
■ 2005/06/01 (Wed) 休日
2連勤明けの休みはどうしてもすかっと起きられない。今日はがんばって起きて9時半だった。これで12時間5連勤とかたまにやってる人みかけるけど今の私には信じられない。3連勤さえまだやったことないのに・・・。
今日は前のフロアで一緒に働いていたフィリピーノ・フィリピーナ夫婦に先月子供ができたということで遊びに行った。
たしか女の子っ言ってたよな・・・と、自信満々で行く前にモールに寄ってかわいらしいうさぎちゃんのデザインのピンクのベビー服2点ほど買った。
彼らの家に入るやいなや、「It's a boy!」というベビーシャワーで使ったバルーンが目に飛び込んできた。
それでも私の自信はどこから来るのか
「You told me it's a girl, right?」
と聞いてしまう。
私って嫌な奴。
めっちゃブルーの衣装に身を包んでる子が、哺乳びんを加えてるやん。。。
こっちのお店にはギフトレシートという便利なものがある。
それで本人たちに好きなものとExchangeするようにお願いした。
フィリピンのこと、日本のこと、職場のこと、などなどが話題となる。彼らとは英語のレベルが近いからか、すごい話しやすい。相手によってほんと自分の英語レベルが変わるなーって思う。
その後は映画を観に行った。一人で映画に行くほど超映画好きでもなんでもない。が、なんとなく、昨日の職場で話題にのぼった映画を観に行きたくなった。
「Crash」というタイトル。LAが舞台。カリフォルニアらしい人種のるつぼ、そういうpeople diversity、cultural diversityを取り扱ってる内容のもの。。。
ストーリーとしてはそんなに何かが起こってそれが解決して終わり・・というようなものではない。あちこちで起きてることがオムニバスのような感じで表現されてる。
英語をメインとしてしゃべらない人種が混在していること、一見ないようで実はまだまだ残っている人種差別のことなど、実に毎日身のまわりに起こっているような、起こりえるような話ばかりだった。
外が明るいので油断してたらもう夜の8時半を回っている。
だんなから帰りが遅くなるとコールあり=夕飯作らなくてもいい。→どんどんLazyな嫁が出来上がっていく。
■ 2005/06/03 (Fri) 患者さんの話
今の病棟、ベッド数15。ただでさえ小さいユニットなのに、センサスが下がり、今日は9人だけ。つまりRNが2人。そして看護助手さんが一人に減るかと思いきや9人対して2人。
なんとさみしー、しずかーな感じで時間がすぎていきました。
私の受け持ち患者さん、なんかかわいそうな人がいた・・。
建設現場で働いていた40歳代のおじさん。突然仕事中、上から3500パウンド(っていうとどのくらいだ?約半分としても1700キロくらい?)もあるプレートが落ちてきて、その下敷きになったって。
それがちょうど下半身にはさまって、誰も持ち上げられなくて、救出されるまでに数時間はさまったまま、ずっと意識のあったまま待っていたって。
それで下半身麻痺がおきて、腎臓も小腸も大腸もぜーんぶつぶれちゃって、下半身むちゃくちゃ状態。救出されたとき内臓は全部飛び出してたって・・。
それが起きたのが今年の1月で、今は右中腰あたりにあるOpen WoundからどうやらWoundの浸出液じゃなく、尿じゃないか・・・?尿がリークしてきてるんじゃないか?と疑いがあり調べているところ。
いろいろETナースさんたちと作業することがあって、私的にはとてもいい勉強になったケースだけど、患者さんがまためちゃくちゃいい人なので、ほんとうにかわいそうになった。
かわいそうっていうか、話を聞いていたらその直前まで普通に生活していた健康体だっていうから、人生何が起こるかわかんないな・・・なんて話を聞きながら怖さも感じる。
自分はまじめに生きてきたと。自分は正しく生きてきても他人が犯したミスによって、自分の残りの人生ががらっと変わってしまうことが起こりえるのがこの世の中なんだと・・・。
でも彼はすごい受け入れてる。その姿にまた感動する。関わったナースたちにはきちんと「ありがとう」と気持ちよく言う。精神科のドクターも精神的トラウマがあるだろうということでinvolveされているが、ドクターのノートにも今の状態をきちんと受け止められていると書かれてあった。
家族を見ても思う。子供たちもきれいな目をしてる。お母さん、おくさん、なんかみんながこんな大変なことを抱えながらもいい顔しているな・・・って思う。
いろんな状況にどう対応するか、できるか・・・。いろいろ考えるな〜・・・。
■ 2005/06/04 (Sat) ナースの会
毎月恒例の・・・といいたいところ、2ヶ月に1回、3ヶ月に1回となりつつある不定期突然Noticeのナースの会を今日開いた。
そもそも他ナース系サイトの管理者あゆみちゃんと出会って、そこで何気に二人で言い出して人を集め始めて約3年。LAのナースの会、知らない間に登録人数57人とかになっちゃってる。しかしメンバーリストを見ていても誰だこりゃ???という幽霊メンバーというのかいまだに本人がメンバーのつもりでいるのかどうかさえわからない人もいるので、ただいま整理中。(見ている方で該当する方、存続希望の方は近いうちにレスのほうよろしくお願いします)
