
■ 2006/05/03 (Wed) お義父さん
前回日記を書いたのが4/29の朝。その日の午後、だんなと病院に行ったらちょうどナースやドクターたちがお父さんの部屋へドタバタと飛び込んでいくところで、急変が起きた瞬間だった。
いわゆるコードブルーの状態。挿管し心臓マッサージが交代でおこなわれているのがちらちらとカーテンのすきまから見えていた。
家族が全員揃うまでの約50分間続けられた心臓マッサージは家族の同意を得てとめられた。
4月29日午後3時のことだった。
お義父さん64歳。
葬儀の手続きから葬儀の準備、お通夜に告別式とあわただしい緊張した日が過ぎた。自分の父の時以来の身内の不幸だ。が、あのときは高校生だったから細かいことはやらなかったし、知らずに過ぎたことも多い。今回いろいろ学ぶことがあった。
次男の妻という立場。もっとお気楽だと考えていた。だがいろいろあってとにかく精神的に疲れた。いや、現在進行形。
結婚とは家族のつながりなんだな〜・・。
ともかくだんなのがんばりを見ていると惚れ直す。本当によくやっている。そのだんなを支えるためにもこんな愚痴を言ってる場合じゃないな・・・。
どこの家族もいろいろあるんだろうな・・。
お義父さんの死を純粋に悲しむ時間が全くないのが悲しい。
今のところ、予定通り5/15にアメリカに戻る予定になっている。
■ 2006/05/09 (Tue) 92歳
いろいろある毎日。落ち着いたんだか、まだやることはあるんだか、忙しい気分というかどよんとした気分が四六時中ある。そういう感じ。
今日はだんなと別行動。かわいいうちのおばあちゃんに会いに行った。なんやかんやいってもうおばあちゃんは92歳。見た目は年々老いていってるが、頭はまだまだシャープだ。笑いのツボもきっちりおさえてる。しゃべってるとゲラゲラ笑かされることが多い。
ボケ防止のひとつとして小学校4年生の漢字のドリルをやってると見せてもらった。意外と4年生の漢字って難しいな〜と思った。昔はもっとしっかりとした字を書いていたおばあちゃんだったが、今はひょろひょろの字になっていた。
そんな安定しない視力と手で勉強しているおばあちゃんを想像するだけで涙がでそうになる。(前にも言ったことあるかもしれないが、私は老人フェチな傾向がある)
今回は92歳に元気をもらった。
いつまで生きるんやろ私・・・とおばあちゃんはおばあちゃんなりに長寿に対して不安はあるみたい。
いつまでも元気でいてね。
■ 2006/05/10 (Wed) 前の職場
前に働いていた職場関連の所(病院看護部と大学)へ顔を出した。
突然の訪問にも関わらずいろんな方に会うことができたし、いろんな方が気持ちよく迎えてくれたのがとてもうれしかった。
ついこないだまで自分がそこで働いていた気がするが、もう5年以上も前のことになんだなぁ・・と時の流れを感じる。
いろいろ話を聞きながら(もしももしも自分が日本に帰ってきたら自分に何ができるか・・)を考える。
時間は流れているわけで、こうして今回は家族の不幸もあった。永住権はとったわけだけど、いつまでアメリカにいるかなんてわかんないしな・・・。
いろいろ刺激をもらったいい一日となった。
帰り道、(今日を境にようやくお葬式気分が抜けはじめた・・)と思った。外へ出て、人と話をして、いろいろ聞いてもらって、とてもいい気分転換となった。
ありがとうございました。
■ 2006/05/11 (Thu) 石井 慧選手
今回、お義父さんの不幸はあったが、それとはまったく反対に非常におめでたいニュースが同じ日にあった。
私たち夫婦の柔道の恩師、石井先生(いつもここだけは名を伏せない私)の息子さん、慧くん(くんなんて気軽に呼べる立場ではないがここではちょっとフレンドリーに呼ばせてもらおうっと)が全日本柔道選手権で優勝した。オリンピックの金メダリスト鈴木桂冶選手に勝っただけではなく、山下選手の記録を抜く最年少での優勝となった。
この大会は階級別ではないので、優勝者が各階級ごとにいるのではなく、全体で優勝者がただ一人と、実質オリンピックよりもこの頂点に立つのは難しいようなタイトル。
そんな大きな意味のある大会で優勝。
