
■ 2005/09/02 (Fri) ハードスケジュールが
はじまった。・・・というか続いてる・・というか。。
12時間勤務の2連勤、3連勤のハザマの1日休みってほんとあっという間に過ぎる。体休めてハイ終わり・・という感じ。
今日金曜から月曜まではちょっと恐怖の4連勤。ま、でもLabor day weekendだからいつもより楽であることを願う。それが終われば1日休んでもう1日新しい病院で働いたら大阪行きだ。
とりあえず4連勤の1日目終了。
エネルギーセーブに努めよう。。。
姉のために帰るのがメインだが、6歳のおいっこは自分のために帰ってきてくれると思い込んでいる。
ムシキングを一緒にやってくれる相手(=お金を出してくれる人)とわかっているのだ。
そんなかわいいおいっこを想像しただけでがんばれる。待っとれよ〜!!
■ 2005/09/03 (Sat) キャンディー屋
糖尿病性の足潰瘍で入院してきた白人のぽっちゃり・・を超えたでっぷりしたおばちゃん。
自分が糖尿病であったことは知っていたが、管理してなかったみたいだし、あまりそれを深く考えておらず自覚がない。
ひょっとして足の親指切断かもよ・・・という段階まで潰瘍は進んでいる。
彼女は呑気に笑顔で語る。
「私キャンディー屋でずっと働いててね、それでおなかがすいたらいつでもこっそりキャンディーを口にいれてたの。じゃあ、こんなに太っちゃった・・・」と。
なんかかわいい。
すごいかわいいんだけど、そんな場合じゃない。
ちなみにこっちってチョコレートのことも「キャンディー」って呼ぶので、たぶんこのおばさんはいわゆるチョコレート屋さんで働いていたと思われる。
レイバーデーウィークエンドの週末はとてもおだやかで、いい感じの休日勤務となった。
あまりにも時間があまった時間があったので、昔からいるナースにこのフロアのアルバムを見せてもらっていた。
15年も前の写真がきちんと保管されてあった。
このフロアはほんとうに離職率が低い。多くの人が15年とか20年とか同じ場所Wound Floorで勤続している。それがいいか悪いかは別として、ともかくすごいことだ。
おぉぉぉ、、みんな若い。。。
すごい楽しい。いろんなドクターの若かりし頃の写真などもでてくる。
あ、髪がふさふさ・・・とか
太い・・・とか
あんまり変わらないね・・とか
今のほうがいいね・・・とか
見てすき放題言っていた。
歴史を感じますなぁ。そしてこうして流れていく時間もまた歴史として刻まれていく時間なんだろうな・・とも思う。
15年後とかどこで何やってるんだろう・・・私。
■ 2005/09/04 (Sun) いったこっちゃない
めちゃ忙しい日曜日勤務となった。何がレイバーデーウィークエンドだい。。。
もうとにかく私の患者、くーくーオンパレード。
性格最悪の患者が3人いる。
くーくー1人目:Small Bowel Obstruction、手術後6日目。順調に食事が進んでいる黒人女性。本来ならもう退院してるような状況の患者。が、ホームレスで刑務所帰り。行く場所なくこのホリデーーウィークエンドは滞在することとなった。休み明けの火曜にもシェルターに送るか・・という話になっていたが、夕方に状況一転。腹痛を訴え嘔吐して一気にNPO(絶飲食)に戻る。そして胃チューブを入れ、安静となる。めちゃくちゃ意地悪な顔してる彼女。すんごい意地悪な性格が表情に現れている彼女。すべての人に最悪に立ち振る舞うツワモノ。「オー、シッ」としょっちゅう言う。(「ちぇっ」と憎く言う感じの英語版)あんまりうっとうしい態度をとるからこっちも真似してその言葉を彼女に吐いてやった。
ま、言われた彼女はなんとも思ってなかろうが・・。
