始めた。っていうか、くさった部分の黄色や黒色の皮膚組織をぐちゅぐちゅ切り取りはじめた。一部、足の指の腱として白いものが見えているのもチャキチャキ切り出した。
「あ、それ、腱・・・」
というと、「そうそう、使い物になってないから、血流を妨げるだけ・・・」といって、容赦なく切っていく。かなり出血しはじめる。
「うわ〜」「うわ〜」と私があまりのドクターの手さばきに感動やら驚きやらで声をあげる。
「血がでるのはいいんだよ。血流がなくなるよりもね・・」
なんていって、ドクター、さらに容赦なくチョキチョキ・・・。
ドドドっと血がでてくる。ま、でてきかたからして静脈ではあるんだけど、(かなり血まみれ・・・大丈夫かな・・)と思っていると、「ははは、ちょっとやりすぎた。。。」とドクター。
結局一針縫うことになった。こんなことをベッドサイドでやってのけるんだ。なんだかこの大胆さが外科のドクターらしいな・・と思った。
いやー、いいものが見れた〜と思って患者さんにありがとうというと、exciteしてるねーと言われた。その通り!
前の病棟の何でもありと違って、ここはWoundの患者さんが集まるということで、ドクターたちもある程度おなじみのドクターたちが来ることが多いよう。なんだか古くからいるナースとドクターたちはファミリーのよう。新参ものが目立つ。が、みんないい人だから、輪にいれてくれようとする。とりあえずぼちぼちでいいんですけど・・・とか思いながら。
いやー、きみの名前うまく発音できない。なんかアメリカの名前作ってよ〜なんてあるドクターには言われた。
ま、ぼちぼちいろんなことに慣れていきましょう。だからみなさんも私の名前に慣れていってください。わたしは日本名で通すつもりです。
なーんて心では思っている。
■ 2005/04/16 (Sat) だんなのオモチャ
だんなのビジーシーズンがようやく終わり、久々に週末一緒に買い物にでかけた。ちょっと前からうちら夫婦で購入するかどうか・・・と、気になっていたものがあった。
それは自動掃除機。
これに関する情報は積極的に収集したことはないが、なんとなく存在は知っていた。勝手に部屋をすみずみ掃除してくれる。ゴミをみつけて吸いに行く。終わったら勝手に充電されるところに戻る・・・などなど・・。
買うかどうしようか迷いはあった。
「やばいよ、まるでレイジーアメリカ人と一緒やん。」「あかんあかん、そんなんに頼ってたら・・贅沢!」とか否定的な意見もありつつ、「いや、外出前にスイッチ押したら帰ってきたらもうそうじ終わってるんやで」「うち段差ないし、フローリングやしいいんじゃない」と肯定的意見もある。
あとはお財布の中と実用性のバランスがいかなるものか・・だ。
まず店にあるかどうか、なかったら今日のところはいいとしよう。あったとしてクーポンが使えるかどうか・・もしディスカウントが効かなかったらやめよう。
などなど、実はめちゃめちゃ購入したい欲満々の二人が抑制するよう抑制するようお互い言い聞かしながら店に入った。
あった。
そしてクーポンでディスカウントされる商品に該当するとのことだった。
一通り広告用のビデオも見せてもらった。
結果・・・「買う」方向に一気に走ることになってしまった。
家に帰った。今日は友達たち数組が来てくれることになっていた。見せびらかすつもりはなかったが、結果試運転を見せびらかすこととなった。
友達の赤ちゃんも来てくれていた。ハイハイが上手にできる月齢の赤ちゃん。うれしそうに自動掃除機を追いかけていた。
(ま、途中、逆に追いかけられてる場面もあったが・・。)
とりあえず大好評。誰にってうちのだんなに大好評。
どうしたことか、組み立てる段階からプラモデルを買い与えてもらった子供のようになっている。私もずっと一緒にいて広告用のビデオとか見てるから情報量としては一緒だが、「この小さいブラシが回転することによって隅のごみも拾うねん」「終わったら自動的に戻るねんで」「ぶつかったらその衝撃で方向転換する」などなど、自分が編み出したマシーンかのように自慢しはじめる。
(知ってるっちゅうねん・・・)
だんな、かんなりうれしそう。
熱く掃除機について語る。買ったことは間違いじゃなかった、贅沢じゃなく実用的なものだったことを念をおすように話す。
「明日出て行くときスイッチ押して行こうな」(←昨日掃除したところやからそんな汚れてないと思うけど、まあやりたいならどうぞ。。)
「あ、ちゃんと掃除してくれたかどうかわかるように何かまき散らしていこう」(←目的がよーわからん・・・)
