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■ 2005/05/02 (Mon)  大阪弁ワールド


無事大阪に予定どおり到着。
2日目となる今日は今回必須の用事、運転免許更新。すでに去年の誕生日で切れている私の自動車運転免許。今回の帰国で更新しておかないと無効になってしまうようで、30万円近くかけて通った自動車教習のことを思い出すと、面倒くさくってもこれだけはやらなきゃ・・・という思い。

運転免許センター。
大阪人ばっかり。大阪弁ばっかり。
連休のハザマの平日とあって人の混み様は日頃の3倍と職員は言っていた。とにかくすごい行列ですごい人で、結局更新手続きに(朝区役所にいって住民票をとる段階から入れると)まるまる1日がかりとなった。

その行列の中で退屈しないのが周囲の会話。
大阪人、とくべつ人を笑わせようとしていないんだろうが、普通の会話・普通の口調が久しぶりに帰った私たちにはとても新鮮で笑える。

しかし人種のるつぼアメリカ、ことほんとにいろんな人種の混じるLAにいる自分たちからしたらなんて日本人ばかりなの・・・なんて大阪人ばかりなの・・・と不思議に思うワールドだった。

前回戻って来たときは梅雨だったが、今回の気候は最高!
しかし、やっぱ日本より湿度が高いな・・・。
LAでは使うことのない'油とり紙'がここでは必要だと感じる。

あとどこにいってもトイレの手拭がないのでハンカチの持参は必須だね。



■ 2005/05/15 (Sun)  いっぱいありすぎて・・・


昨日土曜日、日本から戻ってきました。
いや〜、2週間びっちりいろんなことがありすぎて、楽しい時間はあっという間で、何からどう整理していいのか・・状態。
ネタ的には毎日の日記を遅ればせながら更新・・・でもやっていこうか・・というくらい大量に頭の中にはある。
それともどこか違う場所に「日本一時帰国日記」的なものを載せようか・・とも考え中。
そんなこんないいながら日常に流されて、こんな計画もあっさり流れてしまうだろう・・なんてことも推測範囲内にあり。

とりあえず今何がつらいって"時差ぼけ"。
帰ってきた日はただただ眠かった。時差ぼけを防ぐためにがんばって夜になるのを待って21時か22時ごろ眠ったのにも関わらず、昼の14時半まで起きれず。16時間くらいぶっ通しで寝てしまった。恐ろしや・・・。しかも夫婦揃って・・。
そして案の定、今度は夜が眠れない。ただいま日曜から月曜になる夜中4時半。全く眠れずこの時間まで起きてしまっている。
寝ようと努力してベッドには入るが、普段お休み3秒のだんな、普段お休み5秒の私、揃って眠れずベッドの中でごそごそごそごそする時間長し。。
「もしかしてまだおきてる?」「うん・・」
という会話が続き、羊の数えあいもしたが、それにも疲れ、アルコールの力をかりようとビールを飲む。
顔が真っ赤になり、脈が速くなり、眠れるどころか逆効果。とりあえず部屋を暗くしてみて、寝ようと努力はしてみる。
が、だめ。
もう二人揃ってあきらめた。私は明日も休みだからとりあえずいいが、だんなは明日は仕事。起床時間まであと2時間ちょい。大丈夫か・・??
・・・の心配はよそに、金八先生のDVDを見始めただんな。そしてパソコンをいじりはじめた私。

日本に戻ったときは時差ぼけは一切なかった。翌日からピンシャン動いていた。

昔、日本在住の頃、海外旅行に行ったとき、日本に戻ったときのほうが強かった。
つまり、どっちで時差ぼけが強く出るか・・は、日付の変わりかたうんぬんよりも、到着したことによりリラックスを得られるほう、自分の居所に戻ってきたときに時差ぼけがおきると考えられる。少なくとも私やだんなや私の友達の場合。。。

あー時差ぼけの話はこのへんにしよう。
私はラッキーにも仕事は水曜から。それまでに体が戻るようにしなきゃ。。。



■ 2005/05/18 (Wed)  どうなってんだ、私の体。。


先日書いたのが日曜日(といっても月曜の朝)。その後順調に時差ボケはなくなり、火曜は朝普通に起きて快適に動いていた。
そして水曜、今日からの仕事に元気にのぞもう!と思っていたのに、なんと昨晩一睡もできず!!again!

