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■ 2006/07/01 (Sat)  吉本新喜劇


朝からタイボーで汗を流す。
そしてオーシャンビューのカフェにてシーブリーズを感じながらだんなとブランチ。
LAの夏、最高!と思う瞬間。
やっぱり私夏生まれだから夏が好きなんだな〜。。

夕方からハリウッドへ。
そう遠いわけではないけど何か機会がないとなかなかいかない。そう久しぶりのハリウッドだった。
ちょっと買い物して友達と待ち合わせをしてコダックシアターにて吉本新喜劇ご観覧。
開場する時間帯のハリウッドはかつてみたことがないくらい、これでもか!っていう日本人の集団になっていた。

期待していなかったわけではない。
でもなになに、本当にめっちゃ面白かった。予想をはるかに超えた面白さだったし、会場全体の盛り上がり方とかも非常によかったのでその成功ぶりに驚きさえ感じた。
みんなが一斉にでてきて歌うたって挨拶する最後なんて涙でそうになったもん。。(絶対それは変や。。と自分でわかってるので泣きはしなかったが・・)
今回スーパーであたった券で行ったため後ろのほうだったけど、次回はお金出して前のほうのチケットすぐとります。

今ちゃんのつっこみすばらしい!内場くん素敵!やすえちゃん面白すぎ!
そして板尾さん、最高!(By 一緒に行ったAさん)



■ 2006/07/02 (Sun)  カタリナアイランド


今週末は目白押し。
はりきっていたのでスキッと朝も目が覚めて家をでる準備。
行きの船は若干酔いそうになったがまあ大丈夫だった。

いい天気。そして街が絵に描いたみたいにきれい。いろんな色づかいのおうちや建物がきれいに海から山手に向かって並んでいる。絵葉書そのものだ。
なにげにたてた計画がスムーズに一日を動かす。

まずは街観光。トラムにのって約1時間。運転手兼ガイドのおばちゃんのドスの聞いた声での説明とともに街中をぐるぐる走る。
写真のスポットではちゃんととまってくれる。
街の大きさが大体わかった。なかなか予想通り小さい街だった。
説明の中では私の働く病院の話しが度々でていた。そう、この島には大きな医療施設がないから緊急事態や大きな病気をしたらうちの病院にヘリで運ばれる。ヘリで来てヘリで帰った患者さんがそういえばいたな〜と思い出していた。

その後ランチを食べビーチに向かう。すべて歩ける距離内にあるって感じで非常にいい。
ビーチは人がいっぱいだったが、なぜか空気がおだやかにゆっくりながれているような感じがした。人がいっぱいなのにいわゆるゴミゴミ〜っとした感じがなかったのはなんでだろう・・・。空が高いのかな〜・・

酔い止めが効いてるのか、お昼食べた後だからか異常に眠くなりビーチでお昼ね。
その後ジュース飲んだり、小さなショップをまわったりして、夕方から海底船っつうのかな?そういうものにのる。船の中から海中を見る。えさとともに大群の魚が集まってくる様子が見れた。

そしてディナー。
なんだか食べたり飲んだりしてばっかりだ。
せっかくだから・・とシーフードへ。
最初のクラムチャウダーとサービスででてきたパンですでにおなかいっぱい。
その後メインがでてきたけど、おいしいっ!って感動する余裕がもう私のおなかにはなかった。。

そんなこんなで帰りの船に乗り込む時間。
夕飯と一緒に飲んでおいた酔い止めがちょうどいい具合に効き始め、だんなも私も船に乗って座った瞬間から眠りにおち、着いたというアナウンスで目が覚めた。帰りは船酔い知らずだった。あれだけ食べてしまったし、気分悪くなったらやらいことになるなぁ・・と案じていたんだけど。。よかったよかった。。

そして家に到着。
あっという間の楽しい日帰り旅行は終わりました。



■ 2006/07/03 (Mon)  一日ぐったり。。


朝8時半のタイボーに行く予定だったのが起きられず。
しかし8時半どころかお昼前までまったく体が起きようとせず熟睡してしまった。
お昼は一旦洗濯や買い物にでかけるが、家に戻ってまたごろごろ。どうもだるい。
きっと昨日太陽にあたった時間が長かったのが疲れの原因なんだろう。。。

まったくリラックスしに行った旅行で、翌日これほど疲れててはどうしようもない。。

夕方も夜もいつもならはりきって行くクラスのタイボーがあったのに、体が言うことをきかずどうしても行く気になれなかった。
そして振り返るとほとんど家でごろごろして過ごした1日となった。



■ 2006/07/04 (Tue)  JULY 4TH


独立記念日。お休みではなくレギュラーの病院でのお仕事。
しかしいい日だった〜。すごい楽ちんで、12時間中、ずっと同僚としゃべっていた感じ。
いつもよりうんと楽で、そしていつもの1.5倍のお給料がでる。うん、おいしいおいしい。

こないだパートタイムの病院の忙しさのこと愚痴ったが、あれはMed/Surgだからかな〜・・。
あれだけ忙しいと感じる日もありながら、こういう日もあるのをちゃんとお伝えしておかないとね。。

夜は友達家族が来てくれて花火をうちから見ました。
近くに大きいのは見えないけど、広域にあっちこっちからバンバンあがるのが見える感じ。必死で見ていたのは最初のほうで後半はおしゃべりに夢中だった。
今、裏に建物建築中。来年にはできる予定らしいが、うちからの視界がさえぎられる可能性も大いにある。
こんなに花火がきれいに家から見えるのは今年が最後だったのかも。。。そう思うとちょっと寂しい。。