くーくー2人目:これまたホームレス、黒人女性。糖尿病性の足潰瘍。体じゅうどろどろのイメージ。最初は誰にでもナイス。が、とにかくムードスウィングがすごい。天と地を行ったり来たり。Hi Honey...と甘く声をかけてきたかと思えばすっごい言葉の暴力をいきなり投げつけてきたりする。もうこっちがおかしくなる。既往は書かれてないけど分裂だろう。とにかくアイデアがばらばら。そんな彼女は神と交信を続ける。「Yes Jesus」「OK Jesus」ずっとジーザスジーザスうるさい。誰からもかかってない電話でずっとジーザスジーザス言ってる。そんな彼女のIVがもれて、全く見えない静脈にあらゆるRNを巻き込み、Surgical Residentまで巻き込み、とにかく大変だったが、みんなが彼女を受け持っている私のことを大変だろうとわかってくれたので、それはよかった。
くーくー3人目:白人のおばあちゃん。リウマチで手がこわばってしまってて、自分でほとんどなにもできない患者さん。肛門・膣のサイドに大きなAbcessができてその治療中。口が非常に悪い。すっごいビ○チなことばかり連発する。言葉の悪さでは上記2人よりも群を抜く。そんな彼女なのに、面会に来ている彼女の娘は彼女の言いなり。びっくりするくらいいいなり。普通自分の親がスタッフに最悪な言葉を吐いたら横にいる娘は「ごめんなさいね」くらい言わないか?が、このとてもこぎれいにしている娘は患者のことをかわいそうに・・くらいの目でみて、何にもいわない。言わせっぱなし。みんなこの患者のこと嫌ってる。しょうがないよね・・性格悪いんだもん・・。
体が疲れるよりもこういう患者ばかりだと心が疲れる。
でもスタッフがとてもナイスだし、共感してくれる人ばっかりだからそういう意味ではありがたい環境。
明日もう1日このくーくーと付き合おう。。。
■ 2005/09/05 (Mon) 衝撃のWound
糖尿病性足潰瘍。できたままケアせず放置していた90歳のおじいちゃん。足から出血しているし痛いとのことでドクターズクリニックへ息子に連れて行ってもらう。そこでは入院治療が必要と判断されERへ運ばれる。そしてうちのユニットにあがってきたという次第。
かわゆいおじいちゃん。
ERのドクターによるDiagnosisは「Gangrene Maggot」
ガングリンはわかる「壊疽」のことだ。
マゴット??(音としてはどちらかというとマゲットとに近い発音)
このマゲットがわからなくて私にはこの患者の状態がわからない。が、他のナースは「うわ〜、マゲットだって!!」「えーマゲット〜!!」と、口々に言っている。
何々?マゲットって私知らない・・っていうと、いろいろ説明してくれる。どうやら「虫」らしい・・・というのはわかった。
が、それがこんな状態で患者と生存していたとは・・・。
ベテランWoundナースが受け持つ。時間があったのでケアを手伝わせてもらうことにした。
患者の足は左右とも親指が完全に腐っており、真っ黒にこげたような色をしている。右はそこを中心に発赤の範囲が広く、Cellulitis(炎症)を起こしている。切断しかないな・・という状態。
本当に何の治療もせず放置していた例といえる。
「お、ここにマゲットが、あ、ここにも・・」とナースは指差す。
うお〜・・・3匹のマゲットがおじいちゃんの足の腐ったあたりをうようよ歩いていた。
これでわかった。マゲットは「蛆虫(うじむし)」のことだった。
ここでもけっこう衝撃だったのに、ここから本当の衝撃が始まった。
ナースがアルコールボトルをもってきてという。アルコールを傷にぶちかけながら、腐ってる親指と隣の人差し指の間を開いた。ちょっと腐ってる皮膚を取り除いた瞬間・・・・・
大量の「うじ」出没。。。
アルコールをぶちまけるごとにどわどわどわ〜と出てくる。でてくるでてくる、あとからあとから・・・。
そしてそいつら生きてるし、焦ってるからむやみやたらにぐにょぐにょ動いてるし・・・。
小さな足の親指の傷から軽〜く百匹以上もの「うじ」がでてきた。
な、な、な、な、ナンですか・・・・これは・・・・????
