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アメリカで看護教育を受けずに受験する直接受験派としてのMamaの勉強過程をまとめてみました。アメリカで看護教育を受けていない最大の弱点はMedical Terminology(医学用語)の知識が乏しいことだと思います。あとは人種・宗教・食生活など文化的背景の違いから派生する「常識の違い」に直面することもひとつの壁だと思います。勉強を進める上では、看護のことだけではなく、アメリカの文化も同時に理解していく必要があるといえます。
 これはあくまでもMama個人の方法のため、このペースや進め方がいいのかどうかはわかりません。ただこれからNCLEXを受験しようとしている方で、勉強をどうやって進めていけばいいのか、やろうと決めたものの具体的に勉強が進まないんだけど・・って方もおそらくいると思います。そんな時、こんなやり方でやった人がいるんだ・・と参考程度に見ていただけたら幸いです。
 *一部過去に書いてきたNCLEX日記から引用しています






 NCLEX受験を決意して、アプライする書類をそろえながら問題集をちらちらやり始めたのが12月中旬。このころは1問に20分はかかっていた。まず単語を調べる。設問の意味を理解する。設問にでてきた疾患について調べる。選択肢にでてくる単語や症状を調べる・・・。・・・・・・こんな調子でちっとも進まない。日本からもってきた自分の臨床経験や知識なんて、この試験問題にかかったらなんとも無力なものだった。特に自分の分野以外のことは、忘れたというより知らないといったほうが正しい。1からやりなおすというか、言葉の意味とかを理解することから始めると考えると、マイナスからのスタートといってもいいだろう。1時間たって2問とか3問しか終わっていないことも多々。なのに、ひじょ〜に疲労感がただよい、がんばった充実感なるものは味わえず・・。このペースでいくと1冊の問題集を終えるのに1年がかりだ。先の展望が全く見えない、こんなやり方でいいんだろうか・・。思いは行きつ戻りつしながら、勉強のポイントがつかめないままだった。でもとにかくやらないよりはやったほうがいいだろうと思い、気持ちだけは前向きにキープするように心がけていた。
 進んだ問題数
   12月 113問 
   1月 276問 




この時期は2週間に1度、半日大学のクラス(いつか大学院へいくための準備のひとつ)を受講している以外は基本的にNCLEXの勉強に時間を費やした。Mamaのパターンとしてまず1週間のノルマを決めた。月-金でここまでやるぞーというちょっとムリな計画をたて、土日はその調整日にあてることにした。そして毎日何問やったか何時間やったかを記録していった。昨日よりはたくさんやったとか、昨日ほどできなかったとかで自分のやる気をキープした。
 日々の流れは、午前は9時からスタバへ行く。それでお昼ご飯を食べるまでに3時間から4時間の勉強時間を確保。午後は勉強できていた日もあるが、しなければ・・という気持ちにさからい、昼寝をしたりインターネットしたりとけっこうフワフワと過ごしてしまうことが多かった。夕方頃からはまた少しやる気になる。夕飯のしたくをしながら暗記物をしたりすることもあった。・・・なので日によって差はあるが、午後から夜の勉強時間は2−4時間というところかな。また1日のトータルの勉強時間は平均しておよそ5-6時間、少ない日は2時間くらいの日もあったし、すっごくがんばった日で8時間くらいって日もあった。
 でも同じような単語が繰り返しでてくるため、少しずつではあるが辞書を引く回数が減り、おのずと1問に対してかかる時間が短縮されてきた。とかいって1時間で10問できたらばんばんざい。この頃のペースは1日30−50問が平均的、よくやっても80問だった。
 進んだ問題数 
  2月  662問 
  3月 1030問
  4月 1223問  
  
12月からトータル 3304問!)






