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■ 2006/09/04 (Mon)  このホリディウィークエンドに・・


土・日・月と3連勤することになった。しかも普通は週に1度しか働かないパートタイムの病院で・・。
土日はある人に代わってとずいぶん前から頼まれていてスケジュールを組んだ。そしてこの月曜はホリディで、この日働かなきゃいけないことになっていた。(年末のホリディもあわせてパートタイムは何回ホリディ働く・・と一応dutyがある)
そして気がつくと3連勤となっていた。

いつも週に1度で全然連続的なケアできないから今回は3日も通しだとちょっと見えるかも・・・と思っていたのに、2日目の昨日はよその病棟へフロートの番だった。つまり3日間とも全然違うアサインメントとなったわけ。

土曜はOK。昨日、日曜は整形外科へのフロートだったが、後半ばたばたと忙しかった。
今日は気持ち悪いくらい患者数が少なく病院が静かだった。みんなホリディだから病院に来ないんだ。。。
商売あがったり!・・ってことはまあないからいいんだけど。。。
私の患者さんはみんな忙しかった。でも患者数が少ない分、ナースも少なく、来るドクターの数も少なく、コンピューターがいつも使える状態で、椅子もチャートするスペースもふんだんにあって仕事はしやすかった。

しかしまあ疲れたなぁ。。。
3日間連続して休みだとしばらく仕事してないな〜・・・という気になるときもあるが、3日間12時間勤務が続くと私の人生ず〜っと仕事してるやん・・という気になる。

今週木曜日になんとレーシックをすることに決めた。
手術前3日はコンタクト装着しちゃだめ・・といわれているのでこれから手術までずっと眼鏡生活だ。
こないだその眼科に行ったとき、コンタクト歴は?と聞かれて(え〜っと何年だっけ・・高校1年生からだから・・・)「えっと、18年!」と答えて自分でびっくりした。人生の半分以上コンタクトしてるんやん。。。
めがねは家で寝る前にちょっとかけるものであって、外で生活するようの度数にあわせていない。めがね生活は非常に気が重い。明日は休みでいいけど、あさっては眼鏡で仕事に行かなきゃいけない。。とか考えると、うわ〜・・・ブル〜入るわ。。


■ 2006/09/05 (Tue)  メガネ


今日はさんざんな一日となった。
昨日の日記の最後に書いてるブル〜な気持ちが丸一日続いた。
昨日あんなこと書いた時点から気持ちで負けてるんだろうなぁ・・・。
でもほんまに頭が痛い、そして目の周りやら耳の後ろやらが痛いったらありゃしない。普段使わない神経やらを使ってるんだろう。。。
タイレノール飲んでも寝てみてもまったくその頭痛はよくならず。
結局な〜んにもやる気が起こらなかった一日。
このタイボーアディクトの私がまったく行く気にならず、休みの日だというのに一つもクラスに参加しなかった。
これは重症。

コンタクトになってからもメガネは一応持っていた。でもほんとにそれで日常生活を送ったことはなかった。コンタクトをつけ始めてからかつてコンタクトをつけない日はなかったと思う。
メガネの不便さと非常な疲れから、普段こんなにコンタクトレンズに恩恵を受けてたんだ・・・とそのありがさたさに気づく。
コンタクト様様だったんだ。。。

あさってのレーシック、うまくいくといいな・・・・。


■ 2006/09/06 (Wed)  メガネで仕事


昨日の頭痛を考えると、今日の12時間の仕事はどうなることやら・・と思ったが、思ったよりも大丈夫だった。
大変な患者のドレッシングチェンジなどでちょい汗かき・・くらいのときメガネがずれてきて気持ち悪かったくらいで・・。
初のメガネ姿にいろいろつっこまれるだろうなぁと予想しての通勤。
朝一番はどうして〜??、どうしたの〜??と反応があってそれなりに予想通りだった。
が、意外となーんの反応もなく普通どおりに話してくる人が多かった。
ふ〜ん、けっこうメガネに違和感ない顔なんだ・・・。いや、単に興味ないだけか・・・。

ま、こんなメガネ生活も明日をもって終わりにしたい。何%かの人は再手術が必要らしいから、ま、どうなるかわかんないけど・・・。ってか、手術ってったって、15分っていわれてるくらいだから手術という言葉ほど大げさなものでは実際ないんだろうけど・・。
とにかく明日にドキドキワクワクだ。

タイボーにも仕事とメガネのせいでしばらく行けてない。さすがに今日はムズムズしてきたので、DVDを見ながら家でエクササイズした。

病院にもコールインして明日の仕事、お休みすることも伝えたし、友達にも明日の送り迎えのドライブお願いした。
準備ばっちりだね。

*レーシックっていうと、みんなたいていまず値段を聞いてくる。興味のある方もいるかと思うので書いておきます。
両眼で1200ドルです。(ちなみに私はただの近視で一番シンプルなケースとドクターにいわれてます。)(ちなみに2年半前にドクターのところで話を聞いたときは3000ドルとか4000ドルとか言われました。とても無理・・と思ったけど、今どんどん安くなってきているようですね・・需要が増えてきたせいでしょう。)(ちなみに保険は利きません。)