意図的に誰かが入れたのか?と質問をする私。
衝撃を受けてる私の反応がベテランナースには面白いらしくけらけら笑ってる。
それからネットで調べてみた。Maggot Therapyというのが存在することを知った。(一応Leech Therapyというヒルを使った治療法があったらしいことは知ってたけど、マゲットのことは知らなかった。)ヒルと同じく古典的なやり方でウジが腐った傷の組織を食べてくれて傷が治癒するという・・・そういう方法があるらしい。(いや今はもうそんなのやってないらしいから、あったらしいというべきか。)
ハエの卵というのはOpen Woundに入り込みやすいという。そしてそこを巣として寄生しどんどん増殖する。確かにそうして意図的にマゲットを使う治療法もあるらしいが、このおじいちゃんの場合は治療目的じゃなくって、知らない間に自然発生した模様。
そしておじいちゃんの傷にとっては効果的でもなんでもなく、ただの不衛生そのものだそうな。
一匹残らずマゲットを体内から出し、酢酸で浸したガーゼで覆う。そしてきれいに包帯でラッピングして終わり。
その後は患者の全身状態をみながらドクターがオペの計画をたてることだろう。
これを見てから数時間、ずっと体のいたるところがかゆくなった。マゲットが自分の中にも入り込んだような錯覚に陥って・・・。
ともかくおじいちゃんの小さな傷口から「蛆虫」がどんどん湧いて出てきた衝撃的な映像は一生頭から離れないと思う。
そんなこんなで4連勤終了。
■ 2005/09/07 (Wed) いい所やん
新しい病院で、一応今日が最後のオリエンテーションとされていた。次の勤務からはひとり立ち。
今日あたったプリセプターはおばあちゃんに近い年齢。30うんねんのナース歴のある人。おだやかでちょっと動きはゆっくりだけど、知識はあるし、患者に接するのも物腰やわらかいし、かなり一緒に働いてて居心地がよかった。
最初の4回ほどあたったプリセプターが私から見たら「感覚のおかしい人」もしくは「私に対して意地悪したかっただけの人」ということが見えてきた。
ここの病棟はみんなこんな考えをもった人たちばかりなのかなー・・と周りが見えてないときはそんなことを考え、やっていけるかどうか不安に思ったが、そんな悪い所ではないことが判明。いい所やん。・・・なんて今日は思った。
そしてなんかもやもやっとしてた気持ちがすっきりし、週に1回ベースだけど、楽しくやっていけそうな兆しが見えた。
そして、ハード勤務前半が終了。
帰るで〜!!大阪。
前置胎盤でここ数ヶ月ずっと心配が続いていた姉の2人目妊娠だったが、予定通り早めの帝王切開にて、2日前無事に誕生してくれている。
よくやった。がんばった。ありがとう。
おばさんは張り切って会いにいくからね〜!待っててね〜!