まーともかくこんなうれしそうなだんなひさしぶり。
いいオモチャに出会えたね。
よかったよかった。しばらく飽きずに遊んでください。
(なーんて言ってる私。実は掃除せずにすむ私が一番ラッキーという話だ。)
■ 2005/04/20 (Wed) 忙しいなり。。
土曜から昨日まで4連休・・のはずだったが、あまりにも予定のない4日連続の休みは長い。今週月曜からうちの病院のチャート方式がゴロッと変わった。そして病院はエクストラで仕事に入れる人を大募集。。・・ということで昨日は8時間エクストラで働くこととなった。
昨日のエクストラ・・。行ったの間違いだった。。
・・と思うくらい大変な一日だった。朝からwound回診。自分が受け持ちなのに、自分が一番患者さんのこと知らない状態で話に加わるこの苦痛さ加減。。。やめてくれー。火曜にWound回診なら、月曜に仕事いれて患者をつかんでおくべきだ・・とか思った。
そして回診中、私の受け持ち患者さん、数日前に手術した創から出血が始まり、なぜか止まらない状態となる。圧迫止血をすれどもすれどもどんどんガーゼが血液でそまり、包帯交換の連続。
「うーん、午後にでも状況によってはオペしなきゃいけなくなるかもなー・・」とかドクターは最初呑気なこと言っていたが、止まらない出血に事態は急変。即オペ!緊急オペのオーダーがでる。
あれやこれやとやるペーパワークがあり、他の4人の患者そっちのけ。(火曜の朝はWound回診にそなえ、みーんな包帯をあけたままベッド上にいる。つまり回診後即座にドレッシングチェンジをしにいかなきゃいけないのに、それにいけない。待ってる患者も文句いうし、私だって待たせているストレス大!の状態)
が、これまた新しいチャートがはじまり、なんだこのシート、どうやってどこに記入するんだ??と、慣れない事態にに慣れない作業が加わりあ〜もう大変。。。だった。
加えて、患者さんがベトナム語しかしゃべらない人で通訳してくれる人を探してきたり・・。あのドクターにこのドクター、オペ室から、Blood Bankから、ケースマネジャーから、何からかにから私に状況の説明を求めてきて、ぎゃ〜〜〜!!と叫んで逃げ出したかった。
何とか送り出し、ほっとする間もなく他の患者さんに新たなオーダーがたんまり出ているのをみて、それをどうさばいていくか考えるだけでうんざりした。
トイレに行きたいの、気づいたら何時間も何時間も我慢してた。こんなに忙しいの・・・久しぶりだった。
そして今日。昨日のそのオペ患者は安定していた。が、違う患者さんが朝話していたと思ったのに、その数十分後、亡くなった。腎不全の末期で、電解質バランスはめちゃくちゃ。すべての治療を拒否してDNRにサインした患者とその家族。
カリウムとか異常に高かったし、呼吸の状態もあまりよくなかったし、予想できる範囲内ではあったけど・・・。
患者さんはサモア人。サモアの人って私の知る限りすっごく感情的で家族愛が強い。そして男性主権!で「父は家の長なり!」という感じ。
そんな父を囲んで、みんなさめざめ・・ではなく、ワンワン、がんがん、ぴーぴー泣く泣く、なくなく、ナクナク・・・。15人以上家族が来ていたかな・・そしてみんな体格ごっついんだよなー、サモアの人って・・。
ま、それに午前中は振り回され、なんだか今日も昨日に引き続き、病棟で忙しいのは私一人状態。
なんか新しいところに来て、神様かなんかに「それでもお前はここに来たかったのか??」「それでもお前はWoundがすきなのか??」って試されてるような気さえした。
さらにツイテないのが、12時間シフトの後半4時間、人数調整の関係で他のユニットにフロートすることになった。
行ったのは神経系のユニット。うわー、Neuroなんてわかんないよ・・と、気持ちはブルー。とりあえずラッキーだったのはアサインメントが落ちている患者さんだったこと。・・・が、情報は一からとりなおし。そしてたった4時間の間にバイタル測ってアセスメントして、チャートして情報読んで・・なんて忙しすぎる。。
もう最後のほうは(許して〜〜)って感じだった。
とりあえず明日1日行ったらあさっては休み。ま、とりあえずがんばるしかないか・・・。
ってか、こうしてこんなことを書いてる イコール まだ余力があるってことやしね。。。。
■ 2005/04/21 (Thu) 8時間 12時間比較
8時間1日と12時間2日、あわせて3連勤した。
8時間勤務ばかりのときと、どっちが疲れる?