ナースの会、ださいからなんかネーミング考えよう・・なんて最初は言ってたけど、結局そのまま「LA周辺ナースの会」と最初に言ってからなんら変更なくここまできている。
メンバーの人数がそれだけ増えていながら、参加する顔ぶれはだーいたい決まってきた。ってか、そんな人たちとは仲良くなっちゃってナースの会といわずしょっちゅう連絡とったり、夜飲みに行ったり、家に遊びに行ったり来たりするもんで、別に"ナースの会"として集まる必要性さえ??とも思える。
そんないつものメンバーのほとんどが、今日は揃って不都合。
が、そこには久しぶりに新しい顔ぶれが・・・。日本から来て2週間となんともフレッシュな感じのする3人の女性。3人は3人ともたまたま同じ斡旋会社を利用してアメリカでナースすることを目指して某語学学校に留学してきた人たち。そういう人の参加は初めてだな〜。
こんにちはー、はじめましてー
・・・で始まりながら、ウェブを見ていてくれてるおかげで向こうはこっちのことをよく知ってくれている。そんな状況にはこれまで複数回遭遇してきたが、何度そういう状況になっても、こっちが知らない人が自分のことを知ってるのって、なんか面白い。ってか、書いた本人である私よりも日記の内容とか覚えてたりしてびっくりさせられることもある。
人に言えないことは書いてないし、書いてること=人に知られてもいいこと・・と思って書いてるので、その情報を知られていることに嫌な感じは全然しない。ま、しいていうと"ちょっとした恥ずかしさ・・・"=「照れ」・・みたいなものはあるかな。。
アメリカ生活まさにこれから・・・の人たち。夢も不安も希望もいっぱいありそうに見える。実際、アメリカ行ってみたい、アメリカでナースやってみたい・・と日本で思ってる人たちは山ほどいる中で、本当にアメリカ生活をスタートさせられるチャンスとタイミングをつかめる人は数えるほどしかいないと思うし、今すでにこっちでがんばりはじめたってことはもう最初の一歩を踏み出したってこと・・・。
応援はしている。しているが、これからの大変な道のりを何度も「脅すつもりはないけど・・」といいながらあゆみちゃんと二人して脅している自分に気づく。(笑)
脅すつもりはないけど(またかよ・・)、ビザのことは本当に厳しい。ここのところの掲示板でも知っての通り、きちんとしたステイタスを得て働けること・・・までのゴールは私の知ってるここ数年だけでも年々、日々厳しくなってきている印象を受ける。
が、こうして日本から夢をもってきている人の数、日本人でNCLEXに合格している人の数が増えているのも事実。
試験にパスすること、就職活動をめげずにがんばれること、予測範囲外のイミグレーションの動きや法律の変更に対応する・・など、その人の能力以上になんといってもそういうのに立ち向かうモチベーション・気力がいかにキープできるか・・というのが大切。
こうして増えてきている横のつながりを大事にしてがんばっていきましょう。
がんばってるのは自分だけじゃない・・と思えることでがんばれることだってあると思う。
長く居る人が自分の経験してきたことを話す、そして新しく来た人が最新の変化した情報をまた次へ伝える。そこには営利目的はなし。ただただボランティアで情報交換できる小さな日系コミュニティー、いいと思いません?
■ 2005/06/07 (Tue) ドラッグ発見
昨晩入院してきた患者さん。34歳。ほぼ同い年。もとギャング。2002年にGun Shot Woundを受けてから下半身麻痺。車椅子で生活の日々。そして家族も友達もいないホームレス。ドラッグアビューズ歴もしっかりあり。夜勤ナースからの申し送りでは処置などに対して要求が多かったり拒否したりと難しい患者だと聞く。
入院の目的は大きなポケットを持つ褥瘡の悪化。(脊椎損傷の場合、本人に痛みの感覚がないからこうして気づかぬうちに大きな褥瘡ができあがってしまう)
ま、どうなることやら・・と思い始まった日勤ではあったが、受け持った私や他のスタッフにはとてもナイスだった。そんなに痛み止めを求めてくるわけではないし。。。
が、今日のWound Roundで某ドクターは「なんでうちの病院にホームレスをおかなきゃいけない、違うところに移してください!」・・。かと思えば、違うドクターは「いやいやまあまあ、ERにきて、その後いく場所がなかったので、うちに入ってきたんですよ。実際大きなWoundもあることだし・・」「いやいや、うちの病院はホテルじゃないんだから!」「ドラッグ歴のあるこういう患者はいうことをきかない。手術をして治癒するには時間がかかるが、絶対にいうこときかないから思うように治癒もしませんよ。」「I agree!」「I disagree!」などなど・・と意見が飛ぶ。
こわ・・・。
要は追い出す追い出さないでもめてるわけ。。。
結局、退院の方向で決着がついた。
その後、ケースマネージャーさんがいろんな施設にトランスファーできるよう電話をかけまくる。が、結果どこも彼を受け入れてくれるところはなし。どこも「ドラッグ使用者・ホームレス」を嫌う。
そして彼のチョイスは「シェルター」のみ。それをケースマネージャーさんから話され「ストリートに戻りたくない」とぽろぽろ泣く彼。。かわいそうに思うけど、この病院では彼を置いておくことはできないと。。
出て行きたくないから彼もなかなか帰ろうとしない。ついに他のフロアから男のケースマネジャーさんがきて、強制的に退去させようとしはじめた。