■ 2006/09/07 (Thu)  なにこれ!? めっちゃ痛いやん・・


かなり甘くみていたのかもしれない。ちょっとEasy goingすぎた。怖いな〜という感覚が前にはあったけど、レーシックをやった人から「いいよ〜」「いいよ〜」と聞くのでそんな話しから(な〜んだ怖がることなんてなんもないんだ・・・)と軽くかまえすぎていた。
術後、こんな痛くなるなんて想像もしてなかったのでショッキング。
・・・とまあ、自分の中での予想外の痛さで思わずこんな書き始めになったが、もうちょっと細かく書いていこう。

コンセントフォームにサインする。そして支払いをすませる。術後の注意などを助手の人から聞く。
目の検査を簡単にして視力の調整をしてから別室へ。そこでなにやらの目薬を入れられ、タイレノール、そしてバリウム(鎮静剤)を飲まされる。(私が薬のみ終わってから薬にアレルギーありますか?と聞いてきたスタッフ。それタイミング遅いやろ・・・)
それでドクターのいる清潔な明るい部屋へ。そこで歯医者さんみたいな椅子のようなベッドに寝かされて頭を固定される。
「右目からね〜」とまぶたをぐりぐりと消毒した後、じゃぶじゃぶと目薬(たぶん消毒と麻酔)を目にかけられる。そして目を開口する器械を目のふちにつけられ固定される。これでまばたきしても目が閉じれなくなる。
目の前にある機械から赤いランプが見えてるのでなにげにそれを見つめている。そこで「はい、圧力感じますよ。そして暗くなりますよ。」との先生の声でたしかに目の上になにやらのせられ一瞬真っ暗になる。プレッシャーは感じるが痛いわけじゃない。角膜を切ったんだな・・・。
そしてそのあとまた明るくなってドクターがピンセットみたいなもので角膜をぴろっとはがしているのがわかった。そのあとは視力が散乱してさっきまで点で見えていた赤いランプがぶわ〜んと広がった。
そしてレーザーの照射。ジリジリジリという音とともにちょっと焼けるようなにおいがする。ものの15秒ほどだった。
そしてまたさっきの角膜ぴろっをもとに戻す。丁寧に眼球に付着するようになんども眼球表面をこすられているのがわかった。消毒かな?また目薬をさされて、はい、右目終了。

そして左目。うお、右目がすでにもうよく見えるようになってるぞ・・・。
ガーゼで右目は覆われたが覆い方が若干外側にずれてたようで右目で先生のやってることがよく見えてしまった。さっきは見えなかったものが見えてしまったのでその瞬間初めて「怖い・・・」と感じた。
体が硬くなったみたいで先生に「リラ〜ックス」と言われた。
そして左目にも右目と同じことが繰り返された。
照射するさい、自分の左目から煙があがっているのが右目で見えたのがまた怖かった。
そして左目も終了。はい、終わり・・・と台から下ろされた。
ぼわ〜んとはするが裸眼ではありえない視力を感じた。
手術台に寝ていたのは実質10分弱。

そしてまた元の部屋に戻され白い錠剤を渡されてる。「飲んで」と助手さんに言われて飲む。「何これ?」と聞く私。「プレドニゾン(ステロイドの薬)」と言われる。で、「糖尿の既往は?」とまた飲んでから聞かれる。
だから聞くタイミング遅いってば・・・。
(ステロイドは血糖値を上げるので糖尿病患者には気をつけて用いないといけない)

ま、そんなでじゃあまた明日チェックアップに来てくださいとアポをとって帰る。しばらくは外にでるときはこれをしてね・・と真っ黒なサングラスを渡される。
顔の小さい私にこのフリーサイズのサングラスはおかしい。ターミネーターみたいだ。

送り迎えをしてくれた友達にランチをおごろうと思っていたのに、時々刻々とランチどころじゃなくなってきた。
目が痛い痛い・・・。あ〜ん、目が開けられない・・・。
というわけで、おすしだけTo Goで買って家に送ってもらうことにした。家で食べようね・・・と言ってたのに、家に着いたらもう目が痛くて冷や汗が出てきて、涙がぼろぼろでてきて食べるどころの騒ぎじゃなくなってしまっていた。
目をつぶっていても目の中を少し動かすだけで痛い。しゃべることさえも痛みに感じる。
友達が帰って、その後痛みのピークを迎える。痛くて目が開けられないし、目を開けようとまぶたがぴくっと動く瞬間にも激痛が走る。もう一生目が開けられなくなるんじゃないか・・・と思う。

術後2時間半。痛み止めを飲もうと決める。が、痛み止めのあるところにまで動くのも痛かった。家にある薬で一番強い痛み止めVicodinを飲む。
そしてこの痛みにあまりにも心細くなり同じドクターでレーシックを受けた友達に電話する。「めちゃめちゃ痛かったよ私も・・。でも最初だけだから・・。絶対よくなるから今は休んで・・・」といわれる。
これでかなり安心した。
部屋を暗くして目をつぶる。Vicodinが効いてきた。ぼわ〜ん、ぼわ〜んと眠くなり1時間半ほどぐっすり眠れた。
そして起きたらかなり痛みはひいていた。

今、術後8時間が経過するところ。完全に目を開けるのはまだしんどい。薄め半開きで家の中をうろうろする。光がまぶしい。だからといって家を真っ暗にしていると何もできない。
・・・というわけで、今部屋の電気をつけてターミネーターサングラスをかけ、これを書いています。