おかしい。。。

不眠とはいつも縁がないので、ベッドに入ってしばらく眠れないとなんか不安になる。眠れないのでは・・と思えば思うほどアドレナリンが出てくる感じ。
もしかして、こないだみたいにこのまま朝まで起きてたりして・・・。いやいやありえない。。。ははは・・・とか思ってたけど、3時なり4時になり、そして起床の5時30分になった。

疲れてなさすぎるからか?
だから眠れないのか?
やっぱ仕事しなきゃ!体動かさなきゃ!

ま、そんなこんなで仕事へ行く準備をし、寝てないとは思えないほど、ケロッと仕事に行く。
仕事は久々で大丈夫かな・・、新しい病棟の人、私のこと忘れてないかな・・とか思っていったが、意外とすんなり溶け込めた。
みんな「バケーションはどうだったー?」「日本はどうだったー?」と口々に聞いてくれ、自分の存在がここにあるんだ・・・とうれしくなる。
しばらく働いていると、昨日もおとといもずっとここで働いていた感覚におちいっていた。

日本の100円ショップで買った200円の(ややこしいな・・)万歩計をつけて働く。朝、車で駐車場に到着した段階から400歩を超える。(全然歩いてないのに・・・きっとちょっとの揺れでカウントされるんだ・・)
仕事後見てみる。5万歩くらいを期待して。。
結果7500歩だった。
思ったより少なくてびっくり。
ってか、なんか、商品がうさんくさいと思い始めた。

帰ってもうきっと何もする気力さえ残されてないと想像していたのに、シャワーを浴びてすっきり、こうしてパソコンさえいじる余力あり。
なんか悪い薬でもやったか???くらい体が覚醒している。

どうしたんだろう・・私。
絶対いつかどこかでノックアウトされるんだろうな・・。明日も仕事だし、今夜は寝たい。



■ 2005/05/20 (Fri)  すっかり元の生活


2日の12時間勤務を終え、昨日はぐっすりすっきり眠れた。ってか朝11時まで寝てしまった。明日仕事なのに、また今夜眠れなくなったりして・・・。変な睡眠?覚醒障害?とは早いところおさらばしたいものだ。

12時間を2日働くと、全くもって「先週は日本に居た」という事実が信じられない。それくらいすっかり現実に戻っている。
仕事は・・・といえば、忙しすぎず、かつ暇すぎず、なんだかいい調子の仕事始め。

今日は病棟の秘書さんについて・・・
今の病棟の秘書さんはできすぎる!前の病棟は90床近くあり、病棟も混雑し、ナースもたくさん、秘書さんも常時4人という体制だった。秘書さんの中にはエキスパートな秘書さんもいたが、それは個人差大いにありってところで、若い子たちがかたまるとしゃべってばっかりでやることは後回し・・みたいなところがあった。秘書なしでも自分でオーダー入力してやるぅ〜みたいなところがないとイライラしっぱなしの日だってあった。でもそれはそれでしょうがないと思ってたし、彼らに期待せず、やってくれたらありがとうと思うようにしていた。

が、今のところは15床。小さいユニットというのもあるし、専門性のあるユニットだから秘書さんにとってもわりとパターンがあってやることが覚えやすいのかもしれない。
が、それにしてもよくやってくれる。気づいたら終わってるということがしばしばある。前のところでは当然ナースがドクターのオフィスに連絡するような場面でも「私やっておくわねー」とか、検査科に連絡するのも「やっておいたよー」とか、「へー?もう終わったの??」という驚きが多々ある。

