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Aug 24 2002
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 今回Mamaさんに体験談を書くという機会をいただき、少しでもこれから“看護留学したい”“免許取りたい”と思っている方々のお役に立てればいいなあ、と思っています。


<きっかけ>

“アメリカで看護の勉強がしたい”と思うきっかけとなったのは、大学のプログラムで参加したMayo Clinicでの研修でした。2週間という短い時間でしたが、そこで出会ったナースプラクティショナーやクリニカルナーススペシャリストに感動し、“私もー”と渡米を決意したのでした。

<甘かった決断>

卒業後、“さて留学の準備でもしようかなあ”っとようやく重い腰を上げて、いざ蓋を開けてみると、その壁の厚さに愕然としました。やらなければならないこと、クリアしなければならない試験が山積みとなって私の前にあらわれたのでした。一瞬、“やっぱり日本でやり直そう!”という思いが頭をよぎったのですが、“みんなにアメリカに行くと宣言しちゃった手前、そんなに簡単に引き下がれない・・・。”と自分の甘い決断に後悔しながらも、前に進むしかないんだーと留学の準備を始めたのでした。

<英語力>

一番の大きな壁、これはやっぱり今でも変わらない英語力です。渡米前に一応TOEFLは取っておこうと受験したものの、結果は480点と目標の点数には程遠いものでした。渡米先は友人がいたということと、ナーシングスクールもまあまあのレベルということで、インディアナ大学を選びました。そして、英語力に自信のなかった私は、そこの付属の英語学校に半年間通うことになったのです。

<楽しすぎた英語学校>

はじめは慣れない英語の宿題と出される宿題の多さに、毎日泣きながら夜遅くまでがんばっていましたが、次第に友達も増え、寮に住んでいたこともあり、毎日が楽しくて仕方ないという生活に変わっていったのでした。しかし、気がつけばTOEFLの点数は全くと言っていいほど上がっておらず、あせった私は急いでTOEFLの勉強を再開しました。

<大学>

TOEFLの点数もそこそこ取れ、英語学校ももうすぐ終わりという時、大学と大学院のDeanと面接をする機会をもらいました。そこで、将来大学院に行くにあたって必要なクラスをいくつか大学でとるように、というアドバイスをされ、まずは大学の入学許可をもらいました。しかし、クラスをとり始めるまでに半年弱あったので、一時帰国をし、その間CGFNSを受験することにしました。

<CGFNS>

CGFNSの勉強は1人でやりました。というより、ほかに方法が見つからなかったのです。問題集を取り寄せて、ひたすら辞書を見ながら解いていくという方法です。一問解くのに一体どれくらい時間を費やしたかわかりません。この時は、とにかく自分でもよく頑張ったと思えるくらい地道に勉強しました。結果はあと少しというところでダメでした。もちろん悔しかったけれど、今まで手探り状態だったのが、“もう少し頑張れば道が開ける”という思いもあり、少しホッとしたりもしました。

<大学院への道>

再び渡米し、大学でクラスをとりながら大学院進学の準備を始めました。必要な書類やテスト(TOEFL, GREなど)の準備をし、再び面接を受けたあと、大学院への条件付入学許可証をもらいました。その内容とは、RNの免許を取ったら正式な生徒として認めるけど、それまではCore Classしか取れないですよ、というものでした。

<直接NCLEX>

CGFNSに落ちた私は、この際だから直接NCLEXを受けよう!と思い、CAに申し込み準備を始めました。申し込みをして約半年で受験許可が下り、大学院のクラスを取りながらNCLEX受験へ向けて勉強を開始しました。この時は、CGFNSを受験した時の知識がまだ残っていたので、医療用語に関してはそれほど苦労はありませんでした。しかし、優先順位を問う問題などは臨床経験が乏しい私にとって難関でした。ちなみに私は以下のテキストで勉強しました。

Saunders comprehensive review for NCLEX-RN
Saunders Q&A Review for NCLEX-RN
Mosby’s Review Questions for NCLEX-RN

<KAPLAN>

1人で勉強をすることに限界を感じた私は、学校もちょうど夏休みになり、試験も目前に迫ってきていたので、KAPLANのクラスを取ることにしました。クラスは1週間弱という短い時間でしたが、問題の傾向を把握するにはとても有意義な時間だったと思います。クラス以外では1週間センターに通い、クラスでやった問題をもう1度自分で時間を決めて解くことと、KAPLANのテキストを単元ごとに読む、ということをしました。

<テスト1週間前>

とにかく問題に慣れようと、時間をはかってひたすらCD-ROMの問題を解きました。結果はKAPLANの問題でいい時は70%ちょっと、悪い時は60%を下回りました。どれくらいできれば合格というラインもわからず、試験が目前に迫っているというのにこれじゃー落ちる・・・とあせった私は、すでにRNライセンスを持っている先輩を頼ってこの不安をメールしました。メールの返事には、“大丈夫、自分を信じて頑張ってください”と書かれていました。そして、そのあたたかーいひと言で試験前日まで頑張ることができました。

<いよいよ!>

試験当日。朝早いのが嫌いな私は11時にアポイントメントを取っていました。試験前はパスタがいいと友人から聞いていたので、朝からパスタを食べましたが、さすがに緊張していたのかあまり喉を通りませんでした。10時半には着くようにと言われていたので、きっちりその時間に到着し、指紋を取られたりサインを書かされたりしながら、あっという間にテスト開始となってしまいました。落ち着く暇もなく11時前にはもう問題が始まっていました。私はせっかちなので、問題にそんなには時間をかけませんでした。いつものように、1問1分かそれ以下のペースで、全部解いてやるーという勢いでした。“が”、75問目でなんとなーく嫌な予感がしていたのが的中、シャットダウンしてしまったのでした。

<その後>

何とも表現できない不思議な気持ちで家に帰り、色々な人に電話やメールをしまくりました。“大丈夫だよ”と言われると“そうかも・・・”と嬉しくなり、1人になると“やっぱりダメかも・・・”と思う、その繰り返しでした。気分転換はしてみるものの、やっぱり結果が気になり、“やるだけやったじゃん!”と自分でなぐさめてみても、“ダメだったら元も子もないじゃん”とすぐ落ち込む、もう2度と味わいたくないストレスフルな日々でした。そして、もうそろそろ病気になるんじゃないかと思った6日目の朝(土日をはさんでいた)、何気なーく自分の名前をチェックしてみると、パッとでてきたんですねー。自分でも驚いて何度も何度もチェックし、ようやく本当なんだと確信した私は、嬉しくて涙が出てきました。今までの苦労とストレスからいっきに開放された気分でした。

<これから>

ライセンスを取った方たちが口をそろえて言うように、“これから”が大変だと思っています。合格祝いにと1ヵ月日本に帰って遊びほうけていた私には、しなければならないこと・考えなくてはならないことがたくさん残されています。免許を移すこと、先週から始まった大学院の勉強、将来のことなどなど。1つ終わるとまた次の問題、一体いつになったらゴールにたどり着くのでしょうね。でも、ひとまず1歩踏み出すことができた自分を大切にしようと思っています。

ChiyoさんのRNまでの道のり
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