
■ 2006/01/01 (Sun) あけましておめでとうございます!
12/31の夜、眠いし明日仕事だし・・と早めにベッドに入ったがなんとなく年越しを知らない間に過ごすのももったいないな〜・・と思い無理やり起きることにした。テレビでニューヨークタイムズスクエアの中継が3時間遅れで放送されている。そういえば去年の今頃あそこにいたね〜、ぎゅーぎゅー詰めの中の6時間立ちっぱなしはつらかったよね〜・・なんてだんなと話す。
う〜ん年越しまでにまだ時間がある。トランプしない?という私からのオファー。だんなと二人でトランプ。やったのはばば抜き。2人でやるには最高につまんないゲームだね。
やめやめ。
カウントダウンに近づくと外では花火が上がりだした。そういうのがあると知らなかったので窓から見えてラッキーだと思った。去年・おととしは爆竹の音に悩まされたのにね。(そう、去年の今頃は少々ガラの悪いところに住んでいたのです)
ま、そんなこんなで年を越し、さっさとベッドに戻って明日に備える。
そして今日はお仕事。とても静かな日だった。
私のうけもちは乳がんの手術、DIEP FLAPのオペ後の人が一人いた。術後24時間(ドクターの指示によっては48時間)フラップ(移植された皮膚)を1時間おきにドップラーで血流確認しないといけないため患者:ナースのRatioが2:1となる。
というわけで私の受け持ちは2人だけだった。
ちょいとラッキーな1年のスタートとなった。
ところで、ここのところ本当に乳がん患者さんをよく見かける。あっちの病院でもこっちの病院でも。そして私はいつも聞く。最初に診断されたステージはいくつでしたか?・・と。たいていが2か3という答え。
しかし乳がんの手術はほんと発達してきたと思う。乳房再建術にもいくつかある。書くならもっとちゃんと勉強してから・・と思うが、簡単にいうとガンも切除し、お腹のお肉でお乳を再建するという手術を同時にしちゃうってわけ。つまり麻酔から冷めるとお乳がない!!という喪失感がないわけなのよね・・。乳首の再建はこの手術の数ヶ月後になるからこの段階では乳首のないおっぱいで奇妙といえば奇妙だけど、特に高齢の人なんてひさしぶりにぷるんとはりのある垂れてないおっぱいに出会えて感激〜という瞬間になったり・・ってこともある。(人によっては乳がんでないほうのおっぱいを同時にリフトアップする手術も受ける)
乳がんで悲しみにくれていた人にとって、タミータック(お腹の脂肪切除)に加え、新しいおっぱい再建というのがガン切除と同時に実現するわけで、本当にこの手の術式のもたらす患者への精神的効果は大きいと患者さんを見ていていつも思う。
(美容整形だけの目的では保険適応にならないが、がんということでこれらの形成部門には保険が適応されるらしい)
Wound care unitでは創傷Woundだけではない。こういう形成外科Plastic Surgery分野の患者も多い。
いろいろまだまだ勉強しないといけない。今は正直「なーんとなくわかる」というレベルのことが多すぎる。
そうだな今年の仕事上での目標の一つは
「質問に答えられるレベル」「うまく他者に説明できるレベル」に自分の分野の知識を固めていきたい
ということだ。
ともかくこうしてなんだかあっさり仕事で幕開けしてしまった2006年ですが、今年も元気にいきましょう!
これからの1年も、よろしくお付き合いお願いします!!
■ 2006/01/02 (Mon) 来客
昨晩から久しぶりの来客があった。新居に移ってなんとまだこれで2組目の宿泊客。
LAに来た最初1-2年の貧困時代をともにすごした友達夫婦だ。うちが500ドル代でアパートを借りていたなら、彼らは400ドル代のアパートに住んでいた。お互い持ってる車もそうとうボロ。いやーこないだ止まりましたよ・・突然。。。そんな会話をいつもしていたように思う。そんな貧乏生活を楽しく乗り越えられたのもああいう何気に貧乏合戦を楽しむ相手がいたからだと思う。
そんな彼らも今やサンフランシスコで大活躍している。うれしいことだ。久しぶりなのに全然久しぶり感はなかったが、時の流れをなんだか感じたな〜。
そしてお昼はまた別の来客。だんなのこっちで最初に就職した会社の上司家族。
上司・・といってもとっても気さくで気の知れた居心地のいい人たち。この人にうちのだんなは拾ってもらったんだよな〜・・。この人に出会ってなければうちのだんなの就職は決まってないし、最初のHビザだって出てなかったわけだし、私がここにこうしていることなんてもっとなかったわけだし・・・。
・・と思うと人の縁というものをフシギに感じる。
こういう人たちと今日1月2日は楽しい時間を過ごせた。
こうして年明けそうそうから久しぶりで初心を振り返らせてくれる人たちに会う機会があったということは、きっと「調子に乗るな。初心にかえるのだよ」というお告げに違いない。
まさに「初心忘るべからず」です。
明日は朝から久しぶりにボクササイズ。なんだかんだいけなくて10日ぶりくらいなんじゃないかな。。。怖いなー。ついていけるかな〜・・。この年末年始で体重かなり増えたし・・。
今日はちょっと柔軟運動してから寝ることにしよぉっと。
■ 2006/01/04 (Wed) M1グランプリ
のビデオ、ようやく手に入れることができた。レンタルビデオ屋で。。
姉には頼んでいるものの、一日も早くみたくてビデオ屋に行ったら入ってた入ってた。。あーうれしい。。
この漫才グランプリ、毎年かかさず見ている。どうしても時差があって、結果を知ってから見てしまうことになる。それが海外生活の悔やんでも悔やみきれない欠点のひとつだ。(おおげさ。。)