そんな秘書さんは同じフロアの他のウィングもかけもつこともあるし、決して暇という感じではない。

できる人と働く=気持ちいい職場。
という気がしてならない。

話は変わるが、日本で、元職場に隣接する大学病院を訪ねてきた。もともと仲良くしてくださっている部長さんや教育担当の方たちとお話する機会があった。
日本の臨床をしばらく離れていて、今こうしてアメリカでしかもわりと設備の整った病院で働いていると、なんだか「ナース」の役割そのものが大きく違うことに気づかされる。

看護助手さんのいない病棟、なんでもやってくれる病棟秘書のいない病棟・・・そういうところでナースとして働く自信がもしかしたら今の私にはないかも。。。
どっちが楽?どっちが大変?
システム自体、人の考え方自体が違うから比較するのは容易じゃない。
でも話ししてて改めて思ったのは「働くならアメリカ」「入院するなら日本」。
このある種矛盾する考え方はどういう風に理解したらいいんだろう。。。



■ 2005/05/21 (Sat)  いけない指


Multiple Sclerosis 多発性硬化症で難治性のWoundをもつ患者さん。場所は左腕。特に前腕にぼこぼことクレーターのようにOpen Woundがある。もうかれこれ2年そんな状態が続き、最近悪化傾向にあって入院してきたようす。
そんな彼女、動脈も静脈も循環問題があり、虚血状態によく陥るらしい。それで3年前には左手の3本の指を切断している。(虚血によって壊死したことにより・・)
で、欠損している指というのが親指、人差し指、そして薬指。
想像してください。どんな手の形か・・。
そう、小指はあるといえど、彼女の手は常にアメリカではやってはいけない形。

私が最初にそう気づいたのではない。彼女が「ちょっとむかつくドクターとかと話すときはわざと相手に見えるようにこの手で顔をいじったりしてみせるの・・・」と笑って話したことによって(うわーそれって・・・)と気づいたわけである。
悪い人だね。。。なんて・・。病気でそうなったとはいえ、不都合なこともあるだろう。。

あとは生きてることに疲れたと自殺未遂の20歳の男性。
これがなかなか男前のメキシカンボーイ。
キッチンにあったナイフで自分の胸をひと突きならぬ、ふたつき。もう入院して3日目。Chest Tubeもとれ、命に別状なし。Woundも大したことなし。今は彼自身が「自殺を試みたことに後悔していない」という発言が続いており、要注意で1:1シッターがついており、精神科的に退院させられないようす。そしてサイコ施設にも空きが今のところないということで、他病院への転院空き待ちといったところだ。

あとは糖尿病による壊疽にて両足とも膝下切断のおばあちゃん。切断面が見事に腐っており、異臭を放っている。(お肉が腐ったのと同じような臭い。人間の肉も肉なんだな・・・とか思う瞬間。。)
妊娠発覚したばかりの夜勤のナースは異臭でDressing changeの際吐きそうになったと話していた。
妊婦に優しい病棟ではなさそうだな・・・。

そんな濃い〜ぃ受け持ちだったけど、トータル6500歩。
そんなもんなんかな〜。



■ 2005/05/22 (Sun)  20%のチャンス


昨日の多発性硬化症のおばちゃんだが、このおばちゃん、この病気以外にサイコの問題も抱えている。
実は昔RNだったというこの方、今は指や腕、足、体が思うように動かせない障害から仕事はリタイヤされている。サイコの問題、昔からそういう兆候はあったのかなかったのか知らないが、今はそれが体の病気以上にやばい・・って思わせることもある。

まずすごく病的にDemanding。そしてMood swingが激しい。笑う、泣く、怒る、どなる、頻回のナースコール。(=躁鬱)
そして自分の病室が見事に(病的に)きちんと整理されている。&おかしなフシギな笑えるメイクを早朝や夜中に突然したりする。(一度はオバQのような顔で病室から出てきて思わずふきだしてしまった私。。もちろん本人はまじめにそうしているのだが・・)(=強迫神経症)