■ 2006/07/05 (Wed)  だんな様、お誕生日


だんなのお誕生日というのに仕事を入れている私。
どうもこの週の仕事の入れ方をまちがったらしい。。
まあいいとして、今日はパートタイムの病院での仕事。

ここ2回連続このパートタイムの病院での仕事、めちゃめちゃ忙しいのが続いていたので、ここで働き続けるのも考えものだな・・と思っていた。
が、今日はおだやかなスタートとなった。
朝からどこかの会議であまったブレックファーストが流れてきたり、ランチまでいただいたり、なかなか楽しい前半を過ごした。(食べるものにかなりつられている私。。)

が、夕方になってまたドタバタと忙しくなった。
ありえない・・・パートVだ。

後半押したので、定時に病棟を出ることはできなかったが、総体的には全然コントロール範囲内の忙しさだったので、大丈夫。

夜は家に一旦帰ってうちで待ち合わせ。ぱたぱたっと着替えてだんなと誕生日ディナーにでかける。
だんなのリクエストもありお寿司やさんに行った。

いつもと違うところに行ったが、まあまあそこそこ。。。
アメリカでこの味なら上等だが、かといって値段の割りに舌がびっくりするほどおいしいわけでもない。
まあ、こんなもんかねぇ・・なんていいながら帰ってきた。

そもそも水曜夜8時は仕事がある日もない日もたいていタイボーにでている。楽しいクラスなんだな〜これが。。
先週だんなの誕生日が水曜であることを知った私は「え、タイボー行かれへんやん・・」と意気消沈する。
でもタイボーで誕生日祝ってもらわれへんかったと一生言われるのもいややし、誕生日ディナー行こ行こ!と気持ちを切り替えた。

そんなだんなは今「俺の誕生日のせいでタイボー行かれへんかったって一生言われそうやな〜」と危惧している。

大丈夫よ。
ともかく、35歳、おめでとう。
年を重ねていくのを一緒に楽しみましょうね!



■ 2006/07/07 (Fri)  はざまで・・・


とっても頭のおかしな患者がここ数週間Wound careにいた。車に一人で住んでいる彼女はいわゆるホームレス。ドラッグ関係で刑務所生活も長かったという。頭がおかしいというのはとにかくAttitudeに問題あり。ちょっと気にいらなかったらすぐにF Wordsを並べる。そしてナースに向かって「出て行け〜!!」と叫ぶ。彼女は嫌われることを恐れず、何人ものナースを毛嫌い、当然それ以上の何人ものナースから嫌われている。
ただ彼女がどうやってピックアップするのか、数人のナースには非常におりこうさん。私も彼女に一度もアタックされたことない一人だった。

彼女はMood swingがすごくて、すぐ泣いているかと思うとすぐ笑い、怒っているかと思いきや何かをおいしそうに食べはじめたりする。一歩距離をおいて見ていると吉本新喜劇ワールドで面白い。こういういのは(ばかじゃないの〜?)とか(頭おかしいんじゃないの〜?)とか思ってみずに(おもろいな〜・・)と思ってみるほうがこっちの精神衛生上よい。

ま、とにかく嫌われもののその患者さん。ディスチャージプランナー(DP)によって保険の関係もあり「今日退院!」と決められた。
複数のドクターたちが退院OKという中、一人足専門のドクターがまだOKを出していなかった。そのドクターの返事待ちというのが数日続いており、DPはそのドクターにしびれをきらしていた。
平た〜くいってしまうと、DPは患者を退院させてなんぼの仕事。ベッド稼働率をあげてなんぼの商売の病院はこの人たちの力によって随分儲けがかわる。この人たちはこの仕事のボスたちにかなりの圧力を受けながら仕事をしている。
が、それこそ(何がそこまで彼女たちを駆りたたせるか・・・)というほど、時にはアグレッシブに患者を退院させようとする。

うちのフロアに常勤するDPは私の印象としてはかなり有能な人。通常はドクターたちと上手にコミュニケーションをとって、うま〜く退院や転院に話を持ち込む。
が、今回このケースには彼女はキレてしまった。患者の痛いやらなにやらという巧みな演技にナースやドクターたちが踊らされ入院日数が延びてるその状況が気にいらなく、昨日も患者とセキュリティーを呼ぶほどのけんかしたというから、普通じゃない。
まず私にその足ドクターに電話して退院のオーダーをもらうように言ってきた。絶対朝の10時までにこいつを追い出すんだから!!という勢い。かなりボッシーな態度で私も朝からあんぐり。

まあまあ、私は私にできることをがんばってみましょう。。
ドクターと話す。よく知ってるドクターだ。昔ナースだったという彼女は非常に優しい足ドクターで誰からも好かれている。
彼女は今はクリニックで患者を見ているから病院に行けるのはお昼になると言ってきた。退院のことを聞くと、とにかく私が行って患者をみるまでは保留にしておいてくれと。
そのことをDPに伝える。
怒る。まるで私にその話を任せたのが間違いだったかのようなリアクション。後で私が直接ドクターにかけるわ・・といわれた。
そしてお昼ごろ、待てども足ドクターが来ない。もう一度私から電話してみる。受付の彼女によるとまだドクターは患者をクリニックでみているとのこと。状況は私にはわかるのでそれ以上無理はいえない。「待つ」しかない。
が、ここでDPは攻撃に出てしまった。ドクターに「忙しいのはわかる、何時に来るのかそれだけ教えてください」「あなたからのオーダーだけを待ってる状況です。何時に来られるのですか?」と非常に鼻息が荒い。あの優しいドクターが電話の向こうでどんな態度をとったのかはわからないが、DPは話の途中で突然電話をガチャン!と切った。
最悪な状況。。。
この電話の周りにいた人ざぁ〜〜っとみんな引いちゃってるし・・・