まあともかく今年はブラックマヨネーズが優勝と知っていて見た。とくに注目してなかったし、こっちにいてうとくなっているのもあって「なんで??」と最初は思っていたが、見てみたら彼らの漫才は1本目も2本目もすばらしかった。
私てきには「けんかで押し出ししたら梅田から堺くらいまで行ってしまう」あたりのネタが最高にうけた。そんなん大阪の地理知らん人にはわからんやん・・と思いながらそういうローカルネタがはまる。
気持ちてきには毎年がんばってて、変わらず彼ららしい笑いを追及してる笑い飯や、ちょっと左側の田村君のテンションが好きじゃないけどそれでもがんばって毎回ここまで来る麒麟にも優勝してもらいたかったが、あの生中継でのM1グランプリの大舞台での勝者はやっぱりブラックマヨネーズということで私は納得がいく。
総合的に去年より断然レベルが高いと感じた。唯一南海キャンディーズをあまりおもしろいと感じなかったが、予想してなかったアジアンも面白かったし、全然私が知らなかったタイムマシーン3号とやらも笑わせてくれた。男前の徳井くんのいるチュートリアルはかなり私のごひいきだが、残念ながら優勝戦線には至らなかった。私てきにはネタが知ってるのだったから、彼らの新ネタ見たかったな〜と。。。
ビデオは延滞して少々この先繰り返し見るつもり。面白いネタはネタを覚えるくらい見ないとね・・・。
大阪のお姉さん、早くビデオ送ってくださいなー。
しかし、ああでもない、こうでもない、あれがよくなった、ああするとよかったのに・・・とひとつひとつ熱く語り合うおかしな私とだんな。そんな意見がよく似てるのに驚く。そしてその意見が会場の審査員さんたちと同じ意見だったりすると、なんだかうれしくなる。
こういう漫才談義が同じ目線でできちゃう点では同じ地元・同じカルチャーで育った人がだんなさんでよかったと思う点だ。
■ 2006/01/09 (Mon) エンドルフィン
おかしいくらいにボクササイズ(タイボー)にはまっている。運動を久々にやって楽しんでるんだろう・・と最初は考えていた。体を動かすって気持ちいいな〜くらいに・・・。
休みの日は朝に夜にスタジオにいきたくなる。きっと負けず嫌いの性格だからみんなに早くついていけるような動きをしたいと思ってこう思うだけだろうと思っていた。
仕事中、時間があればスタジオのスケジュールチェックをして次いついけるか、どの先生のときにいけるかを考えている。
夢の中でもタイボーをしてるときがある。
仕事のあと行こうと思っていたのに、忙しくて時間通り職場を出れず行けなかったとき無性に悲しい気持ちになる。
1時間のきついクラスの途中死にそうになっているにも関わらず終わると気持ち悪いくらい笑顔になっている。(最近はたまにやってる途中にも笑ってる自分がいる)
帰りの車の中ではうきうきした気持ち、いわゆるナチュラルハイテンション状態になっている自分に気づくことがある。
絶対何かある。なんかが体の中で起こってるよな・・
とは思っていた。
昨日一緒に働いたナースBさん。彼女がそんな私の疑問に答えてくれた。
Bさんは白人で40歳後半くらいに見える58歳。実は彼女が昔エアロビのインストラクターをしていたということから話しがはじまった。
キーワードは「エンドルフィン」
え、なになに?
その言葉を知らなかった私は彼女に説明を求めた。そしてその後ネットでも調べた。
そっか、脳内モルヒネってやつが私の体内で生産されてたんだ・・・。
エンドルフィンと一口にいっても20もの種類があるらしい。マラソンやバンジージャンプなど激しいスポーツ、そしてエアロビクスなどによって出る。それだけでなく、いろんなactivityによって人間はこの脳内モルヒネを出しているらしい。辛いものを食べてもでるらしい。(そういや辛いものもやみつき効果があるわね)そしてお笑いを見ることでもこのエンドルフィンはでるらしい。(これも私の中で軽い中毒症状があるかも)あとはメディテーションや針治療とかにも同じような作用があると言われているらしい。
そう、レベルは違えどいわゆる薬物中毒と同じような状態が体の中でおこっていて、それでAddict状態を作るというわけらしい。
もっときちんと調べれば面白いかもしれない。こういうことを知らなかった私には目からウロコだった。
まだまだメカニズムは理解できてない私だが、このキーワードで今の私にはかなり納得がいった。
運動生理学とか学ぶ人はこういうのに詳しいのかな・・・。
あとナースBさんは言った。
必死になるのはわかるけど、1日1回ね。筋肉痛はすぐに回復するから筋肉の心配はあんまりしなくていいけど、無理を今重ねると長い年月をかけて関節にダメージを与えるから・・。
帰るときも「1日1回よ」と念を押された。
そして今日、朝1クラス、夜2クラス、計3クラスとってしまった。
完全に私はイッてしまっている。
■ 2006/01/13 (Fri) アーギュメント VS ディスカッション
うっとうしい患者がいた。先週末に受け持ったのをあわせるとあわせて今日で5回目の受け持ち。
初日はすっごいいい患者さん・・・と思っていた。50歳代後半のおっちゃんなんだけど。ていねいにしゃべるし、とても考えがオーガナイズされているし・・・。
2日目、なんか質問が多いな〜・・・と思っていた。
3日目、けっこうこの人うっとうしいな、ともかく言い訳とうんちくが多い。そしてすぐに説明を求める。そして対応はとても丁寧でやわらかーい表現だけれどもいない人の文句をいう傾向にあるぞ・・。要注意。
4日目。うわーうっとうしい。。。もう質問しないで・・。職業がなんだかのアナリストらしくって、1+1は絶対に2じゃないといけないタイプなんだな・・・。何に関しても。そうでないとどうも納得がいかなく、ありとあらゆること考えて質問を飛ばしてくる。人間の体は数式のようにいきませんから!!