そんな50代中盤のおばさん。問題の左腕について整形外科&Wound専門のドクターがやってきて、いろいろそれについて治療のオプションを話し、最後に「まーもしかしたら切断することになるかもしれないけどね・・」と言った。それで患者さんは「それは何パーセントの確率で・・?」と聞いた。
「そうだねー、まあ20%くらいかな・・」と言ってドクターは部屋を出て行った。
このあと、この患者さんはこのドクターの言葉によりおお泣き、おお怒り、大荒れ・・になったのはいうまでもない。。。

サイコうんぬん関係なく、私でもかなりショックだとは思うし、怒ったり泣いたりするのはしょうがないと思う。
ただ、その表現方法がこのおばさんの場合、大げさすぎるんだよな〜。。。
しばらくオバQに抱かれて、大声を上げて激しく泣かれる私。
動けない・・どうしていいかわからずとりあえず「think positive, think positive」といいながら背中をぽんぽんと叩くしかなかったけど・・・。
それを部屋の小窓から看護助手さんが見ていて、ステーションでその話をしていたらしくって、私が部屋をでていくとみな一様に(さっきのドクターも含め)お疲れ様〜的な言葉を笑ってかけてくれた。
いや〜参りました・・・的な苦笑いで対応する私。
それでまた受けてるし。。。
受ける場面じゃないんだけどね。ある意味ほんとは悲しい告知の場面なんだけどね。。。

ま、それでその20%のチャンスをどう考えるか・・・だがいろいろだな・・と思うわけ。
20%のチャンスということは80%は自分の腕をSaveできるという話。が、このパーセンテージはあくまでも数字だけの話であって、その人にとっては結果「ゼロ」か「100」しかないわけだ。

20%の確率で腕がなくなってしまうかもしれない・・悲しい。。。と毎日悲嘆にくれるか。
80%の確率で腕がSaveできるみたい。神様ありがとう・・と前向きに思うか・・・。

自分におきた場合・・告知の瞬間は動揺するのはしょうがないとして、時間とともに後者の考えになっていけるといいよね・・・とだんなと話すのであった。。



■ 2005/05/23 (Mon)  日本でのこと


休みの日は仕事の話もない。よってこないだ日本に帰った時のことなどを休みの日にでも書いていこうかな。。

結婚後初めて夫婦揃っての一時帰国。
さてどこにどう寝泊りするか。。。
果たして関空に降り立った次の瞬間からどこに移動することを考えたらいいのか。。。

ラッキーな点は高校が同じ=つまりたがいの実家は割と近いということ。(といっても電車を使ってドアtoドアで20分くらい)
いろいろ話し合った結果(いや、私の一方的な意見ともいう)により、姉のだんなとprettyおいっこに迎えに来てもらい、私の実家にまず直行。そしてそのすぐ近くに住んでいる姉宅でメインに寝泊りさせてもらうこととなった。一番の理由はうちの実家より、だんなの実家より、姉のうちが一番スペースにゆとりがあるということだ。あははは・・・いい言い訳。・・・っと、いきなりだんなの実家をignoreってしまった。。。

姉家族はほんとうに居心地がいい。結婚する前もしょっちゅう遊びに行ってた。私が東京に5年いた後、大阪に戻ってきたとき姉は「一人家族が増えた」とまで言っていた。それくらい朝に夕にお邪魔していた。私の実家が居心地が悪いのでは決してない。姉の居る場所がやたらと居心地がいいだけ。かつ、今はかわいいおいっこまで居るわけで、実家で泊まろうとするものならおいっこが「うちで泊まって!」と私のことを引っ張っていく。そこにきておやっさん(姉のだんなのことを私は昔からこう呼んでる)も古くからつきあいのある人で「お姉さまのだんなさま」という高貴な存在でもなく、姉ちゃん抜きでも「おやっさん」として接することのできる気軽な存在。
公務員なのにちっとも公務員らしさがない。2流お笑い芸人のようなキャラクターをもちあわせ、とにかく人を笑いに引き込むことに命をかけている。そんなおやっさん、口先ではわざとうっとうしいことを言うのが大好きだが、人一倍気つかいーで、優しい性格。とにかく滞在2週間の間、居心地のいい空間を作り続けてくれた。早くに父親を亡くしている私は、このおやっさんをどこかで父のように(って年3つしか離れてないけど)家族の一員として頼っていた時期があったように思う。
本当に感謝している。