新聞の一面記事にはなるわ、当然スポーツ新聞にはかなり大きくとりあげられるわ、テレビにも放送されるわで、大事となった。
石井先生を恩師とした私たち高校の柔道部OBがメインとなってすでに後援会を立ち上げている。もっちろんうちら夫婦はそろって会員。今日はその祝勝会となった。
慧選手はすでに海外遠征に行っているし、たとえ日本にいても練習があるだろうし、会には不参加。父である先生を囲んでの祝勝会となった。
ちょうど自分たちが帰国している時期にこういうのが重なってラッキーだと思った。祝勝会では久々に会う先輩方の顔ぶれもあり、それはそれで同窓会のようなうれしさがあった。
しかしこれで「北京」へ一歩近づいた。
出てくれたら絶対応援に行く。
自分の知り合い関係でオリンピックに出られる可能性を持ってる人がいるなんて光栄すぎる。
夢をありがとうという気分でいっぱいだ。
柔道に興味のある方、どうぞ応援お願いします。
■ 2006/05/13 (Sat) 1泊旅行
今回本当に実家⇔だんなの実家の往復がほとんどだった。だんなは体調壊すし、私のじっとしてられない症候群?みたいなものがうずうずしてくるし、もうすぐアメリカに戻るが、何かひとつ楽しいことしよう・・と、温泉旅行計画をした。
そして昨日・今日と1泊で、和歌山の白浜温泉に来た。
ホテルのロビーにある無料インターネットよりバス待ち時間を利用して日記を書いている。
小さいころに行ったきり。近いのに、近いからこそ、これまであまり興味がなかったが、来てみるとすごいいい所。日本のいい所をこうして大人になって知っていくのもまたたのし。。だ。
温泉もぬるぬると気持ちよかった。ホテルも実はカラオケボックスで見つけたパンフレットにのっていたもので、値段も安めだし、怪しいかな??と思いながらだったが、なんのなんの、とってもきれいで、食事もサービスもかなり満足させてくれるものだった。
雄大な自然の千畳敷に三段壁、すばらしかった。
残念ながら雨だが、それもまた風情があってよろしというところだ。
日本にいるのもあと数日。月曜にはアメリカへと帰路につく。
モルモットぬっくんは元気だろうか。。
そして私、英語覚えてるかな・・。なんかぜーんぶ忘れてそうで怖い。
■ 2006/05/15 (Mon) 関西空港より
ただいまチェックインを終え、空港で飛行機を待っているところ。
ついに帰国だ。
おいっことの別れはつらかったな〜。「次はいつ帰ってくるん?次に帰ってきたときにはもっとおってや」といわれ、こっちが泣きかけた。
おいっこと私の絆はとても強いのです。
いつまでおばちゃんになついてくれるのかな。。男の子だし、そのうち挨拶だけしてすーっと素通りされる日がくるのかもしれない。
だんなは特にいろんなことに疲れ、二人でそろそろアメリカに戻りたいねという日々だった。私も今は働いて、タイボーして・・という普通の生活にもうそろそろ戻りたいと思っているところ。
日本に帰ってきても、アメリカに戻ってもどっちに向かっても「帰ってきた」と思うが、私たちの今現在の居場所はアメリカなんだなーと思う。
・・・というわけで、これから帰ります。
■ 2006/05/16 (Tue) 体がボワ〜ンと・・
帰りの飛行機は80%くらいの乗客率だった。が、4列の端と端をとってもらうことによって、4列まるまる二人で占めることができた。誰かが間に入る可能性はあり、4席とも確保できる保障はないが、昨日はラッキーだった。こうなると気分的に機内でゆっくりできる。
機内での映画はブロークバックマウンテンがあった。見たい映画だったのでラッキーと思った。が、正直な感想「気持ちわる・・」で、評価はいまいち。
だんなは「マディソン郡の橋に続くわけのわからない映画」と辛口批評。そう、うちのだんな様は不倫ものとか浮気もののストーリがどうやらきらいらしい。
ぬっくんは元気だった。どうやら私たちのこと覚えててくれてたっぽい。ペットシッターの友達が大事にかわいがってくれていたのがぬっくんの幸せそうな顔からわかって安心した。
お昼すぎからは眠気と戦いながら片づけをし、二人とも夕方6時過ぎからノックアウト。
早々に部屋を暗くして寝ることにした。
途中起きたがそれでも朝まで割とよく眠れた。
よっしゃ!時差ぼけなし!