■ 2005/09/14 (Wed) 1週間の日本
あっというまに日本に行ってそして帰ってきた。平日の往復で夏休みも終わったことだし空いてると思い込んでいたが、行きも帰りも飛行機は満席。ぎゅうぎゅうすし詰めパックだった。こんな狭い空間で寝れるかい!と思っていたが、行きも帰りも割とよく眠れた。
日本は暑かった。死ぬかと思った。もっと暑かったのが徐々に朝夕が涼しくなってきて「まだマシ」という家族。しかし私には34度もあり湿度ムンムンのそのあっつい昼間が耐えられない。いや、実際耐えたわけだけど、気持ち的に「もうあかん・・・」とクーラーに逃げ込むことが多かった。
あんなに体がネタネタすることは私の住むエリアのLAでは起こりえない。なんとすばらしいところに私は住んでいるんだろう・・・。違いを知って感謝する気持ちが生まれる。
生まれたといえば、今回の主役、生まれたての姪っ子ちゃん。
1ヶ月早めに帝王切開で出てきたもんで、ちょっと小さめ。甥っ子の時とは違う。体がぐにゃぐにゃしている。外界で一人呼吸して生きていくための最低限の設備を整えた神の創造物のような気がしてならない。どうみても奇跡のかたまりに見える。すごいすごいと何度も思う。たいして動かないのに、じーっと眺めていても飽きない。こっちは声が聞きたいもので「ふんぎゃー」とか弱い声で泣こうものなら、もう家族中のアイドルだ。泣いた泣いたと大人は大騒ぎ。
友達の子供とは距離が違う。友達の子供にはどうしても遠慮が付きまとうが、姉の子供ということで、私はでしゃばりたい放題。触りたい放題。お世話し放題。姉もやってもらってラッキー・・と思うタイプなのでそこに遠慮は無用。気が楽でいい。家族っていい。すばらしい。
準主役?いや、本人は主役と思い込んでるだろう、6歳の甥っ子もどんどん面白くなっている。アメリカに住む私をアメリカ人と思っている。幼稚園で習う英語がちょっとしゃべれる。が、わからないことがでてくるとごまかしてわけのわからない言葉をしゃべる。まるで中国人のものまねをしている中川家弟と一緒だ。アメリカにおいでというと、英語の勉強をするのがいやだからやめておくという。ちゃんと理由があるのが面白い。
生まれたての妹のお世話をしたくてしょうがない。触りたくてしょうがない。でも落ち着きがないので、お母さんにしかられてばっかり。
今回はその母親(姉)に代わり、私が幼稚園の参観に出席してきた。1時間甥っ子を見て、ジーンときた。同時にいろんなお母さんたちをWatching。いろんな人間模様を感じて楽しめた。がしかし、ここでも暑かった。汗がほんとに止まらなかった。
1週間と短かったが、今回は割り切って誰にも連絡をとらなかったので、"家族"と密着・濃厚ないい時間を過ごせた。
いつかわからないけど、かわいい甥っ子・姪っ子を見るためにおばちゃんはがんばって働いてまたそのうち帰りますね!
ところで今回は初グリーンカードでの入国。
パスポートとグリーンカードで「Permanent Residents」というレーンに並ぶ。何が目的かとも何も聞かれず、指紋も写真もなし。移民官がグリーンカードをスキャンしてパスポートにはんこをボンと押してあっさり通された。
改めてこの一枚のカードの重みを感じた。
■ 2005/09/15 (Thu) 日本のこと・続
日記でも書いてみよう。・・と一旦閉じたコンピューターをまた開けた。・・・というのも、またもや時差ぼけならぬものが私を襲っていて夜中2時をまわっているというのに、明日朝5時半起床というのに、目がランランとしているからである。
今回帰国した際の日曜は選挙の日だった。・・なもんで来る日も来る日もメディアは選挙選挙の一色だった。
アメリカにいても日本のニュースはネットで簡単に手に入る。が、それは目を向けている事象について・・・ということだ。調べようと思えば今やネットでかなりの情報が手に入る。が、アンテナを伸ばしていない分野のことだと当然知らずに時が流れていく。そしてかなりの情報音痴になってしまう。
私にとって政治とは日本にいたときから興味範囲外のものだった。外国に住んでいりゃ私の場合なおのこと「何が起きてるの?」状態。
が、日本にいて、ほとんど家で時間を過ごしたわけで、朝から晩までテレビをかけていりゃ自分がつかもうとしていない情報までも耳や目に飛び込んでくる。母国語ってすごい。(英語でニュースつけてたってそういうわけにはいかない。)
まあ、そんなこんなで今回は政治音痴の私なりに日本の政治について面白くニュースを見た。まあ内容の難しいことは私は語れない。いろいろみんなの思いはわかる。何がいいのか、意見が分かれるのも当然。
岡田さんの表情は厳しすぎるからだめ〜とか、やっぱ菅さんっていい顔してるよな〜・・とか、小泉さんは素敵だわ〜とか政治内容よりもそんなほうに興味あり。
ほりえもんもよくがんばったね。亀井さんには勝てないよ。でもすごいんじゃないの。口の利き方考えたほうがいいね。実力あってあの年であそこまで社会にでてきている。器用な奴?と見せかけていや、でも生中継での対応とか見てたら不器用さまるだし。そこがいいのかな?