ま、そんなこんなでドクターのオーダーなしでも転院の話をどんどん進めるDP。私にこの書類とこの書類を仕上げて、3時半に救急車呼んだから・・と、もうドクターを無視している。いやいや、そんなことできないよ、ドクターを待とうよ・・と言っても、ぎろっとにらまれる始末。
え〜、状況がわかんない〜・・・
患者にもあなたは3時半にここを出ますからね!と説明してるし・・・もちろん退院したくない患者は黙ってはいない。二人は大声で言い合いをはじめていた。

そんなこんなでドクターが転院1時間前にやってきた。そして転院先で足ドクターがフォローするということで一応退院はOKとなった。
そして救急車が来る直前、患者が転院拒否。それならAMA(Against Medical Advice)で病院を出て行くと。DPとの口げんかの勢いで患者もその紙にサインをしちゃったもんで、DPは1時間以内に出て行かないとセキュリティーを呼ぶからねと大声を張り上げていた。患者にも問題はあるが、DPの態度は脅迫でしかない。
どうしたものか。。
そして結果、セキュリティーを呼ぶ直前に患者はしぶしぶと出て行った。患者がナースエイドに車椅子を押されていく姿を見てDPは大声でケタケタ笑っていた。

患者とDP、そしてDPとドクターのはざまで非常にしんどい1日だった。
基本的にはアグレッシブな態度な人だがこのDPがここまで変貌したのは初めてみた。ま、この患者がこうさせたってのもあるけど、あんまりだったな・・。



■ 2006/07/08 (Sat)  最強メンバー


Wound care Unitでは15人患者に対し、前は3人RN配置だったのが、今は4人ナース配置。Wound careで働くスタッフナースの人数の関係上、たいていいつもは二人のスタッフナースと二人のリソースナースか、トラベラーズナースか、フロートナースか、とにかくよそからナースが補充されて成り立っている。
が、今日は土曜日なのになぜかめったに起こらない「4人ともスタッフナース」というスタッフィングになっていた。
朝みんな顔をあわせてびっくり!
きゃ〜〜と大喜びする私たち。いや私が一番喜んでたな。。

やはり他から来るナースは基本的にWound careが嫌いだったりするし、Wound care特有のやり方ってのがあるもんで、どうしてもスタッフナースはそれをカバーしないといけない。アサインメントだってスタッフナースが率先してややこしいWound careの患者をとるのがいつものやり方。
4人がスタッフナースだと、自分がいつも背負う責任感が4で割れる感じなのが非常に肩の荷を楽にする感じ。
しかも私以外の3人なんて超をいくつつけたらいいのか??っていうほど超ベテランWound careナースたちだ。

みんな親世代のナースたちで私をかわいがってくれる。(と少なくとも私はそう感じている)
そして今日はいっぱい質問をした。そしていっぱい答えをかえしてもらった。
新入院の患者さん。Wound careのオーダーはWound careのナースにおまかせというオーダー。
すでにあるオーダーに対して処置を行うことはできる。が、新しいケースに対してどのケアが最適かを考えるのはそれとは違う。
自分のジャッジメントによって治癒プロセスが変わることが大いにある。ベテランナースが傷をみてこうだからこれね・・と言ってる姿はお〜・・なるほど〜・・・って思う。

やっぱりWound careって楽しいな〜って思った。・・と同時にほんとまだまだ私、わかってないや・・とも思った。
Wound careのCertificationとりたいといってる自分がまだまだ時期尚早なんではないか・・とちょっと恥ずかしくなる。

生活のために仕事をする。もちろんこのスタンスもあり。
だけどこうして新しいことを学べる環境で仕事ができ、お金をもらえるのはほんと理想的だな・・と今日のこの贅沢な環境にありがたい・・と思ったのでした。



■ 2006/07/09 (Sun)  ビリーとの対面!


前から数回誘われていたのをこれまでいつもタイミングが合わなくっていけなかったが、今日ついにあのビリーに会いに行くことができた。

ビリーとはTae Boの創始者。
LAの北の方に本部をかかえる。そしてそこに彼のジムがあり、そこで行われるタイボークラスを今日は取ってきたのだ。もちろんインストラクターは彼。

誘ってくれたのはタイボーのジムで知り合ったタイボー仲間。彼女は私と同様、いや私以上にタイボークレイジーになっている。日本人で2人の子どもがいてて私よりも7つ8つ年上。めちゃめちゃ元気な人。今月末Boot Campっていうアーミーがやるような激しいトレーニングを3日連続うけてTaeBo instructor certificationをとろうとしてるくらいだから相当だ。
そしてもう一人のタイボー仲間と、一人のインストラクターさんと4人で待ち合わせをして、1台の車でカープールしてビリーのジムへと向かった。

いきなりスーツ姿のビリーをパーキングでみかける。
あれ、けっこう思ったより小さい人だな・・という第一印象。
ところがトレーニングウェアに着替えた彼の見事な筋肉っぷりよ。。。それはテレビで見かける姿となんら変わりなし。黒人独特の肌質(てかり加減)がいっそう筋肉の凹凸を激しく見せてるような感じ。