できたらタイボーに夜は行こうと思ってたけど、そんなどころじゃなかった。。。
何度もいうけど、ほんと甘く見てたな〜・・・。


■ 2006/09/09 (Sat)  あほや。。。私


おととい施した近眼手術LASIKについて。
あんなに術後痛かったが術後1日目の昨日はその痛みから全く解放された。ただ、まぶしくって目を完全に開けにくいという状況が続いたくらい。(ターミネーターサングラスは必須。だんなによるとMr.マリックらしいが・・まあどっちでもいい。)
視力もばっちりだし、術後1日目チェックアップでも問題なしということだったし、このまま回復に向かうのだろうと思った。

で、まだやっちゃいけないよ。2週間、いやせめて1週間は運動しないように・・・と念をおされたのにも関わらず、昨日の夜、(いやいやきっと大丈夫・・・)とタイボーに出かけてしまった私。。。

やっちゃいけない理由って「汗が目に入ること」=「細菌が目に入ること」=「感染のリスク」ということだと理解。じゃあ、汗が目に入らないようにすればいいわけだ。
自流の理論を正当しながら。。。

バンダナして汗をふせいだり、こまめに拭いたりはしたが、ちょっとシミルな・・という瞬間はあった。でも痛くはなかった。
いや〜、汗かいてすっきり!なんだ全然OK!
なーんてこのときは思ってた。

夜、シャワーに入った。(それはドクターからOKがでている)
その後だった。問題は・・・。
右目だけがずきずき痛くなってきた。
パソコンにさえむかえない。テレビさえ見る気にならない。右目だけが赤くなっている。
やばいな・・・目が痛いと何もやる気がしないので痛み止めを飲んで寝た。

朝起きてもその痛みはひかず。むしろまぶたも腫れてるし・・・。
時間とともに徐々に痛みが増す感じ。鏡みたら明らかに腫れが悪化している。ってか、右目をあけようとしたら涙でてくるし。。
もうノーチョイスだ。ドクターズオフィスに行こう。
電話をいれて状況を話すと「すぐ来るように」と言われた。

勢いで車にのったが、片目運転はさすがにやばい・・と途中から思いだんなに電話。(忙しい時期で猫の手も借りたい、そんなだんなの手を借りることになった。)ダウンタウンで働くだんなが戻ってきてくれる。

術後2日目に痛みがあってこれだけ腫れているのはおかしいといわれた。目をチェックしてもらったが、心配していたフラップに問題はなかった。そして感染の兆候も今のところ見られないと。ただ、感染初期かもしれないから用心したほうがいい・・と、点眼の抗生剤を変え、また経口での抗生剤も渡された。

あ〜〜〜〜〜ほんまあほ。
ほんまにあほや。私。。。
めっちゃ自業自得。
だめといわれていても自分が痛い思いをしないとわかんないなんて、なんだか昔から成長がない。
こういう冒険はほんとやめたほうがいい。
ダメな例です。
レーシック、こんな例はまれらしいので、これからやろうかな・・と思ってる人、驚かせてごめんなさい。悪い例としてみてください。
今、夜になってかんなりマシ。まだ目は腫れてるけど痛みはひいた。
抗生剤があうといいな・・・。
日曜だけど明日また先生に見せにくるようにといわれている。
明日はビリーのところでタイボーだぜ!と思っていたけど、やめておきます。ぐすん。。


■ 2006/09/12 (Tue)  目 その後


その後・・・思いっきり最悪な状態が続いている。
土曜日には見られなかったが、感染の兆候である白いドットが日曜日お昼に発見されてしまった。

日曜も昼・夜とドクターが特別にオフィスをあけてくれ見てくれた。昨日月曜も昼の12時、そして午後10時に特別ドクターがオフィスをあけてくれた。
Unfortunately...かなり特別なケースとなってしまった。

こんなこと本当におきないらしい。
ちょっとした汗やちょっとしたシャワーではおきないと。

おそらく・・・
おそらく・・・
ドクターも私も同じ推測をする。
あくまでもプルーフがないので推測の域は越さないが、
感染源は私自身じゃないか・・・と。
つまりいつもいつも感染症患者さんに接しているわけで、目の手術前日も思いっきりVREのどろどろのWOUNDSをもった患者さんを受け持っていた。
もちろんそういう感染症患者さんに接するときはグラブにガウンは着用するが、顔はとくに隠さない。いろんな菌が付着していても全然おかしくない状況といえばそう。

免疫力、抵抗力が普通あるときは大丈夫でも、こうして繊細な手術のあと弱いところにでちゃったんじゃないかな・・と私は思っている。
同僚に聞いたら昔Woundで働いていたPTさんもレーシックのあと感染を起こしていたと聞いた。う〜ん、共通点を感じるな・・・。
レーシックの後の感染例はきわめて少ないらしいし。

まあそんな先生、私が医療者というのもあってとにかく説明してくれる。各回1時間から1時間半かけてチェックして写真とって説明して治療してくれる。各回手術台にあがり麻酔点眼して開眼器で目をあけ、集中的に点眼をされる。ただいま6種類の抗生剤使用中。(手術台、もう怖くないよ。な〜んて自慢にも何にもならないな。。)

しかし昨日の夜がかつての最悪だった。私がMRSAなどの患者さんに常時接しているという情報でJust in caseでVancomycin Dropを始めた。
これがもう本当に強くってBurning painで涙が出てきた。右目に火事が起きてる感じで、身をよじっていたいいたい・・・という感じ。そして吐き気までしてきた。
それで今日は昨日よりも悪くなってなかったのでバンコはやめたいと先生に言った。
今はどんな状況かというと、左目はばっちり見える。が、右目が強い点眼剤によって角膜上皮がスムーズでなくラフ(でこぼこ)になっているため視力が下がっている。コンタクトを左目だけつけているという状況かな。。。点眼のあとはもっとぶわ〜っと白い膜がかかる感じ。この左右の視力差で疲れるんだな・・・。