 6月10日からはKAPLANへ行くことになっているため、それまでの1ヶ月間、新しい問題集に手をだすか、同じ問題集を再び復習するか迷った。考えた末、同じ問題集をやりなおすことに決定。今までやった3000問を4週間でやる計画をたててみた。結果的に以下のように6週間かかった。この頃一日平均80問から130問やっていた。勉強時間数は前と変わりなく、平均的に5−6時間かな・・。2回目だと、問題を読む前から答えを覚えてるところがあったりするので、やっても意味ないか・・と思うこともあれば、前にやったはずなのに、「これ初めてみるー」と感じる問題もあったりした。
 振り返ってみて思うには、ここで2回目やり直したことによってBasicな医療単語とかが文脈から推測・記憶することができたり、自分の弱点に気づくことができたり、それなりに重要な意味があったとMamaは思っている。
 進んだ問題数
  5月第1週 510問 
  5月第2週 471問
  5月第3週 290問 
  5月第4週 682問
  5月第5週 541問
  6月第1週 491問






 KAPLANはNCLEXやTOEFL, GRE, SAT, GMATなどなどメジャーな試験対策用の大手の予備校のこと。LAではWest wood, Down town, Pasadena, Pomona, Long Beach, Irvineなど、あと小さいところも含めると9ヶ所位でやっている。

KAPLANの初日
 
 クラスの生徒数はざっと60人位いた。名前を呼ばれている限りは日本人らしき人は見当たらなかった。初日には診断テストなる180問3時間試験があったが、きっつかったー。180問今まで連続で解いたことなんてなかったし、やれどもやれども問題が続いてほんといやになってきた。終わった人から提出して帰ってよいのだが、Mamaはフルで時間を使いそれでも最後の7-8問はななめ読みでとりあえずマークしたという感じだった。後日戻ってきたスコアではPassing Scoreに満たず、Failのレンジだった。もうあと3週間しかないのに、これでいいのか・・・?

授業の様子
 クラスではスライドで問題を見せながら、解説をしながら解いていくという形式をただただ続ける。こうして説明聞きながらやるのは、なかなかよくわかるな・・と思う反面、聞くのと書くのとの並行作業がうまくできなくノートがうまくとれなかった。口々に学生は質問を先生に投げる。Mamaはそんな周囲の学生に圧倒された。Mamaはみんなの前で質問する勇気も自信もないため、わからないところはマークして授業が終わってからクラスメートや先生に聞きにいくようにしていた。

落ち込む日々
 なんだかKAPLANが始まって気分が落ち込み始めた。というのも、自分の実力がなんとなくわかってきたから。なんかひとりでやっていたときは、ただ問題数をこなせばいいと思ってた。そのうち力がついてくると思ってた。でもなんか違った。周りのみんながとてもできる人に見えた。自分よりできる人に囲まれながら、自分が一番試験日まで近かった。そんな状況にいて焦った。がんばってるつもりだったが、それは自分の過信だったようにも思い始めた。
 あと数週間、本気でエンジンかけなきゃ!って思い、がんばるが、正答率は6割弱くらい・・。先生は7割の正答率が合格への目安だという。まだまだPassing rangeじゃない。「なんとかなるさ」より「今回はだめかも・・・」という気持ちの比重が高くなってきて涙がでてきた日もあった。

ひたすら問題と向き合う日々
 KAPLANの授業は1回3時間計9回の構成で399ドルだった。が、この料金には授業だけでなく、3ヶ月の期間中、KAPLANセンターでいくらテキストやビデオなど教材を使用してもいい権利がくっついてくる。これを大いに利用しない手はない。この頃は家事もろくすっぽ手抜きで、朝から晩までKAPLANセンターへかんづめの日を送った。KAPLANの自習室で勉強している人は恐ろしいほど勉強する人の集団だった。そういう集団に身をおくことによって、安心感を得ていたような気がする。ま、くいを残さないように・・と、こんな生活をしんどいと思いながらもどこかで満足していた。