私は彼らが急かすので、彼の着替えや身支度を手伝っていた。彼の車椅子は特殊構造なんだけど、そのカバーをかけようとしたとき、そのカバーの中から"ぽそっ"と小袋が落ちた。
はっぱだった。
このドラッグ歴のない私にでも「あ、ドラッグだ・・・」とわかった。
どうする?と患者に聞く。「バッグにいれておいて」という。とりあえずどうしていいかわからないので、OKといって彼のバッグに入れる。
私にはケースマネジャーさんや他のドクターたちよりも接した分だけ彼に対して情がある。どうしよう。。
だからといって、黙っておくことではないな。。。と判断。
そして部屋を出てケースマネージャーさんに言う。ほらやっぱりこんな奴だったろー・・と。すぐにセキュリティーを呼ぶことになった。3人のセキュリティーがすぐにかけつけた。
「はっぱ」はセキュリティーの手に引き渡った。
セキュリティーは彼が病院を出てからポリスを呼ぶと言っていた。そこから先は私たちの仕事じゃないのでどうなったか知る由もないが、長年いるスタッフたちが言うには大麻所持で逮捕されるだろう・・と。
前のフロアはとくにこういうやばい系の患者がけっこういたし、ドラッグ使用歴のある患者さんは山ほどいた。こんなにふつうにいるのね・・ってくらいけっこう存在してたので、ドラッグ歴があること自体に嫌な気持ちはあっても、いまさら驚きは感じない。
でも所持しているのを見るのは初めて。そして自分がそれを見つけてしまって、おおごとになってしまうのも初めて・・・。
あっというまに他のスタッフにも話がいきわたり、よくやった!とか褒められる。
発見したときの状況を聞いてくる人たちに"とんだハプニングにでくわしちまって・・"というような調子で話しつつもどこかで、(彼、車椅子のカバーにこっそり隠してたんだね。。。)って思うと、なーんか発見するのが自分でなくってよかったのに・・と思う気持ちもある。
セキュリティーに連れ去られていく姿を見て、ドラッグはだめなものだと重々承知しながらも、それに手を出さずにはいられなかった彼がいたんだろうな・・・と思った。
下半身麻痺。失業。ホームレス。家族・友達から去られる。
・・・何が悪いんだ?環境?親?
そんなんもあるかもしれないけど、もういい大人なんだし、まっとうに生きる道はいくらだってあっただろう。きっと自分自身の弱さが問題なのかな。。
先日金八先生を見たところだし(ドラッグがメインのテーマだった)、こうして目の当たりに見るといろいろ思います・・・。
■ 2005/06/11 (Sat) 休みがこう多いと・・・
12時間勤務になって見かけの休みが増えた。
ただでさえ12時間勤務になって休みが増えたのに、患者数が下がったといって仕事をキャンセルされたりもする。
うれしい?
いや、休みが多いのはうれしい。
が、休みが多いとお金が出て行く。
お金を使わないようにしよう・・と、家でじっとしている休みはなんか休みを無駄にしたよう感じがしてしまう。
休みは忙しい合間にあるからこそありがたくいただけるもの。
休みが続くと後半だるくなってくる。
忙しすぎるのは嫌いだけど、私はやっぱり働くのが好き。
3連休後の今日の仕事。
ありがたい!仕事だ仕事!と思って楽しくお仕事できました。
■ 2005/06/12 (Sun) 結核病棟
Wound Unit・Wound Unitといってきたが、うちのユニット、実は結核患者、結核疑い患者も引き受けるNegative Pressure Unitでもある。
病院中で結核を疑われた患者さんはうちのユニットにやってくる。そうした場合、3度の喀痰検査が行われる。(1日一度なので、最低3日は隔離される必要がある)
今のところ、そういう患者さんすべて「3回ともマイナス」=「結核ではなかった」=「隔離解除」という経過で、まだこの4月からはポジティブとでた人を見たことはない。
が、一旦結核が疑われた以上、3回のテストでネガティブといわれるまで、とりあえずポジティブかもしれないとRespiratory Isolationを行わないといけない。
難治性のWoundの患者さんの多くはMRSAやVREなどをもっている。そしてContact Isolationとしてガウンやグラブの着用が義務付けられている。できるだけ、一度の入室で全部を済ませようとは心がけてはいるが、何かしらちょこちょこと患者さんの部屋に入ることはある。ちょっとした用事をするだけの時にも、いちいちガウンやら着るのは超がつくほど面倒くさいものだ。
が、それはまだまし。
このRespiratory Isolationに比べたら。。。
あらかじめ自分にフィットするマスクのチェックをこのユニットで仕事を始める前に受けなきゃいけない。なので、うちで働くスタッフはどのマスクが自分にフィットするかを知っている。そのテストとは、マスクをして首をたて横にふったり、体を前屈させたり、しゃべったり笑ったりさせられて、それで空気がもれてないかどうかをコンピューターでチェックするもの。もれがないとOKのでたものが自分のフィットするマスクとされる。
そのマスクを各回患者さんの部屋へ入るときにするのがこのNegative Pressure Roomで行うRespiratory Isolationである。空気がもれないだけにかなり顔にフィットする。ぐいっと鼻の上からあごのした、耳のきわまで押さえられる感じ。