そしてもちろん仕事も休んでいる。
今はちょっと気分がマシなのでこうしてウェブに向かえるが、集中して何かできる状況ではなく夜になると落ち込む。
何をするでもなくただ目をつぶっている、そんな数日が続いている。
そしてドクターズオフィスまでも視力がぶわ〜んとしているので運転できず、友達たちにお願いしてドライブしてもらっている。
遠いところまでドライブしてプラス1時間や1時間半、それ以上かかる治療の時間も気持ちよく待ってくれて送り迎えしてくれる友達たちには感謝してもしきれない気持ちになる。みんないろいろ予定があるのにね・・・。ありがとう。ごめんね・・・と涙が出そうになる。

ほんとにな〜んかみじめな気分で普段の健康な状態をありがたいと思う。
「すべての出来事はなるべくして起こっている」と思う自分理論で考える。
こうなるべくしてなったんだとしたら何の意味があるんだ。。と。

きっと全快したらその意味が見えるのかもしれない。
今は安定剤をもらってそれで夜眠っている。
早くよくなりたい。


■ 2006/09/13 (Wed)  よくなってきた感じ


昨日の夜から画期的に・・・っていうと大げさだけど、かなり右目の視力が戻ってきている。
まだ左目との差はかなりある。感覚的には左が1.5だとすれば右は0.3とか0.5くらいなんじゃないかな・・。
ちなみに昨日のお昼ごろまでは右目の感覚は0.1以下に加えて白い膜がかかっていたプラス痛みを伴う感じだった。
・・・という感じでほんとに視力とともに気分的にも上がってきている。

今日のドクターの所見ではまだ感染の白いパッチは残っているが、大きくはなっていないしちょっと薄くなってきているとのことだった。
まだ抗生剤の投与が引き続き必要だが、明日働くことは大丈夫と言ってもらえた。働きたくなかったらレター書くよーとは言ってくれたが。。(いい先生だ。。笑)

明日はパートタイムの病院のほうなのでWound Careじゃないし、大丈夫な気がする。明日一日働いたら金曜日はまた休みだし。
そして金曜にまた先生のところに見せにいくことにアポをとった。

昨日は弱気なこと書いてしまってすんません。。。
ほんと上がったり下がったりするのが好きな性質があるようで・・・・(恥)


■ 2006/09/14 (Thu)  日本人患者さん


ここのところぐうたらしていた日々ですっかり生活が夜型になってしまっていたので、今朝は起きるのがつらかった。
久々の5時半起き。先週くらいまで自分がおきる頃はもうすでにうっすら明るくなりはじめてたと思うが、今朝はまだ真っ暗だった。
あ〜こうして本格的に秋になっていくんだな〜・・・。一応季節感のないLAにも秋の訪れを感じる瞬間。。。

パートタイムの病院での仕事。目の腫れはかなり引いたが、それでも普通に戻ったとはちょいいいがたい感じ。しかもレーシック後は化粧(アイメイク)禁止なので今日は仕事にすっぴんで登場。
何か言われるかな〜と思ったが誰にも特に何も言われず、普通に声かけてもらえて、(あ、すっぴんでも私ってわかるんだ・・・よかった・・・)とかこっそり思う。
(ま、アメリカに来てからめっきり化粧が薄くなったので自分でもすっぴんと化粧してる顔のギャップが少なくなったとは感じるが、その昔20代前半、ばっちりメイクではりきってた頃は友達と温泉などに行くと「誰〜あんた〜?」と言われたものである。)
ま、そんな話しはいいとして・・・

日本人患者さんを受け持った。
最初はお互い英語でしゃべっていたが、日本語なまりの英語だったので日本語しゃべるの?って聞いたらお互い「な〜んだそれなら最初から日本語でしゃべってたのに・・」なんてことになった。
奥さんが来た。
奥さんのクロースな友人がなんと私のだんなが最初にアメリカで就職した会社のボスだった。このボス(女性)には私もかなりお世話になった。つまり共通の知り合いがいたということでいろいろ話しが盛り上がった。
世間は狭いと思った瞬間。

別に患者さんも奥さんも英語しゃべれないわけじゃないし、日本語しゃべるナースがいないといけないわけじゃないけど、こうして日本のナースさんがいるとうれしいわ・・と大喜びしてくれた。
こうして日本語しゃべれる私が一番うれしかったりして・・・。

忙しいピークは数時間あったが、比較的おだやかで、3時間おきの点眼もばっちりできた。
また明日ドクターズオフィスに行って目を診てもらうことになっている。
ドクターは感染の心配をしてるだろうけど、私としては右目の視力が早く完全に回復して欲しいところだ。

だんなの仕事「今夜が山田」が1週間ほど続いている。ここのところずっと3時半・4時半・5時帰宅。(AM)
ここ最近、私は彼の5倍くらい寝てるような気がする。明日で落ち着くようだが、どうぞぶっ倒れませんように・・・。


■ 2006/09/18 (Mon)  すっかり元気


金曜日にはレーシックの先生に「まだ感染は消えてない」って言われた。が自覚症状はかなりよくなっているし、仕事に行くことは大丈夫といわれた。
そして土・日・月の3連勤が終わった。