といきたいところだったが、体がぼわーんとする。
タイボーに張り切って行った。
気持ちはあるのに体がついてこん状態。途中何度も目の前が白くなった。かつてギブアップしたことはなかったので最後までやりたい・・と思ったが、医療者ともあろうものが、倒れるのは格好悪い・・と自制心が働き、結局45分でギブアップ。頭を低く保って10分ほどしたら割と復活した。完全に酸欠状態だったようだ。
気になるのは体脂肪。
日本で姉の家にある体脂肪計ではアメリカで測るよりも7-8%高くでた。なんで???やっぱ日本のおいしいもので太ったか・・と思ったが、アメリカに戻ってきてうちので測ると前とそうかわらない。日本でよりもやはり7-8%低くでる。
ちなみに同じブランドの測定器なんだけどな・・・。器械個々の誤差にしても開きが大きすぎる気が。。。
どっちを信じるかより、推移を見るしかないな、こりゃ。
お昼はちょっと昼寝をはさみ、買い物に出かけ、夕飯の段取りをして、また夕方タイボーのイントロクラスに出た。
イントロは午前のクラスよりもましだったが、しかし前はもうちょっと余裕があったのに、今日はまだしんどい・・と思った。
体はこんなにすぐになまるものなのね・・・。
■ 2006/05/19 (Fri) すっかり普通
日本からこっちに戻り、今回はたいした時差ぼけなく普通に戻れた。
職場で英語とかやることとか忘れてたらどうしよう・・・と少々不安だったが、そんなにギャップはなく大丈夫だった。
自分で自分の日記を読み返さないといつのことだったが忘れてしまったが、数ヶ月うちのフロアに全身Woundで入院していた患者さんが、退院した後、また今うちの病院のリハビリの病棟に戻ってきていると聞き、今日働いていたメンバーの中でその患者さんによく関わった人たちが集まって彼を見舞いにいくことになった。
率先して「行こう!」と声をかけてくれたのがベテランナースGさん。ディスチャージプランナーと、PTたちも一緒にその患者さんに会いに行った。
もういつ亡くなってもおかしくないかも・・・というくらいWOUNDのみでなく全身状態も悪くなった時期もあったのに、驚くくらい元気になっている彼を見て衝撃を受けた。
ぼろぼろになった皮膚を皮膚移植してきれいにするが、なかなか乾燥せずずっと皮膚は湿った状態で「これがきれいになるときが来るんだろうか。。」とみんな思ってた。ごはんも食べれず、意識ももうろうとしてた時期もあったのに・・・。
限りなく彼は普通の人に近い状態になっている。
残念ながら足の指10本とも、そして手も片側は手首から先が腐ったので切り落としたが、そのそれぞれの断面はきれいにふさがっている。
指のない足で今は歩行器を使いながら歩けるという。
うちの病棟にいるとき、彼が歩けるなんて想像もできなかった。うちのフロアから他の施設へ転院するときも、寝たきり同然の状態だった。
いや、彼の治癒過程にはなんとも感慨深いものがある。
が、もっと感激して私の涙を誘ったのはWOUNDのフロア、この道25年の超ベテランナースGさんが涙を浮かべていたこと。
患者さんと家族に対して「よかったね・・すごいね・・」と言いながら・・・。
彼女は自分の親くらいの年齢だ。
ベテランが涙を流すのをおかしいっていうわけじゃないけど、こうしてナースを何年やってても患者さんに涙を流せるナースってすごいな・・とそっちのほうに感動した。
Gさんは普段感激やではなく、どっちかっていうとクールな感じ。なので、私の驚きはひとしおなのだ。
そう彼女はいろいろ資格ももっているが、管理職にあえてならず、自分で選んでベッドサイドケアを続けている人。・・・とはいえ、ある意味「病棟の主」みたいな存在だから、管理職の人たちも実際は彼女に頭が上がらないこともあり、そういう場面も多々見かける。