そのマスクをして鏡をみると、顔の皮膚がひっぱられるので目は細くつりさがるわ、ゴムがきつく後頭部にくるので、髪型は乱れるわ、マスクがとがっているので鳥人間みたいな顔になってるわで、原型をとどめない。
自分の普段を知らない患者はそんな顔を私だと認識するんだろう・・と思うとちょっといたいものがあるな・・・。ま、いいけど。。
そんな結核疑い患者さんは常時いるわけでもないが、いるときはユニットに3人いたりもする。
そんな疑い患者さんを2人受け持ったこの週末。
二人とも若いメキシカンの男の子だった。19歳と21歳。
ポキト イングリッシュでコミュニケーションが大変だった。(前回スパニッシュのクラスも途中でさぼってしまい、結局私のスパニッシュも数字がちょっとわかるくらいで全く進歩してないまま)
うちの一人が自分のシフト中大吐血を起こした。
入院してきたときからぺっ、ぺっと血痰を出してはいたが、あるとき突然どぼどぼっと血液が咳とともに口からでてきた。本人もムチョムチョ!!(いっぱい!!)とかなり焦ってた。トータルでざっと250ccは超えてた。
とりあえず意識レベルはOKだしバイタルも安定してるし、ドクターからは輸血に備えての採血などのオーダーがでたりした。が、また同じことが起こるかもしれないと、モニター管理ができかつNegative Pressure RoomをもつCCUに移ることになった。
彼を転棟させたあとコンピューターに彼の喀痰検査の結果がでてきた。みると結核はマイナス。
おそらくあのフレッシュな血液は咽頭・食道あたりからでたんじゃないのかな〜。。。酒はちょっと飲むけどあんまり飲まないといってたけど、食道に潰瘍でもあったのかな〜・・。
これを書いてる段階ではなんの最新情報もなくわからないまま。
Woundとともに、いろいろ結核について学ばないといけない病棟でもあるのでした。
まだまだ知らないことが多すぎる。。。
■ 2005/06/13 (Mon) 難しい判断
昨日の仕事の時の話。
私の受け持ち患者ではなかったが、他のナースの受け持ってた患者がAMA(Against Medical Advice)にサインして帰る!と言い出した。患者はWoundがあるからうちのフロアにいたんだけど、精神分裂病の既往もあり、自殺願望もあり1:1シッターもついていた。
以前いたフロアにはこういう患者がたくさんおり、そういう私が判断するには、患者が帰りたいといっても、シッターがついてる意味を考えるとチョイスなしで答えはNOである。とりあえず受け持ちドクター、そして精神科のドクターに連絡して指示がないかぎり、たとえAMAにサインするといっても帰さないだろうと思う。見た目がstableであっても、精神科の人はやっぱり専門の人がみないとわからないことだって多い。
受け持ちナース、私よりも経験のある人だったが、判断に迷っており、スーパーバイザーを呼んだ。(このフロアでは私が前にいたフロアほどこういうサイコ系の患者は少ないようだ)スーパーバイザーも週末なのでいつものスーパーバイザーではなかった。スーパーバイザーも受け持ちも患者さんには「ドクターに連絡するからちょっと待って」といっていたし、それなりにとどまるよう患者に説明していた。
私もドクターに連絡したりするのを手伝ったりした。
が、帰るといいだしたらきかない患者だった。ドクターからコールバックもないし、ハウススーパーバイザーからアドバイスを得た。そこででた指示がAMAにサインしたのだったらしょうがないというような回答だったらしい。
で、結局ドクターからコールバックが来る前に患者は紙にサインして帰ってしまった。
私からみたらあっさり帰ったような気がした。その後すぐにシッターさんも仕事がなくなったわと帰った。
「あれ〜、こんなんでいいのかな〜・・・。こと、あのドクター(患者に関わってるサイコの某ドクター)の患者だったら、あのドクター、怒るよ〜・・・」と私は内心思っていた。私だったら帰さなかっただろうな・・。セキュリティー呼んででもとりあえずドクターと連絡とれるまで帰さなかっただろうな・・と、なんかすごくそう思っていた。
でも、フロアのスーパーバイザー、ハウススーパーバイザーが判断したこと。私が口をはさむ場面ではないとも思って自分のそういう思いは口にださず黙っていた。
ずいぶんあとになってサイコのドクターからコールバックがあった。受け持ちナースは「患者は出て行きました。説明したけど帰っちゃいました。AMAにサインはしました。状況はstableでした。」と言っていた。一見おだやかに話しをしているように見え、なんだーいいんだーと思って私はその場を離れた。
が、問題はそこからだったらしい。
ドクターは静かにカンカンに怒ったらしい。「君のしたことは完全に間違いだ。君のライセンス問題に影響するだろう。君はどう責任をとるつもりだ。何かあったら訴えられることも覚悟しといたほうがいい。etc・・・」と。
いつもおだやかなそのナースもかなり動揺しているのがわかったし、とてもかわいそうだと思ってしまった。
あのドクター怒るだろうな〜とは思っていたが、こんなきついことを言うとまでは思ってなかった。もし私が言われてたら一日立ち直れないくらい精神的に落ち込んだと思う。
彼女はすぐスーパーバイザーにこういうことを言われたと話していた。スーパーバイザーはこっちはこういう経過でこういう状況で判断してやったこと、間違いはないんだから大丈夫よ。ドクターのその態度は許せない。言葉の暴力だ。意地悪なだけだ。と励まし、気にしないでね、と彼女に謝っていた。