日々よくなってきている感じがする。
土日はちょっと左右バランス悪いけど・・・と思いながらだったが、正直今日の勤務中は目薬のこと忘れるくらいだった。

明日またドクターのところでフォローアップされることになっている。
感染消えてるといいな・・・。

自分的には全快!って気分だけど、今回はほんとに「もう大丈夫」とはっきり言われるまでタイボーするの我慢することに決めた。
体重はそんな変わらないのに体脂肪が増えてる。
筋肉が落ちたんだろうか。。うん、微妙に下腹部のお肉が増えてる気がする。。。


■ 2006/09/19 (Tue)  久々のデート


10月中旬に向けてまた忙しくはなるが、ひとまず9月半ばで一旦忙しい時期が終わっただんなが私の休みにあわせて休みをとってくれた。久々に一緒に時間を過ごすことになった。

さてどこに行こうか・・・
・・といってもお昼には私の眼科のフォローアップがある。というわけでまず眼科につきあってもらい、それからの行動となった。
眼科ではまだ治りきっていないが悪くはなっていないし、よくなってきているということだった。自覚症状がよくなってきているので何よりだ。

そして行き先はちょっと郊外のアウトレットとなった。
財布・トレーニング用のスポーツウェア・Tシャツなどなど、いろいろ買い物ができた。
基本的に物欲のないだんなもひさびさにお金を使ってうれしそうだった。
お金はたまってもうれしいが、こうやって使って何かに換えるのもなんかうれしいのが不思議である。

夜は友達の送別会。
突然日本へ帰国するとニュースを先日聞いてびっくり。急遽集まれる人だけ集まっての送別会(飲み会?食べ会?)となった。
こうして集まるといつも集まっているのと変わらず、彼女が日本に帰ってしまうって感じはなんだか全然しなかった。
彼女とはまた個別にまた明日会うことになっている。


■ 2006/09/20 (Wed)  友達の帰国


仕事の話。
両側乳がんの60代前半の患者さん。両側Mastectomy、そしてDIEP FLAPの術後2日目だった。
この術式はなかなか奥が深い。このWoundフロアにやってきて何例も見てきて、なんとなくはわかっているが、じゃあちゃんと説明して・・って言われるとなかなか難しいものがある。Flapの血液循環をドップラーで1時間ごとにチェックするので、患者受け持ちが最高2人までとなる。術後2日目といえど、この手術そのものが14時間もかかっている大手術なので、患者の立ち上がりも非常に時間がかかる。術後2日目の朝もまだ麻酔が残った状態で患者は吐き気もあるし眠気でドロドロしている。
この日はおしっこが出ないのが問題だった。術後で細胞外液に水が貯まっているんだろう。いわゆるサードスペースに水が貯まっているという状態。手・足・顔など全体的な浮腫が見える。血圧も低めなので利尿剤は使わず、がんがん輸液を流す。
4つのJPドレーンの管理は4時間おき、フラップのチェックは午後から1時間おきから2時間おきにかわった。そしてバイタルサインのチェック。
マイクロの手術なので非常にこっちも繊細になる。
・・・・というよりも、実は私が目の問題で仕事を休んでいる頃、約2週間前に、同じ術式で同じドクターの患者さんがコードブルーになってうちのフロアで亡くなったという事件があったらしい。
詳しい状況はわからないが、何か特別な合併症があったわけではないらしい。この手術によっての死だったらしい。やはりそれくらい血管の縫合などに関して特に微妙な手術であるようだ。
そんなことがあった矢先なので、ドクターも周りもこの患者さんに関しては非常に繊細になっている部分がある。

まあそういうわけで、たった二人しか受け持ちがいなかったが、なかなか忙しい日となった。でも入院・退院でペーパーワークに忙しいよりも、こうやって丁寧に少数の患者さんに時間をかけ、じっくりつきあえるのはいいな。。と思う。

夜は昨日送別会をした友達と1対1でお茶することになっていた。
彼女とはナース関連の友達でもありながら、語学学校からの友達でもある。いや、そこから始まったんだよな・・・彼女とのつきあいは。。
私の性格とは違っておだやかで優しい空気をかもし出す彼女。3つ下というのもあり、勝手にお姉さんぶってアドバイスすることも多かったように思う。なんか振り返れば近くの大学のナーシングに一緒に話しを聞きに行ったり、一緒にスタバで勉強したり、ごはんを食べにいったり、たわいもない話をしたり、何かあったら急にお願いごとをしたり、それが頼みやすい相手であったり、いろいろ1対1で話していると思い出すことが山ほどでてきた。
そしてお姉さんぶっていたが、実は私が彼女に頼ってることって多かったな・・・なんて思った。
諸事情で帰ってしまうこととなったが、彼女の人生を考えるとそれも悪くないと思う。だが、こっちに残って、帰国を見送る側としては本当に寂しい。ただただ、なんだか悲しい。
彼女を家まで送った帰りの車の中では自分でもなんでかわからないくらい涙が出てきた。

こっちにいるからこその出会いもたくさんある。
でもこうして何気にいつも会っていた信頼できる友達がまた帰っていってしまう・・こうして日本に友達を送り出すということは自分がこっちに住む限りまたあるんだろうな・・。う〜ん、出会いもあるから別れもある・・とはわかっていても、別れってやっぱりつらいな。。。