5日目の今日。半ばプロフェッショナルな対応を忘れかける私。キレかけ寸前数回。質問に無視すること多々。そしてもくもくとやらなきゃいけないことをこなす。(ケアに時間を要することが多く、ベッドサイドにいないといけない時間が多い)
もう本当にうっとうしいことが多かった。。。
例を一つあげるとこんな感じ。
1日1500ccまでという水分制限がある。うちは朝6時から夜6時で一度Intake-outputを締め、夜6時から朝6時でしめている。つまり朝6時で前日からの水分摂取量を24時間でカウントする。なのでたとえば200cc残ってるからって、朝の段階ではそれは次にもちこさず、そこでリセットする。(200cc残したからって翌日が1700cc飲めるってことではない。)
が、看護助手さんにおいておいてくれ!それは私の命の水だ!といわんばかりに頼み、捨てさせない。そして看護助手がRNに聞いてくる。夜からのがテーブルに残ってるますがいいですか・・・と。
だめだめ。わからなくなるじゃない。
そして患者に話す。が、患者はとても話好きで、「私のストーリーを最後まで聞いてくれ・・」からはじまり、「1日1500ドル渡され1日1500ドルまで使ってもいいと言われた。そして自分は前日1300ドル使った。ここに200ドルおいてあった。なのにその200ドルを捨てようとする人がいる・・・うんぬんかんぬん・・・。」
うわ〜・・・頭にくる攻撃の仕方だ。それって私がまさに今200ccの水を捨てようとしてるこの状況を責めてるわけよね・・。
じりじりといらいらしてくる私。。
「お金とこの水分制限の水とは違います!!」といらだって私がいうと、僕は君とアーギュするつもりはないんだ。ディスカスしてるんだ。という。
一事が万事この態勢で話してくる。
かなりうっとうしい。
Wound VACのついてる人なんだけど、今日がそのとりかえの日だった。スポンジをはがすときに痛がる痛がる。。。で、なーんにも触ってないときにもすごい声だす。しかもなぜかオネエ声。「きゃ〜っ」て。
ライドケン(日本でいうリドカイン)を創部に流しながらやるんだけど、途中なくなったので生理食塩水に変えると痛い!!ととびあがる。で、ライドケンに戻したふりして生食で続けると「あ〜やっぱりライドケンは効く。。」と安心してるし。。。
ひや〜という女声をあげるのが気持悪い。っていうか、その悲鳴、近くにいる私、怖いし・・・。痛みで「待って待って、ストップ、ストップ・・」が続き、一向に進まない。1時間くらいこういう作業に時間を費やし、こっちもいい加減いやになってくる。もう私のビジネススマイルは彼には使いつくした。もうムリ。というわけで、平然といやな顔してる私。
「ごめんよ。君に迷惑かけるつもりはない。僕が声を出してるのではなく、痛みが声をあげてるんだ」と。
何よ、その言い訳・・
と思ってしまう。
まあ、そんなこんなで本当にこの患者さんにはやることが多く、関わるのもう嫌だーと思ってるのに、指示やオーダーが多くどうしても彼と接する時間が多くて今日はつらかった。
散々時間のかかったケアのあと、夕方6時過ぎ、「Whenever you are ready, I want to discuss my pain with you. Just come over here, please.」といわれた。
こんだけあんたに時間かけてあんたのゆうとおりにやってきた私の時間をまだ使おうと思いますか???とこれまた頭にきた。
かちんときているのをこらえながら「I'm not ready now. I have other patients who are waiting for me. Sorry..」といって部屋を出てきた。そしてその後はもう二度とその部屋に戻らなかった。
いやー、なんなんやろう、このおっさん。ねちっこいからかな〜・・。一緒にいてここまで不快感を感じさせ、人をむかつかせるオーラがあるのもすごいことや。
■ 2006/01/14 (Sat) 芸者
日本ではSayuriというタイトル、こっちでは「Memoirs of a Geisha」というタイトルの映画を観てきた。
友達が観たよーというのでいつかは観にいこうとは思っていたが、何より最近職場の人二人別々に「あの映画みてあなたのこと思い出してたの・・」とか「あなたのこと話してたの」とか言われたり、芸者の質問されたりして、自分が映画を観ないと話しにならないな・・・と思ったのである。
自分の働くところでは唯一の日本人なので、私を見ると芸者芸者というのもわからなくもない。ああいう歩き方ができるのか?とあるドクターには聞かれた。
できるわけがない。
ともかく、映画の感想は「・・・」だな。
私てきには10点満点で「4」。厳しいかな・・・。
だって〜、英語と日本語まじっててなんか気持悪いし・・。
どっちかにしようよ・・。中途半端な感じがしてしょうがない。
ハリウッド映画だからというので英語にするのはわかるけど、それなら細かい日本語のところ英語で字幕つけてあげようよ〜外人がこんなに観にきてくれているのに・・。細かい描写も共有しようよ・・。
「もしもし」とか日本語言っておきながらその後英語になるとかも気持わるいし。。期待していた桃井かおりさんの英語、聞き取りにくいし・・・。別にきれいな英語でなくてもいいんだ。日本人の特徴的なアクセントなら聞き取れるんだけど、桃井さんの英語って日本語英語でもないし、どこか違う国の人が発音してるようなフシギなアクセントだったな・・。
そう考えると渡辺謙さんの英語はきれいだと思う。
ってか、そもそもあの時代・場面にまず英語がにあわない。
ラストサムライは日米の関係性を描写した場面で、たとえバックが日本だからといってそこを英語で演じてるのは違和感なかったが、これは違うだろーよ・・・。
日本語で通してすべてを英語字幕にするわけにはいかないんだろうか・・・。
でも京都の町とか、すべてのセットはすごい日本っぽかった。それはよかったと思う点。
ストーリーうんぬんを語る前に最後まで言語的なものがすごく気になりながら観る映画となってしまった。
日本人としてはアメ人の職場の人がこういう映画を通して日本の文化や歴史に触れてくれていることをうれしく思う。
そういう意味では日本を題材にしたハリウッド映画はとってもうれしいんだけどね〜。
■ 2006/01/17 (Tue) 苦手なドクター
去年の12月あたりに書いた日記で書いたいやーなドクターの話。その後、後日談があり、そのドクターがほかのナース(ベテランナース)に私のことを「あのナースはどんな奴か?」と聞いてきたということがあった。
ドクターも私のことをうざい奴と思ったのか、どうなのか、その後も何度かそのドクターの患者を受け持つことがあったが、なんか私とそのドクターとの間にいやーな空気を私は感じていた。・・というかわざと無視されてるというのを感じていた。(ほかのナースとは楽しそうに話すのに、私には絶対そういうことがない)
そのドクターを見るたびに心拍数があがる。どうしてか苦手意識をもってしまったのだろう。
でも自分が悪いことしてないわけだし、こっちが小さくなる必要もないし、この苦手意識は克服しなければ・・・とずっと考えていた。