私には答えはわからない。
帰したナースが悪いのか、怒ったドクターが悪いのか。
話しはちょっとそれるが、こっちでよく思うことのひとつに、患者がひとたびREFUSEしたものに対し、医療者がごり押しする権利はないということ。
薬でも絶対飲まなきゃいけないものでも患者が飲みたくないといったらそれはもうNo choice。「患者が拒否した」という事実は投薬できなかった理由に十分なる。「重要性を説明したが、患者は拒否した」とでもチャートすれば、それでナースの責任は十分果たしたことになる場合が多い。
日本でこうだったかな〜・・・。きっと拒否する理由の裏側などを考えたり話しを聞いたり、次回から拒否しない方向に変更できるようチームナーシングでケアの方法を考えたり、もっとそこに突っ込んでいってたような気がする。
こっちはその点ほんとドライといえる。
(仕事をするほうにとっちゃあっさりしていて楽だけどね。この辺が日本で入院すると温かく感じて、アメリカで入院すると放っておかれるって気持ちにさせるところの一つかも・・・)
ま、ともかく、私は同僚に「あの先生意地悪なところこうしてたまにあるし、言われたこと気にしないでね」とか言ってみたが、自分自身、「私だったら患者を帰さないと思う」と思っていた意見を言わなかったことに心の中で反省していた。
ばたばたしていて言えなかった雰囲気もあった。自分の意見に自信がなかったというのも理由のひとつ。が、日本語だったら言ってたかもな・・とも思う。英語だからなんかとっさに意見をまとめて言えなかったという理由も大きいな・・それで黙って見ていたというのも自分の中にあるな・・と思うと、そういう態度をとった自分を恥ずかしいと思う。
この反省をいかして、次同じようなことがあったら100%の自信はなくても「私はこう思うんだけど・・」とがんばって言ってみようと思う。
■ 2005/06/16 (Thu) エイズ
昨日・今日と2人のエイズ患者さんを受け持った。
一人は34歳男性、一人は38歳男性。いずれも白人でゲイの人。
34歳のほうはかなり末期。がりがりで皮膚もぼろぼろ、歯も1本しか残っていないし、口の中も感染しており舌にカビがはえている。(本当にパンにつくようなカビが舌についている)エイズ患者に併発しやすい肺炎を起こしていて、それこそ結核疑いもあり隔離されている。(だからうちのフロアにいる)
生きる気力ゼロ。しゃべることはできるけど、ずいぶん前に生きることに疲れて飲んでいたエイズの薬もすべて自らストップしたと。今はただ母親の強い「治療してあげたい」という意思で病院におり、それに彼も従っているという感じ。
頬は完全にこけており、寝ている顔は表現悪いけど「あれ、死んでる?」と思わせる顔。部屋に入って彼の顔を見るたび、ひやっとする。呼吸を確認して、あ、息してた・・とほっとする。の、繰り返し。
ドクターも、そう長くないね。。。と。
もう一人の人はHIVに感染してるとわかってかれこれ10年たつ。これまで全く自覚症状がなく、一度も薬を飲んだことがないという。この人はさっきの人に比べたらずいぶん元気度は高い。見た目元気そうにみえる。
が、熱がでたり下がったり、血液データはかなりぼろぼろ。カリニ肺炎疑い、結核疑いもあり、呼吸状態がよくない。肺専門のドクターにいろいろ質問したところ、ああいう風に一見元気そうに見えてもエイズの場合翌日亡くなった・・というケースもよくあるからね・・と。
この患者さん、最近パートナーを亡くしたと言ってた。同じくエイズで・・。なんか自分の先が見えるみたいで怖いだろうな・・。男前でとても優しい人。こんな若くして死を迎えてしまうなんて、なんか非常にもったいない。
やっぱり怖い病気だわ。。。
そういえば、先日の日記に書いた吐血した21歳の結核疑いの患者さん。3度目の喀痰検査で結核ポジティブとでたらしい。
今は結核の薬が始まっている。
4月にこのフロアに来て何人か疑い患者をみてきたけど、ポジティブとでたのは私にとって初めてのケース。
キャリアの長いナースが言うに大体のケースがネガティブで終わることが多い。ほんの5%、もしくはそれ以下くらいの確率でポジティブとでると。
やっぱりあの鳥人間マスクは必要だわ。
Woundにしても結核にしてもHIVにしても、なんかほんときちんと予防対策して患者さんに接しないと、このフロアに居る限りめちゃめちゃいろんなものに感染する機会があるな〜・・。
けっこう家にもいろんな菌を持って帰ってきてしまってるんやろうな〜・・・。
■ 2005/06/17 (Fri) Back to the 前のフロア
今日からまた3連休の予定だった。特に予定のない3連休なんてただの暇ひま星人だ。働きたい!!と、前のフロア(Med/Surg)のスーパーバイザーと話すとイブニングが空いてるので来て来て!と。
早速サインアップして今日、15時から23時まで前のフロアで働かせてもらった。
楽しい8時間だった〜。
終わって病院をでると海のにおいがする。(ビーチはそんなに近いわけじゃないが、風向きによって海のにおいがすることがたまにある)
そんな空気を大きく吸いながら(あ〜楽しかった〜)と感じる。
仕事が楽しかったのか?前に一緒に働いていた懐かしい人たちとぺちゃぺちゃおしゃべりが楽しかったのか?