まだまだ今回だけで比較はできないけど、今日の最後数時間、(体の疲れ、大した差はないな〜。これなら12時間勤務で休みの日が多いほうがいいやん!)と思っていた。
が、家に帰るなり疲労感がどどどどどどっっとやってきた。
だんながなにやら珍しく自分のほうからいろいろとしゃべってきているのにあくびがとめどなくでてくる。
「そんなにオレの話はおもろないんか?」と。
自分の話は聞いてほしいのに、人の話は聞けない私。
体が眠気で沈んでいく〜。。。
さあ寝よう。
■ 2005/04/22 (Fri) 29歳患者さん その後
愛読してくださってる方で、記憶力のいい人はもしかして覚えてくれているかもしれないが、今年の1月の最初ごろ私が受け持った悪性黒色腫にかかった29歳女性の患者さんの話し。
彼女のお姉さんは4階のスタッフRN。当時私は5階で働いており、患者さんであるその妹さんは5階に入院していた。予後超不良で、日々がんが進行していくのが目に見える状況だった。おそらく私は3日連続で受け持ったように記憶している。4日目の朝行くと、前夜に不整脈がでてテレメトリーに転棟となった・・・というのが私の直接知っている最終情報だった。
その後どうなったのか・・・とは思っていたが、そのお姉さんや受け持っていたドクターとかにも聞くチャンスがなくここまできていた。
私が4階に移った。お姉さんはWound unitのナースではないので、しょっちゅう会うわけではないが、同じフロアということで顔をあわせるチャンスがある。
「突然プライベートな話をしてもいい?」と聞いてからおそるおそる妹さんのことを聞いてみた。
明るいお姉さんの表情がいきなり曇った。いきなりなみだ目になった。やばいと思った。
そして出てきた言葉が「死んじゃった。。。」という言葉だった。
しかもテレメトリーに移ってその後すぐICUに移って、その後・・・だったという。家に帰るまもなく、悪性黒色腫の診断名を受けてからものの1週間で亡くなった。うちのフロアからテレメトリーに移って、たった1週間だったと。
私が彼女を初日受け持ったときはまだまだ普通のかわいい女の子だった。しゃべれるし、食欲はないけど歩けるし、年末にはメキシコに旅行に行ったという話もしていた。普段は病気と縁がないという話もしていたのを覚えている。
悲しいかな病気の進行は目に見えるほど早かった。予後はよくないのはわかっていたけど、それでも"月単位"でがんばれるのかな・・くらいに勝手に思っていた。
予想をはるかに超えた速さだった。そんなお姉さんの言葉にこっちも言葉を失ってしまった。
健康。
ありがたいです。
■ 2005/04/24 (Sun) Slowな週末勤務
12時間勤務の欠点・・・週末土日勤務だと12時間×2日。つまり土日のうち24時間が仕事で消える。それってほんと何にもできない週末となる。
そんな盲点(?少なくとも私にはそうだった)に気づいた。
8時間勤務だと夕方4時に終わり、そこからだんなと買いものにだって行けてたし、友達とごはんだって食べに、飲みにだって行けてた。
が、12時間勤務で夜8時前に上がれても、もうどこにもいけない。せいぜい行けて、ごはん食べにいくくらい。(楽しく「飲み!」というのじゃなく、お腹を満たしてさっさと帰るという感じのOnly食事バージョン外食どまり。悲)
BUT。。。ここで、私にラッキーな風が・・・
これまでの病棟にい続けていたなら12時間勤務に変わってもなお、この「Every other weeknd」、つまり隔週で働くというのに当面変更なしだった。
が、新しい病棟は5月から「Every Third weekend」の勤務となる。つまり3週に一度、週末勤務でいいことと来月からなった。
やっほ〜!!