あの日以来、ドクターが来ても顔をみないように、目をあわせないようにしていたが、これがいけないんだよな・・。
ここ数回は思い切って、わざとドクターの名前を呼んで挨拶をするように、そして目をみるようにこころがけた。
ふん・・という目で最初は見られたが、今日のこのドクターは違った。
しゃべりかけてきた。そして患者のところに一緒にいこうと言ってきた。
その患者さんは足を骨折したあと、Compartment Syndromeという状態を引き起こして、Fasciotomyという手術を受けて、足の頚骨部と側方にプレッシャーをリリースするため、Open Incisionがある。そのWoundにWound VACを用いるためうちのフロアにいる状態の患者さん。
このいやみなドクターは形成のドクターで、このWoundに対してSkin GraftをしてWoundを閉じるか、縫い付けてWoundを閉じるかというのをコンサルトされていた。
で、一緒に患者のところにいき、患者の状態を聞かれた。運良く今日火曜日は朝にWound回診があって、そこで患者の状態をみんなに説明していたので、この患者さんの状態は立体的につかめていたので、とりあえずの説明はできた。
試されているな〜・・・とストレスを感じながら。。。
その後、ドクターは「いまはまだ足のむくみがすごいし、そのEdemaをとるためにも、しばらくWound VACを続けて、もう少しむくみと炎症がひいてきたらスキングラフトの手術をしましょう」と患者に説明した。
その後、ドクターが出て行った後、私がWound VACをやりなおすのに、「メジャーして写真とってからやるね、すぐに戻ってくるねー」と患者に声をかけて部屋を出るとそこにまだドクターがいた。
「そうだね、サイズをはかって写真をとるのはとてもいいアイデアだ!チャートに入れておいて!」と笑顔で言ってきた。
なんかこの笑顔が妙に怖かった。。。
機嫌とられてるって感じがした。
しかもメジャーして写真とってそれをチャートにはさむのはWound VAC交換時のルーチンなんですけど。。別にグッドアイディアとか褒められるような特別なものでなくって・・。
ま、いいや。
このあともドクターは終始にこやかに接してくれた。
気持ちよく働くにはこういうほうがやりやすい。目をあわせないように動くのは私もしんどかった。
ちょっと克服できた感じがしてうれしかった。
■ 2006/01/20 (Fri) 父親として・・・
先月書いたミューコマイコーシスという感染症で入院している患者さんの話。
アメリカの病院では平均滞在日数が3−4日というところもあるというのに、この患者さんはもうすぐ滞在日数が2ヶ月となる。
プライマリーのドクターは退院・転院・・といい続けているのに、状況がそれについてこない。
無保険の患者を引き受けてくれる病院はなかなかない。家に戻したところで生きていくためには治療が必要なわけで、そのための訪問看護も彼は受けられない。(どこのエージェントも断ってくる)
カウンティーの病院に移ろうか・・と話がまとまりはじめたらあるドクターがもう1回感染している創をデブリードメントしておこう・・とか、カリウムが低下しただとか、血糖値が落ち着かないだとかで、話しが延期となる。・・・などなど、とにかく一向に病院から出られるチャンスがなくここまできている。
今日久々に受け持ちとなって知った。
彼の病気は進行している。目から始まった感染。脳にまで行くのも時間の問題というような説明はされていたが、もうすでに脳に感染は広がっていると最近のMRIでわかった。
意識はまだしっかりしていて会話もできるが、歩き方が安定しなくなってきた。
これまでの手術は眼科のドクター、ENT(耳鼻咽喉科)のドクターによって行われていたが、来週には神経外科のドクターがmassive debridementを行う予定。
昨日そんな話が家族にされ、みんな大泣きだったということも夜勤ナースから情報として送られた。
受け持ちじゃないときも彼の4ヶ月になる赤ちゃんがすごーくかわいいため、私はよく彼の部屋に赤ちゃんがいるときは遊びに行っていた。よく笑ってふくよかで、子供だからかわいいというのももちろんあるとは思うが、それだけでなく、誰からみても「かわいい」とか「美しい」とかで形容されるお人形さんみたいな顔をした女の子だ。
4ヶ月の彼女はそんな父親の病状なんて何一つしらない。・・・当然か。。。
でもなんだか彼女に少しでも彼(お父さん)の思い出が残るといいなーと見てて思ってしまう。
そんな患者さんの彼は英語を話せないのと、病気で少しスローになっていることからあまり何を考えてるかわからないところがある。
その彼がここのところずーっと「ぬりえ」をしていた。それは知っていた。
でもそれをなぜしているのかとか考えたことはなかった。単に暇つぶしのためかな・・くらいにさらっと思っていただけで・・。
で、今日そのぬりえをしているときにふと聞いてみたくなった。なんでぬりえなの?ジクソーパズルとかじゃなくって・・と。すると
「娘に残すために一生懸命塗っている」
と答えが帰ってきた。
涙が出そうになった。
今ではぬりえは何冊にもなっている。
若くてちょっと頼りなさそうな彼だけど、彼は彼なりに病室で娘にできることを考えてたんだ。。と思うと、彼を父親としてすごいと思った。
治療を受けないと死んでしまう日もそう遠くないといわれている。保険の問題で家に帰ると治療が受けられない。そんなハザマで帰りたくても帰れない彼。
この病室で命つきる日が来てしまうんだろうか・・・。
どうしても彼を家に帰して、かわいい娘と余命をともにおうちで過ごせる時間をもってもらいたいと切に願う。
■ 2006/01/23 (Mon) Move Forward
今週水曜日自分が手術を受けることになった。プライベートなことなのでウェブに書かないでおこうと思っていたが、そういえばここは私のプライベートのホームページだった・・と思い、もちろん書きたくなければ書かないのだが、今回の件については自分が書きたいと思ったため書いてみようかな・・と思う。
この手術は内容的には手術というよりは検査的なもの。不妊治療の一環として行われるラパロスコピー(腹腔鏡手術)というものだ。
「ビザスクリーンが受かってから子供」と決めていたが、あれから1年3ヶ月。ただいま34歳。子供はビザスクリーンの時と同様、思ったようには授からない。まあ人生こんなものよね・・と、いい勉強にはなっている。
産婦人科のドクターとしてうちの病院でスタッフから絶賛されているドクターにかかりはじめて約1年。香港出身の中国系の先生。父親より若いくらいのドクターだが、本当にいい先生。初回に会った際、「この人にベビーをとりあげてもらいたい」と直感で思ったものだ。
私、そしてだんなの諸検査が一通り終わり、そこには特に問題が見つからず、タイミングの問題だろうね・・と言われたのが去年の4月。半年たって妊娠しなかっらたまたおいでと言われていた。排卵チェッカーを使ってはいるが、まだ妊娠せぬまま今日に至る。
そして11月にドクターズオフィスに行った際に「Time to move forward!」とドクターに言われた。
君の年齢はまだ若い。でもこのままタイミングタイミングといって時間を過ごす時期はもう終わったと僕は思うよ。次のステップに進もう!