日本での時間を思い出すたびにお母さん、姉ちゃん、おやっさんの優しさに包まれているな・・と温かいものを感じてやまない。

そしてそんな私サイドの環境でほぼずっと一緒に滞在してくれたうちのだんなにも感謝しなきゃな・・・。いくらもともとだんなもうちの家族と仲がいい・・というのはあっても、その距離は私とは違うはず。。気を使っただろう。

そして数日とはいえ、だんなの両親にもきちんと(?)会って仲良く話しをしてきた。もちろんだんなはだんなの実家でも数日(いや2日だけか・・?)泊まったしね。
親孝行、親孝行・・・。
顔を見せるだけじゃなくって、いい加減経済的な親孝行もしなきゃね。。。とは思いながら今年34歳になる。

普段離れているからよけいに思うんだろう。家族ってほんとに温かくっていいな。。
ありがとう。ほんとにお世話になりました。



■ 2005/05/24 (Tue)  Skill Lab


一年に一度のスキルチェック、スキルアップデート。病院全体のRN対象にスケールのでかい講習がある。
今年は5-6回に分けて2月くらいからやっていた。私は病棟が変わったのもあり、受けるチャンスをのがしてきて、ラストチャンスの今日、これを受けてきた。

今日はこれまで何らかの理由で受けそびれてきた人、もしくは最近就職した人などだけで、私が去年に受けたそれとは比較できないくらい人数が少なくガラガラだった。

30以上のブースがあり、展示あり、デモンストレーションありで、自分の勤める部署によってどの講習を受ける必要があるかのチェックリストがあり、それを手にまわる。
今回は少人数だったため、質問とかしやすいし、インストラクターと1:1という場面も多く、やりやすかった。
あと、ペーパーテストもあるが、それはすでに問題集をもらっていたので、あらかじめ全部やっていた。

去年は初めてで全く要領がつかめず全部で8時間近くかかりとても疲れたのを覚えてるが、今回はまず時間の半分をしめるペーパーのほうは終わっていたし、ブースでの講習はサクサク回れたので3時間ちょいで終わった。

時間も早く終わったし・・ということで、ひさしぶりに前の病棟に遊びにいった。
会う人会う人にHey, Long time no see you! How's your new floor? How's everything going? などなど聞かれる。
同じ質問に何度こたえただろう。。。疲れた。

ちょっと遠出をして友達の赤ちゃんに会いに&友達にしゃべりにいく。
だんなさんはイラン人。彼女の写真など見ていると普段の彼女の生活に"日本"がほとんど入っていないことに気づく。日本人がまわりにいない環境、日本のスーパーがまわりにない環境、コンピューターも日本語使えないし見れない。(見ようとしてない)写真にはパーティーがいっぱいで、外人ばっかり。
私が言うのはおかしいが「外国に住んでいるんだね・・」って感じがした。
私は・・・職場が唯一の英語環境で、そこ以外は100%っていっても過言じゃないくらい日本語環境。
だんなも日本人でだんなの職場も日本人ばかりの部署。友達も日本人。そしてそこからリンクしてくる人間は自然と日本人になってくる。
それをその友達はフシギだーと言っていた。

夜は金八先生を見た。
日本に帰る前から見ていた。後半、一気にここ数日で見た。そして最終回を今日見ることになった。
号泣するわけじゃないけど、静かな涙がず〜っとタラタラタラタラでる。卒業式、最後の場面、涙で鼻が詰まってもはや呼吸できない状態になっていた。伸太郎、いいぞ!