3週に一度なら週末24時間勤務がんばれるわ。
次の週末勤務はなんと5/21&22。なんかうれしいな〜。
そんな今回の土日勤務はというと、暇すぎて死にそうだった。
「忙しすぎる」のはきらい。でも「暇すぎる」のは同じくらいきらいかも・・・。
長年うちの今の病棟で働くナースは「こんなに暇で落ち着いていることなんてめったにない。珍しくて気持ち悪いくらい。」と言っていた。だから「たまにはこんな思いしなきゃ。さーて週末を楽しみましょう!」とぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃしゃべっちゃー食べ、しゃべっちゃー飲みしてだらだらと12時間勤務かける2日が終わった。
大したことしてないのにそれでも足も体も疲れたな〜。
さてと明日から3連休。なーんにも日本帰国準備ができてないぞ・・・。誰と会うとか、いつどうするとかの計画さえちゃんと練れていない。。。
計画派の私としたことが、どうしてか今回はとてもスロー。
頭も体もやっぱ新しい仕事や新しい勤務体制でいっぱいで、休みも含めた毎日がなんだかあっという間に過ぎていって、もう帰国まであと1週間のところまで来ていて正直"びっくり!!"。
さーて考えなきゃ・・と思いながらこれからだんなが借りてきた金八先生のDVDを見ます。全然何にもはかどらねぇ〜。
■ 2005/04/25 (Mon) 帰国準備 その1
帰国といってもたったの2週間。そんな大そうなものではないが、まあそれでも一応いろいろと心の準備も含め準備がある。
夫婦ともに美容院へ。とりあえずこれは身だしなみ。
身だしなみといえば、ダイエット。だんなは日本帰国へ向けて今年に入ってからかなり体重減らすのに成功している。
職場では「やせた」「やせた」といわれているようだが、正確にいうと「やせた」のではなく「戻った」だ。(なにせアメリカにきて夫婦あわせて20数キロ増えている。。。どっちが何キロとはあえていわない。)
う○ちをしてから体重計にのる姿、ひげをそってから体重計にのる姿はけなげだ。それでもまだ「やせ」の領域に入っていないのが悲しいところ。
・・・と、とやかく人のことをいう私はなんでも短期集中型なのでダイエットをともに始めたとき、最初数週間の成績は優秀だった。
だんなが亀なら私はうさぎ。
私はすでにリバウンド状態にさしかかっている。これで大阪に帰っておいしいものを食べようものなら、リバウンダー間違いなしだ。
日程的な準備として・・
とりあえず前にいた職場に遊びに行くことが決まっている以外、何にも決まっていない。友達・先輩に声をかけながら声かけっぱなしの失礼きわまりない状態。
うちの家族も6歳になった甥っ子をはじめ一緒に過ごすのを楽しみにしてくれている。実際、家族とだけ密着して過ごしても2週間なんて短いと思う。それくらい家族とたくさん時間を使いたいと思いながら、でも会えるだけ友達にも会いたいと欲張りな考えもやはりある。
どうしてスケジュールをやりくりすればいいのか・・・。
そこにきてだんなの両親にも会いにいかないとやっぱり具合が悪い。(すでにネガティブ発想ばればれ)電話では「好きにしいや」「あんたらもいろいろ予定あるやろうし」と言ってくれた義理母義理父ではあるが、その言葉に甘んじほんの1日どこかで顔をあわすだけではまずいだろうか?
だんなも「おれらの好きにしたらいい」くらいに言うが、ほんとに好きにしているとそれをコントロールしているのは"嫁"とも思われかねない。
たまに帰るから"大切なだんなさまのご両親"にも親孝行を・・・と頭で理想的に考える私と、たまに帰るのに面倒だな〜・・・と思ってしまっている鬼嫁な私がいる。
ま、だんなのおかん(ニックネーム:山ちゃん)は典型的大阪のおばちゃんなので、至近距離に入ると面倒なことも多いが、至近距離外から見ると笑えるネタは山ほど作ってくれるのが通常。
そんなネタ拾いにでも行く気分でやっぱり会いに行こうか・・・。
あ〜私ってむちゃくちゃ書いてるぅぅぅ。。。
これだんなも見るんやったぁ〜・・・。
準備の続編はまた明日。
■ 2005/04/26 (Tue) 帰国準備 その2
昨日の続き。
物質的な準備としておみやげ。
誰に会うかもはっきり決まっていないのにおみやげ選びなんて困難極まる作業だ。
姉やおいっこにはあえてちょこちょこ買ったものがあり準備オーライ。(姉が喜ぶものは大体わかっているので非常に選びやすい。)
さてと、他の方たちにはどうしましょう。。親戚にも会うよなー。
しょうむないものを買うくらいだったら"何にもなし"のほうがかえっていいんじゃないかとも思うし、いやいや、"何にもなし"では具合が悪いぞ・・と思う気持ちもある。
「アメリカにあって日本にないものはなーんだ???」
そんなこと考えると日本には何でもあるような気がしてくる。
そこで考えたあげく