 この頃は1日10時間以上勉強してる(というか机に向かっている)ことも多かった。CD-ROMとテキストどちらも使用していた。トータル問題数は1日150問から180問くらいしていた。
 試験から2週間前のこの頃、試験のことをイメージすると緊張し、興奮し始めた。アドレナリンがでまくり、眠いはずなのに眠くならない日が数日続いた。あんなに昼寝好きで、かつ寝不足なのに昼間も眠くならないのが不思議だった。体は起きているが「なにがなんでもがんばるぞ!」という気持ちが強すぎて精神的にはしんどくなってきていた。友達からの電話で優しい言葉をかけられ、突然泣いてしまったこともある。自分でも驚いたが、この頃はただただ自分を追い込んでしまっており、感情がいっぱいいっぱいになっていたんだと思う。
 これではいけない・・・というのが自分でわかっているため、いろいろリラックスしようと試みた。だめなら次また受けたらいいさ・・・とか、落ちることは悪いことではないよ・・とか自分に言い聞かせて具体的にイメージしようと試みたのがMamaにとってはよかった。(これをいわゆるあきらめ・・・とか開き直りとか言うのかもしれないが・・。)次第に怖さだとか変な緊張感はほぐれてくれ、数日でいつものような睡眠状態に戻ることができた。
 振り返ると、試験直前よりも試験当日よりも、この頃が一番精神的にきつかった時期だった。追い込みすぎてはいけないね。




 48時間前から勉強を離れ思いっきりリラックスするといいよと聞いていたが、すっぱり勉強から離れるのもなんだか心もとないので、朝は一番よく勉強に使ったスタバへ行きノートなどちらちら見ていた。ノートを見ているとまだまだやることや覚えることが山ほどあることに気づく。が、いまさら焦ってもしょうがないと自分をなだめる。だめだったら次10月か11月に受ければいいや・・とか具体的に考えリラックスするように心がけた。開き直りの気持ちがもてたせいもあり、前日は比較的おだやかな気持ちで過ごすことができた。
 夜は、大好きなダウンタウンのビデオを見て大笑いしてからベッドに入った。 






 8時に試験会場について、指紋をとってサインをして予定通り8時半から試験が始まった。なんかあっという間に試験が始まってしまった。へぇーこれが本番なのねーとか途中ふと思うことがあった。最初のいくつかはけっこう知ってるかな・・というのが続いた気がしたが、どんどん後から知らないもの知らないものが出てきた。知らなくても自分にある知識の範囲で頭を使って正解を導こうとするが、4択のうち最後の2つまでしぼってからそこから答えをだすまでに時間のかかるものが続いた。
 試験問題は全範囲から均等にでたという感じがあまりしない。薬の問題は2つくらいだったかな・・。
 一番多かった問題は4人の患者設定があり、どの患者が最もpriorityが高いかというのだった。これは5問以上、いや10問近くあったような気もする。またきた、またきた・・と思ってやっていた。これ系の問題は患者の状況を頭でイメージして、ひとつひとつ設定に書かれている因子の重要度を考えそれを天秤にかけていき、一番重症度の高い患者を選ばないといけない。たった1問の中にたっくさんの知識が必要となる問題で、時間はかかるし、選んだ答えが正しかったか間違ったかがよくわからないままなので、なんだか好きじゃない。
 試験時間の配分だが、はどう考えても1問1分では解けないので、あまり時間を気にしすぎず、ひとつひとつ丁寧にやっていこうと思った。大体averageで20問に30分というペースだった。60問越えたくらいでトイレにいきたくなった。どうしようか迷ったが、75問というひとつの壁までに落ち着いた方がいいし、この際1−2分は気にしないでいいか・・と思い、72問終わったところでトイレ行きますとブレイクをとった。(こうして自分からとる休憩の間はタイマーはとまらず刻々と時間は進んでいる)そしてひとつの壁の75問まであと3問はとにかく丁寧に解こうと考えて気を入れなおして臨む。じゃあ、2問やったところでつまり74問終了時に「10分ブレイク」と強制的ブレイクタイムが入った。なんだ、そういうことならもうちょっとトイレ我慢しておくんだったわ・・と思いながらセンターの係のおばさんに苦笑い。このブレイク合図で最低問題数である75問で終わるのではなくこれからcontinueしていくのだと思い込んだMamaはおにぎりを食べお茶を飲んでこれから続くであろう2時間に備えた。そうして再度席についてコンピュータに向かう。さーこれからだ!と思い、1問回答すると、75問目終了したところでシャットダウンした。(な、な、な、なにぃ〜??おにぎり食べた意味は??)とか思ったが、もうどうしようもない。そのあと続く、なんだか会場の温度はどうでしたか?だとか係の人の対応はどうでしたか?など、試験に関係ない質問が10問くらい続き、すべて終了した。ものの2時間とちょっとの試験時間だった。家には11時過ぎに着いていた。