いやー、いつまでも自分もそういう姿勢で患者さんに接することができたらすばらしいなーと思った。
いい先輩がいる。こんな環境で働けるだけでも私は幸せだな・・・。
■ 2006/05/26 (Fri) 1週間
があっという間。
タイボーではなんだか体が重い。体重の増加はそれほどでもないが、案の定体脂肪が増加している。
そうそう日本に帰ったとき、2回ほど母親の行ってる近所のスポーツジムに行った。そこでエアロビをとったが自分にとって楽勝〜、いや物足りなーい・・・と思った。たぶん一番激しいクラスではなかったんだろうけど、でもタイボーの動きは普通のエアロビより激しいんだなーというのは感じた。
同じクラスをとっても、人によって、いや自分自身でもひとつひとつの動きにどれだけ力を入れるかで全然疲労度合いも消費カロリーも違うと思う。しんどさはやり方にもよるんだけど・・。
Anyway・・・行くことは行っているが、ちょっとだけタイボー通いがペースダウンしている今日この頃。
仕事・・
同じ年くらいのゲイの患者さんがいた。HIV positiveだけどまだレベルが低いから薬は必要ないといわれている段階。胆石の手術後の入院だった。(普通は日帰りなんだけど・・)
まあ、ナースにとって受け持つには楽な患者さんだった。
術後だし、おなか動かすにも肺炎予防にも「歩いて歩いて!」というがなかなか腰の重い患者さんだった。
で、ようやく部屋の外にでてきてくれたと思ったら、ナースやスタッフたちがいるのを見て、「恥ずかしい・・」と部屋に戻ってしまった。なんだか見た目の男性っぽさと、その行動の女性っぽさのギャップに一瞬私がとまどった。
それでゲイやレズビアンの話にスタッフの間でなった。
こっちはカミングアウトしてる人が多いし、あの人もこの人もと名前をあげだしたらきりがないくらいいる。(医療界は多いといわれている。なぜかは知らないけど・・)
でもすごーいびっくりしたのはいっつも週末一緒に働く一人のRNがレズだったこと。周知の事実だという。周りは私が知らなかったことに驚くし、私はうそだうそだ・・と連呼するし・・。
ゲイの見分けはなーんとなくつくようになってきた。でもレズビアンの見分けはまだ私にはできないようだ。
そういえばシフト中いつも一度はGirl Friendから電話がかかってくる。よくつなぐので名前はよく知っている。でもそれって普通の女の友達だと疑うこともなく思い込んでいた。
そうそう、その人娘さんがいるんだよな〜。だんなさんとは昔に離婚してるとか、あまり娘とは連絡とってないとかは聞いたことあったけど。大体娘がいる人が後に同性愛に走ることって・・・と。・・というようなことを、話している場で口にすると、「そんなことよくあることよー」と私以外全会一致。
ゲイの人とはけっこう働きやすいと感じる。どこか共通する視点があるような気がして。。だからゲイやレズに偏見とかなくやっていってるつもりでいるんだけど、予期せぬ人がそうだと知ると、やはり驚くもんだと自分に気づいた。
これもいろいろあるアメリカ社会のひとつ。
おうちにて
「24」のセッションU、トータル24話を見終わった。
だめ。すごいいつもいいところで終わるから、次、次・・と寝不足で見てしまう。
しばらく「24禁止令」を出した。やることもやらずに見てしまうのでだめだ。しかしセッションX(あれYだっけ?)くらいまであるの、全部見てしまいそうだな・・。
私、影響されやすいので、ここのところ撃ち合いする夢ばかり見るんで、心穏やかじゃないんですけど・・。
■ 2006/05/29 (Mon) Memorial Day
Memorial Dayといったところでアメリカ生活6年目に突入しておきながら何の日なんだかいまだにピンとこない。しかしアメリカの数少ないホリディのひとつで、働くとTime and Halfといって時給が1.5倍になる。でもって、平日ほど忙しくないからこの日の仕事はおいしいな・・と思う。