まあ、そんなでいつものジムは15人くらい入ればいっぱいの大きさの小さなところだが、そこの何倍もある大きさのジムで今日はタイボーをやることになった。80人から100人くらいいたかな??始まる前からジムは人とその熱気でひしめきあってる感じだった。
初回参加なのに同行の人たちにつられて怖いもの知らずでビリーのいる舞台そでをキープしてしまった私。

大きなテンポのいい音楽とともに体を動かす。自分のまん前にスピーカーがあり時には大きな音で耳が痛くなった。
ビリーは舞台からおりて手をかざしてジャブを受けてくれたりする。
場所的にちょうどビリーが来やすい位置というのもあり、かなりたくさんのジャブやらキックを直接受けてくれた。
そしてビリーの汗がシャワーのようにかかってもきた。

はりきって前半飛ばしたのもあり1時間たつかたたないかの段階でかなりばててしまった。いつもは1時間のクラスなので私の体力設定がそのへんなのかもしれない。が、今日は1時間半のクラスだ。
途中しゃがんで、もってきていたアミノ酸を飲む。
しばし深呼吸をして生き返る。
そして後半30分、また復活し、なんとか1時間半持ちこたえることができた。
終わってからビリーとお話しし、一緒に写真をとってもらった。

体はきっついが、なんともいえない爽快感。
帰りの車でもみんな同じテンションだった。
しんどいけど、気持ちいい。そんな感じ。
また機会があれば絶対行くぞ!



■ 2006/07/11 (Tue)  早い


ベテランナースとまた仕事一緒に入れた。
昔Gun Shotを受け、下半身不随の男性。気づいたら大きな褥創、しかも骨まで見えるくらいのを作っていたということで入院。
見てみたら骨が見えるって少々白い骨が垣間見えるとかそんな状態じゃない。両方の大腿の骨が解剖学が学べそうなくらい露骨に出ている。

きれいに壊死している部分をそぎ落として、創の状態がよくなってきたから今日からWound VACを使いましょうというオーダーがでた。

両側にあるし、創のサイズは大きいし、創の辺縁にはポケットがあるし、こりゃ時間かかりそうだな・・と、頭の中でシミュレーションして思っていた。推定所要時間は1時間と。。

一人でやるの大変そう・・と思っていたらベテランナースが手が空いてるから手伝うわよ・・と言ってきてくれた。
そして家族に「大体20分くらいかかると思います」と説明していた。
20分??そんな短時間で???

と思ったが、彼女は手早かった。
ほんと、目算でちょきちょきと創の形になるように黒いスポンジを切っていく。
これは私のこだわりかもしれないが、見た目を美しく仕上げたいというのがある。で、私はいつも形を他の紙でトレースして、スポンジを切っていく。
が、彼女は大体大枠を作って、あと足りない部分は小さいスポンジをいくつもパッチワークのように足しながらうめていき、はみ出た部分は切っていくというやりかたをやっていた。

Wound VACをきちんと作動させるために一枚もののスポンジであろうが、はぎれであろうが、それはなんら変わりはない。

彼女の手さばきは勉強になった。
きれいにやることも重要だが、早くやることも患者さんのためだな〜と・・
患者さんはずっと横向きのつらい体勢で待っているわけだしね。。



■ 2006/07/13 (Thu)  インストラクター


昨日みた患者さんのおなかの創が夢に出てきてうわ・・と思って目覚めた今朝。
おなかの中が膿であふれかえっていてステープルでとめている隙間すきまからどろどろ膿がでてきてたんだよな。。すごい異臭を放ちながら。。結局ぱっくりと創を離開させて排膿することになったんだけど・・
けっこう臭いも覚えてるもんで、悲しいことに思い出せてしまう。いや〜強烈だったな〜・・
患者さん本人がマスクしてたくらいだもん。「あんたもマスクしな・・」って言われたし・・
その患者さんはサモア人のおねえちゃんおばちゃん。どうでもいいけど、ほんとサモア人ってでかい。かつてひょろっとしてるサモア人を見たことがない。(太いよりでかいという表現がしっくりくる)

そんな夢で目覚めた今日はお休み。
休みの日のたびにちょろちょろと作業をしていたが、ようやくやっと今日は日本の卒業校に卒業証明書と成績証明書を英文で出してここに送ってくださいという依頼レターを送ることができた。日本の切手を貼った封筒を同封して・・・。
いや、こういう作業ってやってしまうと何でもないことなんだけど、ほんとひとつひとつ大変。
日本の学校から私がこっちで行こうと思っているWOCの学校に書類が行く前に早くこっちからアプリケーションを送らないと・・・とアプリケーションフォームにただ今難航中。
ひとつひとつ書き込んでいく作業だけでもなんだか時間がかかる。間もなく完了する予定ではいるが、過不足なくきちんと書こうとするのは大変だ。なんだかNCLEXとかのことを思い出す。
ひとつひとつ地道にやっていくしかない。

ま、そんな作業もしつつの、もちろん休みの日はタイボーDay。朝、夕とタイボーに行く。
一番上の先生に話しがあると呼ばれる。
11月のBoot Campに出ないか?と。
Boot Campってビデオでちろっと見たことはあるが、かんなり厳しい集中トレーニング。それを3日だったか連続で受け、そのあとテストがあってパスするとCertificationをもらえ、Certified Instructorとして名前を出せるというもの。(・・だと今の段階での私の理解はこんな感じ)
で、先生はジムの規模を大きくしていく予定だから将来的に手伝って欲しいと・・話しはそういうことだった。