「負けは負け」と言い訳しようとしないのは男らしさか?本人の中に支持者への感謝の気持ちはあったとしてもそれを表現しなければ相手には伝わらないぞ。俺を理解しろ的な傲慢さが垣間見える。リーダー的存在になる人間にはそういう性格は必要だろうけど、一般受けしようとするなら「妥協」も「順応」も必要だろうよ。若いお兄ちゃん、そこいらを理解し行動できたら本当に大物になりますぜ・・。
と好き勝手なことを思いながら選挙前後のほりえもんテレビ報道を見ていた。いろいろ思いながらも彼の出てるチャンネルで手をとめてしまうあたり、私は彼のことを魅力ある人間と見ているのだと思う。
今回タイミングばっちり!と思ったのはちょうど世界柔道選手権があった時期だった。毎夜毎夜9時半からエジプトカイロで開催されている模様が映し出された。決勝戦までいくと夜中にまでいくもんで、寝ようにも寝れない。
知る人いまや多しだと思うが、私もだんなも高校時代は柔道部。プレイするほうはとっくに遠のいていてやれといわれてもできないだろうが、見るほうに関してはやはり技とかルールとかわかる分、見ていてどえらい興奮する。
かつ、なんだか柔道が昔と違って華やかに報道されるようになってきたように思う。藤原紀香や加藤晴彦がメインキャスターになっている。それはとても素敵なことだ。
うちの恩師石井先生の息子さん、石井慧選手がこういう舞台に登場するのもそう遠くない未来だろう。・・・なんて思うとますます興奮。&注目の柔道界だ。
■ 2005/09/17 (Sat) もう時差ぼけは大丈夫
4連勤が始まる・・というので、気合を入れて寝ようとしたのに結局1時間半しか眠れなかったおととい。
起きてられるか???と心配だったが、昨日はあまりにもめまぐるしく忙しい12時間で寝不足のこともすっかり勤務中は忘れていた。
家に帰ったら寝不足だったことを思い出して余計にどっと疲れが出た昨日。
でもだんなのビジーシーズンが終わり、ここのところずっと誰もいないうちに帰っていたのに、昨日は帰ったらだんなが先にうちに着いていてなんだか気持ちがほっこりする。
久しぶりだな〜・・普通にだんなと話しするの・・・。
・・・と思ったのもつかの間、私は食事後すぐに睡魔に襲われソファーで熟睡してしまった。
そんなこんなで昨日はよく寝たので今日はすっきり。
そして元気に働いた。昨日に比べて忙しさも全然ましだったので、気持ちも楽。
で、患者さんの話をひとつ。
Gun shot woundで運ばれてきた患者さん。お尻の横あたりから撃たれて体内にまだ弾が残っている状態。でもうちどころがよかったというか、弾の残りどころがよかったというかで、神経系にも骨にも問題なし。とりあえず腫れがひいたら弾を取り出すということで、松葉杖で歩行練習をしたのち退院となった。
その18歳の彼にどうして撃たれたのか聞いてみた。
病院のすぐそばをバイクで走ってたら隣を走行する車から知らない人に撃たれたと。。。
全く不意の出来事だったという。
怖いわ〜・・。その道、私の通勤路でもあるんだけど・・・。
ウチドコロがよくてラッキーともいえるが、全く人生何が起こるかわからないとも思った。
しかしその18歳のカンボジア人の彼、某サンフランエリアに住んでる某Masaといううちらの後輩にそっくりだった。笑えるくらい似ていて、思わず日本語で話かけそうになった。
一方的にとても親近感を抱いてしまった。
Masa、流れ弾には気をつけてね。(って、彼には全く関係ないか・・・)
■ 2005/09/20 (Tue) ぼ〜っ・・・
日本から戻ってきていつもの病院で3連勤。なんか自分がぼーっとしてると気づくこと多し。幸い大変なミスをしでかしたりすることはなかったけど、なんか抜けてたり、物品が足りなかったり、動線がやたらと長くなるような動きをしていて(ドンくさい・・)とか(勘がにぶってる・・)とか思いながら働く3日間だった。