と、次なる手段をいろいろ説明してくれた。
うちは満場一致で(というかだんなと私だけだが)「体外授精はしない」と決めている。あくまでも自然な形での妊娠を望んでいるし、欲しいができなければそれはそれだよね・・ということになっている。
で、そんなうちらに対しての次なる手段はというと、このラパロスコピーというのを勧められたわけだ。私はこんな全身麻酔下で受けなきゃいけないものよりも先に、もう少し非侵襲的なテスト、レントゲンでわかる子宮卵管造影というのを予測していただけに驚きだった。
あの〜造影が先では・・?と聞くが「ラパロはこれも同時にできるからそっちにすすんでしまおう」というのがドクターのご意見だった。
このドクターを知るナースたちは、そうそう、それがこのドクターなのよ。。と。
ドクターは隠れ子宮内膜症、もしくは卵管のねじれ・狭窄のようなものを疑っている。だから卵子と精子が出会わない、もしくは出会っていても着床しないんだろうと。
・・・というわけで、今日は諸手続きのため休みをもらってドクターズオフィスへ。ドクターといろいろ話したあと、Pre-opなる検査と水曜の手術の手続きのため自分の病院にいってきた。
日帰り手術で入院はしない。が、Pre-admissionといって、一応病院のシステムに自分の名前をいれなきゃいけないので、まずAdmission Officeへ行く。そしてペーパーワークを終える。次はOut patient surgery centerへいって、コンセントフォームにサインしたり、オペ前の血液検査などが行われた。まさにいつも自分が患者にやっていることをされるわけで、見慣れたひとつひとつの書類も非常に新鮮に感じた。患者になるのははじめてで、こうして患者が入院してくるんだーとか、こうして患者が日帰り手術を受けてるんだーとか、すべてのプロセスがとても興味深かった。
今週の水曜に手術予定をいれたのが、今月の初旬。自分が決めたことなのに、予定をいれてから今までけっこう緊張していた。麻酔がかかってないのに手術される夢やら、IVを入れられたはいいが、テープで固定してくれないので動くに動けない〜と叫んでる夢や、けっこう小心者ぶりを発揮していた。
が、今日ドクターの顔をみて、非常に安心した。
See you on Wednesday!と明るくいってドクターは診察室から出て行った。
私はこのドクターが言ってくれる「Move Forward」という言葉が大好きだ。
「立ち止まってても仕方がない。先に進もう!」
って、日本語で言うとそんな感じかな。たった2単語なのに、明るくて前向きでとてもいい響きだ。
・ ・・というわけでがんばってきます。
■ 2006/01/24 (Tue) いつもどおり、いやいつも以上に・・
特別どこが痛いとかもないので、もちろん今日はいつもどおり働いた。
しかし火曜日はWound Roundのある日。私は火曜日に仕事のスケジュールを入れる際、たいてい月・火と連続させるように希望している。なぜなら前日の月曜に働いてなくて火曜にいきなり知らない患者さんのことを説明するのって難しいから・・。
が、昨日は自分の都合で休みをもらった。
単発火曜日はいやだな・・・でもしょうがない。。。と思いながら仕事に出た。
夜勤の人から申し送られる際、嫌がられるくらい質問していろいろ情報を得て、なんとか回診はOKだった。
火曜の朝は特別ビジーだけど、ま、昼ごろから徐々にキャッチアップできて、夕方くらいにはおだやかな時間を過ごしていた。
今日は仕事が終わってから遅れてでも夜7時半からのタイボーのクラスに絶対行こう!と意気込んでいた。いまやタイボーは私の元気の源になっている。始めて3ヶ月になろうとしているが、ここ最近ようやく体重が減少傾向にむいてきた。別に痩せなくても楽しいのに、体重が減るのをみるともっと楽しくなってきた。
仕事をオンタイムに終わらせるぞー!!と最後1時間くらいはそれしか考えてない。
が、次のシフトの人がいつまでも来ない。。。こんなことはあんまり普段ないのに・・。7時20分の段階で、来るべき人がまだ家にいた・・という状態。
この段階であきらめざるを得なかった。
がっくり。。。
意気消沈。。。(大げさだけど、でもこんな気分。。)
遅れてきた夜勤の人は思ったよりも早くきた。いつ起きたのか、目が真っ赤でかわいそうになった。そして申し送りを終えて病院を出たのが8時20分だった。
こんなに遅くなることはめったにないのに・・・。
しかしタイボーに行くにはtoo lateだった。
こうして手術前日はいつも以上に働くことになった。
そうそう、NPO after midnightだ。
食べはしないだろうけど、何か飲んでしまいそうな気がする。。
食べたり飲んだりしたら、全身麻酔の手術はキャンセルになります!!!とでかい注意書きをもらっている。麻酔で無意識の際に飲み食いしたものが逆流して肺炎を起こすというのを防ぐためというのが絶飲食の理由なのだろうが、どのレベルの飲食はばれるんだろう。。。どの段階でばれるんだろう・・・。とか、とってもフシギ。
ちょっとくらいはいいのかな・・・と思ってしまっている。
あー、あとはムダ毛の処理とーネイルのケアとー・・・とか、そういうこと考えてる私。これっておかしいかな?普通かな・・?