「え、そんなん私にできるんですか〜??」と思わず発してしまった。
「それはあなた次第。私はあなたにその素質があると思っています。」と言われた。

そうなんだよな。。私次第。
自信なんてあるわけないし、やってみようとも本気で考えたことはなかったけど、でもやりたくないって思ってるわけじゃないし、やれたらかっこいいな〜とは思うし、でもメインの仕事があるわけだし、なんだか自分はどうしたいんだかわかんない。。
Wound CareのCertificationとかいって動きだしたところでタイボーインストラクターCertificationか。。。
声をかけてもらえたのはすごいうれしいこと。
どうするかな〜・・・・
どうしたいのかな〜・・・



■ 2006/07/23 (Sun)  たった3人なのに・・・


なんだかんだと前の日記から10日も経過していることに驚き。何かと忙しく過ごしている毎日です。

今日はレギュラーの病院での3連勤の2日目。
昨日初日は最悪だった。もうありえない・・ってくらい次から次へと起こるもんで周りに手伝ってもらいながらも、結局病棟を離れたのが8時45分だった。1時間45分のオーバータイム。忙しいという理由でのオーバータイムでは過去最長記録かも。。。(次のシフトの人が来ないとかで残ったことはあるが・・)
いつもなら12時間勤務の人間たちで入るときも出るときもパーキングがかるーくラッシュになるが、今日は日勤さんのお帰りラッシュはとっくに過ぎていてパーキングが寂しい感じだった。周りもすっかり暗いし、なんでこんなに忙しいのが重なったんだ。。。と思うと情けなくなったのか、悲しくなったのか、疲れも一気にあわさって、車からだんなに電話をかけたとたん涙があふれてきた。
こんなこと新人の時以来かも。。。自分でもびっくりした。だんなもびっくりしていた。
ま、ドカッと一瞬号泣したらなんで泣いてるんだかもわからなくなって案外すっきりして、おなかもすいてきた。疲れてすぐに寝たい気持ちでもあったが、このまま気分を切り替えないで次の日に持ち越すのはよくない。。とだんなとデニーズにでかけた。

しかしそんな今日も忙しかった。ヘビーな患者ばかりなので3人受け持ちにしてもらった。患者の状態も忙しい原因だけど、家族との対応やドクターたちへの応対などそういうことにもかなり忙しい。わけもなく家族から怒られたりするし・・・。そんなことドクターと話してちょうだいよ・・と思うようなことでナースにやつあたりしてくる家族。
一生懸命対応してる末、突然電話でガチャンと切られたらムカッ・・以上の腹立ちを覚える。一緒に働いてるナースたちには「Don't take personal...」と言われなだめられるが・・。

まあ、そんなこんなで昨日も今日も12時間息つく暇がなくノンストップなヘビーな患者さんたちだ。それでもMed/Surgで起こる入院・退院・入院・退院・・で追われる忙しさと違って、ヘビーでも同じ患者を続いて受け持ってその人たちのケアで忙しいというこのいそがしさのほうがまだマシと思う。
さてもう一日、おそらく同じ患者さんを受け持つだろうが、がんばってサバイブしよう。。

しかし暑い。。
この夏の暑さは普通じゃないな。。3000ドル、痛かったが払ってクーラーをなおした甲斐があった。
しかし電気代いくらになるんだろう。。。LAに来てからこんなにクーラー使用したことないので、予想不可なんだな。。恐ろしい。。けど使わずにはいられない。。



■ 2006/07/24 (Mon)  病棟ディレクター


Wound Care UnitのMedical Directorが変わった。前のディレクター、ドクターSは20年くらいこのメディカルディレクターを勤めたが、最後は自分の意見と病院側の意見が対立し、結局やめてしまった。で、このドクターSがやめてからなかなか後任が決まらなく、おじいちゃん先生ドクターS2(これもイニシャルがSなのでS2とここではしましょう)が次が決まるまで・・ということでここ数ヶ月、その役割を果たしてくれていた。
ドクターSの専門はPlastic Surgery。私てきにはかっこいいおじさん先生だったが、傲慢で「ドクターは偉い」という紙を背中に張って歩いているような人だった。昔からいてできるナースとはすごく仲良くお話しするが、新人には目もくれないし、自分があまり好きじゃない人とは話しをしようとしないタイプだった。だから大半の人はこの人のことを嫌っていた。で、それに変わってドクターS2。この日記にも何度かは登場しているが、とにかく基本の表情が笑顔。ベッドサイドマナーからナースへの対応、そしてもちろん整形外科医としての腕もすごい人。S先生の前にたぶんメディカルディレクターやってたんじゃないかな・・。もううちの病院では主のような人だ。
ま、そんないきさつがありながら、ついに次のディレクターが決まった。なんと若い先生だ!その名もドクターW。(ってイニシャルだけど)
あっという間にうわさが広まった。若くてナイスルッキング。ちょっと火曜日のWound Roundが楽しみかもよ〜・・・なんて・・・。

そうメディカルディレクターの仕事は何か?って聞かれたら私もよくわからない。ただ私から見える範囲でわかってることはこの毎週火曜の朝にあるWound Roundの仕切り役。
中心になって意見をいい、中心になって意見を求めディスカッションをまわしていく役割。
S先生のときはナースたちはびびっていた。くだらない発言をしてしまうと突っ込まれるのが怖くてしない人が多かったように思う。(私なんて黙り込んでいたもん)
でS2先生になってみんな好きなこと言うようになって、笑いもあり、前よりうんとなごやかな雰囲気になった。欠点はとりとめもなくしゃべる空気がどこかにあり、ラウンドが長引くという点かな。。
これからはどうなるんだろう。。ドクターWを中心にどんな空気が繰り広げられるか非常に楽しみ。