Bath Body Worksのハンドローション、その他こまごましたもの。そして定番のSee's Candyという結果になった。喜ばれなかったとしてもいやがられる一品でもなかろう。
過不足なく・・といきたいが、過不足承知でとりあえず買ってきた。
さて準備といえど日本にばかり焦点もあててはいられない。夫婦のどっちかが残るならそれもOKだが、2週間留守にすることによる、こっちサイドの準備もある。
まずは支払い関係。
うちは"クレジットヒストリーをよくするように""家を買いたいなら最低一人クレジットカード3枚!"なんて文言をどこかで聞いてしまってから以降、クレジットカードマニアのようになった瞬間があった。
現在二人あわせてアクティブになっているクレジットカードは10枚。バランスよく使おうとしているため、すべてに毎月支払い作業がある。来た当初はクレジットカードも作れなかったので、そのときのことを考えるとうれしい悲鳴かもしれないが、しかしちょっとこれに伴う作業が多すぎる・・・。カードの使いかた、見直そうかな・・・。
そんな支払い含め、家のローン関係、光熱費関係など、期限が日本に帰ってる間に来るものはとりあえず支払いすませた。パソコン前でそんな作業すること数時間。。。。
家計簿はエクセルで管理している。アクセスに変えたら?というだんなの意見を最初は「シンプルだからエクセルで十分」と反論していた私。がしかし、内容はどんどん膨張・かつ複雑になっており、今や私以外の誰にも理解不能な家計簿と化してしまった。(つまりこの作業は私がやらなきゃいけないということだ)
■ 2005/04/27 (Wed) 帰国準備 その3
続きの続き。
ハムスターを飼い育てたことにより「生き物をかわいがる」能力は自分であると思える。が、どうしてか、私は花や植木を育てる能力がない。能力・・・という言葉はおかしいかもしれないが、どうしてか、うちに来た生花は寿命を迎える前にうなだれ、植木鉢の土はすぐに砂漠のようになる。
きれいなお花をもらうのは好きだ。家の中に緑があるのはすばらしい。
だから今までそういう状況にあこがれ、そういうものを自分で購入し、デコレーションしてきたことも数々ある。
が、数々ある経験上、自分自身がわかってきた。
私には生花よりもフェイクの人工花・人工植物がぴったり!と。
そしてすばらしいことは、いまどきの人工植物は近づかないと本物かにせものかわからないくらいよくできている。
これは手入れをしなくても腐らない、うなだれない。
そして今のおうちにあるほとんどの緑はフェイク。
よって、「留守中お水あげておいて〜」のお願いは不要というわけだ。
さてと明日あさってと勤務。・・でもう土曜の午前には家をでる。
ぎりぎりにしかできない準備もあり、前日の夜ばたばたするのは目に見えている。が、とりあえず今日からスーツケースを広げたり、今できることはやっておこうかな・・・。
■ 2005/04/30 (Sat) 疲れの原因
3日休みで2日仕事、そして今日。
2日の仕事なんて全然乗り切れるさっ!くらいに思っていたが、なんのなんの・・・私にとっては超激務だった。
こないだの週末の楽勝勤務と差がありすぎ。。。
12時間勤務はやっぱりつらい・・・というのが理由なのか、それとも新しい病棟に行った慣れない大変さなのか、どっちか自分でわからなかったが、今回の勤務で思った。
慣れないことに対するストレスのほうが大きい!!と・・・。
なにせ今の病棟、ルーチンというかお作法が多い。
長年働いている人たちがメインでスタッフが構成されている。それはとっても教えてもらえる環境でいいんだけど、本などにのっていない「こういうときはこうする」「このドクターのこのオペのあとはこうする」といういわゆるケアのHow toそれも詳細にわたり決まっていることがあまりにも多いと感じる。
オーダーの確認のためドクターに電話しようとしたら「あーそういうときは、あのドクターの場合これだから・・」と・・電話する必要がないという。
もしそんなことで電話したとしたら「誰だこのナース・・」くらいにドクターには思われるのかもしれない。
なんだかみんなが知ってて私が知らないルーチンが多すぎて、それがいろんな側面で勃発するので、疲れた。
そしてこの2日、学生がずっとつきっきり。大した指導なんて私にはできないが、それでもひとつひとつ確認しながら一緒にやっていくので、一人で働くときよりもしんどいなーと思うことが多い。
ま、そんなこんなで体はグタグタ。
でも仕事自体は楽しい。面白い症例がいっぱい見れる。
昨日も乳がんで乳房切除後、乳房再建術のあとの患者さんがいて興味深かった。
もう治療というよりは美容形成外科の部類なわけで、そんなのは自分にとって初めて。すごい繊細にドクターがみていってるのがわかるし、縫い口もきれい。
もっといろいろ書きたい病院での出来事がありながら、もうそろそろ日本へ出発の時間となりました。
昨日の睡眠不足は飛行機で補うぞー。
では、行って来ま〜す。