今日は想像通りおいしい一日となった。
朝からずっと受け持ち患者さん3人で、入院が来ることなく最後までいった。
そうそう、4月からうちのWound Care Unit、15床に対して3人のRNだったのが4人のRN配置と変わった。Wound Care Unitとして単独で存在はするが存在は一応Surgical Floorに属する。(うちは比較的大きい病院なのでMed/SurgでなくMedical FloorとSurgical Floorが分かれて存在している)
が、最近病院上層の関係者の入院があったりし、いかにうちのWound Unitが手のかかる患者さんが多いか・・ということがわかってもらう機会があり、その上部のはからいやうちのスタッフの繰り返す訴えの甲斐あって、患者:ナースのRatioを変えてもらうことができた。
つまり一人のナースは3人もち。この人に一番重症をアサインする。そしてあと3人のナースはそれぞれ4人もち。そしてもちろん15床に対して二人の看護助手さんがいる。
かなり職場状況が改善された。
ちょっとぼーっとできる時間が12時間中にあることは非常にいい。いらいらすることもそんなになく、Nastyな患者にもナイスにできたりする。前みたいに朝7時にいったっきり夜7時半までノンストップということはさすがになくなった。気持ちのゆとりは非常に大切と感じる。
むしろ状況によっては12時間が非常に長く感じることもある。こうなるとどのスタッフと一緒に働くか・・がその日の楽しさを左右する。
嫌いなスタッフはいないが、やはり話しが合う人や話しやすい人はいる。
今日の人は話しが楽しい人たちだった。二人のナースとずっと結婚や家族や住宅についての話しをしていて、二人とも私のだんなになぜか興味津々だった。
そんな今日はだんなが仕事お休みなので病院までお迎えに来てくれることになっており、帰りにその二人はうちのだんなと待望の(?!)ご対面となった。(車越しだが・・)
一人のほうがじーっと覗き込むようにだんなの顔を見ており、おかしかった。だんなもびっくりしていた。
「なんか俺じっと見られてたよな・・」と言っていた。
明日また彼女と働く。明日絶対なんかコメントしてくるだろう。
ま、そんなこんなで最近タイボーちょっとさぼり気味。かつジャンクフードを無性に欲するこの頃。今日の夕食は久々のIn-n-Outバーガーとなった。安いのに満足が得られるアメリカの食事を代表する一品だ。(チェーン展開は西海岸だけだったっけか??)
■ 2006/05/30 (Tue) 今日のできごと
世間の3連休後の今日、どたばたとドクターがやってきて新しいオーダーが多く、忙しい1日となった。
数回受け持っているがんこじいさんがいる。理不尽なことをしょっちゅう言うので嫌がってるナースたちもいるが、そのおじいの態度に慣れるとかわいいと思える。
じいさんCHFをおこしていて全身ぱんぱんにむくんできた。今となっては足の指を切断したことはマイナーで、呼吸状態や心機能のほうが大きな問題となっている。
そのじいさんの親戚と名乗る人が面会にきた。名前を聞くと患者のwifeとしてインフォメーションシートにのっている人だ。だが彼女は「私は彼のwifeじゃない」と言い切り、そのwifeというのを消しておいてほしいとまで言われた。「じゃあどんな関係なのか?」と聞くとちょっと面倒くさそうに「I am his daughter's mother」といわれた。「あ、そうなんですね」と私はちゃんと情報をとったつもりで部屋を出た。
でコンピューターでその情報を修正しようとした。・・・がちょっと待てよ。。彼の娘の母親ってつまり。。「ワイフ」じゃない??