まだラウンドで一緒になったことはないが、病棟で患者さんを見ているドクターWを見る限りかなり素敵な先生だ。専門はこれまたPlastic Surgery。年齢はおそらく30代後半から40代前半と思われる。ナイスルッキングってみんな言うけど、まあそうかな〜・・という感じ。できる!っていうのが顔からにじみでてる。しゃべると愛嬌がある感じ。男前じゃないけどまあ悪くはない。(なんて私って、何様??)
何せナースの名前を覚えるのが早い。私なんてアメ人ドクターからは非常に覚えられにくい名前なのにあっという間に覚えられていてびっくりした。他の人に対してもそうだ。何事に関しても飲み込みが早いという感じがする。

他にも高圧酸素療法(Hyperbaric Therapy)の若いドクターMもかなりいけてる。半年位前からいるように思うが、めきめき頭角を現しているようで、キャリアの長いナースからは昔のS2先生を彷彿させると言われている。
話しも上手だし、患者への説明する態度とかわかりやすい言葉選びとか見てても人間的にも頭もいい人だな〜と思う。

そんな人たちとチームで働くこのWound Care Unit。偉そうにこうやって書いてきたこの私はなんといっても末端の新人ナース。(このユニットに入って1年3ヶ月がたつのに私がまだ一番の新人。私の後に誰も新しい人が入ってきてない。。ってか誰も辞めないから枠がないだけなんだけど・・・)
若いといわれている30代後半から40代前半の先生たちともそう年齢が変わらない。
もうちょっとチームにも貢献できるよう、もう少し認められるようにがんばらにゃ・・と思ったりする今日このごろです。



■ 2006/07/25 (Tue)  いろんな人生


昨日の職場での話し。
一般的な12時間の流れとして、このWound care unitでは大体朝7時からの申し送りのあと、バイタルサインのチェック(ここではRNがやる)から8時、9時、10時の投薬、その合間に午前中のドレッシングチェンジをしてチャーティング。
そうこうしてる間に11時になって、ランチ前の血糖チェック。(うちのユニットは糖尿病を併発している患者がやたらと多い)
そして自分たちもランチを食べて、昼からまた残りのチャーティング。午後の投薬を済ませると次の忙しいピークを迎える4時くらいまで、つまり大体2時半くらいから4時くらいにかけてスローになることが多い。

そういう時間はおしゃべりタイム。
昨日一緒に入ったナースたちの会話。一人はたぶん50代前半。一人は私と同じ34歳。
二人ともバツイチ子持ち。今はシングル。
50代前半のベテラン白人ナースGはとってもかっこいい。仕事もできるし、美しいし、まだ女を捨てていない・・・と同性が感じる女性らしさを持っている。アルコールに溺れただんなを捨て娘を自分で育てる覚悟を決めずいぶん昔に離婚している。その娘は私と同じ年らしくもう結婚もしており、まさに彼女は50代にしてシングルライフを謳歌しているという感じ。
年下の彼が・・・などという話しも出る。
そしてもう一人、ベトナム人のトラベルナースKは私と同じ年にして14歳の娘と12歳の息子を持つ。
彼女の子供たちが夏休みということで1ヶ月も知り合いのおうちにキャンプしに行ってるらしい。彼女にとってそんな今はまさに「シングルライフ気分」らしく楽しくってしょうがない様子。
クラブに行ったんだ〜という写真を見せてもらったり、次はどこに遊びに行こうか・・・と夜遊びのことばかり計画してはそんな時間を楽しんでいる様子。

そんなKとGはどこか共通点がある。彼女らの話しは私にとってまったく別世界で、聞いてるだけで興味深かった。

再婚は考えてるのか?再婚するとしたらどういう相手がいいか?再婚しなくとも次につきあう彼氏はどんな相手がいいか・・?
というのがテーマ。
二人とももう子供はいらないと。つまり付き合って子供が欲しいと言い出す相手は却下らしい。しかし自分の子供をかわいがってくれる人でないとだめと。相手に連れ子がいるとしたらどうするか・・・。う〜ん、できればいないほうがいいと。いや、いない人のほうが絶対いいと。
お金はどうか・・そりゃ持ってる人のほうがいい。でもまあこっちに頼ってこないでそれぞれ・・という生き方ができる範囲ならOK。。ま、すべてを許容してくれる心の広い年上がいいわね〜。
などなど、そんな話し。

聞いてて、そんな都合のいい相手いるんかい??と思う私。。。

私の友達や知り合いの範囲では「結婚したい女性」の話しはよくある。
が、彼女たちの理想の相手はそういう話とは全然違う基準で成り立っている。

同じ歳にしてティーンエージャーを持つナースKは、とにかく離婚してから二人の子供を育てるためにずっと働いて働いて、全然自分の時間というのを大人になってから持った記憶がないという。そんな20代を過ごし、そしてそんな30代を今過ごしているらしい。

うわ〜・・・私って自由だらけ。。
って思った。
好きなことばかりやって過ごしてるな〜って思う。
結婚してるとはいえ、子供なしで自分も外で働いていると独身で働いていたときと気分はそう変わらない。