そこは疑問なところだが・・・。
Woundのフロアに移って、そこのみんなが当然知っていることで私の知らないことはもちろん多い。が、逆にWoundの人たちが知らないことを私が知っていることもある。
こうして前に働いていたところに戻ってみて、みんなと接していると、「ここで鍛えられたんだなー」「この人たちに育ててもらったんだなー・・・」「この人たちが言葉もままならないド新人の私にいろいろと根気強く教えてくれたんだよなー・・」とひしひしと感じる。
ほんといろいろありがとうと思う。いろんな意味で感謝。
何より、好きなことをやってお金をもらえている。。それだけで幸せ。
昔むかし、仕事が好きな人間をかっこ悪いと思っている時代があった。私は仕事だけに生きてるわけじゃないのよーと多趣味な先輩、もしくは仕事以外では何やっているか全く読めない先輩たちをかっこいいと思ってる時代があった。
なので、仕事が好きなくせにあまり好きでないふりをしていたことがある。
一旦臨床を離れ同じ看護界ではあるが違う職種に就く。
またその職を離れ専業主婦として過ごす。
そんな時間があったおかげか、今自分で「自分のやっていること」が「自分に向いていること」と気づく。人の評価はどうであれ、自分が自分でそう評価する。
年をとったせいもある。いろんな立場、環境が変わったせいもある。そんな状況の今は仕事を好きでないふりをする必要性も感じないし、ちゃんと「ナースをやってる自分が好き」といえるなーなんて思うこのごろだ。
■ 2005/06/18 (Sat) 花火
友達がうちに来てくれた。
夜は涼しくて過ごしやすい。ベランダから花火が見えた。
なんか得した気分になる。
July 4th、もっとバンバンあがるかな〜。
■ 2005/06/19 (Sun) 植物園
植物の名前もよく知らない。植物園にお金出していくなんて・・・と、あんまり興味が今までなかった。
なにがきっかけか?よくわかんないが、なんだかむしょーにそういうところに行きたくなった。
思ったとたん攻撃?行動に出る私。
幸い、夫婦揃って早起きしていた。だんなも今後しばらく忙しい時期に入る。きっと土日に相手してもらえることも減ってくるに違いない。一緒に出かけるのは今のうちだ。
お弁当作る。そして向かった先はうちから車で北の方向へ40分ほどいったところ。
ダウンタウンを抜け、北上、家から30分もすると山・山・山・・・と山に囲まれたエリアに入る。すごく新鮮な気持ちになる。大きな植物園。植物に興味のない私がここを知っている理由。それは20歳の時に3週間ほどホームステイした際、ホストファミリーがここに連れてきてくれたから。
あのときはたいがい大きな植物園だと思った。半分回れたら今日はいいとしよう!とハイキング開始。
・・予想をはるかに下回る大きさにびっくり。半日かかる・・くらいに思っていたが、45分で一周回ってしまった。しかもこの時期みどころの花ってほとんどない。びっくり。。
でもいい森林浴になった。いっぱい空気を吸った。
鳥がチチチ・・とさえずる声が響くくらいしずかーな森林を散策中、何かががさがさっと足元を動いた。"とかげ"だった。ぎゃー!!と大声を出してしまう。だんなはそんな私の叫び声にびっくりしている。木陰から白人家族も何があったのか・・?とでてきた。
すみません。。
私がひと時の静寂を壊してしまいました。
・・・しかし、だんなはトカゲ見て、カメレオン!と言ってたな〜。
うちら二人はほんと自然音痴だと思う。
しかし何がって・・13年前に来たところにこういう形でまた来れたのがうれしいな。
・・・こうしていつもと違う雰囲気の休日がすぎていくのでした。
■ 2005/06/20 (Mon) いじわる
今のフロアにうつってあんまり意地悪な人をみかけない。いや、最初の頃、全然意地悪な人がいない!と思っていてすごい!と思っていた。が、しばらくいて少し慣れてくると、あー、どこにでもこういう意地悪な人はいるんだな・・と思う。
夜勤のフィリピーナのおばちゃん。いやみか冗談か最初のころわかんなくってへらへら笑っていたが、それがはっきりといやみだとわかるようになってきた。
できるだけ平静を装って「アハー、アハー」と言っておく。はいはいと言ってるのに、向こうはいやみを言い足りないようで、まだまだかぶせてくる。せめてもの私からの反撃は、アハアハのリズムを早め、わざと会話のリズムを失うようにいうこと。最後は背中を向けてアハー、アハーと言っておいた。
でもまだなんか続けてぶつぶつ言ってたなー。
全くうるさい。
日勤で一緒に働くこれまたフィリピーナ。私よりも若い子。今のフロアに3年くらいいる。新卒で今のフロアに配属されたのでそこしか知らず、一般的なことを知らないことがけっこうあるなー・・とちょこちょこ思う機会がある。しかしそんな彼女は私にめっちゃ先輩づらする。
確かにWoundのことでは質問することが多いので、先輩づらされて当然な部分もあるが、あからさまに偉そうにされるとこっちも人間だ。むかつく。
今日は順番からして彼女がとるべき新入院を私に押し付けてきた。おかげさまで私一人がオーバータイム。
全くありがたい。
先のおばちゃんといい、彼女といい、ほんとーにいかにラクして働こうか・・ばかり考えてる人たちだ。ラクするために仕事の方法を工夫するのはいい。
が、この人たちのやりかたは「弱いものにしわよせ」をするパターン。
ま、こういう人たちはほんの一握り。いじわるしなきゃ生きていけない人たちってかわいそう。。。とか思い、気にしないようにしよう。