・・・と周りの人に聞きまわる。
いや、ワイフでなきゃいけないわけじゃないよね・・。とか、人にいえないような関係??とか、皆の憶測が行きかう。
結局そのなぞの女性が帰ったあと、患者さん自身に聞いてみた。じゃあ「あー彼女はex-wifeだよ。でも彼女そういう風に表現するの嫌いみたいなんだ・・」と。
なんだかな・・。いろんな人がいる。
仕事の帰り、Bed Bath & Beyondにいった。来月結婚する職場の子のウェディングギフトを買うためだ。このお店は家庭用品がずらり勢ぞろいするお店。高級なものもあるがお手ごろ価格のものも多く、私はけっこう好き。去年、引越しした際はよくお世話になったものだ。
ちなみにこっちで結婚披露宴に招かれるときは日本のように3万だとかいう高額なお金は包まないのが常のよう。(これを言ったら毎回驚かれる)
たいてい新郎新婦は「Wedding Registry」といって、数種類のお店にあれとこれと・・とほしいものを登録する。そしてこの店とあの店に私たちは登録していますと祝ってくれる人に伝える。お祝いをする側がそれぞれの予算にあわせて彼らが登録しているもの(つまり彼らがほしいと思っているもの)の中からギフトをチョイスするというしくみ。もしもう誰かが購入済みなら購入済みということがわかりプレゼントが重複しない。
素敵なシステムだ。(出産祝いのときもこのシステムを使う人をよく見かける)
彼らはこのお店にも登録していた。で、私がこのお店で今日まで使える20%オフのカードがあったので、閉店間際に駆け込んだ・・というわけ。
品物は決めてあったので品物をとってすぐに開いてるレジに並んだ。
どうも自信なさげな黒人のおねえちゃんだった。精算を終えたあと、人を放送で呼んでいる。誰もこない。そんでそのお姉ちゃんがその場を離れてしまった。10分たった。戻ってきた。(このようなことはアメリカではわりと日常茶飯事。戻ってきただけマシだと思った)
包装しはじめた。どうもこれに自信がなかった様子。最初こっちを苦笑いで何度かみることがあった。そのうち完全に背中を向けてしまった。
まずどう見ても入らない大きさの紙袋を最初にもってきた段階でおねえちゃんへの期待値がぐんと下がった。無理やん・・と思いながら見る私。
入れてみて品物が袋に入らずやっぱり無理だった・・と違う袋を選びにまたレジを離れる。
次はどでかい袋を持ってきた。(でかすぎるやん・・)と思うがちょっと離れたところにいるのでつっこむこともできず。
そんなこんなでまず外の紙袋を決めるのに4つもの袋を無駄にしたお姉ちゃん。
薄い「ティッシュ」といわれる包装紙で品物をつつんでくれ紙袋に入れる。莫大な時間がかかる。もう十分、それでいいよ、あとは私が家でなおすから・・と思うが、それでもまだ続く。
最後にティッシュをふわっふわっといれ、花のようにしたかったらしい。
が、時間がかかって最後できあがったのは、紙くずが紙袋から飛び出たようなものとなった。ぐすん。。
しかし一生懸命が伝わってきたので文句言う雰囲気でもなく、そのおねえちゃんの気持ちには素直にありがとうと思えた。
あ〜、日本のお店のラッピング技術ってほんとすごいよなー。日本だったら普通にこういうところで働く人はラッピングできるもんな〜。。。
■ 2006/05/31 (Wed) エアコン
エアコンじゃないな。セントラルヒーティングシステムだ。それが壊れている。・・なんて今始まったところじゃない。このコンドを購入して以来壊れ続けている。風はでるけど冷風にも温風にもならない。
でも年間通してエアコンがいる時期が非常に限られているためある時を越してしまうと「ま、いいか・・」とそれで1年以上もほったらかしにしてここまで来た。
去年の12月に寒いと思って見積もりをとったが、値段が高い・・という理由でなんとなくやめてそのまま。
また暑い・・と感じる季節がやってきた。
先週また違うカンパニーから見積もりをとりに来てもらった。気のよさそうなメキシカンのおじちゃんだった。すごく丁寧にみてくれているのがわかった。出てきた見積もりが高かった。このおじちゃんに直してもらうのは悪くないな・・と思ったが、もう一社の見積もりを見てから・・と今日また他社から見積もりに来てもらった。
中東系のおにいちゃんおじちゃん(微妙な感じ)だった。家の中にあるマシーンだけをみて屋上にあるマシーンを見ずに答えを出してきた。見てきてよ・・と言ったが「ちゃんと音がしているから見に行く必要がない」と断られた。見積もりに来ておいてそれはおかしい。。壊れている部位を説明するその姿もいかにも手を抜いてる・・という状況だった。
信頼ならぬ・・。
メキシカンのおじちゃんのところにしようと思う。
ただ3200ドルもするんだな・・・。器械が二つあって二つとも新品にやりなおしたら4700ドルだって。。
もう一回電話した。値段を交渉したいと。。
折り返し電話がかかってくるのを待っているところ。
どうなるかな・・。
ことがややこしくなると(もういいや・・・やめたやめた・・)と、どんどん面倒くさい症候群が私の中にでてくる。しかしそれではこの夏暑い日が来るたびに後悔しそうだし、それを越えてもまた次冬が来る。
うーん、今回かなり懐が寒いがFIXするしかないよな。。
持ち家の大きな欠点はここにありだ。。。