 もっと問題やりたかったー。75問で終わるってことは、とってもできたかとってもできなかったかどっちかだという話しを聞いたことがある。・・ということは、「できた!」って感触はないから、これってだめだったってこと〜。とか考え、すっごく不完全燃焼な気持ちになった。試験が終わるとすっきりするかと思っていたが、なんだかしばらくはどんより気分がとれなかった。家に帰ってからいろんな人へ電話をかけてぐちぐち聞いてもらった。
 が、午後からは友達とランチにでかけ、ドライブして買い物に行ったりお茶したりして過ごした。ひさびさ時間を気にせず羽を伸ばした。家に帰って友達と一緒に夕飯を作りPapaの帰りを待って乾杯した。ビールも久しぶり。うまいっ!そんなこんなでどんどん試験のことが頭から離れていった。とりあえず結果が来るまでは少しゆっくりしようと決めた。





 Social Security Numberを持つ人は合格通知が届く前にBoardのサイトで自分がRegistered Nurseとして登録されたかどうかオンライン検索できる。過去の経験者から聞くと、早くて試験後4日くらいからこれが見れるようになるという。MamaはSocial Security Numberを持たないため、仮に合格していてもライセンスが発行されない。ただの合否発表が郵送で来るのを待つのみであった。オンラインで見れないにしても試験後10日目くらいからは、そろそろ郵便が来てもいい頃か・・と毎日郵便やさんが来る時間帯はそわそわしていた。
 結果が出るまではゆっくりしようと思っていたが、貧乏性なのでそうそうゆっくりもしていられない。暇であることに罪悪感を感じ、暇が苦痛になってきた。アダルトスクールに行ったりして時間を費やすようにしたが、結果次第で今後の自分の方向性ががらりと変わることを考えると、なんだか落ち着かない日々だった。



 試験からちょうど3週間後に郵便は届いた。今か今かと待つ毎日は非常に長く感じるものだった。
 この日に限ってMamaの帰宅が遅くなり、先に郵便をみたPapaから電話が入って合格を知った。感激だった。素直にうれしい、やったーという感情に浸った。今までの自分なりの努力がむくわれた気がして、ほんとにうれしかった。
 普段な〜んにも言わないPapaも喜んでくれた。Mamaならできるよーといつも励ましてくれ、Mamaの好きなよーにしたらいいと勉強する環境を与えてくれた。特に試験前1ヶ月は家のこと、Papaの存在をなおざりにしてしまっていたが文句ひとつ言わず、むしろ家の中のことなど協力してくれた。照れくさいけど、この力なしにはここまでやってこれなかったと思う。陰の力に感謝したい。本当にありがとう!






 Mamaの合格通知は華々しいものではなく、「RNのライセンスはSocial Security Numberが揃わない限り発行できません。1年以内に提出されないと合格は取り消されます」という警告のような紙きれだった。弁護士に相談した結果、グリーンカード申請し、労働許可を得る方向で進むことに決定した。労働許可が下りればSocial Security Numberも手に入りRNライセンスも発行される。NCLEXパス後は大学院進学か、就職かと迷っていたが、これで進路はおのずと就職の方へと決まった。これからまだいろいろ壁はあると思うけどひとつひとつ乗り越えてがんばっていきたいと思っている。
 この体験は、つまずきながらも前向きな気持ちを持って努力をすれば、必ず前進するということを教えてくれた。
Last updated
July 28 2002