■ 2006/09/21 (Thu)  お尻チェック


正式にいうとPressure Ulcer Prevalenceという褥創発生率調査。院内のAcuteの患者さんすべてを対象に年に4回行われている。別の名をバッツチェック(お尻調査)またの名をバッツパトロール(お尻パトロール)ともいわれている。
そのパトロール隊員として今回も参加した。
これで4回目かな・・。
グループに分かれて院内を回るが、だんだん慣れてきたのでグループリーダーみたいな役割にされてしまった。・・・といっても、やってるうちにみんな慣れてきて、リーダーも何もないんだけど。。。

300人以上の対象者のチェックを終え、終わったのが4時だった。
まあ8時間勤務ということで、いつもよりは楽だけど、いつもと違う仕事なので疲れるのは事実。

家に帰って少しお昼寝。
そして今日でレーシックの手術からまる2週間。・・・ということでタイボーに久々出かけることにした。

いや〜、インストラクターさんからいつものメンバーからいろいろ言われる言われる。。。「ナースのくせに手術の翌日タイボーやるかぁぁぁぁ〜〜?」というのがメイン。
いや〜、「タイボーのせいじゃなくってぇ・・たぶん〜、私の職場からぁ・・うんぬんかんぬん・・・」と言い訳しようとするが、すべては言い訳。いやいや、はいはい、そうです、私が悪うございました。。。

しかし、いい汗かいて気持ちいい。久々で体はきつかったが、1時間汗かいたあとのクールダウンの瞬間は「いや〜これがいいんだよなぁ〜」と思った。エンドルフィンでまくってたんだろう。


■ 2006/09/22 (Fri)  フラップの患者さん


今日もおとといに続き、両側乳がんで、両側乳房全摘術後お腹のお肉を用いての乳房再建フラップ形成術の患者さんを受け持った。
おとといと違って格段によくなっていた。おしっこもたくさんでている。むくみも少し減ってきた。午後には術後初めての歩行ということで部屋から出てほんの少し歩けた。フラップの血行も良好。食欲も出てきた。

あとは私の受け持ちではなかったけど、足の術後Vascular Congestionの問題でLeech(ヒル)を使う患者さんがいた。
3人のRN(私以外二人はベテラン)が12人の患者さんを見ていたが非常に忙しい1日となった。

先日ためしに作ってみた新しいページ「気まぐれトピック」のほうにまたこういう手術のことやら自分の受け持った患者さんの疾患など勉強したことを載せていこうと思いま〜す。


■ 2006/09/26 (Tue)  失望


普段の生活では違うのだが、職場では私は至って我慢強いほうだと思う。そしてそんなに文句は言わないほうだと自分で思っている。小さい愚痴レベルは気を許す人にいうが、ほんといつも文句ばっかり言って動かない人があまりにも多いので、私なんてほんとおとなしくよく動いているほうだと思う。

たいていのことは流すし、人を注意したりすると逆に自分も嫌な気持ちになるから知らんふりをするけど、今日は注意してしまったなぁ。。。
トラベラーズナースが患者のことを「死ねばいい・・」と繰り返し言うのを聞いて。。

たしかにいわゆるDNRにサインしてそうな、いつ亡くなってもおかしくない患者さんである。ドクターも何度も何度も患者家族に説明しているが、娘の大反対によりいまだDNRではない。
そしてこないだはコードブルーをおこしたようでうちのフロアからICUにあがって呼吸器にのっかっていたと。
そして状況が安定したからまたうちのフロアに戻ってくることになった。
たしかにたしかに意識もなく、ただただ現在の医療によって生かされているだけの彼女は本当に見ていてかわいそうになる。
全身Woundだらけでいろんな臓器もぼろぼろ。糖尿病に透析、脳梗塞に大腸炎とまあ正常なところがないくらいSick。
Wound Care的側面からいうと、彼女のこんな全身状態で、いくら毎日丁寧にWoundケアをしていてもよくなることは見込めない。悪化するのはしょうがない状況。
まあ、だから死ねばいい・・と思わなくとも、そろそろ逝くときがきているというのはみんな思っている。いや、逝くときが来たのに生かされてしまっているというのが実のところ。

で、そのトラベラーズナースのことだが、彼女は普段とっても明るくておしゃべりでフレンドリー。
が、時折しゃべりすぎの度が過ぎて(うるさいな〜、早く仕事しろよ〜・・・)と思うことはある。声のテンションが高いからよけいそう思うんだな。。
そのトラベラーズが上記の患者さんがICUから転棟してくるのを受け持つことになっていた。
それをすごい勢いで拒否しはじめた。
やめて、彼女を受け持つのはいや。前回本当に大変だったの。もうやめて。と・・・。
しかし彼女以外の3人のナースは彼女よりも忙しいアサインメントで上記の患者さんがICUから転棟してくるのを受けるのは彼女しかいなかった。
その状況をみなが説明して、やっぱり彼女しか受け持ちする人がいないことがわかると、
「She need to die.」「SHE NEED TO DIE.」と繰り返し始めた。
しかも他の患者さんのいる前で・・・。

もうこっちはお口あんぐり状態だ。

いくらイライラしても、いくら状況に腹がたっても、そういう言葉をそういう状況で吐くものではない。しかもみんなが聞こえるような大きな声で・・・。
ここは病院ですよ・・・と私は思う。