だって知ってる人がいる可能性があるからね。。。
早朝6時に病院入りしないといけない。8時からのオペなのに・・・。
なんか空港みたい。。。
■ 2006/01/25 (Wed) 見事にトリップ
おわりました〜。
あっという間だった。
朝6時半に病院につき案の定30分待たされて(どうせ待つと思って30分遅れ気味にいったのにさらに待たされる)その後、軽い問診とバイタル測定、病院着に着替えてプレオペの部屋に。そこはたくさんストレッチャーが並んでいて、そこをひとつひとつカーテンでしきられていた。
最初にプライバシーのためにナンバーで呼びますといわれ、「Patient Number 10」と番号で呼ばれていた。私の横の人はもうおなかが大きい人で6番の人だったが、カーテン越しにどんな既往をもつ人なのか、すべて情報はマル聞こえ。
患者をナンバーで呼ぶ前に先にやることがあるのでは・・と思った。。
まあ、そんなで病院着に着替えたあと、リカバリーで働くナースがIVを入れてくれた。ご丁寧に最初に30Gの小さな針でライドケンを表面麻酔として注射してくれ、その後そのエリアの血管に20Gのサーフロー挿入。プレッシャーこそ感じたが全く痛みなく終了。
これで今日一番の痛い部分が終了よ。あとは麻酔の中で行われるから痛くないからね!と白人ナースのおばちゃんだった。そしてIV fluidが開始され、予防的に抗生剤(Ancef 2g)が投与された。フリーフローだったが確実に時間200cc以上の速さだった。おっと、速くながすね〜と思ったが、いい血管に入ってるのもあり、別段なにも自覚がなかったのでよしとした。
そんな間、オペ室ナースが挨拶にきてくれた。
名前を確認してくれ、プロシージャの名前を言うように言われる。かなり長いプロシージャー名だったのでテストされてるようだった。
「Diagnostic Laparoscopy, tube dye studies, possible operative laparoscopy, diagnostic hysteroscopy, possible operative hysteroscopy, dilatation and curretage」
と。
その後、麻酔のドクターから簡単に問診され、麻酔について話される。挿菅するので麻酔から目が覚めたら喉の痛みがあると思いますといわれた。
この先生もいい人そうで、安心した。ドクターがその段階で前投薬である「VERSED」をIVしていった。
オペ室のナースを「若く見えるが実際けっこういってるよな・・」と、だんなはゲスするのに忙しそうだった。
そんなだんなにめがねと結婚指輪を渡してバイバイし、私はストレッチャーでオペ室に入って行った。その段階でかなりDrowsyになっていた。が、オペ室の機械がいっぱいある中、うわー、こんな風になってるんですねー・・と麻酔科医とオペ室ナースと話していたのを覚えている。そしてオペ室の台に移り、お尻の位置を調節し、OKといわれ、血圧測定のカフを右腕に巻かれ・・・・・・・そこから記憶が一切ない。
ぼわ〜ん、ぼわ〜ん・・・と頭がしてきた。誰かに体をゆすられる。そしてとーおーいところから声がする。
なんだか話し声が聞こえてくる。
私のことを数人の女の人たちが話している。ナースだな。あ、私のこと4階で働いてるナースよとかいってる声が聞こえる。テープにアレルギーがあるのかしらと、ブランケットをあけたりとじたりしているのもわかる。
なーんとなく行きつ戻りつ意識がしながら目が覚めた。
そして一言目に
「これから手術に行くのですか?」と聞いてしまった。
「もう終わったわよ。あなたは今リカバリーにいますよ」と言われた。
すごいびっくりした。
うっそー!!!何にも覚えてない!!と麻酔の威力にびっくりした。
もうろうとする中で自分の状況を考える。
すっごい口がからから。口には酸素マスクがされてる。血圧計が何分かおきに動き、腕をしめつけてくる。下腹部に違和感がある。もしやおしっこの管が入ってる??そうフォーリーも入れられていた。
「痛みは?」と何度も聞かれる。
そのたびに「No pain just discomfort...」と答える私。
そしておしっこの管がクランプされたようで、尿意をもよおす。トイレに立ち上がるのはふらふらだったが自分で行くといって、ナースに介助してもらってトイレへ行く。このときはふらふらしているのは麻酔のせいなのか、メガネがなくって周りがよく見えてないからかどちらかわからなかった。出血があったが、これは普通だと言われた。
ストレッチャーから大きなカンフィーな椅子に移され、ドリンク何がいい?と聞かれた。そしてクランベリージュースをもらった。
まさにいつも絶飲食だった患者に自分がすることと同じだ。なんかうれしいもんだなーと思った。異常にこのジュースがおいしかった。
だんなが呼ばれて横に来てくれた。ドクターには「私に説明してね・・」と話していたので、だんなには簡単な言葉で「ちょっと問題があってそれをフィックスした」という説明だけだったらしい。
ドクターはオフィスにもう戻ったということで後から電話してどうだったか聞くように・・とナースに言われた。そして痛み止めをもらって紙にサインしてボランティアさんが車椅子で玄関まで送ってくれた。
長くなっちゃったので、続きはまた明日のところに・・・。
■ 2006/01/26 (Thu) 見事にトリップ その2
帰りの車はだんなの運転だったが、ほとんど家までの道のりを記憶していない。
家に着いたのが午前11時半ごろ。楽な服に着替えてまたベッドに戻った。
とにかくいくらでも寝れるという状況だった。
だんなも慣れない環境できっと疲れたことだろう。いびきをかいて横で寝ていた。っていうか、君も麻酔されたんかい??ってくらい寝てた。
夕方何か食べる気になってヨーグルトと巻き寿司を買ってきてもらった。
言われていたガス痛(ラパロでお腹をふくらますために入れる二酸化炭素による痛み)はなく、下腹部の切開部が痛む。
といっても前屈してたり寝ていたりじっとしていればOK。
笑うと痛いのに、だんなは探偵ナイトスクープのビデオを借りてきてくれた。痛いか・・じゃあやめとくか・・といわれたが、おなかをおさえながら結局1回分みてしまった。
実家に電話してもなんか笑かされるし、だから・・・痛いちゅうねん・・といっても、そういう人にこそ笑ってもらわなきゃ・・と思うのが大阪人のサービス精神なのかもしれない。