どんな人生がよくって、どんな人生が悪いとかではない。ただ、同じ34年間生きててもいろんな人生があるんだな〜・・・と。
いや、でもやっぱ、正直言って私は私のこの自由なライフが好きだな〜と思ってしまうなぁ。。
自由人なんだろな。
動物占いではペガサスの私。飛べるはずのない馬みたいな生き物に羽がはえてるんだもん。。私ってば、いくつになっても飛ぼう飛ぼうとしてるんだろな。。
・・なんてふっと思った。

あ、そうそう、Wound careナースのCertificationのプログラムへの申し込み。いろいろとそろえるものがあったり、職場の人にかいてもらったりする書類があったりで時間がかかったが、1ヶ月かかってようやく今日送付することができた。
さて、いつからプログラム開始することができるのやら・・・。
ま、今こっちからの球は投げたわけで、向こうからのレスがあるまで小休止だな。。



■ 2006/07/27 (Thu)  無理はいかん。。


火曜日一日休んでまた昨日から3連勤。なんでこんなタイトなスケジュール組んだんだ??
ま、自分でやったことだから仕方ないんだけど、3連勤、中一日休んでまた3連勤はさすがに体がきつい。しかも今いる患者さんたちの重症度高い高い。。。
中一日の休みも雑事に追われて終わる始末。休み!って感じが全然しなかったな。。
今朝も「あ〜牛乳がない〜・・・」とか。。冷蔵庫が今非常に寂しい状態。

だんなも忙しいシーズンに突入したので、夕飯は外で食べてくる毎日。つまり夕飯作る必要なしと。
手間要らずのだんなに感謝。
こちらとしては好きなだけ働かせていただき、好きなだけタイボーに行かせてもらえるが、自分ひとりのために気合いれて夕飯作る元気もなく、なんだか食生活が偏っている今日このごろだ。

働きすぎ?いやしかし働く人はもっと働いている。12時間勤務を7日連続でやったの〜という人もいる。
いやいや〜正直、そんなに働きたくないな・・。

そうそう今週はいつもより1日多くスケジュールを組んでしまったんだな・・勢いで。。週5日12時間は私には多すぎた。
仕事でお腹いっぱいだ。
ちゃんと加減しよう、これからは。。。



■ 2006/07/28 (Fri)  カレー


パートタイムでの病院で1年Evaluationというのがあり、いろいろマネージャーと話しをした。ここの病院で雇われて働きだしてからちょうど1年たつ。マネージャーもいい人だし、忙しい病棟ではあるけど、まあとりあえず週に1回というペースで続けていきそうだな。。

3連勤を終え、一番体が欲したものが「カレー」。昨日の仕事の帰りも実は異常に「カレーが食べたいSyndrome」になっていたが、作る元気もなければ買いに行く元気もなかった。
今日はシフトの終わりくらいから(カレー買いに行こう・・)とそればかり考えていた。
なんでかわからない。
でも私にはたまにおきるこのカレー病。

カレーといえば、東京は祐天寺で一人暮らしをしていた頃、カレー屋さんで手伝いをしていた。なんせその上に住んでいたもので、暇さえあれば下りていって、手が足りなかったら手伝って・・・まかないはもちろんカレーで・・・という日々。そこのカレーは日本人が日本人の舌にあわせて調節して作ったインド風のカレー。1回目よりも2回目がおいしい。2回目よりも3回目。食べれば食べるほど病みつきになる味で、お客さんもリピーターが非常に多かった。
気がつけば1週間3食カレーのこともあったな〜・・。
リピーターといえば、今はどうしてるんだろう、チェッカーズの藤井尚之くんがよく食べにきていた。彼は超激辛をいつも注文していた。カウンターに座って黙って雑誌みながら食べるのが私の覚えている彼のスタイルだ。話しちゃ悪いかな・・と思ってそんなに話しかけはしなかったけど、一度その店のからみで飲みに行ったとき、尚之くんもいて感動だった。帰りにはツーショットでピースサインして写真とってもらったのを覚えている。しばらくその写真部屋に貼ってたな〜・・・。別に特別ファンだったわけじゃなかったけど、やっぱり普通の人と違うオーラがあって、会うとラッキーって思ってたな。。
あとは石田純一が長谷川理恵と当時お忍びでよくきていた。
祐天寺って中目黒の隣だし、わりとひっそり芸能人多いんだよね。。

話はそれたが、さきほどククレカレー辛口を思いのままに二袋一人で食べきって超満足。(←買いに行ったって、インスタントカレーかい!!って?!)
まあそんなインスタントカレーからインドカレー、喫茶店カレーに家庭料理のカレー。カレーパンにカレーせんべい、カップヌードルカレー風味。・・・と、カレーとつくものならなんでも好きな私。
亡くなるとき棺にはカレーを入れてもらうように頼んでおこう。

食後のリラックスタイムはりんか〜んを見ようとDVDを借りてきた。お仕事お疲れさん・・と自分へのご褒美だ。
いやいや、ほんとに疲れたよ。。。



■ 2006/07/29 (Sat)  子なし老夫婦


昨日はカレーの話しなんてメイントピックにしちゃったが、実は職場でいい話しがあったんだった。。。

ハワイ出身の日系人。おばあちゃんのほうが膵臓がんの末期。先週受け持ったときはなんとか理学療法士さんとウォーカーを使って歩けてたのに、昨日はもう昏睡状態となっていた。
DNRにもサインされ、最期の時間を家族と過ごすという状態。
先週患者さんがしゃべれた時の印象は、夫婦仲がいいな〜ということ。別になにをするわけでも何を話してるわけでもないんだけど、とにかくだんなさんがず〜っと1日中奥さんの横に座っていた。