それで4連勤4日目の昨日は新しい病院でオリエンテーション後初めてのひとり立ち。
もうヘルプはないという状況。初めての一人立ちというのにこの病院での勤務は12日ぶりという状況。それに加えてここのところのドンくさい自分。なにかやらかしてしまわないだろうか・・・。無事12時間が乗り越えられますように・・と鈍く動く体に気合いをいれながら勤務に向かった。
疲れた・・・。が、ひとまず大惨事を起こすことなく連勤を終えることができた。(そんなこと起こったら大変だ・・)
こんな疲れた気分の時に、ナースが訴えられたときにカバーしてくれる保険の案内が家に届いていた。いつもは無視してすぐ捨てていたがなんとなく気になった。
働き始めた頃は入っていたがその後更新せずにずっと保険未加入の状態が続いている。
年間89ドル。安いととるか、高いととるか・・。高いととって止めていたわけだけど、今日疲れた状況でこれを見たら「入っておこうか・・」と思いはじめてしまった。そして早速申しこんだ。
バケーションをとらずに9月のオフの日をまとめて日本へ帰国する日程を作った。それは自分のチョイス。帰国前後のスケジュールがきつくなる・・とは承知の上で自分でやったこと。
10月に入れば楽になる。もう少しだ・・・。
気合。気合。
私が楽になったら、そして次のだんなの忙しいシーズンが来る前にどこかへ行こうと計画中。
どこにしましょう。何度行っても飽きないベガス?新しくできたホテルとか行ってみたいねー。それともハワイとかバージン諸島とかまで足伸ばす?
考えてるときが一番楽しいのよね。
■ 2005/09/21 (Wed) 無事着陸
どのくらいの人がライブで今日の飛行機トラブルのニュースを見てただろう。。。
ともかくみな無事でよかった。無事着陸してよかった。あっぱれ、パイロット様!
バーバンク発ニューヨーク行きのjet Blueという航空会社の飛行機。緊急着陸を最初に試みようとしたのはうちの病院のすぐ近くの空港。そしてなかなか着陸態勢が整わず、ずっと上空を飛んでいる様子がテレビに映し出されている。
目と鼻の先で起こっている出来事にスタッフも患者さんももうニュースに釘付け。
どうなっているかニュースでもあまり明らかでなく、もしかすると、いやかなりの可能性で大惨事が起こる状況が続く。
そうなるとうちの病院に患者が運ばれてくるのは目に見えている。緊張が走る。
患者さんで夕方から手術の予定だったおじいちゃん。ここのところいろんな状況が重なって手術が1週間ものびのびになっていた。今日はやっと受けられるということで喜んでいた。
そのおじいちゃんがぼそっと
「あー、僕の手術どころじゃなくなるね、今晩は。。。」と。
それくらいみんな悲惨な状況が起こりえると思っていた。
が、状況は変わり、病院近くの小さい空港ではなく大きな受け入れ態勢の整っているLAXへ緊急着陸することになった。
そして3時間あまりの上空飛行後、ついに着陸態勢に入る。一歩間違えるとクラッシュして死者がでるかもしれない。息をのんでみていた。
そして無事着陸。。。。
一緒にテレビを見ていた人はみな拍手。(思わず涙が出てきたよ、あまりにも感動して・・おバカ。。勤務中なのに・・)
こないだ日本から帰る飛行機で変なこと考えていた。
もし飛行機がおかしくなったらどうしよう・・・。とりあえず遺書を書くだろう。あとはビデオで機内を撮影して、自分が機内の状況を中継しよう。そのテープはどうなるかな・・。燃えるのかな・・。海の中に沈むのかな・・。きちんと誰かに見つけてもらえるのかな・・・。
とかなんとか・・・。
私は飛行機好き。寝れるし、食事も楽しめる。
でも一旦事故が起きると大惨事になる。