ドクターのオフィスに電話をする。ドクターはまだクリニックで患者を診てるという。それが終わってから電話することになるから夜の7時すぎになると思いますと受付の人にいわれた。
そして夜7時過ぎに電話がかかってきた。
「How are you doing!!!」と元気な声で。ドクターと名乗らなかったがドクターとわかった。
Endometriosis(子宮内膜症)が2ヶ所見つかってそこをきれいにしたといわれた。
卵管には異常がなかったと。
子宮内膜症が不妊の直接の原因かどうかはわからないが、多くの不妊のケースに子宮内膜症の存在が指摘されているし、これで妊娠のチャンスはあがるといえると思うよという説明だった。
私は20代前半、生理中にお酒飲んで腹痛激痛がやってきて、飲み会の場で倒れて病院へ行ったことがある。(ダサイ。。)そのとき子宮内膜症の疑いがあるといわれた。が、それはただの疑い。そう、臨床診断はできても、内膜症を確定診断できるのはこの腹腔鏡でしかできない。と、ネットの情報で知る。
そして日本よりも欧米のほうがラパロに関しては進んでいるようだしこうして診断されたのはラッキーだったというしかない。
そしてうちの病院の知り合いのオペ室ナースによると、婦人科系でラパロといえばあの先生よ・・といわれているのが私のドクター。これもラッキーとしかいいようがない。
あと医療費のことだけど、プロシージャーに対しておそらく2500ドル前後くらいかかるといわれている。聞いたところ私の場合自分の病院の保険に入っているので20%負担ですむらしい。しかし実際どのくらいの請求がドクターからそして病院からくるのかわかないのが怖いところ。まあだけど1000ドル以下の自己負担でおさまるんじゃないか、おさまってくれ・・と考えているところだ。ま、これも体外授精で保険が利かなく妊娠する保障もなく25000ドル払ったという人の話しからすると「安い医療費」なんだろうと思う。
ともかく、元気だ。この創痛というか下腹部痛では大好きなタイボーはしばらくお休みしなきゃいけなさそうだけど、日常生活はすぐに元にもどせるような気がしている。
こうして今前屈しながら書いてる私ってなんなんやろう。。よっぽど書きたい虫なのか・・。と思うが、でもいろいろ書くと頭の中整理できるし、体をはった患者体験を自分のためにフレッシュなうちに記録に残したいとも思うし、情報開示しすぎ?の傾向はあるが、読んでる方、よしと受け止めてください。
そして心配の電話、メールくれた方、ありがとうございました。
■ 2006/01/27 (Fri) POD #2
術後1日目の昨日。
術直後よりも麻酔がきれたためか、切開部の痛みが強くなった気がした。が、コンスタントにあるわけでなく動くと痛いというレベル。痛み止めでコントロール可能。昼間はわりと起きていられたが、痛み止めの波とともに眠くなってゴロゴロして過ごした。吐き気はなく、食べるのは食べられるが、消化機能の低下を感じる。食べたあと、お腹はゴロゴロいうがハリ感が続きなーんだかすっきりおりていかない感じだった。
あと術後1日目の問題は尿量の低下だった。開腹術ではなかったが、3ヶ所に穴を開けたこと、全身麻酔だったことでサードスペースに水が流れたのか、体や顔にむくみを感じ、明らかな尿量低下を感じた。
夜にはシャワーを浴びた。3ヶ所の傷口にはステリストリップが貼られているが、その上からテガダームをかぶせ防水加工してから入った。
シャワーを浴びて随分すっきりした感じがしたが、傷口をかばおうとする態勢を1日中続けてきたせいか、夜には背中や違うところの筋肉が痛くなっていた。
そして術後2日目の今日。
食べる量、飲む量に対して全然でない・・・と思っていたら案の定体重増加。2.2パウンド増。なんだかむくんでいる気がする。
あ〜タイボーに行きたい・・・体重計にのってそんな気分になる。
痛みは昨日よりもマシ。痛まないか?と聞かれると「痛いけど大丈夫」とそんな感じ。私のacceptable pain levelが4とすると「3」というところだ。
昼になり尿量が少しずつ戻ってきた感じがする。
しかし出血はちびちびとまだ続いておりナプキンがはなせない。
気持的には無理をすればタイボーだってできる気がする。(そればっかり言ってる私。。)
が、そこは創傷管理から考えて今は傷がくっつきあってまだ安定しない時期。今むちゃな運動すれば離開することだって考えられるわけで、無茶はするまい。。。
こういうことを自分の頭のなかでぐるぐる考えているところ。
明日の仕事はどうだろう。
とりあえずこのレベルの痛みなら出れそうな気がする。がんばるのが美じゃない。一旦でたら人に迷惑をかけずに12時間働けるかを考えるのが先決。
っつか明日から3連勤だしなぁ。。。元気でもしんどいっちゅうの。。
ま、まだ様子みる時間はたっぷりあるわけで、経過とともに判断しようと思う。
■ 2006/01/28 (Sat) POD #3
術後3日目。
今日から仕事に出た。朝の通勤、車の運転でぼこぼこする道を行くときに振動で創痛を感じいていた。朝もちょい痛いな〜・・と思いながら申し送りを聞いていたが、自分が動き出すと痛みを忘れる瞬間が多くなった。
そうこうしているうちにお昼になり、夕方になり12時間が終わった。途中鎮痛剤のMotrinを飲んだが、響くと痛いがコントロール範囲内・・という痛みで、帰るころには痛みのレベルがまた一段低くなった気がした。
そして普通の生活にぐっと1歩近づいた感じがした。
行ってよかった。
きっと家にいたらいつまでも病人気分だっただろうから・・。
ここに至っての問題は便秘。たぶん下腹部に力を入れるのが痛いから体が避けよう避けようとしてるのだろう。食欲はあるのにお腹が張ってしょうがない。病院からこそっとMilk of Magnesium(MOM)を頂戴し飲む。午前に飲むが午後に反応がないため午後にもひとつ飲む。(ちなみに過去これを飲んだことがなくどのくらい自分に効くか知らない)
いやー複数の患者さんからMOMは効かないと聞いていたが、ほんと全然反応なしだわ・・・と思っていた。
そして夜、帰り道、突然もよおす。ぎゅるぎゅるお腹がいいだした。
もうだめぇ〜。。状態で運転。頭の中では「今警察にとめられても振り払って行こう・・」くらい焦っていた。
そして家に到着。無事終了。
かなりすっきり爽快です。薬ってすごい!