終わってトイレに行った。かがみ見た。
そんなに泣かんでも・・・ってくらい顔が変わっていて自分に笑えた。
先月友達達がうちにきてくれたとき、金八話しで盛り上がっていた。それで見ようと思ったわけ。ありがとう。
こんなに心にくいついてくるドラマってそうそうないよね。



■ 2005/05/27 (Fri)  日にちがとぶ


12時間勤務だとものの2日連勤でも日にちが飛ぶ感じがする。前日、あ、あした仕事だから早く寝よう・・と思い、ちょっとメールの返事や支払いごと後回しにしたりしていると、気がついたらあっという間に3日くらいはスキップしてしまう。
支払いの期限が一気に近づいていたりすることもあり要注意。。

12時間勤務で見た目の休みが増えるのはとてもうれしい。が、連勤のあとはぐたっと疲れる。特に私の場合、足にくる。8時間勤務で週に5日のときは、休みの日も朝早く起きる体になっていた。それで休みはまる1日有効に使えることも多かった。が、今はぐだぐだしていると、行動開始が昼ごろになることもざら。。。なんかもったいない。。そんでもって、その夜はあまり疲れてないから寝るのがついつい遅くなり、翌日仕事でまたしんどい体ひきづっていくことになったり。。。
さらに、8時間のあとはスーパーに行って、食料買って、ごはんを作るというパワーがまだ残っていたが、12時間となると、あてにしているスーパーはもう閉まっている時間だし、実際スーパーに行く体力もなければ、何か夜の8時過ぎから作り始めるという気力もない。そしてだんなが外で食べてくるとかなると"食事を作る"ということへのモチベーションが一気にさがる。

じゃあ8時間に戻りたい?

いやいや、週に5回も行くなんて、一ヶ月に2連休が2回しかないなんて、絶対いや。。
こうしてぶーぶーいいながらもやっぱ12時間を続けたいって今は思う。
もうちょっと時間をうまく使えるようにならないと・・・。
慣れの問題かな・・。
12時間シフトが始まって5週間が過ぎるところ。でもまだこんな感じでテンポがつかめないままです。。。



■ 2005/05/29 (Sun)  のんびり日曜日


休みになるとあれもしたい、これもしたい・・・と忙しい時は思う。特にだんなと休みがあう日は一緒に、これとあれと・・と思う。(重たいものを含む買い物など)
が、実際そういう日がくると、あれ?今日は何するんだったけ??なんてなる。。

昨日はだんなの元職場のなつかしい顔ぶれ&そのファミリーたちがうちに来てくれた。わけあり人生、ネタ多き人生の人たちばかり。だんなの元職場とはいえ、何かといえば私も参加させてもらっていたので、みなさんのことはよく知っている。年は私よりも10歳上くらいの人ばかりで勉強になること盛りだくさん。4時から集まってみんなが帰ったのは夜の12時になろうとする時間だった。全くもって自分の分野じゃない人ばかりの集まりだけど、かなり楽しかった。私てきにはとても新鮮な会話が多かったのかも。。
あ、でも一人の人のだんなさんは病理のドクターで、検死官をしている。で、いつか機会あれば死体解剖の現場を見せてもらうことになった。うれしい。・・・と喜んでいる自分が気持ち悪い。。

ま、そんなこんなで今朝は遅めの起床。友達の引越しを手伝うなんていいながら、結局お昼の差し入れをして、見学するだけで終わってしまった。なんも手伝ってない。ごめんね。

で、だんなの携帯が前から液晶がおかしいというので、新しいのを見にいった。
私は全く新機種などに興味はなかったけど、見てしまうとつい欲しくなってしまう。日本のものほど高機能のものはないけど、とりあえずカメラつきのものに替えることができた。
使うのか?まあいいや。

携帯屋の横にある日系のスーパーで働いている友達に偶然出会い、作りたてのジャムをもらった。
そういえば昨日は昨日で違うスーパーで、バイトしている友達にたまたま会ってタイヤキをもらった。いろんな人にものをもらいっぱなしだ。。。