結局、私の患者を一人彼女に渡して、私がそのヘビーな患者さんを引き受けることになった。(私ったらなんていい人・・・)
で、私の患者さんを彼女にレポートする際に彼女に言った。
「She need to dieって言ったよね。あんなこと言うもんじゃないと思う。病院でそういう言葉を他の患者さんに聞こえるように言うのは間違っていると私は思う」って。
はっきりと言った。
じゃあ彼女、私から注意されるなんて思ってもなかったんだろう、ちょっと半笑いで「え、じゃあDIEの代わりにF Wordsを吐けばよかったかしら?」って言ってきた。
はぁぁぁ???となってる私の顔を見て
「ジョークよジョーク」と言ってきた。
彼女とこの状況で一緒に笑えない。「I'm serious.」とマジ顔でむしろ彼女をにらむ勢いで言う私。
そしてここから彼女の言い訳がはじまった。前回受け持ったときどれだけ大変だったか、そしてこの患者さんは生かされているだけでかわいそうな人なんだ・・ということなど。。
(そんなことわかっている。話のポイントを換えようとしているな。。。)と思い、
「そんなことわかってるよ。この患者さん受け持って大変だったのはあなただけじゃないし。私の言ってるポイントわかる?」と何度も話しの流れを修正する。
ポイントから逃げようとする彼女を追いかける私。
「What do you think about what you said?」の質問に対し、ようやく「気をつけるわ。」と言った。
そして「これから言うときは誰にも聞かれないないよう休憩室で言うようにするわ・・」と一言付け加えていたが・・。

もうこの彼女に限らずほんと「ちゃんと仕事して〜!!」って思う人の多いこと。
アメリカのナース、かっこいい!なんて思ったら大間違い。いや、ほんとできる人間はすごいし、できる人もたくさんいる。だからかっこいい人ももちろんたくさんいる。
だけど、全然頭使わないで患者よりくっちゃべりが大事でお金儲けのためだけにナースやっている人の多いこと多いこと。
私の考えがみんなにとって正しいわけじゃないし、別にそんな人もいてくれて、いろんな人がいて全然いいんだけどね。
でも、今日みたいな出来事を目の当たりにするとほんと失望する。


■ 2006/09/27 (Wed)  お〜大出血。。


今日はパートタイム(Per-Diem)での仕事。月・火とレギュラーの病院で働いたので、今日でトータル3連勤目。でも空気が変わるので同じところで3連勤するより気分は楽。

朝から退院は出るわ、患者家族からの質問攻撃があるわで、ずっとバタバタしていた。そして退院が出たことでまた入院を受けることになったが、それが術後患者さんをリカバリーから受けるものだった。
なんだか聞きなれない術式。Cricopharyngeal Myotomy(輪状咽頭筋切離術っていうのかな?)に加えてCoblation the base of tongueかなんだかが術名だったと思う。
なんじゃいな?そりゃ。。。耳鼻咽喉科(or 頭頚科)関係の人なんてめったにこないからわけわかんない。

まあともかく喉のつまりがあって最近食べ物が喉を通らなくなって体重激減してその「つまり除去術」なる上記の手術を受けたおばあちゃん、サクションが離せない。口からずっと出血している。

家族も患者さん本人もその口からの止まらない出血を怖がっている。そりゃそうだ。ドクターに電話する。血圧が高かった。ドクターはそのせいだという。そうかな・・・。
血圧降下剤をIVで与える。血圧が下がっているのは薬のせいか?止まらない出血のせいか?
ドクターの呑気な姿勢にイラつく。夕方すべての診察が終わったら病院に行くから・・というドクターに「It's going to be too late.」と脅す私。だってactiveに出血してるんだよ。。。鮮血がどわどわと。出血量が200ccから300cc、そして400ccに増え、ドクターへコールを繰り返し500ccくらいになった時点でドクターがちょっと慌てた様子でやってきた。
ベッドサイドでドクターが止血を試みるが逆に余計出血が起きた。患者は口から首へと血が流れ顔から胸元からベッドまで血まみれ。家族はそれを見て泣いている。
ま、そんな状態で緊急手術となり、再度患者をOP室に移すこととなった。
そのときドクターにコンセントを家族からとるので術式を!と尋ねると「Cautery bleeding stop」と言われた。この「コーテリー」が聞き取れなくって何度も聞き返しドクターはめっちゃ私にイラついてきた。そして血まみれの手で私のボールペンをひったくり紙に書いてくれた。
すんません。。。。
書かれると(あ〜このことね・・・)とわかったが、コーテリィといわれてもあんまり私にとっては普段使わない用語なので特殊な術式かはたまた体の特殊部位のことなのか、機械の名前か??と、なんだかうまくゲスができなかった。

ま、結局その患者さん、止血術のあとICUへ向かうということになったのでその後どうなったかはわからない。

いや〜、私てきには私の受け持っていた段階で惨事に至る前にドクターに来てもらい、バイタルも意識レベルも安定した状態でオペ室にこの患者さんを送れたというだけで責任を果たした気がする。
疲れた〜〜〜
しかし「また君か・・」的なことを言われてもしつこくドクターに電話してよかった。。。感謝してくれぃ。


■ 2006/09/28 (Thu)  LASIKその後・・100%復活


LASIKのドクターのところへ。
Scarは少し残っているが感染は消えたと。目薬も抗生剤のベーシックなのを1種類だけとりあえず1日2回の点眼でもう十分と。
ドクター、今日は珍しく暇だったようでぺちゃくちゃとおしゃべりに花が咲く。そもそもこの先生、おしゃべり好きなようだ。
私の病状の経過。私の状態や治療法を自分の眼科仲間に話したときの周囲の反応。など。
ともかくドクターの見解はこうだ。