私は自分の尊敬する人たちを見て、そっちに近づくように努力しなきゃ・・・。。
■ 2005/06/21 (Tue) 結核の彼 続き
先日書いた21歳メキシコから来て血を吐いて結核菌が検出され、結核と診断された彼の話。
彼を退院の日も受け持つこととなった。入院の日も彼を受け持った。これはけっこうめずらしいこと。何か縁があったんだろう。
ここで新しく結核と診断された患者さんを受け持つのは初めてで、退院手続きだってよくわからない。
こういうときこっちは分業が進んでいるので本当に周りに助けられながらことが進む。
まずメインのドクターが「Infection DRがOKといったら退院してOK」というオーダーをだす。
Infection DrにRNが連絡をとり、OKの指示をもらう。そしてドクターに処方箋を書きに来てもらう。
退院の指示がでたらEpidemiology Departmentの人にRNが連絡。EpiのスタッフがCalifornia Department of Health Services(CDHS)と連絡をとり、CDHSの管理するクリニックと次回外来予約をとる。彼は引き続き外来通院をし、今後CDHSの元、管理されることになる。
この患者さんの場合スパニッシュスピーキングONLYなのでInterpreter Servicesに連絡し、スパニッシュの通訳の人とのアポをとる。その時間にあわせてEpidemiologyからスタッフに来てもらい、結核に関するEducation、今後どうしていくのかという説明をしてもらう。
その間、Discharge Plannerにドクターの書いた処方箋を渡し、Outpatient Pharmacyとコンタクトをとり患者さんが退院時、きちんと薬を手にして帰れるよう準備を進める。(普段はこういうことをしないが、結核の患者さんの場合、服薬を必ずしないといけないので、薬の受け取りを患者まかせにせず、きちんと手渡し、患者の手元にいったことをチャートに一言明記する)
患者さんは今の段階ではクリニックに行く以外は外出禁止。彼と一緒に住む家族はみんなPPD(ツベルクリン反応テスト)を受ける。家族以外の人の家への訪問もしばらく禁止。クリニックに行くときはマスク着用。・・・といろいろ生活に規制がつく。今後薬をどのくらい飲むかもクリニックに通いながら調節されるらしい。
彼はちょっとシャイで愛嬌のあるもてそうな男の子。笑顔がかわいい。(←やばい、おばさんのコメントだ・・)色黒でとても健康そうに見えて、いわゆるイメージする結核の患者さんという感じでは全然ない。
そんな彼、何もしなくてもごはんがでてきてみんなに親切にされ、寝ているだけでいいという病院生活がかなり気にいったようで、通訳の人に帰りたくないと言っていた。(ただの余談をまじめな顔できちんと訳してくれる通訳さんはかなりのスペシャリスト?)
ちょっと興味があるので、DHSのレポートを少し引用。
結核患者の数は年々減っているが、カリフォルニア州は全米でも1位の結核患者数、2位の結核患者割合を持つ。
70%の結核がアメリカ国外から持ち込まれたもの。そのうち33%がメキシコから、19%がフィリピンから、14%がベトナムからとある。
この患者さんは最近LAにいるお兄さんを頼って、メキシコにおくさんと子供二人を残して、仕事をするためにイリーガルでアメリカに入国してきている。ソーシャルセキュリティーナンバーもなくメディケイド(低所得者に適応する保険)も対象にならないだろうと。
彼の場合、明らかにメキシコから持ち込まれた結核菌であると。ドクターたちいわく、メキシコからの結核菌は耐性が強くやっかいらしい。
どこでどう感染したのか・・・は彼にもわからないが、彼のここ数ヶ月の行動をたどると、おそらくメキシコとアメリカのボーダーあたりの不衛生なエリアに住み着いていた間に、菌がまいこんだのだろうと。
LAなんて移民の多い街。そしてメキシコとの国境だってさほど遠くない。目に見えないだけで結核菌というものは結構世の中にうようよしてるんだろう。
インテリジェントな感じの白人ナースが彼のことを「メキシコから来てイリーガルに住み着いて、治療費も払えないで病気をこの国に蔓延させていくのよ・・」と忌み嫌うように言っていた。確かにそういうとり方もある。
でも笑顔がかわいかったから許してあげようよ。(まだ言ってるし・・)
■ 2005/06/24 (Fri) 指
右手の人差し指を第一関節から仕事中切り落としてしまった人が患者さんにいた。今日オペを受けるということで、昨日の夜から絶食で患者さんはいつか、いつかと待っていた。
執刀するドクターが前の患者さんでトラぶっていたらしく、時間がおせおせになり、ようやく私が帰る頃19時頃にオペ室に運ばれていった。
待たされてさぞ疲れただろう。。。
ところで、その患者さんの切り落とされた人差し指第一関節が患者さんのベッドのテーブルの上にある氷の入ったコップに置かれていた。
たいてい気持ち悪い傷口を毎日見ているが、これは違う意味ですげえ〜気持ち悪かった。
ドクターのノートいわく、切断面がきれいじゃないので、その指を用いてもとに戻すのは不可能だと・・・。
オペでは指先の出血を止めたり、切断面をきれいにフィックスして終わりになると思われる。
ちなみに日本で私が働いていたところでは自分達ナースが患者さんをオペ室まで運んでいき、オペ室ナースに申し送りをし、「じゃあね、がんばってきてね・・」なんてオペ室前で患者さんとしばし別れを惜しんで自分のフロアに戻ったものだ。