そんなだんなさん、ここしばらくは夜ずっと病院に泊まりこんでいるらしい。
疲れてそうなので「大丈夫ですか?」と声をかけるも、日本男児らしく「I'm fine!」ときっぱり言う。そんな人のほうが危険だな〜・・とか、つい思っちゃう。
で、そのだんなさんがシャワーを浴びに家に一瞬戻っている間に他の親戚たちと話す機会があった。

たくさんの親戚がハワイからお見舞いにやってきていた。
ハワイの話しから私の話しからいろいろした。日本はどこからなの?とかいつ来たの?とか英語はどうやって勉強したの?とか。。
けっこう私の日本人ならではの英語間違いのエピソードにみんなうけてた。

まあ昨日は時間的にわりとゆとりがあったし、けっこう長い間話しこんでいて、浅い呼吸を続ける患者さんを横目に親族たちとうちとけて話していた。
そしてこの患者さんのだんなさんの話に移った。

この夫婦には子供がいなくて、二人の結びつきが非常に強いこと、お互いに年とともに依存しあってて、いつも一緒だったこと・・など聞かされた。
だからだんなさんには今こうして病院に通うことの他、何もすることがないこと。
そして今、奥さんが亡くなろうとしているが、彼が意外と気丈にふるまっていること。
親族一同の心配は今よりも患者さんの亡くなったあと、彼が大丈夫なんだろうか・・ということなんだ。。。
という話しだった。

目を閉じてはぁーはぁーと浅い呼吸を続ける患者さんを見て、そしてそのだんなさんの話を聞いて涙が出そうになった。

子供を作ろうとしているがなかなか思ったようにはいかなここ1〜2年、いろんなところでいろんな立場の人と子供のいること・いないことのメリットデメリット談議になることが多い。
ほんとにいろ〜んな意見がある。
いろんな意見にそれぞれの理由があって、それぞれに納得できる。
私の意見はなんだろうな・・・。
とりあえず言えることは、子供が思ったようにできないことだって、こういうのを通してどんどん自分たちの夫婦の絆が強くなっていってる気がするので、これはこれできっと意味があってこうなってるんだと思う。
だから最終的にはなるようになるんだと思う。

・・とはいえ、昨日この夫婦をみて、話しを聞いて、自分が先にだんなをおいて亡くなる状況とかちょっと想像してみた。
そういうときには、子供がいてくれたらなぁ・・と思うような気がする。



■ 2006/07/30 (Sun)  ビリーDAY


今日はタイボーのブートキャンプといわれる、Tae Bo Certificationをとる人たちの3日間のプログラムの最終日。うちのジムからも今回2人が参加しているので、今日は彼女たちの応援がてら私もビリーのジムに行ってきた。
私はこれを11月に受けることになってるらしいので(まだ申し込んでないが・・)見ておいたほうがいいんじゃない?という周りの意見もあってのことだ。
応援チームとして、うちのインストラクターさん4人と私とあと2人がうちのジムからはかけつけた。

午前中はキャンパー(試験を受けてる人)たちに一般人も混じってビリーの1時間半のタイボークラスを受けることができた。
キャンパーたちは総勢40名弱だった。全米から集まっているらしい。
そして一般人も今日はすごい人でジムには合計200人近い参加者が集まっていた。
熱気むんむんだ。自分の場所を確保するのが大変な状況。

がんがんミュージックとビリーの気合いの入ったかけ声で始まった。
自然とテンションがあがる。奇声!?を発している自分がいる。(ちなみにあちらこちらでみな奇声を発しているのでこの場においては変人じゃないです。。)

200人もの大群が音にあわせて同じ動きをとる。周囲とシンクロナイズするのが最高に楽しい。どう表現していいかわからないけど、「うをっ〜〜〜〜!!!」って気持ちになる。
DVDで一人でやっててはこの快感は得られない。

前回は最前列で周りの状況があまり見えなかったが、今回は真ん中あたりだったので少々周りが見えた。
たいてい自分の世界に入ってしまう私だが、ふと我に返る瞬間もある。
ビリーのかけ声にYeah!!!!と反応するこの集団はなんだかの宗教集団のようにも見えた。

午後からはキャンパーの練習と講習と実技試験。
最後まではいなかったけど、実技試験の一部を見てきた。

う〜ん・・・なんとも厳しいな〜。。
でも驚いたことは、キャンパーたちがすごいできる人ばかりでもないこと。
そう、聞いてみると実際このCertificationでインストラクターとして仕事していく人もいるが、自分の達成感のためにやってみる・・という挑戦としてやっている人たちも多いということだ。
自信を失ったが運動を通じて自信を取り戻した人、身近な人を失った悲しみからたちなおるために始めた人、病気を克服するために始めた人、などなど、そういう人が何か形に残すものとして挑戦している場合もあるという話しを聞いた。

なるほど・・・・。

11月にじゃあ受けます・・なんて先生には返事しちゃっているが、500ドルもかかってしんどい思いして、その資格とって私はどうするんだ??と思う気持ちも正直ある。実際インストラクターをする技量もなければ時間もないだろう。楽しみのレベルでやるんだったら別に高いお金払ってしんどい思いすることもないかな・・とか・・
気持ちは行ったり来たりしていた。

でもこういうがんばっている人たちみて、その姿は上手とか下手とか関係なく素敵だな・・と思う。
・・・というわけで、やっぱり受けることになりそうだ。
自分のために。。。





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