そして友達のお兄ちゃん情報によりうちの近所に伊良部が引越してきたというので、伊良部のおうち拝見してきた。入りぐち開いてて中をのぞこうとしたけど、人影は外からは見えず。前をささっと通過して帰ってくる。
伊良部より野茂のほうがよかったな〜とだんな。

そんな感じでまったりとした日曜が終わった。
時間があると、やらなきゃいけないことがぱっぱと片付けられない。
結局やらなきゃ・・・と思ってたことの半分も終えないまま貴重な休みが終了。明日はこっちでは祝日。でも私は勤務。でも時給1.5倍になるからいいや。がんばろう。



■ 2005/05/31 (Tue)  WOUND VAC


前の日記に書いたこともあると思うが、火曜の朝はWound回診。。多くのドクターや栄養士さん、ケースマネージャーなどとともに一人一人の部屋をまわり、問題点、今後の治療計画について話し合う。
今日この回診があることがわかっていたので、昨日の勤務のとき実はせっせと情報収集していた。
今回は初めて回診中、ちょっと口をはさんでみたりして、ドキドキしながら存在感アピール。ドクターたちも徐々に顔見知りになって「どう、もう慣れた?」「前のところとどっちが好き?」など声をかけてくれるようになった。

この回診、Wound回診という特殊性はもちろんありながら、日本のいわゆる回診とはずいぶん違うように思う。
まずどの職種も同じ目線で意見をかわす。お互いRespectしあっており、そこには上下をあまり感じさせない空気が流れる。
とりあえずは受け持ちドクター筆頭ではあるが、
「栄養状態の点からいうと〜〜〜」BY Dietitian。
「運動機能の点からいうと〜〜〜」By Physical Therapist。
「保険の点からいうと〜〜〜」By Case Manager。
「感染状態の点からいうと〜〜〜」By Infection control Dr.。By Epidemiologist。
そして関わった外科医、もちろん受け持ちナース、Wound専門ナースなども意見をいう。

素敵だ。
ちょっとぼーっとした瞬間、みんなの言ってることについていけなくなるが、がんばってついていきたいって思う。
そしてそこに自分が居ることに幸せを感じる。日勤にいる醍醐味だ。

が、回診のあと、受け持ちナースはみなオオワラワとなる。すべての患者さんの傷のドレッシングが開いたまま。閉めにまわらなきゃいけない。
あっちをやってたら、こっちの患者さんが検査に行くからさきにこっちをやって〜とか、あっちで痛みどめを〜とかで、なかなか思ったように進まず、こういう時はあっというまに3−4時間経過する。

今日はひとりWound VACの患者さんが受け持ちにいた。日本にもあるのかしら?日本語でそれは創傷に使う閉鎖式サクションシステムとでもいうのかな。これを使ってる病院、病棟はどのくらいあるのかわからないが、うちの病棟はWound Unitというだけあって、よく見かける。週に2回の交換でいいので、自分が交換時に受け持つチャンスがなかなかこれまでなかった。先週の木曜に先輩のもと初めてやらせてもらった。今日は自分ひとりで初めてやった。シンプルなケースというのもあり、けっこううまくできた。全くやりかた知らないときはハテナ??という感じだったが、自分でやってみると(ふーん、なるほど・・)なんて思うものだ。
まだ複雑なケースはやったことがないから、修行を積むのはこれから。。
このWound VAC、私も勉強中だが、簡単にいうとOpen Woundにスポンジをつめ、そこを器械につなぎ陰圧をかけ、浸出液を外にサクションする。それで皮膚の肉芽を盛り上げるのを促進する効果があるというもの。
患者さんのぱかっと開いた開放性の創傷、先週の木曜のときと今日のときと比べたらわずかに新しい組織が再生されているのがわかった。すごい。わずかであっても数日でこうして肉眼的に変化がわかるのはすごいこと。この興奮を写真をとって患者さんと家族にも伝えた。彼女たちもすごい!と興奮していた。治療の重要性なども同時に伝えられるので写真を見せる方法はこのフロアにおいてはとても効果的。

とりあえずこうして今、Wound Unit楽しんでいます。










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