こっちは全部トランスポーターと呼ばれる人(たいてい男性)が患者運搬を担う。
もうこれが今や私の中では当然のことになっているが、よく考えると非常にいいシステムだと思う。
力仕事は男の人にやってもらわなきゃ・・・。
■ 2005/06/26 (Sun) 憤慨・侵害・怒り
日曜の起き抜け、ナース仲間からもらった一通のメールを開けてから怒り・ショックが止まらない。
その仲間のメールには、ある留学斡旋会社がビザスクリーンについての説明のところで明らかに私の書いた文章・私の試験に対する意見を載せてある部分がコピーされているという内容だった。
見てみた。
少々変えてある部分はある。が、内容といい、順序といい、それでお金儲けをしているプロなのか??と少々笑いがこぼれてしまうほど、私の個人的いいまわしをそのまま利用している。
例えば、TSEについての情報で、
"時間がきたら「ピッ」となってそれ以上しゃべらせてくれない。"
と私が書いているように、そこにもこの文章が使われている。
プロとして恥ずかしくないのかな〜・・・。「ピッ」だよ。「ピッ」・・・。ただの口語やーん・・・。
あからさまな無断転載に怒りがこみあげる。
彼らにとっては情報が命なビジネスであって、情報=お金であるわけだ。もちろん何の断りもない。
TOEFLやNCLEXのアプリケーションフォームの英語から日本語への翻訳などは誰がやってもたいてい同じ構成・同じ文章にしあがるとは思う。そういう共通する情報などはコピーかどうかも判別のしようがないものも多いだろうし、がたがた言ってもしょうがないよーと思う。
が、TSEやIELTSに関するビザスクリーンの情報はどういう情報だと思っておられるのか・・・。
こっちはいろいろ法律が変わる中、本当にストレスフルな状況のもと、1年以上もその試験に振り回されたわけだ。そしてやっとその状況から脱することができて、本当にこれからの人とそういう複雑な情報を共有したいという思いと、応援する思い、そして自分のこれまでを振り返る思いで作成した自分なりの言葉を使った自分の体験に基づく文章である。
ビザスクリーンを受けたことがない人、同じ状況になったことのない人には読んでもらっても伝わらない思いがあると思うが、同じ状況になったことのある人・今まさに大変な状況にいる人にはそれがいかに大変なものであるかをわかってもらえるとともに、私の書いた情報の重さも伝わってることと思う。
ビザスクリーンという言葉を口にするのも耳にするのもいやだと思った時期もあった。いつもの元気な自分らしさを失いそうになって泣いたことも何度も何度もあった。表現しようのないストレスとの闘いの中で気がおかしくなるかと思うこともあった。
私の載せているすべての情報にそんな思いはない。ただの遊び感覚・趣味範囲内で書いてるものも中にはある。
が、今回発見した部分はもっとも自分の体験に基づくデリケートなものであり、簡単に人にコピーされて横取りされるものではない。
これが個人のサイトで相互に情報交換しましょ!というなら話しは全く別。そういうのは私は大歓迎。
が、コピーした相手が無断でかつそれが商用とわかった以上、この憤りをどうしたらいいものか・・と思っている。
本来はここでそのウェブを公開したいところだが、それは逆に営業妨害ととらえられる可能性もあるしかわいそうなので、今ここではやめておく。
とりあえず相手のウェブをコピーした。(なんだか普通のコピーではないようで、勝手に変えられてもそれがわかるようになっているとか・・。こういうときコンピューターに強いだんなをもっていると本当に頼もしい。いろんな便利ソフトをドラえもんポケットのように出してくれる。)
そして代表の人に警告のメールを送った。そこでどう対処してくれるか様子を見ようと思う。
私が言いたいのは、
留学斡旋会社が増えている事実。これは別にいい。ま、私や多くの仲間は自分達でやってきたことだからこれを使うのを「う〜ん・・・」と思うこともある。が、それは自分の意見としてとどめるまでで相手を批判しようとは思わない。向こうも商売だし、ビジネスの矛先が今自分がやっていることとたまたま同じ方向を向いているだけだで片付けられる。
が、趣味のサイトと商用のサイトは違うと思う。違わないといけないと思う。趣味のサイトはあくまでボランティア、そして相互にボランティアな気持ちで情報交換できるところ。
商用のサイトはその情報でお金を稼ぐ分、その情報に責任をもたないといけないと思う。
そういう責任をもたないといけない人が、個人のサイトをそのままコピーしているという事実があることに愕然とする。
これを読んでくださっているみなさん、どう思いますか?
*そのウェブは簡単にサーチエンジンでひっかかって、どこのことを言っているかわかると思います。が、もしも掲示板などにご意見をくださる場合、あくまでも伏字もしくはイニシャル程度にしてもらって、今ここで、特定した名前を出すのは避けてください。それは怒りながらもかすかに残る私の慈悲の部分でもありますので・・・。
ラッキーにも今日の午後これから仕事がオンコールで入りました。私は仕事にでかけます。そこでいい気分転換ができたらな・・と思います。
■ 2005/06/30 (Thu) ナースの掲示板
先日の私の日記に書いた事件より、掲示板のほうにいろいろと問題提起・貴重なご意見をいただいています。
そっちにレスすることによって、私の多くの意見を書いてますので、この日記に注ぐ時間が今ありません。
数日はナースの掲示板のほうへ目を向けてもらえたらと思います。