やはり怖いと思う。
今日の乗客のみなさん、怖い思いしただろうな・・・。
ともかく無事でよかったです。そして私もオンタイムに仕事が終わって帰ってこれました。
■ 2005/09/26 (Mon) 合宿
ナースの会を最初に開いた日から友達になった日本人のナースの友達がこのたび帰国することになった。
送別会?・・・いや、むしろ彼女にお世話役をさせるような形になってたな・・という、彼女の家での朝まで飲み会「ガールズナイト」?決行。
仕事の後からの参加だったので、アルコールが入ったらすぐに寝てしまうのではないか・・・、そんなもったいない状況になったらどうしよう・・と心配していたが、意外と元気だった私。むしろ張り切って夜な夜なしゃべっていた自分を思い出す。
アメリカに来てから&結婚してから友達のところでお泊りしたのは初めてだ。学生時代、独身時代を思い出す。エアベッドを敷いてゴロゴロしながらぺちゃぺちゃおしゃべりが続く。
最高に楽しかった。
彼女が帰ってしまう・・・と考えるととても寂しく思っていたが、日がせまると意外と「帰ってしまう」という事実が信じられない。「いつでも会える」という感覚がどうしてもとれず、普通にいつものようにバイバイしていた。
そういうものなのかな・・。
しんみり考えるのはやめよう。涙が出てくる。
■ 2005/09/28 (Wed) 居心地
昨日は新しい病院で、そして今日は前から行ってる病院での勤務。
違うものとはわかっていながらついつい比べてしまう。
新しいところは本当にまだまだストレスが多い。
何よりドクターを知らないから「今の誰?」状態。そしてどうでもいいことを調べるのに山のように時間をとられる。
医療の現場って世界共通のようなルールもあれば、「お作法」的なそこそこのルールもある。
いくら経験があるからって「ここではこれをどう処理するのか・・・」を知らないと痛い目にあう。
聞きたくてもみんな忙しそうだったらついつい自分の判断でやると「うちはそういうやりかたしない・・」みたいなことを言われるはめになる。
こういうミス(ミスって呼ぶのか?)は命とりにならないことのほうが多いけど、あとから他の人がみて確認できるようなチャートの仕方をするとか、チームで働いてる以上足並みをそろえるとかはやはり大事なこと。
私のやり方のほうが都合がいいように思うけど・・とか、ちみたちのやり方要領悪りぃ〜・・とか、そういう思ってること口に出して言い出したら嫌われるだけ。
そうなるともっと居心地が悪くなる・・・とわかってる以上、今の状態でできることは
「郷に入れば郷に従う」
ということだ。
まあ何でも物事を始めたばかりの時はこんなもの。特に今1週間に一度だけだし、回数にすればまだ10回も働いてないのだ。まだまだ「慣れた」と思える時期に達していない。
ついブツブツいろいろ愚痴るけど、まだまだ駆け出しだ。
居心地悪くて当然!そう考えたら楽になる。
こうして比較してみるといつもの病院の働き心地のいいこと。そういう職場をありがたく感じる。
ドクターたちは知っている人が多い。周りもサポーティブ。私のレベルをわかっていてくれるので、楽しい会話ができる。助け合いの心がある。・・・などなど。
なんて楽しいんでしょう。
まあ、「職場環境」は仕事内容と同様、いやそれ以上に働く人間にとっては大切だということをヒシヒシ感じる今日このごろ。
そういう意味でも新しい職場に飛び込んだことには意味があると思うなり。
■ 2005/09/29 (Thu) 駆け抜けた
日本から帰ってきてからの2週間を振り返ってそんな感じがする。
9月が終わろうとする。時の流れを早いなーと感じるのがいつものことだが、こと日本に帰ったときのことを思い出すとそれが今月に起きた出来事とは思えないほど遠い昔に感じる。