(きれいな話ですみません。。)
あとこれもまた病院から調達してきたグッズでドレッシングチェンジ。
って、ドクターの指示では「ステリストリップは5−7日でとっていいよ」ということだったが、どんな風になっているか見たくてしょうがなくって3日目であるにも関わらず勝手に交換することにした。
傷口みて一言。
感動。。。
おへその下にひとつ・・といわれていたが、実際おへその内側に切り口がある。つまりおへそのしわなのか切り口なのか近くでみてもわかりにくいくらいこっそりと存在していた。
そして右下腹部にひとつ。そして恥骨上部にひとつ。これはそれぞれ8ミリだった。まさに1センチ以下の傷。右下腹部はまだ油断したら開きそうだが、恥骨上部のはもうくっついている。
それぞれ消毒して、新しいステリストリップをつけ、テガダームをかぶせた。
自分の体に傷が入ったらショックだろうな〜・・とオペ前は思っていたが、予想外の感激状態。
だんなに「見て〜見て〜!!」とはしゃいでる私。
いや、もっと大きな傷を想像していたので、実際全然ショックじゃないんだけど・・・。
いやー、ドクターの技術が高いんだよーと、またまた自分のドクターに感謝感激。
ともかく、今日を境にかなり日常に戻れた気がする。
そして自分がオペをしたことをよかった〜と思っている。例えこれでこのまま子供ができなくても内膜症を治療してもらったことには意味があるし、例え内膜症の症状があまり変わらなくてもこの患者経験はすっごい自分の中で貴重!!って思える。
ここ数日のすべての経験がとても新鮮に思えている私です。
■ 2006/01/30 (Mon) すっかり普通に・・
無事3連勤が終わった。穏やかな週末プラス今日(月曜日)で助かった。
昨日あたりから痛みもほとんどなく、出血も止まった。確かに痛み止めは6時間おきくらいに予防的という目的も兼ねて飲んでいるが、それで十分。
・・ということで残念ながら(?)患者日記はもう終わり。
あっというまだったな。。しかし人間の治癒能力はすごいな〜。
ま、そんなこんなでだんなに止められながらもJust in caseでタイボーグッズをもって仕事に出かけた今日。ちょうど夜のクラスがビギナーのクラスでもあり、仕事で遅れていくので後半30分しか参加できないのもあり、リハビリにはもってこいだよな〜・・・と思いながらつい行ってしまった。
ジャンプしたらちょい痛かったが、思ったより動けてびっくりした。
そして何より気持ちが満たされた。
汗をかくって気持ちいい。。。
・ ・とまあ、こんな感じですっかり普通です。
■ 2006/01/31 (Tue) 完全復活
しております。
しかしちと控えめに今日は朝と夜、タイボーのビギナークラスに参加。ビギナークラスったって、まじめにやればかなりの運動量。ひとつひとつ基本に戻って動きをおさえていくのは、慣れてきた今だからまた大事だな・・と思う。
昼間は友達とランチして、お昼からは夜のクラスにそなえてお昼ね。至極の時間やね。
考えたらしばらく家のことしてないな・・
とりあえず洗濯はしたけど、郵便物とかがそのままになってるぞ。。
ま、そのうちやろう。
おっと、郵便の中にひさしぶりの義理母からお手紙発見。
そういえば、正月に「あけましておめでとうございます」と電話して以来電話してなかったな・・・。
年末ジャンボがニアミスで1等を逃したというニュースと、その証明となるコピーを同封してくれていた。(しかもカラーコピーで・・。やまちゃん、やるなぁ・・)
うおー、ほんとに組み違いなだけで、しかも数字が1つ違うだけで2億円を逃してる・・・。これはかなり興奮もの。。
そしてさっそく電話をかけてみた。(ってか、いつもは「便りのないのが元気な知らせ」とかでやんわり電話してこいよ・・メッセージが入るのに、今回は「声をきくのを楽しみにしています」とダイレクトなメッセージになっていて、さすがのノラ嫁もやばい・・と思ってすぐ行動したのでした)
電話ではそういえば言ってなかった今回のラパロのこと、報告しておいた。「心配かけるといけないと思って終わってから言おうと思ってたんですよぉ」って。(ほんまかい!?)
息子であるだんながいう義理母の別称がやまちゃんそして「ピッチングマシーン」。その名のとおりおしゃべりの私が圧倒されるくらいしゃべりの弾丸トークとなるやまちゃん。コミュニケーション成立に難を要する。
そのお義理母の反応。
「もうそんなん、ええで、ええで・・」
どう反応したらいいんやろう。。私。。。
実に気を使ってくれてるのはよーくよーくわかる。ありがたい。ありがとう。
しかしどうこっちが反応したもんか・・・。こっちの言ったことどう理解してくれはったんか・・・かなり不明な点が残りながらの電話となった。(ま、いつでもこうです)
ま、自分の親にかける電話の頻度とあまりに違いすぎるので、もう少し電話をするだけでも親孝行せんといかんな・・とは思ったのでした。
しかし、やまちゃんからの手紙、宛名書きの英語、ものさし使って書いてくるから、怪文書みたいで怖い。