私の眼球表面におそらく仕事場からもってきたであろう感染力の強い菌が付着していたと。オペの前に眼球を生食と抗生剤で予防的に洗うが、その抗生剤に対してはSensitiveじゃない菌でその際まだ生き残っていたと。そしてフラップなる角膜をペロッとはいで、レーザーを照射。その際にその菌がフラップ内にすっと入り込み、そのまま知らずにフラップを閉じたと。そして菌がフラップ内でgrowし、感染へと至ったんだろうと。オペ後24時間の段階では大丈夫だったが48時間たってまず感染の兆候の痛みをともない、その1日後に白いパッチが発見された。その後はそれ以上そのパッチの大きさは大きくならなかった。まさに最初に手をうった数種類の抗生剤のどれかがSensitiveでヒットしたんだろうと。

ドクターも感染源を培養してどの菌か特定したわけじゃないし、どの抗生剤が私の菌に対しSensitivityがあるのかがわかってたわけじゃないので、とにかく考えられるものをやってどれかがあたったわけだからラッキーといえると。
そして私の目が薬に対してアレルギーがなく、強度の強いものを数種類同時に使えたのもラッキーだったと。(1種類でもアレルギーのある人は眼球が真っ赤になったりするケースもあるらしい)ま、私の場合Vancomycynに対しては燃えるような痛みがあったのであれをアレルギーと呼ぶのかどうかはわからないが・・・。

一般的に1000例に1件くらいの割合でLASIK術後の感染は報告されていると。このドクターは、過去35000例やって私が2人目だと。35000分の1から17500分の1へと急激に確率あげちゃってごめんね。でも先生まだまだすごいよ。

先生も若い先生なので(っていっても私より年上)すごく勉強熱心。あげくには「君のケースですごい学ぶことが多かった」なんて言ってくれた。そんなこと高飛車なドクターだったら口にはできないはず。素直な先生で何より。
まあそういわれると感染した甲斐もあったってもんよ・・。(それはうそだけど・・。)
先生には土日、夜間含め、エクストラの時間をかなり割いて診てもらってるし、目薬もここまですべて無料。
あの〜支払い全然してないんですけど・・・と聞くと
「他の患者からもらってるので割るから大丈夫。ははは(笑)」と。
そこから話はお金の話へと移り、モーゲージの話、プロパティーの話へと進む。
なんだかいろんな話が次から次へとでてきた。
私の勝手な予想では・・・先生私の感染が完治したのがよっぽどうれしいと見える。

40分近くしゃべり診察室から出たら次の患者さんたちが待っていて恐縮した。

さてこんな痛い思いをし、周りにも迷惑をかけたレーシック体験をした私ですが、みなさんにおすすめして説得力があるでしょうか?
メガネONLYでやってきた人からはきっと「世界が変わった〜」なんて反応があるかもしれませんが、正直コンタクトで見えてた世界となんら変わりはないです。
が、夜寝ながらテレビを見れるとか、朝おきて「メガネ、メガネ・・」と思わない生活はなかなかいいですよ。


■ 2006/09/30 (Sat)  もりだくさんな土曜日


朝8時半からタイボーに行く。早朝からの運動は体が鈍っていて最初つらい分、暖まってきたら気持ちがいい。爽快な気分で家に戻りシャワーを浴びてからだんなとブランチに出かける。家でごはんを食べるとどうしてもテレビ見ながら・・とかになるので、こうして外に出かけて食事をする時のほうが仕事がこうだった、ああだったとか、あの友達がこうなったああなったとか、そういうたぐいの話をよくするような気がする。
そしてなんとなく次の予定まで時間があったので、あの車いいね〜といつも言ってる車のディーラーのところへ行ってみる。いやいや、ずいぶん前冷やかし半分でここに来たときよりも、少しは現実に近づいてはいるかもしれないが、まだまだ手の出ないお値段で。。。
しかし、いいものはいい。そんな感じ。
同じお金があったら何にお金をかけるか・・・
ほんと人それぞれプライオリティーがあると思う。
毎日車に乗るのだし、好きなのに乗ったら気持ちがいいからいい車にお金をかける。
これもあり。
車は消耗品。走ればなんだっていい。同じお金をかけるなら投資につながる住宅・土地関係。
これもあり。

いや〜、今の段階では自分たちのプライオリティーが何かわからない。
どれもこれも無理なことばかりなんだけど、逆にいうとがんばってがんばり続けたらこの夢もしかして手に届くかもしれない・・・。そんな感じのことを夫婦で話しているときが最高に楽しい。
いい車見て、なんだかがんばるいいモチベーションをもらったなぁ。

そしてその後はだんなの会社のお偉いさんのおうちでパーティー。大きいおうちだとは聞いていたしある程度想像もしていたが、ほんとにこれまたどでかいお家でびっくり。
何に使うの、この空間???って感じで。。。
バーベキューもおいしかったし、いろんな人と話しができたのも楽しかった。

そして夜は日本から友達が来るということで彼を知っている友達たちに家に来てもらっての飲み会。
久しぶりなのに久しぶりな感じがしなかった。相変わらずマイペースな彼。
何事にもやる気なさそ〜でめんどくさそ〜な空気をかもし出す彼は本当に面白い。
いろんな話をして楽しい時間はあっという間に過ぎた。
こんなもりだくさんな土曜日でした。



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