Anyway、ここのところずっと1日休んで連勤、1日休んで連勤と疲れがとれないまま次に持ち越す形だったが、明日からはしばらくぶりの連休だ。
うれしい。
あれもしよう、これもしよう・・と考えだけはいろいろある。
■ 2005/09/30 (Fri) BINGO again
巨大BINGO大会が老人達を主軸にアメリカ、某CASINOで繰り広げられてることを私に教えてくれた友達がこのたび帰国してしまった。
若い人はほとんど見かけない、日本人なんてまして探せないような環境。こんな異空間を知っているのは私だけじゃもったいない。誰かに伝えていかねば・・・と私の血が騒ぐ。(大げさ・・)
・・・とまあ、本日、ビジーシーズンのハザマにいるだんなを(いまだ!)と捕まえ、会社を早退させてまで連れて行くことにした。
口だけじゃ伝わらない。どうしてもあの1000人レベルのビンゴ大会を見てもらいたかったのだ。
渋滞を考慮に入れてでたものの、想像以上の大渋滞。どっぷり着くまでに3時間強かかってしまった。
そしていきなり3ゲーム目からの参加。金曜日とあってか会場は前回よりも混み込み。1000人をはるかに越える人ごみだった。席を探すのが難しかった。シーンとした中、きちんとだんなにルールを説明もできぬまま始まってしまった。
前に座ったオバちゃん方が常連さん。人の2倍の量のカードを見ているから目がすごくいそがしいだろうに、結局だんなに説明してくれるわ、手伝ってくれるわで、大助かりだった。
数字を追う目がとにかくすごくって、向かい側から逆さの数字を見ても「それも、それも・・」とヌケがないように手伝ってくれる。
すごい「業師」だ。
私はちっともビンゴしそうな兆しなく終了。だんなはけっこうあともうちょっと・・・とドキドキするような場面あり。だけど、結局あがらず。
でも途中休憩的にやるくじ引きみたいなので、だんなが大当たり!
で、商品は・・・
「10月1ヶ月間、BINGO入場無料のパスポート」
いらんって・・・・。
来ない、来ない・・・そんなに・・・。
ということで、向かいの毎日来ている常連のおばちゃんにあげることにした。お礼にといってジュースでも買いな・・と20ドルくれた。
ラッキー。
・・・でもよく考えると、1回入場料25ドルだからほぼ毎日来たとしても500ドルはいく代物。
20ドルか・・。
まあ、いいか・・。
気持ちよくいろいろ教えてくれた。
おまけにうちのだんなのこと、「真ん中の息子にそっくり」とかいってかわいがってくれてたし・・・。
おばちゃん、人種、全然違うし、おばちゃんの顔からうちのだんなの顔、どこをどう見てもどっこもリンクしないんだけどね・・・。でもそのおばちゃん、「BINGO」でCash1000ドル当ててた。すごい。。。
BINGOのマネージャーさんとよばれるかっこいい白人のおじさんまでも、途中の休憩のようなときに声をかけに来てくれた。
なんでだろ?
前のほうの真ん中の席だったこと。そして場に慣れていなそうな空気を私たちがかもし出していたこと。そしてだんながスーツ着てたから?かな・・。(だってそんな人他にいない。。)周りより断然若いし、ともかく目立っていたんだろうと思う。
日本でいうと、ゲートボール会場に、間違って若い外国人夫婦がまぎれこんでしまった・・・そんな一面だったのかもしれない。そりゃ役員のおっちゃんは何か声かけにいくわな・・・。
まあ、繰り返すけど、こんな大勢の人が一堂に会してこんなにシーンとしている空間ってほんとないよな・・。
学級崩壊のクラスとか、授業に用いたらいいんじゃないのか?・・とか。
日本の田舎でこのビンゴ大会商売にしたら流行るやろうな・・とか、そんなことだんなと話しながら帰ってきた。
そんなこんなで家に着いたら真夜中。
あ〜、ねむたい・・・。

